ベトナムはどの町、どの村へいっても“ニョク・マム”の匂いがしみこんでいる。
開高健は『ベトナム戦記』の冒頭で、ベトナムの匂いはすべて“ニョク・マム”であると書いています。これを読んだ時、行ったことのないベトナムをすこしだけ体験したような気持ちになりました。すぐれた文章や映画は、匂い・景色・感情・歴史を体験させてくれるんですよね。
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あらためまして、街クリ映画ライターの金子です。
今回ご紹介するのはNetflixオリジナル映画「ザ・ファイブ・ブラッズ」です。『ベトナム戦記』がそうであるように、ベトナム戦争とはなんだったのか体験させてくれます。そしてベトナム戦争と黒人の関わり、人種間の問題を教えてくれ、未来への希望を示してくれる映画です。
最近のNetflixは「愛の不時着」「梨泰院クラス」と、韓国ドラマが席巻していて「ザ・ファイブ・ブラッズ」の話があまり聞こえてこなくて残念でなりません。
ぜひ「ザ・ファイブ・ブラッズ」に興味をもってもらいたい。
だから、前半はネタバレなしでいきます。後半は完全ネタバレ仕様です。
ご覧になってからお読みください。
それでは、どうぞ。
金塊探しアドベンチャーとして、無類のおもしろさ
ベトナム帰還兵である4人の黒人(ポール、オーティス、エディ、メルヴィン)。彼らは戦地に大事なものを残していた。ファイブ・ブラッズ(5人の兄弟)として絆をむすんだ隊長のノーマンの亡骸と、大量の金塊。戦争終結から40年以上が経ち、老人となった4人はノーマンと金塊を掘り起こすためにベトナムへ降りたつ。ポールの息子デヴィッドも加わり、5人は亡骸と金塊をもとめてジャングルをすすんでいきます。
予告編もぜひご覧ください。
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まずですね、金塊探しの冒険ものとして抜群におもしろいです。いきなり「おもしろい」というのもどうかと思いますが、あえて言おう! おもしろいと!
仲間がムダ話をしながら旅をする様子はたのしいし、そこに伏線をしのばせるのもうまい。金塊をめぐる展開にはハラハラドキドキさせられます。そして、金の輝きが欲望を妖しく照らします。4人は無事に金塊と亡骸をもち帰れるか?
2時間34分があっという間です。
監督は、スパイク・リー。
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「ブラック・クランズマン」(2018)のアカデミー脚色賞受賞と、その年の作品賞「グリーンブック」に対する皮肉が記憶に新しいところでしょう。
「ザ・ファイブ・ブラッズ」は、ダニー・ビルソンとポール・デ・メオの2人よって2013年に書かれた脚本をもとにしています。当初のタイトルは「The Last Tour」。「プラトーン」で知られるオリバー・ストーン監督で映画化が計画されますが頓挫してしまいます。その後、スパイク・リー監督へ持ちこまれ、製作が実現しました。
最初の脚本では「白人のベトナム帰還兵」が主人公でしたが、黒人の視点から描かれたベトナム戦争映画がほとんどないことを問題に感じていたスパイク・リー監督により黒人帰還兵たちの話に改変されました。リライトには、ケヴィン・ウィルモットも参加。「ザ・ファイブ・ブラッズ」は最終的に4人の名前が脚本にクレジットされています。
金塊をめぐる冒険と欲望の物語。この基本構造はジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガート主演で1949年に公開された「黄金」がもとになっています。
出典:IMDb
メキシコの港町で浮浪者同然だった主人公が、一攫千金のために仲間と砂金掘りにむかいます。山賊の襲撃をうけながらも鉱脈をみつけ大量の砂金を手にしますが、徐々に仲間の関係性に変化が……。「カサブランカ」のカッコよさとは真逆の薄汚れたハンフリー・ボガートが味わい深い作品です。
「黄金」で、主人公たちを砂金掘りに誘う男のセリフが「ザ・ファイブ・ブラッズ」にも通じています。
一人で荷物をしょって金探しにいきたいが
淋しさに堪えられなくなる
かと言って仲間がいれば
殺人すら起きかねん
金がなければ仲良くやってけるが
金が見つかったとたん、関係がくずれていく
「黄金」のセリフより引用
ベトナム戦争映画へのオマージュもつまっていて、顕著なのは「地獄の黙示録」(1980)です。
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ホーチミンのクラブには「Apocalypse Now (地獄の黙示録の原題)」というポスターがかかっていましたし、ボートで川を上るシーンでは『ワルキューレの騎行』が流れました。ラストでオーティスがくりかえす言葉からは「horror……horror……」が想起されます。
ベトナム戦争に絡めた金塊探しアドベンチャー。
スパイク・リー監督がそこで終わるはずがありません。
監督が一貫して描いてきた「アメリカにおける黒人の歴史と人種問題」が、掛け合わされています。ジョージ・フロイドさんの死亡事件に端を発するデモの激化に合わせたような公開タイミングも「ザ・ファイブ・ブラッズ」の社会性・政治性を色濃くしています。
だから最初に「金塊探し映画としておもしろい!」と書きました。社会に向けたメッセージ性は強いですが、それだけじゃありません。
とにかくおもしろいんです。ハラハラドキドキして、スカッとする。小難しそうというイメージで敬遠するのは、もったいない。
騙されたと思って、ぜひ見てください。
……
…………
………………
見ましたか? 見ましたね?
というワケで、ここから先は完全ネタバレ仕様です。
おもしろいところも、ややこしいところも含めて、全力で解説と考察をしていきます。
オープニングにぎっしり詰まったベトナム戦争と黒人の歴史
物語は、モハメド・アリがベトナム戦争を批判する映像からはじまります。
アメリカのために有色人種や飢えで苦しむ人々を撃つのは良心が許さない。
彼らは俺を侮辱していないし、犬をけしかけたりしてないし
俺から国籍を奪ったわけでもない。
「ザ・ファイブ・ブラッズ」より引用
アリはベトナム戦争を批判し、徴兵を拒否。有罪判決をうけ、ボクシング・ライセンスをはく奪されました。アリが批判した当時、アメリカ国内では圧倒的に肯定派が多かったようです。
その後、アポロ11号のニール・アームストロング船長の「これは小さな一歩だが、人類には偉大な飛躍だ」と、黒人が掲げるプラカードに書かれた「宇宙開発より貧民救済を」とが対照的につづきます。
出典:Wikipedia
アポロ11号が月面着陸に成功したのは1969年。アメリカ国内ではロケットを飛ばす金があるならそれを貧困対策に回せという批判があったんです。
ここで流れている曲は、マーヴィン・ゲイの『イナー・シティ・ブルース』。1971年に発売されたアルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』の最後に収録されています。
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アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、名盤中の名盤で『ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・ベストアルバム500』で、アフリカ系アメリカ人ミュージシャン作品で最上位の6位にランクインしています。
ファルセットをつかったマーヴィン・ゲイの澄んだ歌声が心地良いんですが、歌詞は人種・社会問題を扱ったシリアスなものなんです。
『イナー・シティ・ブルース』では
月にロケットが飛ぶのに、黒人の貧困層にはお金が回らない
稼いだ金は懐にはいる前に税金でとられていく
若者は死地に送られる
髪を伸ばしているってだけで俺たちは批判されるんだ
『イナー・シティ・ブルース』の歌詞を抜粋・和訳
と歌っています。
「ザ・ファイブ・ブラッズ」では『ホワッツ・ゴーイン・オン』の全9曲中、6曲がつかわれていて、実質的なテーマアルバムです。
そのあとは黒人兵士の姿をはさみながら、マルコムX、メキシコ五輪で抗議パフォーマンスをおこなったトミー・スミス。「ブラック・イズ・ビューティフル」の象徴といえる女性活動家アンジェラ・デイビスと、「ブラック・パワー」の提唱者ストークリー・カーマイケル。1960~70年代の公民権運動に関する重要人物たちがつづきます。
ショッキングな処刑映像と、裸で逃げ惑う子どもたちの写真『戦争の恐怖』も映ります。
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そして、ブラックパンサー党設立者のひとりボビー・シールのことばで締めくくられます。
南北戦争で18万もの黒人が従軍したが自由は得られず
第二次大戦では85万人だが自由は得られず
今、ベトナム戦争で得たのは警察からの暴力だけだ
「ザ・ファイブ・ブラッズ」から引用
そして、時代は一気に現代へと進みます。
えーと、ここまでで約3分です。
スパイク・リー監督、つめこみすぎだから!!!
ここまでのこと、知らなくても問題ありません。なんとなく分かるように作られています。そこはさすが、スパイク・リー監督です。
ちなみに「ザ・ファイブ・ブラッズ」を見て1960~1970年代の公民権運動・プラックパワー運動に興味を持ったら「ブラックパワー・ミックステープ ~アメリカの光と影~」というドキュメンタリー映画がおススメです。Amazonプライムビデオでレンタルできます。
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スウェーデンのテレビ局に眠っていた当時の映像が、2010年代の黒人ミュージシャンの言葉と共に構成されています。マルコムX、アンジェラ・デイビス、ストークリー・カーマイケル、ボビー・シールらの映像やインタビューを通じて、当時の様子が感じとれます。
フラッシュバックに象徴される戦争の傷
ホーチミンで再会した4人のブラッズ。他愛ない話からエディが事業で成功していることやポールがトランプ支持者であることがわかり、その後の展開につながるようになっています。
クラブを出た後、爆竹をきっかけに時間が遡り、戦闘シーンへ。
画面のアスペクト比が4:3のスタンダードになります。時代の変化が視覚的にわかる仕掛けですが、違和感も感じますよね。回想のはずなのにポールやオーティス、4人のブラッズが現代の年老いた姿なんですよ。
このシーンは、「回想」ではなく「フラッシュバック」なんです。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)に起こりやすい症状で、原因となった出来事を思い出させるきっかけに触れると、記憶が鮮明によみがえる。実際に体験しているような感覚に陥り、状況を認識できなくなることもあるそうです。
思い出しているのではなく、戦闘を体験しつづけているんです。戦争は終わっていない、今も続いている。心に傷を負ったまま40年以上を生きてきたんです。
それは、ベトナム側も同じことです。襲撃してきたギャングが「カリーを知っているか?」とつめよります。507人のソンミ村をアメリカ軍が襲撃、無差別射撃で非武装の504人を虐殺したソンミ村虐殺事件で虐殺を命令したウィリアム・カリー中尉のことです。
出典:Wikipedia ソンミ村の住居を焼き払うアメリカ兵
カリー中尉は、ソンミ村事件にかかわる裁判で唯一有罪判決をうけた加害者として知られています。しかし、虐殺が彼の独断だとも考えられませんから、トカゲの尻尾にされた被害者だともいえる。むずかしいところです。
ともあれ、カリー中尉は「ベトナムに対する戦争の加害性」の象徴です。
ブラッズは「自由と権利をエサに戦争に駆り出される被害者としての黒人」の象徴です。しかし、ベトナムからすれば白人(カリー中尉は白人)も黒人も関係ない。国を、国民を傷つけた「アメリカ」そのものなわけです。
黒人がかわいそうだと一面的に描かないフェアさも、スパイク・リー監督らしいです。
ポールとノーマン、そしてテンプテーションズ
ブラッズのなかでも重いPTSDを抱えているポール。
出典:IMDb
演じるデルロイ・リンドーはジャマイカ系イギリス人。スパイク・リー監督作品には「クロッカーズ」(1996)以来の参加です。ブロードウェイの舞台での演技に監督が注目して「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1990)の道端でダベる3人の老人のひとりとしてオファーしますが、この時は辞退。
出典:IMDb
初参加となったのが「マルコムX」(1993)。マルコムの人生に影響を与えるギャングのボス役。晩年の変わり果てた姿が印象的です。明暗の演じ分けはポールにもつながります。
ポールにとってノーマンは、キング牧師でありマルコムXでした。差別され、不遇だった自分を救い導いてくれる存在だった。そんなノーマンを殺したことが重いトラウマに。戦争の傷を抱えたままアメリカにもどり、息子をうまく愛すこともできずに年を重ねてしまった。
そしてポールはトランプ大統領支持者になります。トランプ大統領は退役軍人関連予算を増やし、退役軍人への医療サービスを向上するなどの支援をして退役軍人からの支持をあつめています。トランプ大統領にとって重要な支持基盤です。
PTSDを抱えた黒人退役軍人でトランプ支持者。むずかしい人物をデルロイ・リンドーは見事に演じていました。アカデミー賞に推す声も納得です。
ノーマンを演じたのは、チャドウィック・ボーズマン。なんといってもMARVEL「ブラックパンサー」(2018)ですよね。
出典:IMDb
「ブラックパンサー」でも「ザ・ファイブ・ブラッズ」でもチャドウィック・ボーズマンが玉座に座るシーンが印象的ですが、これは同じ人物・写真をもとにしています。
出典:National Museum of African American History and Culture
ボビー・シールと共に「ブラックパンサー党」を創立したヒューイ・P・ニュートンです。ブラックパンサー党は、警察の暴力に対する自衛のために結成された政治組織。1965年のマルコムX暗殺後に活動をはじめ、1968年のキング牧師暗殺後に活発化していきます。
ヒューイ・P・ニュートンの写真は、ブラックパンサー党の党員募集ポスターに使われたものです。
マルコムX、キング牧師が殺されたあとを引き継ぐように活発になっていたブラックパンサー党を象徴する写真のパロディをつかう。ノーマンがポールにとって、ブラッズにとって重要人物だったことを示したんでしょうね。
ポールにとってノーマンは血の繋がっていない家族でしたが、デヴィッドは血の繋がった息子です。
まず、彼の名前がなぜデヴィッドなのかに注目します。ヘディと出会った時に名前の由来をいいましたよね。「テンプテーションズのデヴィッドだよ」と。
テンプテーションズは、マーヴィン・ゲイと共にレコードレーベル・モータウンの主要アーティストとして活躍した男性ヴォーカルグループ。デヴィッドという名前は、テンプテーションズに1964年に加入したデヴィッド・ラフィンからとられています。
実は、デヴィッドだけではありません。5人のブラッズ全員の名前がテンプテーションズからとられているんです。ポール、オーティス、エディ、メルヴィンはメンバーの名前から。ノーマンはテンプテーションズのプロデューサー、ソングライターとして彼らを支えたノーマン・ホィットフィールドからです。
出典:Wikipedia 1971年当時のテンプテーションズ。デヴィッドはこの時すでに脱退。
テンプテーションズは今も活動しているんですが、ブラッズのもとになったメンバーではオーティスだけが存命。ノーマン、エディ、メルヴィンは亡くなっています。ポールは、病気とアルコール、金銭問題を抱えてグループを脱退。1973年に自殺しています。
名前だけでなく、物語上の設定もテンプテーションズを反映しているんです。
1971年発表の『ボール・オブ・コンフュージョン』はベトナム帰還兵の話をもとに歌詞がつくられました。ロケット打ち上げや税金についても触れられておりマーヴィン・ゲイの『イナー・シティ・ブルース』とも共通しています。
曲もかからないし、デヴィッドの会話しかテンプテーションズへの言及がないので、わかりづらいことこの上ない。ここもスパイク・リー監督らしさで「分かる奴はついてこい!」みたいな感じなんですよね。
ちなみに、デヴィッドが卒業したというモアハウス大学は、スパイク・リー監督の母校です。アトランタにある名門私立大学。キング牧師やサミュエル・L・ジャクソンも卒業しています。
5人のブラッズは死なない。増えるだけだ。
古い寺院に逃げ込んだオーティスたちを襲うギャングたち。そこで黒幕が判明します。フランス人のデローシュです。ポールの「MAGA(Make America Great Again)ハット」をかぶった姿は、トランプ大統領そっくりです。
ベトナムは19世紀末ころからフランスの植民地としてフランス人に搾取されてきました。長くベトナムを抑えつけたフランスと、トランプ大統領。
デローシュは「支配し、抑えつけるもの」の象徴です。
手りゅう弾からオーティスを守るためにメルヴィンは死んでしまいます。ベトナム戦争で仲間を手りゅう弾から救い、名誉勲章をうけた18歳の黒人、ミルトン・L・オリーブ三世と同じように。序盤の会話が伏線になっていましたね。
万事休すのオーティスを救い、デローシュの目を撃ちぬいたのは、ポールの息子デヴィッド。彼を支えていたのは、フランス人女性のヘディでした。
ベトナム戦争をリアルタイムで知らない世代です。支配し、支配されていた旧世代を新しい世代が打破したんです。
デヴィッドとヘディは「支配と憎しみを断ち切る新しい世代」の象徴です。
「ドゥ・ザ・ライト・シング」で印象的につかわれた“LOVE”と“HATE”。
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“LOVE”と“HATE”のリングをはめたラジオ・ラヒームが主人公のムーキーにこう言います。
右手(LOVE)と左手(HATE)の話をしよう
善と悪の話だ
憎しみ(HATE)が原因で人間は殺しあう
右手と左手はいつも闘ってる
左手が優勢で、右手は負けたようにみえる
だが、最後は愛の右手のKO勝ち
「ドゥ・ザ・ライト・シング」のセリフから引用
このセリフのあと、ラジオ・ラヒームはブラック・パワーを表すポーズをとります。愛の右手を突きあげる。メキシコ五輪の表彰台で右手をかかげたトミー・スミスのように。
この“LOVE”と“HATE”には元ネタがあって、1955年にアメリカで公開されたフィルム・ノワールの作品「狩人の夜」です。両手に“LOVE”と“HATE”の刺青を入れた殺人鬼がラジオ・ラヒームと同じようなセリフを語ります。
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スパイク・リー監督は、いつも“LOVE”と“HATE”を両面描きます。少なくとも僕が見た作品ではそうです。「ブラック・クランズマン」では賢い黒人が白人をやっつける物語の結末に、現実を突きつけるように実際の極右集会やデモ隊に車が衝突するシーンが使われました。
“LOVE”と“HATE”がせめぎ合う現実の厳しさを突きつけてきます。「スクール・デイズ」(1988)でローレンス・フィッシュバーンが、「ドゥ・ザ・ライト・シング」でサミュエル・L・ジャクソンが「WAKE UP!!」と叫んだように。画面の向こうの僕らに「目を覚ませ! 現実を見ろ!」と言ってくるかのようです。
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「ザ・ファイブ・ブラッズ」でも現実を、“HATE”の歴史を厳しく見せてきます。しかし、最後は“LOVE”が勝利します。ラジオ・ラヒームが言ったとおりです。“HATE”にとりつかれたようなポールも、最後の手紙で息子のデヴィッドに愛を正直に伝えました。
金塊で得たお金から「Black Lives Matter」の活動団体に寄付がされるのも未来への希望を感じます。タイムリーな感じがするんですが「Black Lives Matter」の活動は2013年からスタートしています。5年以上経過している運動なんですよね。「ザ・ファイブ・ブラッズ」は現在のようになる前に完成しているので、もともと「Black Lives Matter」のシーンはあったわけです。
この時代性も、さすがスパイク・リー監督です。予言的と言われるんですが、監督は30年以上同じことを描き続けているだけだと思います。その間、状況がほとんど変わっていない。映画が現実を予言しているのではなく、現実が映画を模倣しているような気がします。
デヴィッドが教員なのもポイントだと思います。さらに新しい世代に“LOVE”と“HATE”を伝えていく役割を担っていますから。
スパイク・リー監督も母校モアハウス大学で教壇にたっていますし、ニューヨーク大学では映画学科の教授として若者に映画づくりを教えています。「ブラック・クランズマン」のプレミアの際のインタビューで「教え子たちを誇りに思う。ニューヨーク大学で映画を学ぶ若者たちを」と発言しています。
“HATE”が満ちた時代にあって、芽を出しつつある新しい世代に対して“LOVE”をつたえる。「ザ・ファイブ・ブラッズ」の鑑賞後、愛に満ちた清々しい気持ちになれるのは、それをスパイク・リーが望んでいるからだと思うんです。
アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』の1曲目、アルバムと同じ名前の曲で、マーヴィン・ゲイは歌っています。
You see, war is not the answer
For only love can conquer hateわかるだろう 戦争は答えじゃない
憎しみに打ち勝つのは、愛だけだ
『ホワッツ・ゴーイン・オン』の歌詞を抜粋・和訳
誰よりも映画の力を、“LOVE”の力を信じるスパイク・リーは、未来へ拳を突き上げています。
出典:IMDb
さあ、君はどうするんだ? そんな声が聞こえてきそうです。
「ザ・ファイブ・ブラッズ」は、キング牧師の演説を引用して幕を閉じます。自身が暗殺されるちょうど1年前におこなった演説です。その中で、ラングストン・ヒューズの詩の一節を引用しています。
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1935年発表の『アメリカを再びアメリカにしよう(Let America Be America Again)』という詩です。トランプ大統領の「アメリカを再び偉大な国に(Make America Great Again)」に響きは似ていても、意味はまったく違います。
ラングストン・ヒューズは詩の中で「私にとってアメリカは祖国ではなかった。自由の国ではなかった。しかし、いずれ必ずなると宣誓しよう」と言っています。
1619年にアフリカから最初に連れてこられて以来、アメリカ社会のなかで支配され、利用され、不遇だった黒人たち。戦争のたびに自由と権利を約束されますが裏切られてきました。
スパイク・リー監督の制作会社は「40エーカーとラバ1頭(40 Acres & A Mule Filmworks)」という名前です。40エーカーとラバ1頭とは、南北戦争に参戦する見返りに黒人に約束されていた補償です。土地とラバを与えるから、戦争に参加しろというわけです。しかし、この補償は果たされませんでした。
多くの黒人は、奴隷から解放されたものの資産を持たない状況からスタートすることになったんです。黒人の貧困問題の根っこがここにあるともいえます。
数百年間、“HATE”の左手は優勢です。今もそうかもしれません。しかし、どこかで終わらせなくてはなりません。力いっぱい“LOVE”の右手を突き上げるんです。
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日常のちいさな理不尽や不寛容に対してでもいいと思うんです。“LOVE”は“HATE”に打ち勝つんだ。それを世界に示すんです。その積み重ねが、やがて大きな変化につながるはずです。
拳の届く範囲からでも変えていく。それがスパイク・リー監督から「ザ・ファイブ・ブラッズ」というすばらしい映画をうけとった僕らの責務ではないでしょうか。
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[イラスト]清澤春香