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「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」レビュー:夢見る少女じゃいられない

加藤広大 加藤広大


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「音を立てたら、即死」のキャッチコピーを引っさげて登場した「クワイエット・プレイス」から約3年、コロナで延期されつつも、ついに「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」が公開された。

延期前のキャッチコピーは「音を立てたら、超即死」で大いに笑ったのだが、最終的には「もう音を立てずには生き残れない」に変更されたようで、こちらも素晴らしい。相川七瀬っぽくなっているのが最高にB級ホラー感を醸し出している。

むしろ、コピーはそのまま相川七瀬で「夢見る少女じゃいられない」でも機能するはずだ。家族を守り続けてきた父を失ったアボット一家がこの先生き残るには、娘は「夢見る少女じゃいられない」し、息子とて「夢見る少年じゃいられない」、母だって「夢見る未亡人じゃいられない」のだ。そして、何より相川七瀬が「言葉だけが絶対言えなくて」と歌っている。

以下、「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」と「夢見る少女じゃいられない」についてもう少し書きたいところだが話を変える。何より相川七瀬が「NO NO それじゃ物足りない」と歌っているので。

さて、本作は「クワイエット・プレイス」の続編であるからして、「前作を観たほうがよいのか? 観ていなくても大丈夫なのか」問題が生じる。まずはこの点から進めていきたい。

結論「1作目は観た方がいい」


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出典:映画.com

補足をしていくと、「クワイエット・プレイス」、「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」ともに、冒頭シーンは非常に良く出来ている。

「クワイエット・プレイス」では、横倒しになった信号機や幾人もの行方不明者(尋ね人)の張り紙、荒れ果てた雑貨店などがゆっくりと、贅沢ともいえるショットで提示され、雑貨店の店内で子どもたちと両親が、物音ひとつ立てずに物品を調達している。会話は手話で行われ、言葉が交わされることは一切ない。

「あ、喋ったら死ぬな」とひと目で解るシーンであるし、緊張感はスクリーンを通して観客側にも伝わってくる。筆者は映画館で観たが、それまで「わさわさ」と聞こえていたポップコーンの音が一斉に止んだのをよく覚えている。

かたや「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」は、前作で描かれなかった前日譚から始まる。

この前日譚は、前作を観ている人には素晴らしいギフトになるだろう。ネタバレになるので詳しくは書かないが、小ネタがたっぷりと詰められている。だが逆に、前作を観ていなければ「ああ、平和だった世界がいきなり音出したら即死の世界に変わるのね。よくあるわ、こういう導入」といった感想を抱いてしまっても不思議ではない。

両作とも特に冒頭シーンは素晴らしく、前作を観ていることで補強される部分がかなりあるので、未見の方はぜひ「クワイエット・プレイス」を観てから劇場に足を運んで欲しい。

また「余計なことをして事態がややこしくなる」というホラー映画のお約束も、前作同様カチ盛りなのだが、前作を観ていれば母・息子・娘のキャラクターをより深く理解できるので、大いに突っ込めるし、笑えるし、イライラできる。これが未見の場合だと、特に娘の行動に「?」がついてしまって、いまいちノリ切れないかもしれない。

2作目で更に威力を増した「よせばいいのに」


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出典:映画.com

「余計なことをして事態がややこしくなる」というホラー映画のお約束も、前作同様カチ盛り、と書いたが訂正する。前作同様どころじゃない。

前作では、概ね家族の誰か1人が余計なことをしでかして、かなり面倒臭い事態を引き起こしていたが、今作では母・息子・娘が同時に「よせばいいのに」という行動をとる。単純計算で面倒臭さ3倍である、と書いたが訂正する。3倍どころではない。

長女のリーガン(ミリセント・シモンズ)母のイヴリン(エミリー・ブラント)は、前作でも事態をややこしくすることにかけては天下一品の役回りだったが、その影に隠れてやや控えめだった息子のマーカス(ノア・ジュープ)も加わる。

まるで「一作目の俺はややこしくする力を必死に抑えつけていたんだ」と言わんばかりに、マーカスは己を開放し、事態をややこしくしていくし、勢い余って序盤から滅茶苦茶酷い目に遭う。

リーガンは変わらず不機嫌そうな顔をして、ワガママっぷりも健在だが、修羅場をくぐり抜けた結果なのか、面構えが違う。勝利を確信した時のイキった顔は、ホラー映画史上に残るだろうと言っても言い過ぎではない。イヴリンは言わずもがな、アボット一家の代表として相変わらず「よせばいいのに」を繰り返す。

文字通り支柱を失ってしまった家族は、自分自身の力で難局を乗り越えようとする。が、乗り越え方が「よせばいいのに」という方法ばかりなので、より事態を悪化させる。「よせばいいのに」はまるでミルフィーユのように重なり続け、クライマックスまで折り重なっていく。このヤケッパチ感(念の為に書くが、褒め言葉です)は、ホラー映画の2作目として真っ当であり、「ああ、俺は今、ホラー映画の続編を観ている」となるので最高である。

だが正直、キレる人もいるかもしれない


https://eiga.k-img.com/images/movie/92403/photo/1d38ce372431155e/640.jpg?1616980261
出典:映画.com

SNSなどの評判は読んでいないが、「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」は、おそらく賛否両論あり、それも結構真っ2つに割れるだろうなと感じる。

筆者は封切り日に鑑賞したが、素直に白状すると観終わった後は若干キレていた。「ああ、やっぱり比較的デキの良いホラー映画の2作目って、こんなモンだよね」と。ただ、1日経ち、2日経って「むしろアレがいいんじゃないのか」と考えが変わった。

「展開が荒唐無稽だ」「いくらなんでも無理矢理過ぎる」といった指摘はたくさん出ているだろう。だが、冷静に考えると「ホラー映画(特に2作目)なんて、それがいい」のではないか。ビッグマックを見て「ピクルスの位置が荒唐無稽だ」「フォルムが無理矢理過ぎる」と指摘したところで、ビッグマックはビッグマックであり、むしろジャンクフードとして、それが正しい有り様なのではないか。

よく「何様だ」と言う人が居るが、映画にも「何様だ」とケチを付ける人は多い。ただ、この手の映画は、何様というよりは「この有様でございます」を愛でるタイプの作品であり、「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」も同じく、最近余裕が無くて忘れかけていた映画の楽しみ方、面白がり方を教えてくれるといった、不思議な魅力がある。何より相川七瀬も「きっと誰かがいつかこの世界を変えてくれる そんな気でいたの」と歌っている。目の前に映る景色をどう捉えるかは、当たり前だが自分次第である。どうせなら、ご機嫌の方が良い。


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[イラスト]清澤春香

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