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「魔女がいっぱい」は大魔女アン・ハサウェイとロバート・ゼメキスによる「幸せを見つけるヒント」の贈り物

平野陽子 平野陽子


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「プラダを着た悪魔」の健気なアシスタント姿の印象が強いアン・ハサウェイ。
この「魔女がいっぱい」では邪悪でおしゃれに進化して、「大魔女」として登場する。


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出典:映画.com

ロバート・ゼメキスが彼女とタッグを組み、製作にアルフォンソ・キュアロンやギレルモ・デル・トロが名を連ねた贅沢な本作。
とびっきり面白く、華やかでクリスマスにぴったりなのに、「ビターテイスト」も兼ね備えた楽しさを紹介したい。

「チャーリーとチョコレート工場」の原作と同じ作家

原作は、1983年に出版され、人気を博したロアルド・ダールの『魔女がいっぱい』という小説だ。


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出典:Amazon

ロアルド・ダールは「007は二度死ぬ」の脚本も手掛けた多才な作家である一方で、「子どもが覗きたいけど見せてもらえない闇」を面白おかしく見せてくる人の悪いオトナである。私はこの人の悪さが大好きで、NHKのEテレでかわいいアニメーションとして放送された「へそまがり昔ばなし」もおすすめしたい。赤ずきんも「敏腕スナイパー」、シンデレラは「競馬で一山当てたギャンブラー」と基本的にいい子ではなくクセが強い。
子どもが共感し応援する主人公が、「大人にとっていい子である必要はない」という認識と、「いつか必ず通るだろう闇との付き合い方」をミックスしているのが特徴の作家かもしれない。子ども向けに書かれているが、子ども以外も楽しめる作品が多い。

ただし、その世界観だけで映画にすると、ブラックユーモアが強すぎてしまう。
「チャーリーとチョコレート工場」でティム・バートンがアレンジを加え、より魅力的に描こうとしたのと同様に、ロバート・ゼメキスも、舞台をヨーロッパ(ノルウェーとイギリス)から1960年代のアメリカに変え、物語をよりカラフルかつチャーミングに描くことに注力している。

子どもにとって、「ガチで悪い魔女」とは?

この映画に登場する魔女たちは、ハリー・ポッターシリーズとは違い、ピュアに「子どもの敵」として登場する。子どもが大嫌いで、隙あらば動物に変えて消してしまおうと試みている。しかも、仲間のことも、世の中で関わる相手も、自分すらも好きではない。
カモフラージュするため美しく着飾っているが、常に仮面をつけ、偽って生きている。(児童向け慈善団体のフリをして集合)


https://www.fashion-press.net/img/movies/23901/fe8.jpg
出典:Fashion Press

この「子どもにとってガチで悪い魔女」の特徴は、私たちも見覚えがあるはずだ。
「何かを極端に忌避し、常に偽って生きており、仲間も世の中で関わる相手も自分すらも嫌いな人」は、自分のことで精一杯で容易に他人を傷つけてしまう。この「信頼できない人物像」を、物語の大切なエッセンスとして映画版も残している。

現実的なエッセンスはビターで重いのに、大魔女を演じたアン・ハサウェイの「独特で謎の訛り」や「空中浮遊」といったアイデアや工夫のおかげで、「悪い奴だけどどこか滑稽な存在」として受け入れることができる。


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出典:映画.com

魔女の邪悪さの描き方には賛否両論がある

原作では魔女の手は「かぎ爪」とされているが、より不気味さを演出するために、指が数本無い設定を映画では加えている。先天的に同様の障害を持つ人もいる中での「子ども向け作品に身体的特徴のネガティブな理由付けになり、配慮に欠けている」と議論も起きた。
それを知った上で見ると、原作が生まれた1980年代の価値観に答えはなく、昔の作品での表現を今の価値観で捉えなおし、どう描くか? という点についても、すごく考えさせられた。

あなただけの幸せは、他の人にわかりやすいとは限らない

「千と千尋の神隠し」とか「美女と野獣」もそうだが、動物に姿を変えられてしまう作品は多い。
たいてい、本人ないし助けたい人が一生懸命奮闘し、その結果内面的な成長と変化が訪れ、ご褒美のように魔法が解ける物語は、とっても「わかりやすい」し、「努力は全て望み通りに報われる」という強いメッセージがある。

でも冷静に考えてみて欲しい。
人生には「結果的に良かった」と後で言えることは多いけど、「努力が全て望み通りに報われる」ってありえない。思いもよらない形や想定外のタイミングで報われたり、頑張ったけど全然だめで、切り替えて臨んだことが幸せを運んでくれたりする。
その「わかりやすさ」「納得のしやすさ」「こうあるべきじゃないと」を満たす最高のストーリージャンルがあるとするならば、「フェイクニュース&デマ」である。わかりやすさを信じたい気持ちを巧妙にくすぐって、喜怒哀楽の「怒(べき論の裏返し)」に結びつけ、ものすごい勢いで拡散することで、人の心をさらに揺さぶる。

原作者のロアルド・ダールの作品が取り上げる「いつか必ず通るだろう闇」の一つは「わかりやすさが持つ欺瞞」との対峙だ。「チャーリーとチョコレート工場」では、わかりやすい勝ち組の人達やチョコに興味がないけど権利には敏感な人達の「本質的ではない部分」を面白おかしくいじりご退場させてしまう。


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出典:Amazon

今回は「華やかに着飾って自分を偽り、善人面をする魔女たち」となる。
ロバート・ゼメキス監督のもとに、豪華な製作陣や素晴らしい俳優が揃ったことも、この「わかりやすさの持つ欺瞞」が荒れ狂う今の空気に、ピッタリの原作で楽しく対峙する意気込みを感じる。
ロバート・ゼメキス監督がインタビューで

「この作品には、時代を超えたメッセージがあると思った。それはとても重要で、今に関連する問題を扱っているんだ。僕は現代の映画の技術を使えば、映画をさらに魅力的に見せることが出来て、とても面白い作品を作れると思った。(後略)」
出典:映画.com

と語ったことからも、かなりの意欲がうかがえる。

ロアルド・ダールの作品が示すもう一つの要素は、「わかりやすさ」と対峙しそぎ落とした先にくっきりとする「その人だけの幸せ」にフォーカスして終わることであり、必ずしも多数決でみんなが納得のできるハッピーエンドではない。カエルにキスしても王子に戻るとは限らないし、真実の愛に目覚めたからと言って野獣のままかもしれない。
幸せにたどり着くまでの登場人物の心の旅の描き方こそ、映像化で製作側の創造力を掻き立てる要素でもある。

「魔女がいっぱい」の主人公や登場人物たちが歩む心の旅と、見つける幸せの形も同様である。

主人公の少年は、交通事故で両親を亡くし、母方のおばあちゃんと暮らし始めた少年だ。
食事も喉を通らなくなった孫におばあちゃんは、「悲しいけど、同情はしない。起きたことは学ぶには幼いかもしれないけど、学んでいきなさい。」と伝え、陽気に気長に励まし続ける。娘に先立たれた悲しみは深いのに、どんな現実であっても自分らしくしっかり生きることを教え続ける光景はとても温かい。
楽しく毎日を送る幸せを共に見つけていく二人にとって、「かわいそう」という世間のレッテルはとても安っぽくなる。オクタビア・スペンサーの演じる気丈さも、説得力があり、とても良い味となっている。


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出典:映画.com

けれども、ようやく心が癒えてきた矢先に、滞在先で少年は魔女に出会ってしまい、友達と一緒にネズミに変えられてしまう。「こんなアンラッキーなことってあるの?」となる状況から、物語はどんどん進んでいく。


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出典:映画.com

姿はネズミにされていても、中身は子ども。おばあちゃんは、大切な孫とその友達として扱い、味方でいる。
この作品を貫く、「他人にはわかりにくい、本人だけの幸せ」の部分とは、ネズミになっちゃった時点で初めて輪郭がくっきりとする。主人公の少年が明確に感じた幸せは、「姿が変わっても自分らしく、元気にのびのびと、大好きなおばあちゃんや友達と生きる」ということそのものだ。

本来の姿を偽り嫌いなもの(子ども)をやっつけないと気が済まない魔女たちと、ネズミになっても内面は変わらずにいる少年やおばあちゃんの姿は非常に対照的だ。「わかりやすさ」と「わかりにくい、自分だけの幸せ」の戦いが繰り広げられていく。

原作の持つメッセージ性の良いところを保ちながら、魔女との対決シーンは、さすがロバート・ゼメキス監督と豪華な製作陣で、おもちゃ箱をひっくり返したように画面いっぱいに楽しさと美しさが広がっている。
「他の人にわかりやすいものではない、あなただけの幸せ」を見つけるヒントを、子どもだけじゃなく、大人にも教えてくれる、クリスマスにぴったりな作品としておすすめしたい。


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[イラスト]清澤春香

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