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「竜とそばかすの姫」にみる日本人が欲する「メタバース」

平野陽子 平野陽子


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職域接種(2回目)の会場で、同じグループの仲の良い先輩と1年以上ぶりに対面し、嬉しくてマスク&小声で色々話した。普段SNS上でしか交流していないため、お互いに「おお、概念じゃない!」「実在してる!」から会話が始まる。

先:なぁ、「竜とそばかすの姫」見た?
私:見ました! 当初からインターネットを見てきた我々にはグッとくるものがあります。
先:マジか! 俺も見ようと思ってるんだよねー。どんな感じのストーリーなの?
私:ええと、ネタバレしないように言うと「美女と野獣(アニメ映画版)」と「マトリックス(1作目)」を足して2で割ったというか。
先:なにそれwwwヤバいw

私の説明下手も副反応かもしれない……
ファンによる過去作品とのリンクの読み解きも、小出しにベールを脱ぐプロモーションについても、いろんなところで語られつくしているので、2005年からインターネットに業務でも携わってきた人の目線で、ご紹介したい。

細田守監督3年ぶりの作品

第74回カンヌ国際映画祭オフィシャル・セレクション「カンヌ・プルミエール」部門に日本映画として唯一選出され、10分以上のスタンディングオベーションを受けた本作。日本でも、7月16日の公開から8月20日には興行収入50億円を超えて大ヒットになった。

幼い頃に母を亡くし、一緒に親しんだ歌を人前で歌えないという傷を心に抱え、高知の小さな町で父と暮らす主人公のすず。ある日友達に誘われ、“もう一つの現実”と呼ばれる仮想世界<U>(ユー)と出会い、「ベル」として心に秘めてきた歌を歌うことで、仮想世界を席巻する謎のディーバとして大人気になる。
そんなベル(すず)の前に、竜の姿をした謎の存在が現れ、仮想世界<U>(ユー)とリアルの境目がリンクし始めるストーリーだ。

主人公・すず(ベル)を演じたミュージシャンの中村佳穂の澄んだ歌声も素晴らしく、キャストも魅力だ。近所の合唱隊のマダムにいたっては森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世と、歌えるガチ勢だ。こんな合唱隊あったらすごい。

美しい世界の片隅と大きなメタバース

すずが住む高知の町は、仁淀川「浅尾沈下橋」や鏡川など清流と美しい自然に囲まれた世界の片隅であり、仮想世界<U>は各々が好みの姿で潜在能力を開花させる「メタバース」。全くサイズの違う世界を行き来する中で、細田守監督が全作品を通じて取り組む「変化する人」の姿が描かれていく。


https://eiga.k-img.com/images/movie/94337/photo/5507ca3323f582c4/640.jpg?1618887054
出典:映画.com

仮想世界の「ベル」として大好きだった歌をもう一度のびのびと謳えるようになったこと、他者との交わりが、オフラインの「すず」の考え方や行動を少しずつ後押しをしていく。

メタバースって、何?

メタバースとは「超:Meta」と「世界:Universe」をくっつけた造語。多人数が参加可能で、参加者がその中で自由に行動できる、通信ネットワーク上に作成された仮想空間のことを指す。SF作家・ニール・スティーヴンスンによる1992年の著作『スノウ・クラッシュ』の作中のインターネット仮想空間を指した言葉だったが、近年は、「インターネット上に構築される多人数参加型の3次元仮想世界」の総称となっている。

中に入るってどんなこと?

メタバース内では、私たちユーザーは「アバター」と呼ばれる分身を持つことがある。分身の行動は、映画「アバター」を想起してもらうと近くて、自由意志で様々な行動をすることが可能。
3DCGなどリッチなオンラインゲームの世界は、ある程度ゲームのシナリオによって行動への制約があるのだが、メタバース上では、そのようなものはない想定。アバターの行動は基本的に自由。


https://eiga.k-img.com/images/movie/94337/photo/66276d5d4225a6f2/640.jpg?1623310748
出典:映画.com

細田監督はこの「基本的に自由な前提」をクリエイターとして解釈し、「アバターの見た目、行動」は本人の潜在能力を最大化させ、良い感情も悪い感情も拡張する姿として描いたのだと全編を通じ感じる展開だ。

早すぎたメタバース「Second Life」

今年完全バーチャルで行われた世界最大のテクノロジー見本市「CES2021」では、オンラインブースを各社設けていた。例えば、P&Gのバーチャルショールームはこんな感じだ。


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出典:日経クロストレンド

ここで我々インターネット老人会が真っ先に思い出したのは、早すぎたメタバース、こと「Second Life」だ。


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出典:TechCrunch Japan

まだADSLとかで接続している時代に、無謀にも3Dで動かす前提で作られ、中で人を集めることも稼ぐことも各々の発想でできる点が野心的なサービスだったが、これといって何も起こらずブームが去って行った。
ひとえに、集まれるアバターには高速通信が必要であり、集まり続けられる人達による密度が作りにくかったからだという意見が多い。

SNSがより活発に使われ、YouTubeで生計を立てるYouTuberが生まれるなど、当時と状況は大きく変わった。
多くのインターネットユーザーは「自分が共感するクリエイター」を見つけることができるようになり、その一方で、意見の過熱しやすさや利用する人の心象風景が生々しく強く出るようになった。
本作の中にも、己の自信の無さを正義感という形で他人にぶつけ留飲を下げる、「正しさを纏った正しくない凶暴」の姿なども描かれている。


https://eiga.k-img.com/images/movie/94337/photo/39931699689d446a/640.jpg?1625833763
出典:映画.com

テキストや動画を介した「人と人とのオンラインのやり取り」の姿に私たちは慣れつつあるが、メタバースはもっと各人の深淵に足を突っ込むことになる。自分の「分身」を通じて、ある種生身と同じ経験をする仮想世界を、今の延長線上で受け入れて良いのかどうかは誰もわからない。その期待と不安もありのままに描いており、共感できる。

私たちは「カオス」が得意であり強みである

先ほどのメタバースに関しては、現在MicrosoftやFacebookなどが、きわめて真面目な使用目的で力を入れようとしている。
「Facebook Horizon」のアバターイメージもこんな感じ。


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出典:CNET Japan

私の周りの日本人たちは(このアバターで会話するのやだな)という声が上がった。「画一的で真面目で渋い、妙にポジティブさを求められる動き=私たちのモノじゃない」と思わず感じてしまうあたりに、我々の文化があるような気がする。

これに対して、「竜とそばかすの姫」が描いた姿は違う。


https://eiga.k-img.com/images/movie/94337/photo/876ccc5ddd19cca4/640.jpg?1623310771
出典:映画.com

自分の好きなもの、自分のなってみたい姿が脈絡も統率感もなく、カオスに溢れている。
中には「すず=ベル」と同じように自分より得意な人に作ってもらっても良く、その人達に対価が払われてもいい、オンライン楽市楽座のような世界観で描かれている。
この統一感のある見た目や一定の所作をすり抜けて生まれるカオスは「マトリックス」とも違う部分であり、日本に住む私たちが自然に受け入れている「楽しさ」の中身でもあると感じた。

奇しくも、某国際的スポーツ大会の開会式・閉会式へは統一感や撮り方など賛否両論があった。
ノンバーバルなピクトグラムのウケが想定外によかったこと、開閉会式へのニュートラルな意見では「マツケンサンバが見たい!」が妙な盛り上がりを見せ、久しぶりに音楽番組に登場しハッピーが溢れてしまう「いろいろカオスだが、ただただ楽しい」が私たちの得意であり強みなのではないか? という可能性を、本作の中でも感じることができる。


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出典:Amazon

一人の人の成長に絞って描いたことをどう受け止めるか

大きなメタバースで交わる人と人、社会的な問題につながるエピソードを挟みながらも、結局は「世界の片隅に住む、たった一人の人の心の成長・変化」をメインテーマに据え、徹底的にフォーカスをしたことに、賛否があることも確かだ。

仮想世界<U>での竜との出会いやエピソードは、確かにすずを成長させた。他方、社会的に重要なテーマだが解決策が見えないモヤモヤが残った人も多い。


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出典:映画.com

けれども、そこも含めて、作り手側から私たちに投げられたボールなのかもしれない。
私たちはこのアニメーションや音楽が美しく、カオスな楽しさがある映画という非現実で「全てが解決されて満足する」を味わったとしても、現実世界では「解決されていない状況」には何もしていない
また、私はこれまでの細田守作品より解決策を「母性」に求めなかった点も、進化の一つだと感じた。「おおかみこどもの雨と雪」はサポートが必要な限界シングルマザー状態なのだが、明るく愛情深い母の愛に解決を求める苦しさもある。全ての女性が持ち合わせてるわけではない母性が頼みの綱になる点を、物語の前半でスパッと捨ててくれたことは、見ていてホッとした。
そのくらい、「変化する人=主人公自身の成長」に潔く振り切っているのだ。
(そんななか、どのキャラクターでも全く変わらない成田凌があまりに成田凌で別の意味ですごい個性だなとも感じた。)


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出典:映画.com

私たちもまた、仮想世界の中で「ベル」として、歌う勇気を取り戻したことから、自ら決断・行動できるようになっていった主人公・すずと同じで、映画を見て得た感情・経験を、現実世界とリンクさせる余地が渡される作品であると言える。
映画を見ている最中の気持ちよさ、見た後少し残るモヤモヤ、両方をぜひ音の良い劇場で体験して欲しい。


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[イラスト]清澤春香

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