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「大コメ騒動」は女性版「生殺与奪の権を他人に握らせるな」話

平野陽子 平野陽子


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夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)を最初に中止に追い込んだのは、「米騒動」だ。

大正7年(1918年)に富山県で起きたとされるこの騒動は、日本の女性が初めて起こした市民運動とも言われる出来事で、一部の男性にしか参政権が無かった当時の社会でも大きな影響力を持ち全国に拡大。寺内正毅内閣が退陣する事態を生み、3年後米穀法が制定されることとなる。

奇しくも、今の世界と同様に、新型の感染症(スペイン風邪)が世界的に大流行し、浮き彫りとなった格差で市井の人が苦しむ状況下で起きたこの騒動。「超高速!参勤交代」の本木克英監督が、真剣かつコミカルさも交え描いている。

毎日米を運ぶのに、米が買えない! 資本主義のからくり

主人公のいと(井上真央)は、17歳で農家から漁師の利夫(三浦貴大)の家に嫁いで13年。3人の子どもを育てながら、女仲仕(なかせ)として働いている。幼い頃から勉強が得意だったいとは、文字も読め、近所のおかか(女房)たちからも頼りにされる女性だ。


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出典:シネマカフェ

富山の港では、魚が獲れない時期は男たちは出稼ぎに出かける。その間、仲仕(なかせ)として浜まで重い米俵を担ぐ仕事を行い、日当約20銭を受け取って家族を支えるのが浜のおかかたちだった。漁師町の肉体労働者は1日に男は1升女は8合米を食べるが、日当では1升買うのがやっと。そこへ、米の価格が急上昇し始める。

おかかたちはリーダー格である、清(きよ)んさのおばば(室井滋)を中心に、浜に繰り出し、米の積み出し阻止を試みるが警察に追い返されてしまう。この騒動が地元新聞に「暴動」と報じられたため、大阪の記者が取材に来ることで物語は進んでいく。

大戦景気により都市部には新中間層が登場し、シベリア出兵に備えた米需要も増加。需要増加を呼んだ投機筋も入り、米の価格は大正6年(1917年)から徐々に上昇。
当時の日本人には、富める者も貧しい者も「生きるために必要な食糧=米」だったのにライフラインとして扱わず、「市場取引」にゆだねてしまったことから、実際に港から都市部や戦地に送る米を出している人達の口には入らなくなってしまった。

社会の重要なパートを支える人が、資本主義の仕組みでは一番利ザヤが低い立場になって追い込まれてしまった様子や、その人たちをおもちゃのように扱う権益者の残酷さ、覆すことのできない力関係を、徹底的に描く。

権益者として出てくる大地主の黒岩(石橋蓮司)の生存本能のみ感じる気持ち悪さも怪演だ。


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出典:シネマカフェ

「女性は組織単位で物事を考えられない」「女の敵は女」の嘘

室井滋演じる「清んさのおばば」の迫力はものすごい。争いを調停するのも、誰かの結婚をお祝いするのも、騒動で最初に周りを巻き込むのも、おかかたちの精神的支柱としてしっかり機能をしている。


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出典:シネマカフェ

劇中では、おかかたちは、公権力の前に屈すことも、内輪揉めもありつつ、共に暮らしを支える仲間としての結束を何度も取り戻し、共に進む存在。清んさのおばばを支柱に、かなり組織だったチームプレイが印象的だ。


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出典:シネマカフェ

実際の米騒動そのものは、歴史の教科書では「1918年に富山で米騒動が起き、全国に波及し、内閣総辞職になった」としかない。それほどのエネルギーを秘めたものでありながら、中心人物が誰でどのように全国に広がり……は謎が多い。

資料を読み込んだ本木克英監督自身も富山県出身だが、

江戸から明治に移行して近代国家になろうとするとき、米価の高騰や凶作の際には、生活を支える庶民の女性が声を上げる運動が定期的に起こっていたんですね。富山が発祥だと言われるのは新聞によって事件の翌日に報道が短時間に広まっていき、全国的な事件になったからだと思います。(出典:公式パンフレットインタビュー)

と語っている。
※ちなみに、監督は今回、富山県出身の俳優陣(室井滋、左時枝、柴田理恵、西村まさ彦、立川志の輔、内浦純一)をみっちりキャスティングし、主題歌も米米CLUB「愛を米て」にするなど、心憎い計らいをしている。

この映画で描かれているのは、富山を舞台にしつつも、全国で同じように生活のために懸命にもがいていた女性の姿でもある。

彼女たちに投げかけられる言葉の数々は、私たち現代に生きる女性にも突き刺さる言葉でもある。
劇中でトキ(鈴木砂羽)が仲仕の親方を務める夫から「女が何か行動を起こしても、何も変わらない。男がいて初めて物事が動く。面倒はやめろ。」と諭される台詞は、私自身、形や言い回しが変わっても何度も聞き(なにくそ)と感じた言葉でもある。

女性よりうんと力も体力もあり、社会的に有効な動きができる立場にいる男性が「女性が何か行動を起こすような一大事な時、男性も一緒に動けばより良くできる」と切り替えてくれれば、もっと世の中は前に進む。けれども、そうはいかない現実が凝縮された一言だ。

おかかたちによる「生殺与奪の権を他人に握らせるな」

この作品では、「男性が外に出て力を競うことを優先し、生活を忘れて起きる物事から、女性はいつも生活を守らないといけない」という大正時代の女性の立場が語られるシーンがある。
おかかたちは強くなろうとして強くなったわけではなく、「生活をしっかり守り抜くこと」を諦めたらおしまいだから、全力で戦っているのだ。


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出典:シネマカフェ

今でも、世の中には理不尽や覆せない力関係も多いし、片方の性別の視野だけで決定したがゆえに生まれる不都合もたくさんある。けれども、ツライ状況に屈して、悲劇のヒロインになったところで、守りたいものや大切にしたい対象が守られることも、死活問題が解消されるようなことも決してない。人は弱い者に一時的に同情することはあっても、すぐに忘れてしまう。

おかかたちが示した「生殺与奪の権を他人に握らせるな」は、約100年後の現代を生きる私たちにも、自分の力で選択し、どの選択肢を選んでも譲れないものを守り、幸せを切り拓いて行く覚悟の大切さと、諦めず粘り強く取り組む強さを思い出させてくれる。

映画を観た一人ひとりの、明日の活力につながる素敵な作品として、おすすめしたい。


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[イラスト]清澤春香

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