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「時の面影」巨大な岩石も、保険のオプも登場しない。地味ではあるが滋味がある

加藤広大 加藤広大


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「時の面影」は、史実をもとにした物語だ。第二次世界大戦の足音が近づく、1939年の英国、サフォーク州にあるサットン・フー遺跡の発掘に関わる人々を描いている。

遺跡(塚)が点在する土地の所有者はエディス・プリティ(キャリー・マリガン)。彼女が発掘家のバジル・ブラウン(レイフ・ファインズ)に調査を依頼することで、物語ははじまる。

サットン・フー遺跡からは船葬墓や豪華な装飾品が次々と出土し、それらが7世紀頃のアングロサクソン時代のものであったことから、英国の中世初期において極めて貴重な発見であるとされている。

埋葬されていたのは、599年頃から624年頃にかけて当該地方を統治していたイースト・アングリア王国のレドワルド王であるという説が現在では有力だそうだ。

巨大な岩石も、保険のオプも登場しない。地味ではあるが滋味である


時の面影
出典:IMDb

史実をもとにしているからして当たり前なのだが、本作は非常に地味である。「アレ、オレが見つけたんだよ」と今でも頻繁に見かけるアレオレ詐欺をしようとする考古学者などが登場して場をかき乱したり、戦地に向かわんとする男と、旦那がアレな嫁さんがアレな感じになるシーンがあったり、母親と息子の涙ながらの会話(ここは最高)があったり、抑揚はあるものの、サットン・フーに点在する塚の如く、小盛りである。

巨大な岩石が転がって主人公を追っかけてくるわけでもないし、食事に招かれたら猿の脳みそが出てくるわけでもない、虫が大量に出現するわけでもないし、崖から転げ落ちて戦車と心中する聖杯捜索隊指揮官が出てくるわけでもない。

個人的には、バジル・ブラウンを演じるレイフ・ファインズに、「実は特殊な過去があり、何らかの達人である」感が出まくっていたので、いつ金の匂いを嗅ぎつけたゴロツキや、欲に駆られた政府職員や、潜入してきた敵国兵を持ち前のスキルでバッタバッタとなぎ倒していくシーンがはじまるのかと、ワクワクしていたらついぞ平賀=キートン・太一的展開は訪れなかった。

バジル・ブラウンは、さまざまな葛藤を抱えつつも黙々と仕事をこなす。エディス・プリティも自身の身体に降りかかる不穏と戦いながら、日々の生活をこなすだけだ。サフォークのほとんどを占める、見渡す限りの低地を歩き続けるかのように、物語は懐かしさと悲しげな風景をたたえながら、淡々と進む。

盛り上がりに欠けると書くと「つまらない」と言っているように聞こえるかもしれないが、そうではない。爆破だ殺し屋だ4KHDRだと、インフレしていく脚本や映像表現に胃もたれしていた映画好きにとって、本作は二日酔いの朝口に入れた水のように、身体の中心をまっすぐに、スゥっと入ってくる心地よさがある。薄味だけれどもしっかりと出汁のひかれた滋味を感じられる。

世紀の発見はサットン・フーだけではない


リリー・ジェームズ動説
出典:IMDb

サットン・フーは「世紀の発見」と断じても言い過ぎではないが、本作における「世紀の発見」は遺跡だけではない。現在、世界はリリー・ジェームズを中心に回転しているという「リリー・ジェームズ動説」を決定づけたからだ。

過去、多くの学者や知識人によって提唱されてきたものには、「アンナ・カリーナ動説」「ウィノナ・ライダー動説」、少数派としては「オドレイ・トトゥ動説」などがあるが、近年は「キーラ・ナイトレイ動説」が有力であった。

しかし、突如現れた「リリー・ジェームズ動説」を唱える学派のエビデンスは凄まじく、「高慢と偏見とゾンビ」で魅せた、スローモーションにしてずっと眺めていたくなるほどの美しいアクションや、大傑作「ベイビー・ドライバー」で扮した向こう2000年程度は現れないであろう、鉄壁のキュートを発散するウェイトレス役をこなすことにより、他説はことごとくなぎ倒されていった。

そして、「イエスタデイ」においては、「グッドナイト・ロックスター」の一言だけでも、結構マズい感じの役を貰っちゃったものの、魅力がカンストしているので画面に出ているだけで最高、というビッグバンまで引き起こしたのは記憶に新しい。

無論、本作「時の面影」でも、その隠しきれない魅力は十分に発揮されている。そのまま撮影してしまうと彼女の魅力があまりに輝きすぎるため、カラーグレーディングの調整が厄介になったのだろう。画面に登場した時、彼女はバタ臭い眼鏡を拘束具として装着させられることにより、力を抑え込まれている。

だが、当然ながらリリー・ジェームズのパワーは眼鏡くらいでは抑えきれない。「本来の用途を果たすことができない」事象を表す時に、よく「レクター博士に拘束具」と言われるが、本作の彼女もまさしくそれである。むしろ、逆に力を抑えられているからこその魅力がプロミネンスの如く放射されている。

「イエスタデイ」と同じく、今回も割とパートナーに恵まれない「旦那に対して、いろいろと問題を抱えた嫁さん」的な役回りではあるが、今までの作品と比べて抑制が効いていて、更に出るとこは出るといったバランス感覚に優れている。彼女の今までのキャリアとスキルが、まさしくタイトルどおり「面影」となっている。

ときに、本作の原題は「The Dig」である


時の面影
出典:IMDb

「Dig」は「掘る」という意味だが、転じてレコード屋で音源を探す(掘り起こす)行為に対しても使われる。ちなみにレコードが入っている棚や箱の事を「餌箱」といい、「漁る」と表現されることもあるが、個人的には「掘る」ほうがしっくりくる。レコード探しとは、数千、数万枚のレコードの山から、文字通り「お宝のような一枚」を掘り当てるからだ。

これはそのまま映画にも転用可能だ。昔であればツタヤなどのレンタルビデオショップで映画をディグっていたわけだし、今ではNetflixやアマゾン・プライムのライブラリから手軽にディグることができる。

正直、各サブスクリプションサービスの検索性能は高くない。ジャンル分けも適当だし、ライブラリ内の全ての作品がわかりやすく一覧できるわけでもない。昨日まであった作品が突如として削除されていることもしばしばだ。だが、その不自由さは、意外と「ディグって面白い作品を見つけた時の快感」を増強させてくれる。

過去の作品を掘り返す時、過去から現在への時間が繋がり、「これから鑑賞する」といった未来からの時間すら含有している。それはとても知的で贅沢な時間であり、本作でも遺跡を通して、母子を通して、そして星空を通して描かれる。本棚の裏に行かずとも、時空は超えられるのだ。

「時の面影」は、今でこそ新作欄やNetflixオリジナル作品の一覧の目立つ位置に陳列されているものの、最新作や最新配信作品は次々と生み出され、地層のように積み重なり、やがて奥深くに埋もれてしまうはずだ。

そんな時、Netflixディガーが時に置き去りにされた本作を発掘し、リリー・ジェームズの魅力もとい滋味ある小品を楽しんでくれるならば、「遺跡発掘モノ」というジャンル上、これほど幸せなことはないだろう。


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[イラスト]清澤春香

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