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「ブラック・ウィドウ」のヴィランは、今この記事を読んでいる、あなたかもしれない

橋口幸生 橋口幸生


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ブラック・ウィドウがマーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)に初登場したのは2010年、「アイアンマン2」でのことだ。「アイアンマン」(2008年)、「インクレディブル・ハルク」(2008年)に続いて登場した3番目のヒーローであり、アベンジャーズの最古参メンバーということになる。

そして2021年、コロナ禍での延期を経て、ついに単独作「ブラック・ウィドウ」が公開された。初登場から実に11年もの月日が流れている。「ブラック・ウィドウに単独作を!」というファンの声は根強く存在した。 このタイミングでの映画化は遅すぎたくらいだ。


出典:IMDb

男性ヒーローの映画が次々と公開される中、彼女の単独作が制作されないことは、マーベルの女性軽視の現れとして批判されてきた。一方、ライバルのDCは2017年に「ワンダーウーマン」というシンボリックな女性ヒーロー映画を大成功させた。その後、マーベルも2019年に「キャプテン・マーベル」をヒットさせ、巻き返しをはかってはいる。しかし、多様性を重視するマーベルが、女性というテーマでは遅れをとっていることは否めなかった。

そんな状況も、「ブラック・ウィドウ」で一変するだろう。本作はマーベルが11年間をかけて描き続けてきた女性ヒーローの総決算であり、女性搾取の問題を批判的に描いた傑作だ。

この記事を書くにあたり、過去のMCU映画におけるブラック・ウィドウの登場シーンを見直してみた。それは作品ごとに多様性への理解を深め、自らをアップデートしてきたマーベルの歴史を振り返ることでもあった。

順番に見ていこう。

「アイアンマン2」今では考えられない、「お色気担当」時代



出典:IMDb

先述の通り、ブラック・ウィドウが初めて登場したのがこの作品だ。トニー・スタークがアベンジャーズのメンバーに相応しいかを調べるために、スターク・インダストリーズに社員のフリをして潜入している。まさに「女スパイ」という感じだ。

ぴっちりしたスーツ姿の彼女を見て、トニーは終始、鼻の下を伸ばしっぱなしだ。過去に東京でモデル活動をしていたという経歴で、下着姿の写真が出てきたりもする。あきれたポッツには「セクハラすると高くつきますよ!」とたしなめられる。後半、彼女はナターシャ・ロマノフ=ブラック・ウィドウであることをトニーに明かす。この時に同席したニック・フューリーは、彼女の腰に思いっきり手を回している。

わずか11年前に、ナターシャがはっきりと「お色気担当」にされていたことは、今見ると驚きを禁じ得ない。現在のMCUでは考えられない描写だ。

この時点でのブラック・ウィドウは、キャラクターとしても今ひとつおもしろみに欠ける。いきなり出てきて、何者なのか、どういう動機で行動しているのかもよく分からない。率直に言って、ストーリーを「アベンジャーズ」へと続けるためだけにつくられたキャラクターという印象は否めない。

マーベルですらこんな感じだったのだ。この数年で価値観が激変したことを、あらためて思い知らされる。

「アベンジャーズ」現在に続くブラック・ウィドウ像の確立



出典:IMDb

「アイアンマン2」から2年後の2012年に「アベンジャーズ」が公開された。アイアンマン、ハルク、ソー、キャプテン・アメリカという、単体作を持つ人気ヒーロー達の初めての共演が実現したのだ。

この映画でのナターシャは、黒い下着姿で椅子にしばられ、拷問されている姿で登場する。またお色気担当か……と思っていると、縛られたままの状態で宙を舞い悪人を叩きのめしてしまう。女スパイのイメージを逆手に取った、巧みな演出だ。この場面だけでも、ブラック・ウィドウ像をアップデートさせようという作り手の心意気が伝わってくる。

ロキに洗脳され、「自分が自分でなくなる気持ちがわかるか?」とこぼすホークアイ。ナターシャは「私も経験がある」と返す。レッドルームで洗脳されていた過去が、初めて仄めかされる。

「お前の帳簿の赤字は大きすぎて、とても消せない。ドレイコフの娘、サンパウロ、病院の火災……」というロキのセリフで、ヒーローらしからぬ血塗られた過去があることも明かされる。(「ドレイコフの娘」は、「ブラック・ウィドウ」で重要なエピソードとして取り上げられた。9年後の映画に向けた種まきが、この時点で行われていることに驚かされる)

お色気&ユニバース構想のためのつなぎ担当だったナターシャに、「アベンジャーズ」は人間としての深みを与えた。監督のジョス・ウェドンの手腕は、今観ても見事だ。

それだけに現在、ウェドンがパワハラ的な言動で批判されているのは、残念でならない。(ウェドンがその後監督した「ジャスティス・リーグ」の現場では、ガル・ガドットに「お前のキャリアを終わらせる」という暴言を吐いていたらしい)劇中で提示した理念に誠実であるためにも、ウェドンはこの件について自ら総括してほしい。



出典:IMDb

ともあれ、本作で現在まで続くブラック・ウィドウのキャラクターは確立された。続く作品では、さらにナターシャの背景が深く描かれることになる。

「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」掘り下げられるナターシャの内面



出典:IMDb

この映画では、ナターシャはかつてウィンター・ソルジャーと戦った時に負った傷を見せ、「これがビキニを着ない理由」と言う。もはや「アイアンマン2」でのナターシャとは別人だ。

とはいえ、バトル一辺倒というわけでもない。堅物なキャプテン・アメリカに「彼女でもつくれば?」と、その道の先輩としてアドバイスをする。逃避行ではカップルのふりをして、キスをする場面もある。女スパイ設定を活かしながらも、男性に都合のいいセクシーな女性ではなく、男性をリードする現代的な女性として描かれているのが小気味いい。

また、本作は、MCU史上初めて、政治的なテーマを前面に押し出した映画でもある。この傾向はキャプテン・アメリカ・シリーズの次作「シビル・ウォー」と、そして「ブラック・ウィドウ」に引き継がれることになる。

「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」初めてのロマンス



出典:comicbook.com

ここでのナターシャは、暴走するハルクのなだめ役を担うことになる。戦闘が終わっても感情の高まりを抑えられないハルクを、ナターシャは赤ちゃんを寝かしつけるようにして、落ち着かせる。すると、ハルクはブルース・バナーに戻っていく。

この描写は、「アベンジャーズ」や「ウィンター・ソルジャー」に比べると、記号的な「慈母」のイメージに後退してしまっている感が否めない。その後、展開されるブルースとナターシャの恋愛エピソードも、とってつけたようで、あまり上手く行っていない。

本作で重要なのは、スカーレット・ウィッチの精神攻撃を受けたナターシャが、レッドルーム時代の過去のフラッシュバックに襲われるシーンだ。レッドルームでスパイとして訓練されたことや、不妊手術を受けたことが明らかにされる。

「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」自立したヒーローへ



出典:IMDb

本作でのアベンンジャーズは、国連の管理下に入るか否かで、トニー派とスティーブ派に分かれて戦うことになる。最初はトニー派だったナターシャだが、最後に心変わりし、スティーブのアメリカ脱出を手助けする。

自分が尽くした組織に裏切られ続けてきたナターシャの半生を考えると、この決断は重い。レッドルームでは使い捨ての女スパイとして不妊手術を受けさせられた。レッドルームを脱走し、希望を持って入隊したシールドでも、待っていたのは子どもを殺す汚れ仕事だった。さらに、シールドはヒドラに乗っ取られていたことも分かる。

善悪の判断を組織にゆだねる危険性を、アベンジャーズの誰よりも理解していたのは、ナターシャなのだ。

ソ連にもアメリカにも属さない、自分で考えて行動するヒーローへ。そんなナターシャの物語は、時系列的にも「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」の次に位置する「ブラック・ウィドウ」へと引き継がれる。

「ブラック・ウィドウ」MCUを含む現実世界に向けられた批判的視点



出典:IMDb

※以下、映画「ブラック・ウィドウ」のネタバレを含む内容です

「ブラック・ウィドウ」が、他のMCU作品ともっとも異なるのは、ヴィランの設定だ。アレクサンダー・ピアース、バロン・ジーモ、サノスなど。これまでナターシャが戦ってきたヴィラン達には、悪なりの信念やカリスマ性があった。しかし、今回のヴィランであるレッドルームの支配者ドレイコフは、そういうものがない。見た目も中身も、凡庸な中年男性でしかない。空中に浮かぶ秘密基地で、コントロール・ルームから世界を監視するのがスーツ姿の小太りの男性というのは、ヒーロー映画らしからぬ光景だ。



出典:IMDb

ドレイコフは、ナターシャと同にように不妊手術をされた女スパイ「ウィドウズ」達を配下に従えている。ウィドウズ達はドレイコフに逆らえないように、彼のフェロモンを嗅ぐと攻撃ができなくなる「フェロモン・ロック」と呼ばれる洗脳を施されている。

ここまで来ると、「ブラック・ウィドウ」がドレイコフをヴィランに据えた意図は明確だ。ナターシャの敵は、女性を性的に搾取する男性社会そのものなのだ。

ドレイコフの直接的なモデルは、ハーヴェイ・ワインスタインだろう。有力な映画プロデューサーとしての地位を利用して、大勢の女性たちにセクハラや性的暴行をおこなった人物だ。ワインスタインへの告発は、MeToo運動が広がるきっかけのひとつにもなった。



出典:IMDb

ワインスタインほど悪質ではなくても、男性目線でつくられた社会の中で、女性の性的搾取は頻繁に起きる。筆者の本業である広告の世界では、女性を人間ではなくモノとして扱う「セクシャル・オブジェクティフィケーション」が問題になっている。水着の女性がニコニコ微笑むビールのポスターが、少し前まで居酒屋に貼られていたのは、覚えている人も多いだろう。居酒屋やビール会社の客には女性もいるのに、だ。

もちろんマーベルも例外ではない。先述の通り、初登場時のブラック・ウィドウは「お色気担当」だった。ジョス・ウェドンは女優へのパワハラ的言動が問題視されている。だからドレイコフの空中基地は、シールドのヘリキャリアに似せてデザインされている。タスクマスターはアベンジャーズの能力をコピーして、ナターシャを追い詰める。トレイラーでナターシャは“I’m done running from my past.”(過去から逃げるのは、もう止めた)と、つぶやいている。

こうした「ブラック・ウィドウ」のメッセージは、女性たちを勇気づけるだけではなく、男性たちにも意識のアップデートを迫る。ホモソーシャルな世界の中で、無意識に性差別的言動を取ってしまった過去は、筆者をふくめ男性なら誰にでもあるはずだ。過去から逃げるのを止めて、過去と対峙しなくてはいけない。

去年4月、誰もが知る人気タレントが、「コロナ禍で風俗店に美人が増える」と発言し、批判にさらされた。タレントは謝罪したものの、その後も普通に芸能活動を継続。子供向け番組にも出演している。

日本中に、小さなドレイコフたちが潜んでいる。

しかし、日本は「プリキュア」「セーラームーン」をうみだした、女性ヒーローの先進国でもある。(「キャプテン・マーベル」主演のブリー・ラーソンはセーラームーンからの影響を公言している)

ブラック・ウィドウにまかせず、彼女の戦いを、僕たち一人ひとりが受け継ぐべきだろう。


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[イラスト]清澤春香

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