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「ようこそ映画音響の世界へ」職人の、職人による映画をより楽しむための適切なガイド

加藤広大 加藤広大


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110歳以上の人間をスーパーセンテナリアンと呼ぶ。フランスのジャンヌ・カルマンは、疑義あるものの122年と164日生きたそうだし、これまた不確かな記録ではあるが、ナイジェリアのジェームズ・オロフィンツィは170年以上、中国の李青曇に至っては256年間も生きていたとされている。日本では、1903年生まれの田中カ子が、現在117歳にて存命中である。

とすれば、1895年に誕生した映画は、未だ一人のご長寿老人の人生と同じほどの歴史しか保持していない。しかしながら、大人になるにつれ連続した写真はより精細で高解像度な動きを獲得し、音を、色彩を、言葉を獲得し、世界中の人々に楽しまれ、ついには映画を見終えて1分も経たずにTwitterで文句を言われるような状態にまで成長してしまった。

と、映画の歴史は短いのだが、人の人生と同じように、世に産み落とされてから現在までは、さまざまな出来事が起こっている。「ようこそ映画音響の世界へ」は、そのなかでも「映画音響」にフォーカスしたドキュメンタリーだ。

本作では、映画で使われている音に関する無声映画〜現代までの映画音響の歴史を解説していくとともに、声・ライブ録音・ダイアログ編集・アフレコ・効果音・特殊効果・SFX・フォーリー・環境音・音楽・ミックスダウンなどを手掛ける技術者による解説やインタビューで構成されている。

知識の点が面になる快感がある



出典:IMDb

上述したように、本作はリュミエール兄弟の登場以来、エジソンが蓄音機を発明し、世界初のトーキー映画として「ジャズ・シンガー(1927)」が公開され、モノラルがステレオ音響になり、ドルビーが業界に参入し、現代の映画音響が形作られていく歴史を、ほぼ1本道で教科書的に解説していく。

その歴史の解説中には、「スパルタカス(1960)」で鎧の音に迫力が感じられなかったため、車のキーを使って効果音を作成したとか、「スター・ウォーズ(1977)」でベン・バートはフィールドレコーディングを駆使してさまざまな音を作り上げただとか、「ジュラシック・パーク(1993)」ではゲイリー・ライドストロームがいかにして恐竜の声を発明したかなど、有名作品にまつわる逸話が振りかけられていく。

この歴史解説+明日飲み屋で使えそうな小ネタの組み合わせはとても心地よく、なにせ多くの人々にとって「(観たことはなくても)知っている」作品がほとんどであるため、飽きずに完走することができる。さらに、後半では先述した声・ライブ録音・ダイアログ編集・アフレコ・効果音・特殊効果・SFX・フォーリー・環境音・音楽・ミックスダウンに関して、どのような役割なのか、具体的に何をするのか、その仕事がなされた結果どうなるのかを簡潔に解説してくれる。

つまり、1本道の歴史を小ネタとともにサラっと学習(映画史を少し齧った人であれば復習)でき、さらに1本の映画に必要な音楽を作るセクションを網羅できるので、点として存在していた知識が面になり、映画(音響)に関して、大雑把ではあるものの、なんとなくは理解できるといった快感がある。要は「ためになる」作品だと断じて言い過ぎではないだろう。入門編のドキュメンタリーとして申し分ない作りと内容になっている。

だが、一言言いたくなってしまう落とし穴もある

と、「ああ、ためになって楽しかったな」と気楽に鑑賞できる反面、文句というか一言言いたくなってしまう人々が登場してしまいそうな予感も多分に孕んでいる。

トーキーやマルチトラック音響周りの歴史描写や、ゴダールへの言及が一瞬(笑)であること、基本的にハリウッドが軸であるので、欧州や非英語圏の音響技術に関してはほとんど触れられない点など、多くの「これ入ってねぇ、あれ入れて欲しい」案件が出てきてもおかしくないし、と言うまでもなく既出だろうし、何ならパンフレットでも若干触れられている。もちろん、これらはもっともな指摘であるし、映画史は、映画音響の歴史は本作で語られるよりはるかに複雑かつ濃密で、快刀乱麻を断つようにはいかない。

だが、なにせ上映時間はわずか94分である。「そんなこと言われなくったってわかってんですよ、でも尺の問題で省略せにゃしょうがねぇでしょう」という声が聞こえてくるかどうかはさておき、短い時間のなかで歴史+映画音響という(細分化された)仕事を網羅するのには、思い切った取捨選択はどうしても必要だったろう。

ときに、本作と併映すべき映画として、「すばらしき映画音楽たち(2017)」という名作映画音楽ドキュメンタリーがあるが、それだってハリウッド、とりわけRC組を中心とした座組となっていた。

両作とも「これ入ってねぇ、あれ入れて欲しい」案件が頻出する構造となっているが、そもそも「この1本だけ観れば、すべてを知ることができる」などというアカシックレコードは宇宙のどこにも存在しない。もし、本作をNetflixやAmazonがシリーズとして企画し、10シーズン(全120回とか)で制作したとしても、この手の問題は必ず出てくる。なぜか。ドキュメンタリー作品には作り手の意図が介入するからである。だが本作は、ある構造により、「一言言いたい」を封殺する力を持っている。

当たり前の話だが、ドキュメンタリー作品には作り手の意図が必ず介入する。有限である時間に収めるためのカットアップはもちろんのこと、「これを言いたい、こう見せたい、このように見られたい」などという願望・思想も混入する。で、「これ入ってねぇ、あれ入れて欲しい」案件を考えるうえで重要なのが、この「作り手がどの程度介入しているのか」の見積もりである。適正な見積もりが作成できれば取捨選択の意味も想像できるし、他の資料を使って過不足を補いやすくなる。

ドキュメンタリー作品には作り手の意図が必ず介入する。介入してきた人物は誰か



出典:IMDb

では、本作に最も介入した作り手とは誰か。それは監督、ミッジ・コスティンである

彼女の本業はハリウッドの音響デザイナーであり、25年以上のキャリアを誇る。「クライベイビー(1990)」や「ザ・ロック(1996)」、「アルマゲドン(1998)」など数多くの作品に参加していて、「アルマゲドン(1998)」ではゴールデンリール賞(音響編集賞)を受賞するなど、ガチの職人である。余談だが、「クライベイビー」はジョニー・デップの初主演作であり、イギー・ポップ、トレイシー・ローズ、 スーザン・ティレル、ジョー・ダレッサンドロなど、全員カツ丼のような濃い味メンバーがラインナップされ、あまつさえ監督はジョン・ウォーターズで、メリーランド州ボルチモアで繰り広げられるベッタベタな恋愛モノで、ヒップとスクエアの対決がもう悶えるほど痛快で、「ラ・ラ・ランド」よりも遥かに強烈なミュージカルを仕込んだ快作なのでぜひご覧ください。

で、通常、ドキュメンタリー映画は「対象に興味のある人」が企画し、制作する。もちろん「撮ってくれ」と依頼された人も多いが、それとて作り手の意図は介入する。では、ゴリゴリの職人でありプレイヤーが、実業のドキュメンタリーを撮ったらどうなるか。ゴリッゴリに介入してくるに決まっているではないか。

彼女はインタビューにて「男性だけの歴史にしたくなかった」と語っており、セス・ホールやアイ=リン・リーなどの女性音響技術者を多く取り上げている。また、プロダクションノートには「音作りに関わる創造的なプロセスを捉えたかったし、監督、サウンドデザイナー、作曲家、彼らのインスピレーションを明らかにするだけでなく、その共同作業のプロセスも見せたいと思いました」と記されている。

本作は、大まかに映画(音響)の歴史・映画音響を作る職人の仕事・有名映画に関わった職人たちのエピソードで構成されている。このうち、映画音響を作る職人の仕事・有名映画に関わった職人たちのエピソードの取捨選択の具合は、上記のインタビューやプロダクションノートから推測できる。

そして、残りの映画(音響)の歴史だが、これは筋道を解りやすくするほかにも、彼女自身が現在、南カリフォルニア大学映画芸術学部で教鞭を執っている教育者である点も大きい。再びプロダクションノートによれば「私は教える事を愛し、将来の作家、プロデューサー、監督、編集者、映画撮影者、そして音の芸術に対するスキルと情熱と影響への意識を人々に伝える道を選びました」と語っている。

とすれば、映画(音響)の歴史・映画音響を作る職人の仕事・有名映画に関わった職人たちのエピソードという3つの構成に、一旦の納得がいくのではないか。つまり本作は、ドキュメンタリーというよりは、「ミッジ・コスティン先生による映画(音響)の歴史講義・入門編」であるといえる。彼女は歴史に沿って映画音響を手掛けてきた職人たちの仕事内容を伝え、時折面白いエピソードを話して見せて緩急をつけてみせる。先生の話は興味深く、面白いもんだから、生徒たちは飽きずに学習できる。

実際、鑑賞後には「ああ、これを観て映画音響の仕事を目指す若者が増えたら、10年後、20年後にはどんな音を体験できるんだろう」と楽しくなってしまうし、若者を行動させる力も持っていると見積もる。本作の原題「Making Waves」は、この点でも重要な意味をもつ。

「ようこそ映画音響の世界へ」は、職人の、職人による、職人のためではなく、「映画音響」を体験したことのある、すべての人がより映画を楽しむための適切なガイドである。邦題も悪くない。まさに「ようこそ」と門を開き、映画音響の世界へ導いてくれる丁寧な作品だ。ちょっと愛情多めなものの、ウェルメイドな本作に一言言いたい人の気持ちは大いに理解できるが、ガイドなのだからして出番はないだろう。


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[イラスト]清澤春香

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