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「みをつくし料理帖」は見ないともったいない! 角川春樹が江戸の舞台に宿らせた「今の空気」と「滋味深さ」

平野陽子 平野陽子


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多くの人に愛される小説を「映画」にするのは、勇気と実力が要る。
髙田郁の世界観が愛され、過去に何度もドラマ化された「みをつくし料理帖」。角川春樹は豪華な俳優陣やスタッフと共に、世界観の再現だけではなく、小説では難しかった「今」の価値観や空気を宿らせることに成功している。

「鬼滅の刃」の大ヒットの裏で、ひっそりと上映期間が終わってしまうのはあまりにもったいない!
江戸を舞台にした心温まる世界観や設定はそのままに、現代の価値観と空気を纏うこの映画の魅力に迫る。

大ヒットの時代小説『みをつくし料理帖』と角川春樹

原作『みをつくし料理帖』は、髙田郁による日本の時代小説シリーズ。角川春樹事務所の「ハルキ文庫」から2009年5月に第1作を刊行し2014年8月刊行の第10作で完結した人気シリーズだ。


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出典:Amazon.co.jp

江戸に出てきた大坂の料理人、澪。東西の味付けの違いや、様々な事件を乗り越えながら、料理を通じて人を幸せにする道を歩む時代小説。洪水で親を亡くし、幼馴染の野江ともはぐれた澪は、大坂随一の料理屋「天満一兆庵」の奉公人として味覚を活かし実力をつけていく。

本店が焼けた「天満一兆庵」の一同は江戸の支店に来たが店は潰れており、澪は蕎麦屋の「つる家」で働きながら、料理で身を立てていく話だ。
過去に、北川景子主演、黒木華主演でドラマ化。作中に登場する料理はどれもとても美味しそうで、読んだらお腹の空く小説だ。

ハルキ文庫であることからわかる通り、角川春樹はこの作品の成り立ちやヒットする経緯も熟知した上で映像化している。自身の最後の監督作品として「原作をプロット段階からよくわかった」立場で、何を選択し、どんなメッセージのある映画にするか? にこだわっている。

大きく進歩した技術を追い風に。今の女性をターゲットに。

この作品の構想は、2018年9月、髙田郁作家生活デビュー10周年記念の場で、角川春樹監督が映画化を明言したことから始まる。


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出典:東洋経済オンライン

実は、角川春樹監督は、10年映画を撮っていない。その間、環境は大きくデジタル化したが、クリエイティブ性を左右することはなかったそうだ。

料理は、フィルムよりもデジタルのほうがよりリアルに見えるんです。だからこれは初めから4Kか5Kで撮りたいと思っていたんですよ。この10年映画をやっていない間に、世の中の流れが、カメラだけでなく映画館の上映自体もフィルムではなくなった。でもそういう変化は、現場に入ってすぐにわかったので、戸惑うこともなかったですね。
出典:東洋経済オンライン

デジタル撮影技術を生かした結果、料理の湯気やとろみ、艶感や温度によって違う質感まで、スクリーンから伝わってくるし、全体的に静かな映像の中で、人物の話す位置によって聞こえ方の違う会話など、映像と音響にもこだわりが感じられる。
(映画館が食事禁止なことを忘れてポップコーンを買った私は、強烈な空腹と共にスクリーンを見つめざるを得なかった)

また、映画のターゲットに据えているのは、30~40代女性であり、主人公の澪(松本穂香)も野江・あさひ太夫(奈緒)も20代。この作品は「今を生きる女性」に向け作られている。時代小説の中では時代背景に忠実に生きなければいけない主人公達の会話、人生の歩み方、ラストの締めくくり方含め、現代女性にも共感できる仕上げ方をしている。

例えば、時代劇では男性だけが蕎麦屋で酒をたしなんでるシーンが多いが、本作では「美味しいので妻を連れてくる常連客」も登場する。舞台は江戸でも、私たちの日常との共通点を感じられる。

その一方で、吉原や身分制度、江戸庶民のカツカツの生活など、時代設定を書き換えることは決してしない。近年の作品では、ポリティカルコレクトネスとストーリーの整合性が指摘されることも多いが、その時代が舞台なら外せない不都合な部分と、現代の価値観で見られる演出のバランスがとても優れており、流れがスッと入ってくる。

作品を原作から愛している故の、匠の技を感じる。

イメージを覆す俳優と、角川映画のスターの組合せ。

1980年代角川映画でおなじみのスター達による安定した演技は、この作品の魅力の一つ。当時を知り、映画のメインターゲットより少し年上のファンもクスリと笑える演出が、織り交ぜられている。

澪に店を託す、つる家の主人・種市を演じる石坂浩二は「金田一耕助シリーズ」の主役。若村麻由美は「蒼き狼 地果て海尽きるまで」、渡辺典子は「晴れ、ときどき殺人」、浅野温子は「スローなブギにしてくれ」などに出演。つる家の常連客を演じる野村宏伸と、澪の宿敵・日本橋登龍楼の采女宗馬を演じる鹿賀丈史は1986年の「キャバレー」で共演しており、信頼感ある俳優たちにより作品が支えてられている。


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出典:シネマトゥデイ

戯作者の清右衛門(藤井隆)のモデルと言われている滝沢馬琴の代表作は「南総里見八犬伝」だが、今回、映画から登場した妻・お百を演じて作品名を口にするのは1983年の「里見八犬伝」で主演を務めた薬師丸ひろ子という、心憎いやり取りも見逃せない。


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出典:映画ナタリー

角川春樹監督と初タッグとなった俳優陣も、普段のイメージを覆した名演が光る。澪を演じた松本穂香はフレッシュな雰囲気より実直な料理人に見えるし、野江・あさひ太夫を演じた奈緒はとてもあでやかだ。小関裕太もさわやかさより良心的な医師に、中村獅童も陰のある料理人に見える。

特筆すべきは窪塚洋介で、澪を導くメンターであり恋心の先でもある小松原は、原作でもやや渋いキャラクターだ。ストーリー全体を、しっとりした素晴らしい演技で包んでいる。あの、ウェイなインスタライブの主には決して見えない。


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出典:映画ナタリー

残るのは、己の道をしっかり歩む人の強さとさわやかさ

確かに、華やかなバトルや片方を応援しながら見られる作品は楽しい。
血が流れるショックな演出は、人の感情の深みや闇について想起しやすい。

原作では、ライバルとの対決が強調された場面があるにもかかわらず、静かに進む映像とストーリーをあえて選んだ本作は、大ヒット作品の裏で、上映館には恵まれないかもしれない。


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出典:映画.com

ただ、そのわかりやすさを控えた結果、己の道を追究する登場人物の芯の強さやさわやかさが、しっかりと胸に残る、「いい塩梅」の映画でもある。同時に、このやりきった感に「ああ、角川春樹、本当に最後の監督作品にするつもりだったんだな」と寂しさも残る。
運良く上映回に巡り合えたら、心に滋味深い体験として観てくれる人が増えると嬉しい。
心が満たされた代わりに、みんなお腹ペコペコになって映画館の外に出て欲しい。


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[イラスト]清澤春香

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