夏！
夏！！
夏！！！
夏！！！！
夏が来たYO！！！！！
皆さーん、まだまだ厳しい状況ですが、今年の夏をちゃんと満喫していますか？ 遊んでますか？ 恋してますか？
ちゃんと復讐してますか？
過去あなたやあなたの大切な人に、あんな事やこんな事をした連中を野放ししてはいけませんか？ 幸せそうに夏を謳歌する奴らを許してませんか？ そーんな暑さで爆発しそうな怒りにクールに応える、素敵なスリラー映画が公開されました。
出典：IMDb
「プロミシング・ヤング・ウーマン」。
ジェットコースターのような目まぐるしい女の復讐劇が大きな話題となり、第93回アカデミー賞脚本賞にも輝いた本作。今回はその魅力を、ホアキン・フェニックス主演のあの作品とも比較し徹底レビューいたします。さあ、
クソ野郎ども、地獄に落ちる準備はできたかい？
やられたらやり返せ。「キャリー・マリガン」と
「エメラルド・フェネル」が仕掛ける女の執念
出典：IMDb
「何やってんの？ って聞いたんだよ」
夜な夜なバーで泥酔したふりをし、男どもに自分を持ち帰らせる。そして1対1になり、相手が油断した瞬間、冷え切ったどすの利いた声で制裁を下す……。
そんなダークヒーロー的ヒロイン・キャシーを演じるのは、キャリー・マリガン。どこか繊細で儚げな役のイメージがつきまとう彼女ですが、本作では誰にもこの役を譲りたくなかったそうです。
自分ではなく、別の人が演じるのを想像して納得できれば、私はその役を演じない。これが私なりの考え方なんです。今回は、自分以外の人がキャシーを演じると思うと不安と怒りがこみ上げてきたんです。最初に脚本を読んだとき、別の人にこの役が決まったらどうしようと思いました。
公式パンフレット・インタビューより
出典：映画.com
彼女の初期の代表作と言えば、「17歳の肖像」(’09)。オックスフォード大学を目指し勉強一筋だった少女が年上男性との恋を経て、人生が大きく変わる……という役柄だったキャリー・マリガンがその10年後に「医大を中退し、人生を狂わせた男たちに復讐を実行する」役で再度アカデミー賞にノミネートするのは不思議な巡り合わせです。
出典：映画.com
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他にも「華麗なるギャツビー」(’13)ではレオナルド・ディカプリオの相手役、街角のクリエイティブでも取り上げられた「時の面影」(’19)でも未亡人役で出演。
「男達に翻弄されてきた女性」を数多く演じてきたキャリー・マリガンだからこそ、男達を地獄に叩き落とす今回の役が魅力的に映ったのでしょう。
そして彼女が惚れた脚本を書いたのが、エメラルド・フェネル。映画監督だけでなく小説家、女優としてもキャリアを築いており昨今ではNetflixドラマ「ザ・クラウン」にも出演しています。カミラ・パーカー・ボウルズ、そう、あのカミラ夫人を演じているのです。
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このように、豊富なキャリアを持つ2人の女性によって生まれた「プロミシング・ヤング・ウーマン」。その根底にあったのは、大きな社会問題への強い憤りでした。
「ただのお遊びだった」映画の元になった胸糞事件
底知れぬ被害者たちの悲しみを、タイトルに込めて
本作を語る上で避けてどうしても通れないのが、この10年間アメリカで何度も起きたレイプ事件です。特に2013年のモンタナ大学、2015年のスタンドフォード大学の事件はあまりに酷いもの。僕も当時の記事を読み、胸が痛くなりました。
2013年のアメフトチームが起こした事件は、グリズリーズのクオーターバックが襲われたのをきっかけに、これまでもたくさんの女学生が彼らの標的になっていたことが明るみになります。しかしこともあろうことに大学と地域一帯が犯人をかばおうとしたのです。
この町では、アメフト選手は住民全員の「自慢の息子」である。彼らにレイプされたと訴えるような女子学生は、嘘つきとみなされる。たとえ動かぬ証拠（医学的な物的証拠や加害者自身の証言の録音）を持っていても、住民たちは「誤解があっただけだろう」とか、「若さゆえの、男ゆえの、ちょっとしたミスだ」といって訴えられた男子学生をかばい、被害者の女学生を「デートした後でふられたから仕返しをしているに違いない」と犯罪者扱いする。
Newsweek日本版「レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心」より
また2015年の事件では、大学宿舎で開かれていたパーティーに参加していた女性が意識がない状態で、ごみ置き場から発見。犯人であるブロック・ターナー元受刑者は卑劣極まりない行為をしたにも関わらず、水泳部のエースだったことから「前途有望な青年の未来を奪ってはいけない」と周囲から庇われ、禁錮6か月という余りに軽い刑を言い渡されています。
この数ヶ月後に被害者がBuzzFeed Newsにて陳述書を公開。その内容はのちにライター兼アーティストとなった彼女自身の手によって、一冊の本になっています。
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「あなたの無くしたものは具体的でした。肩書き、単位、学籍。私の負った傷は目に見えないもので、自分の中に抱えなくてはならないものです。私の価値、プライバシー、エネルギー、時間、安全、親密さ、自信、そして、声を、あなたは奪っていきました」
彼女が勇気を持ってこの声明を発しなければ、当時の全米が事実を知り、犯人に憤ることは難しかったでしょう。
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このように常に「前途有望な彼らの経歴に傷をつけてはいけない」ともてはやされ、事件を起こしても若き日の過ちと許されて増長する加害者たち。
この「プロミシング・ヤング・ウーマン（前途有望な女性）」というタイトルは、そんなクズ男たちへの皮肉と、同じようにあった明るい未来を奪われた女性たちの悲しみがこもったメッセージなのです。
「ジョーカー」の再来？ 復讐鬼・キャシーを
演出するブラックユーモアとポップな七変化
キャシーの親友・ニーナも、医大時代にクズ男たちの犠牲となり退学し、そして命を絶ってしまいます。彼女の死後、心が抜け殻になり、近づくクズ男たちに制裁を下してきたキャシーの耳にある情報が入ります。主犯者が社会的に成功を収め、幸福の絶頂の中で結婚式をあげようとしている。ニーナの無念を背負い、キャシーの復讐劇は始まるのでした……。
映画を観ている人が、ふと笑ってから、笑うところじゃなかった気がして笑いを引っ込める、その反応が好きなんです。この映画が誰かにとっての薬になるのは絶対に嫌でした。面白くて、描かれているリアルな物事にも興味を持ち続けられる、観る人の心に訴える作品にしたかったんです。
公式パンフレット・インタビューより
重いテーマを題材にしながらも、フェネル監督が目指したのはあくまで見ごたえのある面白い映画。脚本を作るに至り、監督が参考にしたのがコーエン兄弟の「ファーゴ」（`96）です。
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猟奇的な事件が起きているにもかかわらず、ユーモアなシーンが多く、ショッキングな内容もストレスなくどこか楽しく見れてしまう「ファーゴ」。その要素は確かに本作にも引き継がれており、緩急あるブラックユーモアとして非常に完成されたストーリー展開になっています。
アカデミー賞を受賞したこともあり脚本が評価されがちな本作ですが、個人的にはそれ以上に魅力を感じたのが「映像の色彩美」。キャシーの精神状況に連動して服のカラーが変わる、そのタイミングで物語がスリラーとラブコメを行き来する……その演出からどことなく浮かんだのは「JOKER」(`19）でした。
特に序盤からの化粧台のシーンからして、本作は「JOKER」のアーサーを連想させる演出が多数登場しています。
出典：IMDb
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これはオマージュというよりも「感情の起伏が激しい主人公」キャシーとアーサーの精神状態を、服装・髪型で表現するという演出が一致しているからだと考えられます。その演出を比較してみると
出典：映画.com
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まずメンタルが安定している時。心地の良いバイト先や男友達から好意を寄せられデートに興じる時のキャシーは、30歳とは思えないほど幼い顔つきになり、服装もティーンエイジャーが着るような雰囲気に。コメディのネタを心躍りながら披露するアーサーも、普段のヨレヨレなパーカーからアイロンの行き届いたシャツに着替え、表情は若々しさに満ちています。
この時、2人の着ている服の色は温暖系の「赤・ピンク」。赤は多くのバイオレンス映画で攻撃的な意味で使われる場合が多いですが、この2作品の場合「愛・情熱」ととてもポジティブな意味で登場し、明るい橙色も差しこみ物語の清涼剤の役目を果たしています。
出典：IMDb
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一方、2人のメンタルのバランスが崩れ負の感情が膨れ上がった時は、寒冷色の「青・緑」の色が映像内に暗い影を差し込みます。顔には深いシワが刻まれ先ほどとは別人物のように老け込むのです。
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そして「プロミシング・ヤング・ウーマン」の場合、もう1つ印象的なカラーが存在します。それが「水色」。「希望」「自由」というポジティブなイメージの強いこの色ですが、ネガティブな意味では「繊細」そして「現実逃避」という意味があります。光か闇か、彼女の中にそんな迷いが発生している時、この水色を着ているのです。特に上記のシーンは、左右の照明の明暗が異なり、彼女の揺れる心がはっきりと描写させます。
精神の波の激しさを視覚でここまで巧みに表現した映画、それが「プロミシング・ヤング・ウーマン」なのです。
そしてそんな彼女がたどり着くのが……
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最終形態！！ スーパーサイコナース！！
キャシーのクライマックスの姿は実にカラフル。ピンク・水色・黄色・緑・赤・白が入り乱れた最終形態は、「ジョーカー」としてすべての怒りを解放したアーサーととても似ています。
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ちなみに白い服をクライマックスにヒロインが着る時とは、彼女がハッピーエンドを願う瞬間なのだそう。目的遂行にためらいがなくなった、このカラフルナース姿は「狂気のウェディングドレス」と言えるかもしれません。
このような視覚的仕掛けが張り巡らされているおかげで、僕たちはキャシーに強く感情移入することができます。他にも男たちが醜い本性を現した場面では「窓際に群がる虫」がアップになったりと、ポップな世界にぞくりとさせる要素が多数盛り込まれています。
個人的には小児病棟のシーンで唐突に「赤い風船」が登場した瞬間は、いい意味で肝が冷えました。
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無論あのやべえピエロは登場しないのですが、この場面の次からキャシーの復讐が本格化したので、意図的な演出だったのではないかと想像しています。このようにとてもセンシティブなテーマを扱っているにもかかわらず、隠れた仕掛けのおかげでストレスなく没入できる作品になっているのです。
恨みを捨てて、幸せに生きるのが一番？
ご都合主義なハッピーエンドに中指を立てろ
「私のせいじゃない」
「そんな昔のこと、いちいち覚えていない」
「お前は狂ってる」
次々とキャシーが接触する復讐のターゲットたちは、醜い本性を晒して凄まじい言い訳・罵倒をぶつけてきます。あの手この手で彼らに制裁を下しまくるキャリーでしたが、事件をもみ消したJ・グリーン弁護士の心からの謝罪を受けた瞬間、その心が折れかけてしまいます。
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他の人物との対面場所が「高級ホテルのレストラン」「設備の整った医学部オフィス」という自己顕示欲の強い空間だったのに対し、J・グリーンの部屋は「観葉植物が枯れ果てた自室」。彼の疲れ切った心理状態を的確に描いた演出です。
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ターゲットの中に善人がいたこと・彼がニーナの事件で眠れないほど後悔していたことを知ったキャシーは、友人に諭され自分の幸せのために生きる道を選ぶことに。こうして彼女の復讐劇は静かに幕を閉じるのでした。
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な・ん・て・な♫
そんなクズ男たちにご都合の良いエンディングが訪れないのが、本作の魅力。キャシーの復讐劇は二転三転しながらもいくところまで駆け抜けてゆき、最後の最後まで爽快かつ痛快に魅せてくれます。
映画館を出て鑑賞後の心地よさに包まれた時、ふとこの復讐劇を他人事として捉えていいものかとも考えました。ニーナが体験したおぞましい事件が身近で起きても、僕らは醜い言い訳や綺麗事を吐いて目をそらしたりしないか？ 安全な客席で無責任に正義ヅラする僕らは、復讐のターゲットではない「いい人」側なのか？ というより、すでにどこかで女ジョーカーの恨みを買っていないのか……？
出典：IMDb
……という、余計なことを考えていてはもったいない。重いテーマを扱っていますが、ポップでハラハラする復讐エンターテイメントとして、ぜひお楽しみください。最後に劇中のセリフを少しもじって、締めの言葉としたいと思います。
「あんたの過去にはやましい事なんて、1つもないのかい？」
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［イラスト］清澤春香
