力が欲しいか。
皆川亮二さんの『ARMS』にでてくるセリフです。『ARMS』は、主人公の高校生たちが異能な力を得たことで世界的な陰謀に巻きこまれていくマンガ。多様な姿・能力をもった能力者たちによるバトルに見ごたえがあって、大好きな作品です。
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今回ご紹介するNetflixオリジナル映画「プロジェクト・パワー」は、『ARMS』のように異能な力をめぐるアクション映画です。
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前に紹介した「タイラー・レイク 命の奪還」のリアル路線とは異なるSF寄りな作品です。
いわゆる「異能バトルもの」のマンガに馴染みのある方なら理解しやすい設定と、バトルが魅力的です。ひとりの少女の成長物語でもあります。
今回もネタバレ全開でいきます。ご覧になってから読んでください。気軽にたのしめますから、ややこしい映画を見る気分じゃない時にピッタリですよ。
それでは、どうぞ。
まずはあらすじと、3人の主人公から
映画の舞台は、ニューオーリンズ。アメリカ南部、メキシコ湾に面したルイジアナ州最大の都市です。ジャズ発祥の地とされていて劇中でも、ソニー・ロリンズの『ストロード・ロード』が使われていました。
飲んだ人に5分間だけ超人的な力を与える、「パワー」と呼ばれる薬が何者かによって街にバラまかれます。そしてニューオーリンズの街で、服用者による犯罪が多発するようになりました。
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オープニングから主人公たちが出てくるまでに注目したいのが、ラジオ。ラジオで始まり、ラジオで終わる演出はスパイク・リー監督の「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1990)を彷彿とさせます。DJの声やしゃべり方もサミュエル・L・ジャクソンが演じたラブ・ダディを意識しているような感じです。
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最初に登場するのは、高校生のロビン。糖尿病のお母さんの治療費のために「パワー」の売人をしています。
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演じたのはドミニク・フィッシュバック。2013年からテレビドラマで活躍。2018年から映画に出演している29歳。見事なラップも披露し、これから要注目ですね。
ロビンから「パワー」を買っている、警察官のフランク。彼が2人目の主人公です。
異能な犯罪者に対抗するために自らも「パワー」を使っています。街を、市民を守るためならルールを逸脱してもいいと思っているんですね。演じたのはジョセフ・ゴードン=レヴィット。キャラクター設定もふくめて「ダークナイト ライジング」のブレイクそっくりです。衣装が違うくらいで。
出典:IMDb こっちが、フランク。
出典:IMDb こっちは、ブレイク。
ロビンの「バットマンとロビン?」というセリフは、ジョセフ・ゴードン=レヴィットの起用と役どころにかけたパロディなんでしょうね。
そして、3人目。「パワー」の実験に利用された過去をもつ元特殊部隊の軍人アートです。誘拐された娘を奪還するために、ニューオーリンズにやってきます。娘を救うためにお父さんが組織に立ち向かうというと「96時間」シリーズが思い出されますが、アートはリーアム・ニーソンほどの殺人マシーンではないですね。
演じたジェイミー・フォックスで記憶に新しいのは「フッド:ザ・ビギニング」。そういえば、「フッド」続編の話題を聞かないなあ。
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ロビンとフランク、ロビンとアートというバディものとして序盤は進み、クライマックスの船で3人がトリオとして揃うかたちで進行していきます。
注目作が控える監督・脚本トリオ
監督はヘンリー・ジューストとアリエル・シュルマン。
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コンビで「パラノーマル・アクティビティ」の3と4などを監督していて、僕が見たのは2017年の「NERVE ナーヴ 世界で一番危険なゲーム」です。
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ニューヨークを舞台に、地味な女子高生が自分を変えるために、リアルタイムで進行するゲーム『NERVE』を軽い気持ちで始めてしまう……。という感じで、キラキラしたニューヨークの街とポップミュージックがマッチしたMVのような映像が印象的です。いかにもティーン向けという感じですが、映像と音楽の力もあって結構たのしめました。
脚本は、マットソン・トムリン。IMDbなどで調べてみると「プロジェクト・パワー」が長編映画の脚本デビュー。写真も出てきません。ですがこの人、2021年公開予定の「ザ・バットマン」に、監督のマット・リーブスと共に、脚本で参加しています。
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ロバート・パティンソン主演で単独作としては「ダークナイト」トリロジー以来のリブートですよ。それに、このキャリアの浅さで参加しているんですから大注目の人物じゃないですか。
そして更にヘンリー・ジューストとアリエル・シュルマンの監督と、マットソン・トムリンの脚本というトリオで控えているのが、ゲーム『ロックマン』の実写映画「ロックマン(原題:Mega Man)」です。
「プロジェクト・パワー」の中に『ロックマン』が登場していたこと、気付きました?
アートが「パワー」の情報を得るために訪れたニュートの家。テレビ画面に映っていたのは、1987年発売の初代『ロックマン』のファイヤーマンステージ。玄関越しで聞こえてきたBGMもファイヤーマンステージのものです。
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映画「ロックマン」を手がけるトリオとしてニクい演出なんですが、「プロジェクト・パワー」の物語にしっかり関連させているところが上手なんですよ。
だって、ニュートは文字通りファイヤーマンになりますもんね。
異能バトルマンガ好きにはたまらない「パワー」の設定
カプセルを飲み込むと、ニュートの身体から炎が噴きだしてきます。「パワー」がもたらす異能な力を初めて目の当たりにする瞬間です。
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力にはいくつかの特徴があることが、徐々に明らかになります。
- 力を得るのは、5分間だけ。
- ひとりの力は1種類のみ(能力はカプセルではなく、個人に依存)。
- 力は、人間以外の生物がもつ特性に関連している。
- 力が遺伝し、カプセルが不要な突然変異が生まれた。
このあたりの設定、マンガ好きな方ならピンとくるはず。そう、『テラフォーマーズ』そっくりです。
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『テラフォーマーズ』は、生物の力を身につけた人間と、人間のようになったゴ〇ブリとのバトル in 火星を描いたマンガです。なんのこっちゃと思った方、ぜひ1巻だけでも読んでください。ぶっ飛びますよ。マンガは全部読んでますが、映画は見てないです。ごめんなさい。
生物の能力が、人間サイズになった時の脅威は『バキ』シリーズでもおなじみですね。
フランクの硬化する皮膚は、アルマジロの特性だと推測されます。
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フランクが最初に銃で撃たれるシーン。CG加工してるんじゃなくて、エアガンで風を受けているところをスローモーションで撮影したものなんですって。顔や皮膚の動きはリアルなんですよ。
周りの景色に合わせて擬態する銀行強盗は、カメレオンやタコ。クライマックスで出てくる骨が刃のように突だしてくるのはウルヴァリンカエルの特性です。
出典:IMDb 股間の擬態もバッチリです。
アートのテッポウエビの能力は『テラフォーマーズ』13巻に登場していて、詳細な説明がされています。巨大なハサミを閉じることで衝撃波を発生させる、キャビテーションとよばれる現象です。
出典:Wikipedia テッポウエビのハサミは片方が異常に大きい。
異能バトルものは能力の表現がしょぼいとガッカリですが、そこは問題なし。どの能力も、驚きふくめて、とても魅力的です。映像で楽しませてくれるのは「NERVE」から続く監督の特徴でしょうね。
生物の特徴ね……。じゃあニュートの発火や、氷の美女は?……いや、ほら、そこは体温調節する生物がいる的なこと劇中で言ってたから、その能力……。
はい、正直に言います! 能力の設定、穴が多いです。
発火とか氷とか、映像的に分かりやすいから使ったんだと思いますが、きっちりやってほしかった。単に火が出るとかだと「X-MEN」と変わらないんだもの。生物の特性が反映されているという魅力的な設定が、台無しになりかねません。
『テラフォーマーズ』を読みこんで欲しかった!
副作用があることや、5分間という時間制限は、能力のインフレを防ぐうえでもうまい設定なだけに、惜しい。もう少し練りこんでほしかった。特に、日本人はマンガをとおして異能バトルものに、目が肥えていますから。
良いところも、残念なところもある能力設定。じゃあ、能力をつかったバトルはどうか? ここにも良いところと、残念なところがあると言わなければなりません。
もうちょっと盛り上げてくれれば最高だったバトル
異能者によるバトルで重要な点をかんがえてみました。2つ挙げてみます。
- 不利な能力者が、相性や工夫で勝利をつかむ
- 四の五の言わない、能力同士のガチンコバトル
まず「不利な能力者、または無能力者が工夫で勝利をつかむ」という点。
例をあげましょう。
僕は『ジョジョの奇妙な冒険』が好きで、その中でも『ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない』が特にお気に入りです。広瀬康一くんというキャラクターがいて、彼の能力は「エコーズ」と呼ばれる、音を相手に染みこませるというもの。ただ、力はとても弱い。
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康一くんがエコーズで戦う相手は、対象の人物に罪悪感を抱かせて支配する能力者、小林玉美。玉美は康一くんのお母さんとお姉さんに対して、罪悪感を抱かせて迫ってきます。康一くんが玉美にひどいことをしたと信じ込ませるんですね。心を追いつめてくるんです。
力で対抗できないエコーズは、お母さんとお姉さんに「自分はそんなことしていない! 信じて!」という音をぶつけて身体に染みこませます。最後は、康一くんを信じて罪悪感がなくなり、勝利します。
能力者のバトルは力だけじゃなく、特性や相性を活かして勝利していく点がたのしいんです。
『テラフォーマーズ』の13巻でも、オオカミの特性をもつ軍人に、スカンクの能力者である女の子が勝利するシーンが出てきて、ここもアガる場面です。
「プロジェクト・パワー」に話をもどしますが、この点はクリアしていると思います。キーとなるのは、ロビンです。
ロビンは3人の中で唯一「パワー」による異能を手に入れません。ただの高校生です。彼女の能力は、「声」であり「言葉」です。フリースタイルラップが象徴するように、彼女の言葉には力があるんです。
終盤の研究船で、その力は発揮されます。軟体動物のように関節がない相手に苦戦するフランクに対して「扉まで誘導して!」と声でアシストし、勝利します。
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状況に応じて、機転を利かせながら言葉を発する。まさにフリースタイルラップですよね。「パワー」に頼らずとも彼女は彼女だけの力を持っていたんです。
もうひとつのポイント「四の五の言わない、能力同士のガチンコバトル」はどうか?
一見弱い能力が、アイデアや工夫で勝利するのもたのしいです。しかし、強者同士が正面からぶつかりあうことも外せない。王道です。最後に、能力も捨てた殴り合いとかになるともう最高です。
『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部でいえば、ラストの仗助と吉良吉影のバトル。雄たけびを上げながら向かいあう場面は鳥肌ものです。
「プロジェクト・パワー」は、ここが弱いんですよ! 惜しいんですよ!
チャンスはあったんです。拘束が解かれたアートと、筋力増強らしき能力をもつ男が邂逅するシーン。フランクも合流して、最強の敵を2人が協力して倒すシーンがくるぞ! と期待しました。
ところがですよ! フランクのショットガンでズドーン! はい、終了!!
えぇぇぇぇえぇぇえぇぇ~~~~~~~~!!!!
なにそれなにそれ! 結局、銃なの!? それも一発で!? 能力は!? 銃社会アメリカのせいなの!?
ハズしの演出かもしれないけど、王道をきちんとやってからでしょう?
出典:IMDb 超人パワーで扉をぶち破っただけの、ひげおじさん。
ガッカリしましたね。絶頂目前での生殺しでした。フランクと軟体能力者が戦うところでカメラが回転するショットとか、映像的な魅せ方は上手なだけに本当にもったいない。
『ジョジョの奇妙な冒険』を読みこんで欲しかった!
能力・バトルの盛り上げ不足もあり、ちょっと地味という印象な「プロジェクト・パワー」ですが、何回か見ると、魅力が増してきたんです。残念なところに慣れて、物語の本質とか音楽に集中できるようになったからだと思います。
重要なのは、やっぱりロビンです。
自分だけの力、自分だけの未来
周りの普通になじめず、自分の世界に浸るかのようにヘッドフォンからヒップホップを聴きながらラップを口ずさむロビン。
彼女を変えたのは、アートとの出会いです。アートが彼女に「自分だけの力」を気づかせ、自信と一歩踏み出す勇気を与えました。
「プロジェクト・パワー」はひとりの少女の成長物語でもあります。これ、監督コンビの過去作「NERVE ナーヴ 世界で一番危険なゲーム」と同じテーマなんですよね。「NERVE」も、地味な女子高生が、自分の望む道へふみだす自信を手に入れるという話です。お父さんがいなくて、お母さんを愛しているけど気を使いすぎているという点も同じ。
「ロックマン」もそういう話になるのかもしれませんね。「映画監督は何本映画を撮っても言いたいことは同じ」ですから。
映画は、アートが橋を渡ってニューオーリンズにやってきてはじまり、橋を渡ってニューオーリンズを去って終わります。ロビンがデビューしたことを告げるDJの言葉と共に。
ラジオの使い方ふくめ、シンメトリーな構造は、とても映画的です。アートが去るのとロビンのデビューに時間差はあるので、リアルタイムではないでしょうが、それはいいんです。アートとの出会いでロビンが未来を切り開いたことを象徴しているんですから。
アートは、外からやってきて恩恵を与えて去っていく存在だったんです。「マッドマックス 怒りのデス・ロード」におけるマックスのような存在ともいえます。
ロビンのデビュー曲としてエンドロールに流れるのは、アラバマ州出身のラッパーCHIKAの『MY POWER』。
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わたしの言葉が、わたしの力
テーマをセリフや映像ではなく、音楽にたくす。これも映画的な演出です。
未来を切りひらく力は、自分の中にある。それに気づいて踏みだすのも自分だけど、大切な人との出会いがそれをもたらしてくれることもある。
「プロジェクト・パワー」は異能バトルものという派手な外見の中に、普遍的で大切なメッセージが込められた映画です。最初に書いたように、基本的には気軽に見れる娯楽作ですから、ぜひご覧になってほしいです。
だからこそ、設定の甘さやバトルが惜しい! 本当に惜しい!
早くも続編なんて話もあるので、脚本家と監督は『テラフォーマーズ』と『ジョジョの奇妙な冒険』を熟読してほしい。『ARMS』ももちろん読むように。だったら『スプリガン』もだな。『ONE PIECE』『NARUTO -ナルト-』『僕のヒーローアカデミア』は必須だし、最近なら『呪術廻戦』『チェンソーマン』も(文字数)
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[イラスト]清澤春香