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「戦場のメリークリスマス」は鳴り響く。今を生きるあなたの平穏のために

ハマダヒデユキ ハマダヒデユキ


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あなたは間違っている。いや、我々全てが間違っている。


出典:IMDb

メリー・クリスマス、ミスター・ローレンス」。

ビートたけしのそんなセリフと笑顔が印象的な、大島渚監督の名作「戦場のメリークリスマス」(`83)。その4K映像による修復版が再上映され、上映されている映画館では満席になるほどの大盛況を見せています。クリストファー・ノーランやマーティン・スコセッシといった名監督たちが絶賛する、まさに名作中の名作なのです。

正直なことを言うと、公開当時生まれていなかった自分にとっては「名前は聞いたことがあるけど、観たことがない少し古い映画」の1つでしかありませんでした。「2023年に大島渚の作品が全てしまわれる」タイミングだからこそ往年のファンが観に行くことは概ね理解できるのですが、なぜここまで話題になっているのでしょうか? 映像が美しくなったとはいえ、なぜ30年前の作品が人々の心を強く動かしているのでしょうか? 

大島渚の生涯のテーマは「狂気への抵抗」

その考察に入るためにも、まずはこの「戦場のメリークリスマス」の誕生した経緯から紐解きたいと思います。原作となったのは、ローレンス・ヴァン・デル・ポストによる1963年の小説「影の獄にて」です。


出典:amazon.co.jp

作者の第二次大戦中の経験をもとに、「捕虜収容所という異常環境下での暮らし」を描いた小説は、販売された英国で当時大きな話題になりました。「影なき牢格子」「種子と蒔く者」など3部作構成になっているこの書籍を映画化しようと動いたのが、大島渚監督でした。


出典:IMDb

6歳の時に父親を亡くした大島監督は、母親が彼を戸主にしてしまったことで「幼くして一家の『父』になってしまった子供」という苦労の多い幼少期を過ごすことになります。そんな彼が初めてメガホンを取った映画が「愛と希望の街」(`59)。家計のために鳩を売る少年が主人公という、まさに若き日の監督自身の経験が大きく反映された作品です。


出典:IMDb

この映画以降、監督が最終作「御法度」に至るまで描いているテーマは「抑圧された状況下に適応した大人達が集まる社会構造と、それに抗う者の対峙」となっています。

安保闘争を描いた「日本の夜と霧」(`60)、在日朝鮮人死刑囚が主人公の「絞死刑」(`68)……中でも大きな注目を集めたのが、カンヌ映画祭最優秀監督賞を受賞した「愛の亡霊」(`78)、今回同時に4K映像に修復され再上映されている「愛のコリーダ」です。


出典:IMDb


出典:IMDb

特に「愛のコリーダ」は国際的にも高い評価をされながらも、実際にあった猟奇事件「阿部定事件」を扱っていることからハードコア描写が全編で展開され、現在でも完全版が上映不可能となっています。

このように、自身の経験から学んだ「社会が孕んだ狂気」を描くために一切の妥協をしなかった大島監督。そんな彼が次に挑んだのが「影の獄にて」を原作にした「戦場のメリークリスマス」だったのです。

「戦場のメリークリスマス」が天才たちに残した足跡

日本初の海外との合作だった「戦場のメリークリスマス」は、制作費に16億円という巨額が投入されたそうです。ニュージーランド自治島・ラロトンガ島に総数400人のキャスト・スタッフが集結、10週間に及ぶ撮影を経て完成に至りました。


出典:IMDb

その大きな功績の1つに、主演者たちに大きな転機を与えたことがあります。

ぼくはもともと素人というかほかの仕事をしている人を使うのが好きなんです。でも今度はぼくの映画としては大変なビッグ・バジェットでもあるし、できれば安全のためにもプロフェッショナルなアクターを使いたかった。だから、セリアズの役が一番大事なので、これから始めたんだけど、ロバート・レッドフォードを口説いてみたこともあります。でも、幸いなことに彼は断ってくれましたので。

(中略)

怖れたんでしょうね。それでいわゆるプロフェッショナルな大スターの考えはわかったので、次には作品の精神を理解してくれる人ということでデヴィッド・ボウイを思いつきました。
大島渚・著「答える!」(ダゲレオ出版)より


出典:OKMusic

当時、それまでにはない音楽活動を展開し「メジャーなカルト・ヒーロー」と呼ばれていたアーティストであるデヴィッド・ボウイ。初主演映画「地球に落ちてきた男」(`76)、そして第4回サターン賞を受賞した「エレファントマン」(`80)で演技力を高く評価されます。


出典:IMDb

そんな彼が任された役が、英国陸軍少佐「ジャック・セリアズ」。

俘虜収容所で軍法会議にかけられる彼と相対する日本人将校「ヨノイ大尉」と「ハラ軍曹」を演じたのが、演技経験の全くなかった坂本龍一とビートたけしでした。


出典:Wikipedia


出典:IMDb

デヴィッド・ボウイというスーパーなキャラクターの前に日本の職業俳優を置いたら、きっと身構えてしまったと思う。身構えたら、これはもう完全にダメなので、坂本もたけしも素人だからこそ堂々とデヴィッドの前に立つことができたのです。
出典:大島渚・著「答える!」(ダゲレオ出版)

全くの素人ながら俳優として出演するにあたり、坂本龍一は本作で人生初の映画音楽に挑戦させてほしいと大島監督に直訴。当時の音楽づくりを以下のように語っています。

(ラロトンガ島での撮影現場にて)朝起きて目の前に南極まで通じている大洋を眺めて朝食を摂り、役者演(や)って帰って来て、バーで夕陽の沈むのを見ながらニュージーランド製のヴァイリーマっていうビールを飲む。こんなことしてては創作意欲がおこりません。

でもたった一度だけ撮影の合い間にカメラマンの杉さんにファインダーを覗かせてもらった時、音が聴こえてきた。メロディーのないたった一音の音だけど、無数の音がひきしめあってる、そんな感じの音群。後に東京でラッシュを見た時、その音群を想像しながら見ていたけど、悪くないのでそのアイディアは実現しました。ヨノイが「行」をするシーンです。
出典:公式パンフレット(1983年版)・坂本龍一インタビューより

この体験を機に坂本氏はアカデミー賞に輝いた「ラストエンペラー」(`87)、「シェルダリング・スカイ」(`91)など歴史に残る映画音楽を次々と担当するようになります。


出典:IMDb

そしてまたこの作品に出演したことをきっかけに映画の世界に興味を持ったビートたけしは「その男、凶暴につき」(`89)にて監督としてデビュー。その後、第54回ヴェネツィア国際映画祭で「HANA-BI」(`97)で金獅子賞を受賞するなど、日本を代表する映画監督に成長したことはみなさんのご存知の通りです。


出典:IMDb

そんな大島渚、坂本龍一、ビートたけしが最後に集結したのが「御法度」(`99)。戒律の厳しい新撰組を描いた本作が大島監督の最終作となりましたが、この作品でもう1人の天才が誕生します。当時まだ16歳だった松田龍平が、組を乱す美少年剣士役としてデビューしているのです。


出典:IMDb

大島監督は2013年にこの世を去ってしまいましたが、彼と「戦場のメリークリスマス」が残した痕跡は日本映画界を今も支えているのです。

狂気と生きる時代だからこそ、この映画は色褪せない

さて、そんなもう伝説を終えたはずのこの作品が、なぜ2021年を生きる僕たちの心に強く刺さるのか。

その最大の理由は「作品内で起きている状況と、現在の状況がリンクしている」からだと分析します。


出典:IMDb

「戦場のメリークリスマス」の大きな特徴として、戦争映画でありながら戦場が一切登場しないという点があります。俘虜収容所という空間が舞台のため、爆風や兵器に目を奪われることなく「異常な状況下における人間心理・狂気」に集中して鑑賞することができます。捕らえた敵国の兵士や規律を乱した部下を断罪・弾圧し、謹慎や断食を強いる……その光景は、緊急事態宣言が何度も繰り返される現在の日本と似ているものがあります。

また狭い空間で怨嗟の言葉をぶつけて叩き合う様子も、以前よりも活発になった誹謗中傷騒動を連想させます。80年以上前の戦場を描写した30年前の映画と、今起きていることが重なっているのです。


出典:映画.com

そんな俘虜収容所の極限状態に抗うのが、デヴィッド・ボウイ演じるセリアズ。日本軍としての正義と彼に一目惚れした想いに揺れるヨノイに対し、彼は言い放ちます。

「お前にとっての禍の神でありたいものだ。」

まんじゅうと共に彼は断食を強いられる収容所の人々に配った花は、形状と土地柄から「ハイビスカス」だと推測できます。「勇敢」の花言葉を持つ一輪を食す彼の行為は、ストレスフルな日々を生きる僕たちに冷静になる大切さを伝えてくれます。


出典:映画.com

そのセリアズ自身も、かつて負の感情に飲み込まれた過去があります。パブリックスクールのエリートだった頃、入学してきた障がいを持つ弟を煩わしく思い、彼がいじめられているのを見て見ぬふりをしてしまったのです。


出典:映画.com

そして映画の終盤、俘虜の仲間を殺そうとするヨノイに対し、群衆から前に出たセリアズはキスをし、その凶行を思い止めます。このとき画面が揺れるのは、意図的なものではなく撮影機材の故障によるもの。この偶然を「ヨノイの心理描写を的確に表したもの」と評価し、大島監督は本編映像に採用したそうです。

そうして仲間を救ったセリアズは、生き埋めの刑に処されます。彼の頭から毛髪をヨノイが切り取ったのは、極限状態から解き放たれ自身の想いに素直になったから。狂気のシステムに果敢に挑んだセリアズの生き様が、確かに伝わった本作を代表する名シーンと言えるでしょう。

我々は、笑いあえる未来にたどり着けるだろうか

終戦後、セリアズとヨノイと同じ収容所にいたロレンスとハラは清々しい笑顔で再会します。ボロボロの服だった俘虜長のロレンスは整った軍服で、俘虜を叩いていた鬼軍曹のハラは僧侶のような姿で処刑を待つ身で。狂気の島から解放された2人は、かつてのように罵り合うことなく「あのクリスマスは素敵だった」と語り合う。

僕はこの光景に、コロナ禍という時代が終わった未来の姿を見出しました。


出典:映画.com

「この『コロナ禍』を、いつか戦争と同じように映画にする日が来るかもしれない」これは街クリ映画部が毎週開催している、オンライン映画会でふと出てきた言葉です。

すでにマスクをつけての外出が当たり前となり、さらには緊急事態宣言がくり返され、国民がかつてないストレスにさらされた状況が1年以上経過。そう考えれば、コロナ禍は「事件」から「時代」へと変貌したといえるでしょう。

「異常も、日々つづくと、正常になる。」

コピーライター・仲畑貴志さんが30年前この映画のために書いたキャッチコピーが、現実になってしまったのです。

見えない敵を憎み、見えない正義を背負って、様々な場所で罵り合う「終わらない戦争」を続ける人々。この異常な状況下で、僕たちは分かり合えないのか。負の感情から目を覚まし、勇気を持って歩み寄ることはできないのか。


出典:映画.com

「あの頃、俺たちは何かに取り憑かれていたな」

美しい映像で蘇った「戦場のメリークリスマス」を見に行くことは、そう笑いあう未来へたどり着く第一歩なのです。

最後になりますが、本作のテーマソングである動画を挿入して筆を置きたいと思います。どうか再生ボタンを押し、耳を澄ませてください。今を生きるあなたの心に、平穏が訪れますように。

 

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[イラスト]清澤春香

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