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「プラットフォーム」に入室するとき……あなたなら、何を持ち込む?

橋口幸生 橋口幸生


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「プラットフォーム」はスペイン出身のガルダー・ガステル=ウルティアの長編初監督作品だ。トロント国際映画祭「ミッドナイトマッドネス部門」では観客賞を受賞。シッチェス・カタロニア映画祭最優秀作品賞を含む4部門での受賞を成し遂げるなど、高い評価を受けている。

現代は「El hoyo」。スペイン語で「穴」という意味だ。

主人公ゴレンは目が覚めると、牢屋のような部屋にいた。壁には48階の表記があり、中央の穴が空いている。その穴から、上にも下にも、同様の部屋がずっと連なっているのが見える。



出典:eiga.com

上の階からは食事が乗せられた台が降りてくる。台に乗せられているのは食事だ。内容は高級料理のフルコースだが、無残に食い散らかされている。手付かずの状態で食べられるのは最上階の住人だけで、2階、3階と下がっていくごとに、どんどん食べられていく。ゴレンのいる48階に来るころには、すっかり残飯になってしまている、というわけだ。

部屋にはゴレン以外にもうひとり、トリマカシという老人がいる。この建物にずっと前から住んでいるベテランらしい。

ゴレンはトリマカシから、建物でのルールを聞かされる。

ルール1: 1ヶ月ごとに、違う階に移動する
(次にどの階に行くのかはランダムで、事前には分からない)
ルール2: 何か1つだけ建物内に持ち込める

ルール3: 食事が摂れるのは、プラットフォームが自分の階にある2分間だけ

……というのが、本作の概要だ。ミニマムながら様々なドラマが起こりそうな、優れた設定だ。

※以下、ネタバレしてます。

「プラットフォーム」の脚本は、もともとは舞台用として書かれている。舞台化の計画は頓挫してしまったので、2年かけて映画用に書き直したと監督は語っている。

 オリジナル脚本では、ゴレンとバハラトが台に乗って下に降りていく場面で終わっていたという。その後の2人の活躍は、映画用に新たに書き起こされたストーリーというわけだ。ただでさえ過激な描写が多い本作にあって、最大の血みどろのアクションが繰り広げられるのがここなので、なるほどという感じはする。舞台では不可能な、映画ならではの見せ場だ。

 建物には、ひとつだけ私物を持ち込むことができる。トリマカシは「サムライプラス」という名前の肉切り包丁を持ち込んだ。

 主人公ゴレンが持ち込んだのは小説「ドン・キホーテ」。騎士道物語の読み過ぎで自分を騎士ドン・キホーテだと思い込んだ男と、近所の農夫サンチョが冒険の旅に出る物語だ。1フロアに閉じ込められた2人が様々な苦難を体験する「プラットフォーム」の設定には、ドン・キホーテとサンチョの関係性がそのまま引用されている。書いたセルバンテスは監督の出身国スペインの作家セルバンテスだ。



出典:Wikipedia

 一室に閉じ込められた2人を軸としたミニマムな世界観には、「CUBE」からの影響が指摘されている。加えて「デリカテッセン」や「ブレードランナー」、何より「Next Floor」からインスピレーションを受けたと監督は発言している。

 「Next Floor」は2008年に発表した11分強の短編映画だ。「ブレードランナー2049」や「メッセージ」で知られるドゥニ・ヴィルヌーブが監督している。見るからに裕福そうな人々が高級料理をガツガツと食べている。しばらくすると突然、床が抜けて、全員デーブルごと下の階に落ちる。それでも、まだ食事は続く。次々と床が抜け、どんどん下へと落ちていく……というのがストーリーだ。YouTubeで前編公開されているので、興味のある人はぜひチェックして欲しい。

 見ると分かる通り、テーブルに乗せられた高級料理を大勢で食べる様子や床に空いた穴、テーマ性といい、「プラットフォーム」ソックリだ。両作品とも、手づかみでクチャクチャ音を立てて食べる人々の姿が、実に汚らしい。

・善人はフードをおいしそうに食べる
・悪人はフードを粗末に扱う
・正体不明の人物はフードを食べない

 これはお菓子研究家の福田里香さんが提唱した「フード理論」という、映画における食事描写のパターンだ。「プラットフォーム」も「Next Floor」も、悪人の食事風景を描いた作品ということになる。

 しかし「Next Floor」で悪人とされているのは富裕層なのに対し、「プラットフォーム」は上層階でも下層階でも、全住民が汚く食べる。しかも、住民は1ヶ月ごとに違う階に移動するというルールがある。

 「プラットフォーム」の登場人物は、フード理論的には、すべてが悪人だ。実際、監督はいろいろなところで「人間は惨めな生き物だ」「人間の未来に関しては悲観的でいる」と発言している。富裕層だけを批判する映画ではないのだ。

 下層階で暮らし、飢えるつらさを分かっている住民も、上層階に行くと食べ物を独占する。食事の量が2人ではとても食べきれないことは明白なのに、限界を超えて食べようとする。(海外では2020年3月にNetflix配信されたことから、多くの人々がこの展開とマスクやトイレットペーパーの買い占めを重ねたらしい)

 そう、格差の原因は、人間ではなく、構造にあるのだ。「プラットフォーム」に入れられれば誰もが悪人になり、十分にシェアできる富を独占するようになるのだ。

 何らかの不正に接した時、多くの人はそれを「人間の問題」にして矮小化することで、見てみぬフリをしようとする。たとえば #BlackLivesMatter に対して、「白人警官にも良い人はいる」「黒人にも問題がある」という的はずれな指摘をする人が大勢いた。問題はそんなに単純ではない。黒人差別の背後には、たとえば「黒人に流行っているドラッグへの罰を、白人のそれより重くする」といった、凄まじく狡猾な差別の構造があるものなのだ。

 人間を見るな。構造を見ろ。構造を変えろ。

 そんなことを、「プラットフォーム」は教えてくれる。

 先に書いたように、建物の中には、何かひとつだけ私物を持ち込める。あなたなら何を持ち込みますか? という質問に対して、ガルダー・ガステル=ウルティア監督はこう即答している。

「サムライプラス!」


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[イラスト]清澤春香

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