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「ファルコン&ウインター・ソルジャー」MCUの作り方、教えます。

橋口幸生 橋口幸生


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神話の世界で神々が大暴れしたり、宇宙の全生命の半分が消滅したり。マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)は年がら年中騒がしい。しかし、どんな大事件が起きても、観客の心に残るのはささやかな、小さな場面だったりする。

キャップとペギーのダンス。

”I love you 3000.”

「俺はメリー・ポピンズだ!」

ファンであれば誰でも、お気に入りの「マーベル ちょっとイイ場面」があると思う。

「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」の「車内でのサムとバッキー」も、そのひとつだ。サムは助手席に座り、バッキーは後部座席にいる。



出典:CBR

バッキー「席をズラしてくれ」
サム「イヤだね」

その後、キャップのちょっとしたロマンスを見て2人がニヤニヤするところまで含めて、凄くいい。2人とも根は「ふつうのいいヤツ」であることが、一切の説明無しに伝わってくる。

「ファルコン&ウインター・ソルジャー」のヘッドライターであるマルコム・スペルマンも、インタビューでたびたび、この場面の重要さを語っている。(ヘッドライターとは、MCUのドラマにおける制作現場の総責任者のことで、監督より上の地位だ。一般的にはショウランナーと呼ばれ、脚本家が担当することが多い)



出典:IMDb

「ファルコン&ウインター・ソルジャー」制作にあたり、マーベルは何組かのチームにアイデアをプレゼンさせた上で、担当チームを決めている。いわゆる競合プレゼンだ。スペルマンはネイト・ムーアとコンビを組み、この競合に参加している。ネイト・ムーアはマーベルの制作部門の副社長であり、「ブラックパンサー」や「キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー」、「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」のプロデューサーの務めた人物だ。実際、「ファルコン&ウインター・ソルジャー」は、キャラクターやテーマ性においてこれらの3作品の延長線上にある作品になっている。



出典:Marvel公式YouTube

プレゼンの場でスペルマンは、「企画の骨子はサムとバッキーの日常を描くこと」と強調したという。2時間前後の映画では描けない素の2人を6時間のドラマで取り上げる、というわけだ。これがマーベル・スタジオ社長であるケヴィン・ファイギに評価され、競合に勝利したのだという。余談になるが、社長プレ当日、スペルマンは持病の偏頭痛のためロクに喋ることができず大失敗に終わったと語っている。勝利できたのは、その場でネイト・ムーアが猛プッシュしたかららしい。誰もが憧れるマーベルの仕事であっても、現場での苦労は、一般のビジネスパーソンと変わらないようだ。

大公開! マーベル・ユニバースはこうして作られている

今回、マルコム・スペルマンは大量のインタビューをこなし、マーベルのドラマの制作プロセスについてかなり詳しく語っている。複数のコメントをまとめたその内容を、ここで紹介しよう

まずはドラマのプロット、キャラクターの行動、キャラクターの関係性を、それぞれマップにする。そして、ボードに貼られたマップで全体図を確認しながら、プロットをエピソードに分けていくのだという。

複数の作品が絡み合うユニバース構造なだけに、チェックがたくさん入るのでは? と思ってしまう。しかし意外にもチェックはほとんど無く、スペルマンはクリエーターとしてやりたいことを自由に表現できたとコメントしている。唯一チェックされるのは、他作品に影響を与える部分だけだという。たとえば「ビジョンを出したい」と言うと、「いま「ワンダビジョン」が進行中だから、それは止めてね」というNGが入ることはあるようだ。

おかげでクリエーターは、他作品で何が起きているかを気にすることなく、自分の担当作に集中することができる。スペルマンはこの体制を「バブル」というコロナ禍らしい言葉で表現している。

また、ヘッドライターには、マーベルのキャラクターや原作コミックを知り尽くした監修者がつくのだという。ヘッドライターのアイデアに対して、監修者は原作コミックのキャラクターや世界観をどう活かすかをアドバイスする。本作であれば、スペルマンが「架空の犯罪都市を出したい」と相談したところ、監修者が「それならマドリプールだ」と提案したのだという。

マドリプールは、東南アジアにあるという設定の架空の都市。モデルはシンガポールだと言われている。1985年の「ニュー・ミュータンツ」に登場。ウルヴァリンのソロ・シリーズの舞台にもなるなど、X-MENとゆかりの深い場所だ。X-MEN登場に向けた布石と解釈できなくもなく、ファンとしては期待が高まるところだ。



出典:screenrant

スペルマンは自身を「ナード(オタク)」と呼び、マーベルを読んで育ったと公言している。お気に入りのキャラクターはデスロックと言っているから、その愛はホンモノだ。しかし、彼のような元々のマーベル・ファンでなくても、作品をつくれる環境が整えられていることが分かる。

マーベルは監督や脚本家に大胆な人選をすることで知られている。その背景には、こうした充実したバックアップ体制があるのだ。

話題を制作体制から物語そのものに戻そう。サムとバッキーの日常を描くスピンオフと聞けば、大半の人は、いわゆる「バディもの」を思い浮かべると思う。実際、全6エピソードを監督したカリ・スコグランドは「48時間」「リーサル・ウェポン」といった作品を参考にしたと語っている。

しかし、「ファルコン&ウインター・ソルジャー」は、バディものの範疇をはるかに超える作品だった。サムとバッキーの日常を描くことで、アメリカ社会が抱えるあらゆる闇が浮き彫りにしてゆく。そんな作品になっていのだ。

以下、ネタバレありなので、未鑑賞の方はご注意を。

「奴らは絶対、黒人をキャプテン・アメリカにしない」

「ファルコン&ウインター・ソルジャー」のテーマは、サム・ウィルソンが黒人として、いかにしてキャプテン・アメリカの座を継承するか、というものだ。



出典:THE RIVER

「アベンジャーズ/エンドゲーム」でスティーブ・ロジャーズはキャプテン・アメリカの座をサムに譲る。盾を受け取ったサムは「借り物みたいだ」「でも、ベストを尽くすよ」と答える。そばで見守るバッキーも、力強くうなずく。実に感動的なシーンだ。この原稿を書くために久しぶりに見直したが、涙が出てしまった。


しかし、万感の思いで受け取ったはずの盾を、サムは「ファルコン&ウインター・ソルジャー」第1話でスミソニアン博物館に寄贈してしまう。サムは「この盾はスティーブのものだ」と言うだけで、明確な理由は説明しない。



出典:eiga.com

バッキーはこれに憤り、「なぜ盾を手放した?」とサムを問い詰める。これがそのまま視聴者の気持ちを代弁しているのがうまい。

バッキーも、僕たち視聴者も、おそらくスティーブでさえも、「黒人がキャプテン・アメリカになること」がどれだけ困難なのかが、まるで想像できないのだ。

アベンジャーズの一員であるはサムは、みんなの人気者だ。街を歩けばセルフィーをせがまれることもある。しかし、世界を救っても、黒人として差別される現状は何ひとつ変わらない。

実家の漁業経営のため銀行にいっても、ローンの審査は通らない。バッキーと歩いていれば、自分だけ警官に職質される。BLM運動を通して、日本人も報道で目にした黒人差別の実態が、どこにでもある日常風景として描かれる。

サム以上に、黒人差別を象徴的とするキャラクターとして登場するのが、イザイア・ブラッドリーだ。



出典:IMDb

彼はスティーブ同様、超人血清を投与された黒人兵士だが、政府により存在を隠蔽され世捨て人のような生活を送っている。彼は自分がどれだけ酷い仕打ちを受けたのかを涙ながらに語り、

「奴らは絶対、黒人をキャプテン・アメリカにしない」

という、本作中もっとも衝撃的なセリフを口にする。

政府が黒人で人体実験をしていた……というのはいかにもコミック的な設定に思えるが、「タスキギー梅毒実験」という歴史的事実をもとにしている。米公衆衛生当局は「無償で医療を提供する」という名目で梅毒患者を集めておいて、一切の治療をせず放置したのだ。目的は病状の進行を観察すること。ペニシリンが治療に有効と分かった後も、患者に投与されることは無かった。内部告発によって実験が終了したのは、なんと1972年のことだ。



出典: Wikipedia

パーソナルな作品ほど、ポリティカルな作品になる。

困難をかかえているのは、サムだけではない。



出典:IMDb

バッキーは暗殺者時代のPTSDに苦しみ、カウンセリングを受けている。そもそもウインター・ソルジャーという名前は、ベトナム戦争に由来がある。ベトナム戦争に従軍した兵士たちは帰国後、集会を開き、自分たちがベトナムで行った残虐行為を告白した。その集会の名前が「ウインター・ソルジャー集会」なのだ。ウインター・ソルジャー集会は、アフガニスタンやイラク戦争の時も開かれている。建国以来、つねに戦争をしているアメリカにとって、戦場での残虐行為や帰還兵のPTSDは日常的な問題なのだ。

サムとバッキーの日常を掘り下げた結果、「ファルコン&ウインター・ソルジャー」はMCUでももっとも政治色の強い作品になった。

「もっともパーソナルなものが、もっともクリーエーティブなものだ」

ポン・ジュノが引用した、マーティン・スコセッシの名言だ。すこしもじると、「もっともパーソナルなものが、もっともポリティカル(政治的)なものだ」という言い方もできる。日常と政治は遠通りものではなく、密接につながっている。

もちろん、それはアメリカだけではなく、日本でも同じだ。マルコム・スペルマンは「黒人差別問題は、人類が抱える問題の超濃縮版だ」とコメントしている。黒人差別ほどあからさまではなくても、日本人の日常にも、差別や生きづらさはの問題いくらでも存在する。そんなことを「ファルコン&ウインター・ソルジャー」は思い出させてくれる。

世界は良くできない。でも、良くできると信じるしかない。

本作でサムとバッキーは、フラッグ・スマッシャーというチームと対決することになる。ブリップで消えた人々の社会復帰が進められた結果、逆に消えなかった人々は職や住む場所を失ってしまった。だからフラッグ・スマッシャーは、ブリップ前の世界を取り戻すために戦っている。見方によってはヒーローなのだ。実際、フラッグ・スマッシャーには世界中にスマホで組織化された支持者がいる。言うまでもなく、これは欧米各国を悩ませている移民問題のメタファーだ。マイノリティを社会的にサポートした結果、マジョリティが不公平を感じる。世界中、どこでも見られる構図だ。

トニー・スタークの尊い自己犠牲もあり、アベンジャーズはサノスを倒した。それなのに、世界はちっとも良くなっていない。ひとつの問題を解決したと思ったら、別の新しい問題が発生している。これではキリがない。

しかし、それでも世界を良くできると信じて、行動する。そんな人間こそがヒーローなのだ。

「俺には超人血清も、金髪も、青い目もない。あるのは世界をより良くできる、と信じる心だけだ」

シリーズ最終回での、サムの言葉だ。同じ場面でサムは「事態は複雑なんだ」「君には分からない」と上から目線で言われる。

こうしたやり取りは、僕たち日本人にとっても、馴染み深いものだ。

世界を良くできる。そう信じる人々は、つねに冷笑される。お前は分かっていない。世の中、そんなに単純じゃない。コメンテーターやインフルエンサーは、そんな言葉でマウントを取ろうとする。

誰がヒーローで、誰がヴィランなのか。見誤ってはいけない。そう「ファルコン&ウインター・ソルジャー」は教えてくれる。

今後への課題

このように「ファルコン&ウインター・ソルジャー」は、アメリカをはじめとする世界が抱えるいくつもの問題をテーマとして設定し、それらをエンターテイメントとして消化しようとした超意欲作だ。これでヒーロー映画で扱える範囲は、さらに拡張された。功績は絶賛に値する。

しかし、いくつか問題点もあるので、最後に指摘したい。

全6時間という尺を得て、2時間では描けない様々なテーマを掘り下げるという意図は理解できるし、成功している部分も多い。

しかし、いくらなんでも詰め込み過ぎという感は否めない。サムのキャプテン・アメリカの継承を描き切った一方、もう一人の主人公であるバッキーの物語、やや中途半端になってしまったように思う。

フラッグ・スマッシャーやシャロン・カーターの行動や目的など、セリフで説明される場面が多く、理解が追いつかない部分もあった。特にパワー・ブローカーの正体がシャロン・カーターだったという展開は、どんでん返しのためのどんでん返しになっていないだろうか。そこにテーマ性や必然性が感じられないのだ。

アジア人の描き方も、お世辞にもいいとは言えない。ナカジマが死んだ息子に思いを馳せる場面は、仏壇のデザインがメチャクチャなため、日本人はとてもシリアスに受け止められない。MCUに限らず、「ザ・ボーイズ」「オールド・ガード」などのヒーロー映画では、アジア人の扱いはひどい。差別の問題を扱う以上、黒人だけではなく、全人種にリスペクトを払うようにしてほしい。

また、サムが装着する新キャプテン・アメリカのスーツのダサさも、野暮を承知で指摘しておきたい。



出典:IMDb



出典:IMDb

原作通りといえば原作通りなのだが、もう少し、何とかならなかったのだろうか。これまでマーベルはそのまま実写化すると間違いなくダサくなるスーツを、絶妙に現代的にアレンジしてきた。中でも、これまでのキャプテン・アメリカのスーツは出来がよかっただけに、今回はズッコけてしまった。今後のシリーズでのアップデートに期待したい。

本作のヘッドライターのマルコム・スペルマンは、劇場版キャプテン・アメリカの新作を手がけることが決定した。

ドラマと映画が複雑に絡み合い、ひとつのストーリーをつむいでゆく。そんな前代未聞の沼を、マーベルは作ろうとしている。

サムが新キャップとしてどんな問題に対峙してゆくのか。視聴者としてこれからも併走していきたい。


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[イラスト]清澤春香

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