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「キネマの神様」は待っている。クリエイティブと人生が交わる先で

ハマダヒデユキ ハマダヒデユキ


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表現者の幸せって、何だろう。

クリエイターという仕事をしながらたびたび思う、そんな疑問。時には過酷な労働環境になり、他業種からは「そんな夢見る仕事で食べていけるの?」と偏見で見られることもあります。

ただ「好き」だけではやっていけないクリエイティブという仕事と人生について、改めて考えさせられた映画を観ました。


出典:映画.com

「キネマの神様」。松竹100周年記念作として大々的に宣伝されたこの作品のメガホンを取ったのは、山田洋次監督。日本映画の第一人者であり90歳を迎える監督のこれまでの人生の振り返りも込められており、様々な意味で注目を集めていました。


出典:wikipedia

同時にこの映画が公開されたことは、ひとつの奇跡でした。主演予定だった志村けんさんが撮影中になくなってしまい、大幅なスケジュールと内容の変更を余儀なくされたからです。

困難を乗り超えて公開された過程を振り返りながら、この映画が世に生み出された価値について今回は考えたいと思います。

映画評論家の話から撮影者の話へ。
監督のこだわりが再現した、古き良き松竹撮影所

麻雀やギャンブルばかりの79歳の老人・ゴウが、娘が転職した映画情報雑誌のWEB上に映画評を執筆するようになり、話題となったそれが海を越えてある映画評論家と奇跡の邂逅を果たす……

という映画ライターとしてはとても興味をそそる内容が、原田マハによる原作小説です。


出典:Amazon.co.jp

しかしその原作の映画評物語を「男はつらいよ」シリーズで知られる山田洋次監督は、画になりにくいと判断。年老いた現代のゴウだけでなく「1960年代を生きる若き日の映画監督志望のゴウ(演・菅田将暉)」も描く作品として、映画版・キネマの神様をスタートさせます。


出典:映画.com

原作に登場したゴウという面白いじいさまを描くためには、彼の人生がもう少しわかっていなければいけないんじゃないか、そしてそれは僕と同じ時代に青春を過ごした男かなと思ってみたんです。僕の青春時代、1950年代、60年代は、この国自体が元気だった。映画は娯楽の王座だったから映画界も元気で、スタッフ全員が映画会社の終身雇用の社員だった。現場でお茶を持ってくるおじさんからトラックの運転手さんまで。豊かな時代だったと思います。黒澤さんの「七人の侍」(`54)をはじめ数々の名作は、そういうスタッフの生活が安定した中で作られた映画だったんです。
「キネマ旬報」8月下旬号・インタビューより抜粋

もはやタイトルが同じ別物……とも言えそうな改変でしたが、この判断を原作者の原田マハはとても好意的に受け止めたそうです。

その年の夏、私がパリに滞在しているときである。真夜中にスマホのメールの着信音が鳴って、目が覚めた。見ると、文藝春秋の担当編集者からである。「松竹から脚本の初稿が届きました。先に申し上げておきますが、原作とはかなり異なっています。これをどう判断されるかはマハさんにお任せします」。私は添付の原稿をすぐに開いた。そして息もつかずに一気に読んだ。読み終えた頃には、暗かった部屋が青白く、明るくなっていた。涙が止まらなかった。

確かに、脚本は原作とは大幅に違っていた。まったく別物といっていいくらいである。けれど、だからこそ、私は嬉しかった。原作をただなぞらえて映像化するのではなく、監督が完璧に自分自身のものにしている。原作に対する深い読解と敬意、創造力がなければ決してかなわないことだ。私はすぐに、松竹のプロデューサー宛にメールを送った。

ーーーこれこそが、山田洋次監督の〈キネマの神様〉です。
公式パンフレット・インタビューより抜粋

実際に原田はこの後映画の内容を小説化したディレクターズ・カット版を執筆するなど、この映画版への深い好意と敬意を形にしています。

このような過程を経て、1936年に騒音問題により蒲田から大船に移転し、2000年まで名作を生み出し続けた懐かしき「松竹撮影所」を山田監督はスクリーンに再現することに。


出典:松竹株式会社・公式ページ

ゴウの娘・円(演・寺島しのぶ)と現代の人々の出番が減った代わりに、妻・淑子(宮本信子)やゴウの行きつけの映画館「テアトル銀幕」館長・テラシン(小林稔侍)にスポットが当たるように。さらに2人の若い頃のキャストとして永野芽郁野田洋次郎が登場し、彼らを見守る女優・園子役として北川景子がキャスティングされています。


出典:映画.com

園子には、現代と過去をつなぐ重要な役も与えられています。

年老いたゴウが、スクリーンに映る園子を観て「彼女の瞳に撮影現場にいた自分が映ってるんだ」と語り、その瞳に吸い込まれる形でタイムスリップが起こる……この演出を、山田監督は「クレオパトラ」(`63)などで知られるエリザベス・テイラーの瞳にスタッフが映りこんだ事があるというエピソードから発想したそうです。


出典:Wikipedia

また永野演じる若き日の淑子にも、大きな役目が。映画撮影のスタッフが憩いの場所として使っていた食堂「ふな喜」の看板娘として登場させ、当時の空気を観客に伝える役目です。

この「ふな喜」のモデルは実際に大船撮影所近くにあった「松尾食堂」。世界的巨匠であった小津安二郎監督も足繁く通った店で、淑子の母親の名前も当時の看板娘「若菜」の名前を採用するなど細部にまで再現しようとしています。


出典:映画.com

他にも小津安二郎監督の「東京物語」(`53)をモデルにした「東京の物語」の撮影風景や、ゴウの師匠役として「蜂の巣の子供たち」(`48)で知られる清水宏監督をモデルにした出水宏(演・リリー・フランキー)が登場。映画界の歴史と裏側を誰よりも知っている山田監督ならではのこだわりによって、在りし日の「松竹撮影所」の再現は徹底的にされています。


出典:映画.com

まさに松竹100周年にふさわしい映画の撮影が進む中で、あの悲劇が起きてしまいます。

撮影の佳境で訪れた訃報。
沢田研二と菅田将暉の奮戦が生み出した新たな主人公像

2020年3月29日、現代パートのゴウを演じる予定だった志村さんの訃報。国民的スターとの突然の別れに日本中が悲しみに包まれました。さらにその直後に、緊急事態宣言も発令され「キネマの神様」の撮影は先行きが見えなくなってしまいます。


出典:映画.com

そんな時、新しいゴウ役としてキャスティングされたのが沢田研二。かつて「ドリフの大爆笑」で共演したこともあり、長年にわたり志村さんと友情を築いてきた彼の抜擢で撮影現場は息を吹き返します。

映画監督の道を捨て、ギャンブルや麻雀に溺れる年老いたゴウ。それでも映画への愛を失っておらず、周囲に支えられ新しい希望を見つける姿を沢田は演じきり、志村さんのバトンをしっかりと受け切りました。そしてもう1人、彼の遺したものを形にしたのが過去パートのゴウを演じた菅田将暉です。

最初の緊急事態宣言中に、山田さんがこの状況を受けて、脚本に手を入れられたんです。それを読んだときに、すごいな、と。すぐに反応して作品の中に織り込んだ山田さんの才覚。本当に約束したと感じました。
「キネマ旬報」8月下旬号・インタビューより抜粋

今や日本の若手俳優の代表と言ってもいいほど、大活躍をしている菅田。今年に入り「花束みたいな恋をした」、ドラマ「コントが始まる」が公開・放送され、本作を含み「表現で食べていく夢を必死に追いかけ、そこで味わった挫折を経て大人になってゆく」人物を連続して演じることになりました。

特に「花束みたいな恋をした」で「モラトリアムの中で現実を知らず、恋人と夢を見る」姿と「現実で挫折を知り、恋人とも関係が冷めていく」姿は観ていてとても切ないものがあり、本作でもその経験がとても生きているように感じます。


出典:IMDb


出典:映画.com

さらに今回はかつて第56回ギャラクシー賞受賞など、各方面から高い評価を得たドラマ「3年A組-今から皆さんは、人質です-」(`19)で共演した永野の存在も彼の演技を支えていたそうです。

勝手にすごく信頼を置いています。誰よりも集中力がある。演じながら持っていかれる感じが、相変わらずありました。前作(『3年A組』)は教師と生徒の役で立場が割とはっきりしていましたが、今回はちゃんと対等にやれた感じが楽しかったですね
「キネマ旬報」8月下旬号・インタビューより抜粋


出典:IMDb

「沈みゆく夕日を止めろ」など出水監督のムチャぶりにも応え、ようやく助監督から監督になる夢を掴めた菅田演じる若き日のゴウ。撮影中の事故でその夢を捨てることになったものの、新たな可能性と出会う姿を演じた沢田演じる年老いたゴウ。2人の奮闘により、「キネマの神様」の主人公像は見事に復活を遂げ、映画公開へと至ったのです。

同時公開された映画撮影ストーリー
映画と生きていく、表現者の幸せの答えとは

※この先、作品の結末に関するネタバレを含みます

スケジュールが伸びたことで、奇しくも「キネマの神様」は他の映画撮影ストーリー作品と公開時期がかぶることに。


出典:映画.com

まずその1つが、ロバート・デ・ニーロを始め、平均78歳のアカデミー俳優が集結した「カムバック・トゥ・ハリウッド!!」。年老いた映画プロデューサーが主演俳優を撮影中に事故死させ保険金を手に入れようとするコミカルな姿は、ギャンブルにはまる年老いたゴウを連想させます。


出典:映画.com

一方で、若き日のゴウを連想させるのが「映画大好きポンポさん」。凄腕の映画プロデューサー・ポンポさんの元で自身のデビュー作完成へ走り、その才能を燃やす青年・ジーンが主人公です。「映画以外に好きなことがない」と狂気にも近い情熱で、編集室で作業に没頭する姿はクリエイターとしてとても心惹かれるものがありました。


出典:映画.com

そして「キネマの神様」と同じ8月6日公開となった「サマーフィルムにのって」。高校最後の夏休みに映画作りに没頭する若者たちを描いた話題作で、「映画を通して今と未来がつながる」というタイムトラベラー的要素でも本作と共通しています。

お金儲け、夢への挑戦、時代を超えた青春……様々な角度から「映画づくり」をテーマにした3作品と「キネマの神様」を見比べながら感じたのが冒頭の疑問、「表現者の幸せとはなんだろうか」でした。


出典:映画.com

「キネマの神様」で特にそれを感じたのが、ゴウと同じ職場にいた映写師・テラシンとの関係。淑子に惚れていたテラシンですが、彼女の想い人がゴウと知り身を引くことに。ゴウの構想している映画「キネマの神様」にもとても魅力を感じ、2人を応援しますが撮影中の事故でゴウは引退。監督になる夢を捨て、淑子と共に大船を去ってしまいます。

その数十年、映画館の館長になったテラシンはゴウと淑子と再会。ギャンブルと麻雀に夢中な老人になっていたゴウでしたが、かつて書いた「キネマの神様」を現代版に書き直し、公募賞でグランプリを受賞。かつて夢を追いかけていた時代を知るテラシンは誰よりも祝福します。そんな彼に、ゴウは以下のような身勝手な言葉をぶつけてしまうのです。

「映画館の館長になったお前は、人生の成功者だ。(不安定な人生を生きてきた俺ではなく)お前を淑子は選ぶべきだった」と……。

高い才能を持ち、それが世間に認められるのは確かに表現者の幸福なのでしょう。しかしそこに至れる人間はごく限られており、また誰よりも才能があり努力をし続けても思わぬ事故でその夢を捨てざるをえないこともある。特に映画作りという集団で何かを作っていくクリエイティブの分野では「才能がある=人生の成功が待っている」ではない。そうして去っていた者、才能がなかったと言われた者は不幸なのか。クリエイター人生の、最終的な幸せとはなんなのか。この映画は、観客の中でも表現に関わる人々にとても考えさせる問いを投げかけてくれます。


出典:Amazon.co.jp

本作は「ニュー・シネマパラダイス」(`88)のクライマックスを彷彿とさせる、映画館の客席シーンで幕を閉じます。客席で映画の中に導かれるように息をひきとるゴウ……あの結末もまた、クリエイターとしての幸せの形なのかもしれません。いずれにせよその答えは、観客1人1人に委ねられるのです。

無事完成したからこそ偲ぶ
あなたの笑顔をスクリーンで観たかった

松竹100周年記念、山田洋次監督による古き良き時代の再現、コロナ禍。「キネマの神様」は様々な過程を経て公開となりました。その奇跡にはとても大きな価値があり、そしてSNSの発展で表現者になる敷居が広くなった今こそとても考えさせるテーマを僕たちに投げかけてくれました。

そして、その問いかけ「表現者の幸せは何か」についてより深く考えさせられるのが、撮影半ばでこの世を去ってしまった志村けんさんの存在です。


出典:カンテレ・公式ページ

もし彼が予定通り、ゴウ役としてスクリーンに登場していたなら「鉄道員」(`99)以来の映画出演。実はこの作品での登場時間はわずか5分。鉄道員の故・高倉健さんと一晩だけ会話した炭鉱夫という、本当に小さな役でした。


出典:IMDb

にも関わらずその5分間だけは、主役をも喰らう勢いの名演技を発揮。「鉄道員」のテーマである「生きていくことの儚さ、切なさ」を見事に表現していました。

そんな彼がもし生きていたのなら、どんな風に主人公・ゴウを演じたのだろう。20年という時を経て熟成された志村さんの演技を、スクリーンで観ることができなかったのが本当に残念です。

「志村さんの、お気持ちを抱きしめ、やり遂げる覚悟です。」

あの日から新型コロナと共に歩んだ72歳精一杯の姿です。
詮ないですが、志村さんのゴウが観たかった。
わたしはこの作品を封切り館で“初めて”観ようと思っています。
公式パンフレット・インタビューより

志村さんの代役であることから宣伝活動を自粛した沢田の短い言葉からも、そんな想いがにじみ出ています。


出典:映画.com

「笑いがなければ人は生きられない。だから僕は笑いを大事にしたい」

(志村けんの大爆笑展・キャッチコピーより)

芸人として素晴らしいものをたくさん残してくださった志村さんの人生。彼は今、どんな神様たちと酒を酌み交わしながら笑っているのでしょうか。偉大な表現者に哀悼の意を表しながら、今回の筆を置きたいと思います。


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[イラスト]清澤春香

街角のクリエイティブ ロゴ


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