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「ハリエット」失敗しない女が向かった“夕日”の意味とは

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♪I’m gonna stand up
Take my people with me
Together we are going
To a brandnew home

映画「ハリエット」の主題歌を聞くと、反射的に立ち上がって手でリズムを打つようになってしまいました。

「ハリエット」は、実在の女性ハリエット・タブマンの半生を描いた映画です。奴隷として生まれながら、逃亡。70人近くの奴隷を救出し、南北戦争では自ら部隊を率いて戦いました。女性参政権の実現にも奔走し、最底辺の人々の生活向上と人権保護に人生を捧げたというミラクルでパワフルな女性です。彼女の生き様に魅せられ、誇り高き人物を演じきったシンシア・エリヴォに夢中になりました。

「わたし、失敗しないので」

そんな大門未知子先生並みの実績を残した人物。映画とはいえ、ちょっと出来過ぎなんではと感じるほどのストーリーです。でもこれ、全部実話なんですよ。アメリカの20ドル紙幣の新しい顔になるはずの人物です。

中でも一番好きなシーンが、ここでした。

支援者に助けられ、奴隷制度が廃止されている自由州へと逃げるハリエット。真っ赤な太陽を手に包み込み、州境をピョンと飛び越えます。そして、自由に向かって走り出す……。


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出典:IMDb

脱出成功! 泣く!!

そんな感動的なシーンだけど、ちょっと待って!? それは“夕日”。なぜ西に向かうの!?

興奮の第一波がおさまった時、ふと疑問を感じたのです。それに、安全で自由な新しい生活を象徴するならば、ここは“朝日”の方がふさわしいのでは。

そこで、ハリエットの功績と、その逃亡劇を“夕日”に象徴させた背景について探ってみました。

 

自由と民主主義のアイコン・ハリエットとは

「アメリカ史でもっとも有名な人物10人」のひとりに挙げられるほど、ハリエットは有名な人物なのだそうです。そのような人物を描く伝記映画の場合、多くは誕生から子ども時代を経て、偉業達成までを扱うことが多いですよね。

たとえば「クイール」という映画。鳥が羽根を広げたようなブチがあることからクイールと呼ばれた盲導犬の、誕生から晩年までを追った映画です。


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出典:Amazon

いやいや、それはワンコの話でしょ。“人間”とは違うじゃん!

そう思ったあなた!!

ありがとうございます。わたしは、そんなあなたと話がしたい。そうなんですよ。モフモフでプリプリのワンコがかわいいねーという話と、“人間”は違うはずですよね。

でも、ハリエットが生きた時代、黒人奴隷はペット以下、家畜並みの扱いを受けていたのです。

ハリエットの生まれた年は諸説あるそうですが、1822年ごろではないかとみられています。ちなみに、奴隷制存続をかけて戦った南北戦争が始まったのは1861年。この戦争に、ハリエットは部隊を率いて従軍しています。


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出典:IMDb

産業構造の変化と奴隷貿易の禁止によって、この頃、黒人の身分は、おおよそ3つに分かれていました。

・主人の家で働く奴隷
・技術力があり他の家にレンタルされる奴隷
・自由黒人

奴隷の身分を解かれ、自由黒人となった人の中には、資産をつくり、中流白人並みの生活ができるようになった人もいたそう。


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出典:IMDb

母が家付きの奴隷、父が自由黒人という一家に生まれたハリエット。奴隷は母の身分を引き継ぐことになっていたため、彼女も子どもの頃から働かされていました。もっとも、家事労働には不向きと判断されたようで、男たちに混じって森の中で林業をしていたとのこと。

その後、自由黒人のジョン・タブマンと結婚。同居して子どもを持ちたいと思っていたのに、南部へ売り飛ばされそうになったことから逃亡を決意。この時、27歳。映画はここから始まり、先に書いた州境を越えるシーンへとつながっていきます。

家畜並みの扱いから、“人間”としての生を取り戻したハリエット。

これからは誰に脅かされることもなく、平和に、安全に暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

そんなお話であれば、たぶん逃亡劇には“朝日”が使われたことでしょう。でも、劇中、ハリエットは“夕日”に向かって走って行きます。実はこのシーン、IMDbには「地理的な誤謬」と指摘されています。ハリエットの住むメリーランド州から、安全な自由州であるペンシルベニア州を目指すには、「北」に向かうのが正解です。


http://www.harriet-tubman.org/wp-content/uploads/2014/01/Harriet-Tubman-escape.jpg
出典:Harriet Tubman Historical Society

ええ、確かにそうなんでしょうけれど。

わたしは地理的な方角の正しさよりも、“夕日”に向かわせたかったのではないかと思うのです。

なぜなら、彼女の闘争はここから始まるから。しかも日が沈み、夜に活動するしかない「地下鉄道」の車掌=案内人となるからです。

「地下鉄道」とは、奴隷たちを救出する組織のことです。自由を手にしたハリエットは、安全を満喫することなく、密かに故郷に舞い戻ります。家族や、自分と同じような家族離散の危機に瀕した人々を救うためです。

エジプトを脱出し、約束の地へと人々を導いたモーゼにたとえられ、ハリエットは「黒いモーゼ」と呼ばれていました。

皮肉なことに、逃亡奴隷を取り締まる白人の間で「モーゼ」は、教養のある白人男性と考えられていました。監視の目をかいくぐる慎重さ、星を読んで行動する知識、奴隷狩りを出し抜く大胆さ。こんなことができるのは、肝っ玉のすわった男にしかできないと懸賞金もかけられていたのです。

でも、ハリエットの身長は5フィート=約152センチ。

まさかこんな小柄で、しかも女性が、「モーゼ」の正体だったなんて。当時の白人たちは、考えもしなかったのでしょう。

「ハリエット」は、黒人奴隷の解放に尽力した女性の物語ですが、女性=弱くて劣った者という偏見を覆す映画でもあるのです。

 

歌に込められたハリエットの勇気と孤独

身長5フィートという小柄なハリエットを演じたのは、シンシア・エリヴォ。彼女は身長5フィート1インチだそうで、ハリエットよりちょっとだけ大きい。わたしより2インチも大きい。

そんな小っちゃな女性だとはまったく思えない、巨大なパワーを感じさせたのが、第92回アカデミー賞授賞式の舞台でした。映画館でも、彼女の低くて力強い歌声に胸が詰まり、震えが止まらなくなりました。まさしく神の歌声です。

ブロードウェイのミュージカル「カラーパープル」で主役のセリーを演じ、トニー賞、グラミー賞、エミー賞に輝いたシンシア・エリヴォ。映画への出演はこれが3作目です。まだ経験の浅い彼女を抜擢したのは、プロデューサーのデブラ・マーティン・チェイスでした。

お札の顔になろうとする人物の映画化です。リアルに再現するためには、主演女優の体格も重要。体格・歌唱力・演技力。すべてを兼ね備えていたシンシアが選ばれたのは当然かもしれません。

でも、過去にハリエットの企画が持ち上がった時、映画スタジオの幹部は「主役はジュリア・ロバーツで」と提案していたのだとか。ロサンゼルス・タイムズ紙が伝えたニュースは波紋を広げました。

アホですか!?

そんな提案が出てしまうくらい、アフリカ系の俳優が主役の映画を成功させるのは難しいということなのでしょう。おまけに監督がアフリカ系で、しかも女性がだったらどうなるか。映画の公開まで7年の月日がかかったのは、こうした事情があるようです。

不屈の精神をもつハリエットが乗り移ったかのように、困難な道を乗り切って映画化させたのは、ケイシー・レモンズ監督です。


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出典:IMDb

1997年に「プレイヤー/死の祈り」で映画デビュー。これまでの彼女の作品を観てみると、ずっと“祈り”と“赦し”を扱っているんですよね。

ハリエットは神の導きを信じ、その声を聞く人でもありました。また、当時の奴隷たちは読み書きができないため、連絡には暗号を織り込んだ歌を利用していたそうです。ハートフルなミュージカルである「クリスマスの贈り物」という映画も撮っているレモンズ監督にはピッタリだったんです。

音楽を手がけたのは、ジャズトランぺッターで、映画音楽作曲家のテレンス・ブランチャード。「マルコムX」「ブラック・クランズマン」など、多くのスパイク・リー監督作品で音楽を担当していて、レモンズ監督のデビュー作「プレイヤー/死の祈り」や「ケイブマン」にも参加しています。


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出典:Amazon

アカデミー賞の歌曲賞にノミネートされた主題歌の「Stand Up」は、彼とシンシア・エリヴォの共同制作です。

アフリカの民族音楽にゴスペルを融合させたようなメロディ。低いつぶやきのように始まり、「With my face turned to the sun」というフレーズを入れ込んだ歌詞。ハリエットの生き様を象徴したかのような曲です。

自由の身になって、家族と共に人間らしい生活を送りたい。

たったひとつだけの、ハリエットの願い。人間として当たり前のものを手に入れるため、「地下鉄道」の車掌となりますが、これは危険であることはもちろん、とても孤独な仕事です。

シンシアの歌う「Stand Up」は、ハリエットの人生が“勇気”に満ちていたことを感じさせてくれるのですが、同時に、“怒り”と共にあった人なのだとも感じます。

彼女をイラつかせたのは、ひとつには不当な契約である奴隷制度。そしてもうひとつは、自由州に暮らす人々とのギャップでした。

 

ハリエットが求めた、奴隷たちの夜明け

黒人奴隷が主役の物語といえば、ムチ・レイプ・虐待の三点セットがお決まりでした。

一八三〇年代以降、(中略)奴隷が二度と逃亡できないように肉体の一部を切り取るなどの懲罰は、急激に減ったといわれている。また鞭による懲罰の傷跡が残ると、その奴隷が「反抗的」である証拠となり、売却の際に不利になることも考慮に入れなければならなかった。
上杉忍『ハリエット・タブマン -「モーゼ」と呼ばれた黒人女性-』より

奴隷に対する懲罰は、多くの場合見せしめだったそうですが、「おいおい、何を言うてはりますのや!?」という世界。これが現実だったのです。

スティーヴ・マックイーンが監督し、第86回アカデミー賞の作品賞を受賞した「それでも夜は明ける」では、奴隷商人に拉致された自由黒人ソロモンの奴隷生活が描かれています。

「ザ・苛酷」

そうとしか表現のしようがない生活です。彼も実在の人物で、自由の身を回復してからは、「地下鉄道」の支援活動もしていたそう。史料にはないけれど、もしかしたらハリエットとも出会っていたかもしれませんね。


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出典:IMDb

また、暴力による支配によって、あきらめの人生を送っていた女性の自立を描いたスピルバーグ監督の「カラーパープル」。1909年から始まる映画は、ハリエットの少し後の時代が舞台です。主人公のセリーは、義父にレイプされ、夫となった男に奴隷のように酷使されています。


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出典:IMDb

でも、「ハリエット」にはそんなシーンがありません。では、奴隷たちは“悲惨”ではなかったのか。

そんなわけない。

映画の中で、逃亡を希望する人たちと待ち合わせた時、ハリエットの父は目隠しをしていました。音を頼りに娘に別れを告げ、無事を祈る父。これは、奴隷たちが逃げたことに気づいた白人たちに拷問されても、うっかり逃げた方向を口走らなくてもよいようにという知恵なのです。

ところが、ペンシルベニアでハリエットを迎えた自由黒人のマリーは「臭うわよ」とひと言。

こちとら、160キロの道のりを走って来たんや!

このギャップ。つらすぎる。

この映画は残虐なシーンを映さないことで、平和に狎れた人々と奴隷たちの「温度差」をあぶり出しているのです。

「地下鉄道」の車掌として、一刻も早く人々を救出したいと焦るハリエット。しかし、安全地域にいる自由黒人や支援者の白人たちは、どこまでも安全策を取ろうとします。実際、逃亡奴隷への取り締まりは厳しくなっていて、懸賞金に目がくらんで密告する者もおり、組織にも危険は迫っていました。

それでも、ハリエットは潜入の必要性を説きます。

「ぬるいこと言ってんじゃないよ!」

きれいな家に住んで、美しい妻がいる自由黒人に生まれついた人たちに、奴隷の生活が想像できるわけがない。ましてや白人には。

「自由か、死か。彼らを解放するためなら、血の最後の一滴まで捧げる」


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出典:映画.com

ハリエットの喝は、現代にも轟いているように感じます。アメリカから伝えられる暴行のニュース、それに対する抗議デモは、彼女の目指した「解放」が、未だ成し遂げられていないことを示しています。

奴隷として生まれながらも、不当なことに対して不当だと声を上げた女性ハリエット・タブマン。

彼女の逃亡劇は“夕日”に向かうものでした。

その理由は、多くのアフリカ系の人々にとって、まだ「夜は明けていない」からなのだと思います。

 

なめたらあかん。「小さい頭に、大いなる知恵」

豆好き・チョコ好き・あんこ好きとして、コラムでは毎回「映画の友」をご紹介しています。
今回ご紹介するのは「切山椒」。上新粉に砂糖と山椒の粉を混ぜ込んだお餅です。


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夏目漱石が日記に書き残すほど親しんでいたそう。ホワッとかわいい外見に反して、ひと口頬張ると広がる山椒の辛み。お菓子は甘い♡という思い込みを覆す、でもやみつきになってしまうお餅です。

日本語のことわざにある「山椒は小粒でもぴりりと辛い」は、韓国語にもあって「小さい青唐辛子ほど辛い」と言います。ほぼ同じですよね。英語にも似た意味のことわざがあり、「Little head great wit」というそう。「小さい頭に、大いなる知恵」。つまり、小さくても馬鹿にできないよ、という意味です。

小さな身体で多くの奴隷を救ったハリエット・タブマン。

小さな身体からパワフルな歌声を披露するシンシア・エリヴォ。

彼女たちよりも小さいわたしは、タクシーのおじさんにはため口を使われ、街を歩けばぶつかられ、キッチンの吊り戸棚には手が届かず、悔しい思いをそれなりにしてきました。

声を上げなければ、現実が変わることはない。「ハリエット・タブマン博物館教育センター」の壁には、自信に満ちた表情で手を差し伸べるハリエットが描かれています。

 

その手を取って、走り出したくなる映画です。小さくてもピリッとパンチを効かせられるように。

Stand up!

 

参考文献:
・上杉忍『ハリエット・タブマン -「モーゼ」と呼ばれた黒人女性-』
・上杉忍『アメリカ黒人の歴史 -奴隷貿易からオバマ大統領まで-』
・G.P.ローウィック『日没から夜明けまで -アメリカ黒人奴隷制の社会史-』


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[イラスト]清澤春香

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