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「コンテイジョン」は教えてくれる。人類には科学と、芸術があると。

橋口幸生 橋口幸生


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咳、ピーナッツ、クレジットカード、タッチスクリーン、手すり、ノート、ドアノブ、つり革、エレベーター。

テンポよく進んでゆく「コンテイジョン」はオープニングは、9年前の人々にはありふれた日常にしか見えなかっただろう。しかし、アフター・コロナを生きる現在の私達にとっては、戦慄を禁じ得ない映像だ。

コロナは世界を変えていない。私たちの世界を見る目が変わったのだ。
そう「コンテイジョン」は教えてくれる。



出典:IMDb

こうなることは分かっていた。あなたも、私も。

いつだって世界は危険なウィルスに満ちていた。たとえば天然痘は過去のいかなる戦争よりも人を殺している。20世紀だけで5億人は天然痘で命を落としたのだ。しかし、この史上最悪の病気を人類は1980年に根絶することに成功した。かつて猛威をふるった麻疹も、命を脅かすことは少なくなった。科学者たちの懸命の努力により、ウィルスを意識しなくても日常を送れるようになったのだ。

そして、私たちは慢心した。新型コロナウィルスの流行が始まりだしたころ、多くの人は「インフルエンザみたいなものだ」とタカをくくっていた。多くの科学者たちは、インフルエンザが流行するたびに、パンデミックを危惧していたのに。

オープニングから登場するグウィネス・パルトロウは、本編開始8分で命を落とす。ハリウッドのトップ女優が痙攣し、口から泡をふき、解剖で脳を開かれる展開はあまりに衝撃的だ。第二次世界大戦や火星、宇宙の果てからも生還したマット・デイモンは、それをなすすべなく見ることしかできない。



出典:IMDb



出典:IMDb

ケイト・ウィンスレットも、CDC職員としてウィルス対策に奔走するものの、あっけなく死ぬ。悲劇の豪華客船どころか体育館に押し込められた挙げ句、ポリ袋につつまれて埋葬される。



出典:IMDb

スター俳優達が次々と死んでいく展開には、ここ日本でも著名人がコロナで命を落としたことを思い出さずにはいられない。

他にもローレンス・フィッシュバーン、ジュード・ロウ、マリオン・コティヤールらスター俳優が顔を連ねる。しかし、ハリウッド超大作的な華々しい活躍はしない。どこまでも無力な一市民として描かれている。ウィルスは平等だ。知名度や人種、思想、収入で宿主をより好みしたりしない。そんなことを思い知らさせてくれる秀逸なキャスティングだ。オールスター映画「オーシャンズ」シリーズの監督、スティーブン・ソダーバーグの手腕がいかんなく発揮されている。キャストの多くは通常よりはるかに安いギャラで出演したらしい。グウィネス・パルトロウにいたってはノーギャラで出演したとIMDbに記されている。

テンポの良い編集とテクノ調の劇伴が相まって、物語は重厚ながらもサクサク進む。コウモリ発、基本再生産数、クラスター、ソーシャル・ディスタンスなどなど。今となっては毎日のように目にする単語が次々と登場し、分かりやすく解説されることに驚かされる。ローリング・ストーン日本版サイトでDavid Fearが本作を「パニック映画であると同時に、パンデミックが広がる様子を描いたマニュアル」と評しているが、言い得て妙だ。専門家会議や総理の記者会見でこの映画を見せれば、感染を激減できるのではないかと本気で思う。

専門家による監修が実現した、不気味なほどのリアリティ

「コンテイジョン」は科学的に非常に正確な作品になるよう、コロンビア大学感染病免疫センター長官のイアン・リプキン博士の監修を受けている。西ナイル熱やSARSの研究で中心的役割を担ったことで知られる人物だ。新型コロナウィルス対策にも奔走し、自身も感染している(その後、回復)。劇中のサスマン博士は、リプキン博士をモデルにしたキャラクターだ。

リプキン博士は監修のオファーを受けた際「科学的に正しい映画にならない限り協力しない」と言ったという。イギリスの科学誌「New Scientist」は「コンテイジョン」を「これほど科学的にリアルなハリウッド超大作はほとんど無い」と高く評価している。

「これはハリウッド的な誇張だろう」と思う部分も、科学に基づいていると言う。たとえばMEV-1 ウィルスに感染すると、30代や子どもでも、痙攣した後、泡をふいて死んでゆく。この症状について、脚本家のスコット・Z・バーンズはこう語る。

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免疫が健全に機能している人ほど苦しむ高サイトカイン血症というものがあります。免疫が未知のウィルスに対して強すぎる反応を示すんです。恐ろしいですよ。肺が自分の体液でいっぱいになってしまうんです。ただ、こんな話はしたくないですね。作品のリサーチをしたのは10年前ですし、専門家に聞いたほうがいいですよ。
(出典:vulture)
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終盤、わずか1年でワクチンの生産が始まるのも、政府の後押しと資金があれば可能だという。 (3月10日生まれの人からワクチン注射を受けるという設定は、「アウトブレイク」の公開日から取っている)

しかし、現実の政治は、そこまで賢明では無かった。脚本家のスコット・Z・バーンズはトランプ政権のコロナウィルス対策を厳しく批判している。

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今でも「コンテイジョン」の監修者達とは連絡を取り合っています。現政権がCDCの予算を削減し、国土安全保障省のパンデミック対策班を解散させたことを危惧していましたよ。トランプと共和党は、この国を感染症に対して脆弱にしたんです。

ベトナムは手洗いを奨励する動画をYouTubeで公開している。なぜ私たちの政府は、同じことをしないのでしょう? 難しいことでもないのに。(出典:vulture)
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ちなみにベトナムは死亡者をゼロに抑え込むことに成功した(2020年6月3日時点)、コロナ対策の優等生だ。

ソダーバーグ監督も、こう語る。

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専門家たちは皆、政治に邪魔されてると語っていました。心底、憂鬱になりますね。準備万端でアウトブレイクの現場に入っても、人々を救えない。いちいち許可を取らないといけないんです。(出典:indiewire)
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過ちを犯すのは政治家だけではない。中盤、ローレンス・フィッシュバーン演じるCDC長官が、事態の深刻さを公表前に、恋人だけに教えてしまう場面がある。このことをジュード・ロウ演じるブロガーに暴露され、CDCは信頼を失ってしまうのだ。



出典:IMDb

CDC長官自体は、決して悪人ではないのが面白い。映画冒頭では、施設の清掃員の息子を気にかけ、良い医者を紹介することを約束する。終盤では同じ息子に、順番待ちをすっ飛ばして、ワクチンを注射してあげたりもする。ある時は目下に優しい好人物、ある時はえこひいき男。どちらも愛から出た行動なのだ。

ちなみにジュード・ロウは、中国原産の漢方薬レンギョウを、ウィルスの特効薬だと称して売っている。これは中華料理に使われる八角の成分からタミフルが開発されたことをヒントにしている。

「次」はある。しかし「希望」もある

「コンテイジョン」は気味が悪いくらいパンデミックを正確に描いているため、コロナ危機を予言した映画と評す声もある。しかし、これは制作陣に失礼だ。科学者の声に真摯に耳を傾けていればパンデミックは十分に予測できたし、備えられていたはずなのだ。

ソダーバーグ監督は2011年時点のインタビューで「パンデミックは不可避」と語っている。

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「取材した専門家達は全員、口を揃えて、こう言っていました。生鮮市場、アジア、おそらくコウモリ発、と。
(出典:LA Times)
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脚本家のスコット・Z・バーンズも、こう語る。

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「ウィルスが動物から人間に移動しやすい、世界中の生鮮市場。特に冷蔵設備がなく、人々が生きている動物の売買することにに、文化的に抵抗がない地域が危険なんです」(出典:vulture)
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新型コロナでは人類は後手に回った。科学が進歩しても、人々は耳を傾けなければ意味はない。

しかし、希望はある。イアン・リプキン博士は「コンテイジョン」公開後、CDC志望者が激増したと語っている。(出展:Financial Times)「コンテイジョン」がきっかけで医療の世界を志した人が、誰かの命を救ったかもしれないのだ。

科学があれば、来るべき脅威を把握できる。芸術があれば、警鐘を鳴らせる。

大丈夫。私たちはウィルスなんかに負けない。人類には科学と芸術があるのだ。

「近い将来、もっと恐ろしいウィルスが誕生するだろう。コロナが最後とは思えない」(出典:Financial Times)

イアン・リプキン博士はそう語る。

MEV-1ウィルスが初めて人間に感染した「Day 1」を映し出して、「コンテイジョン」は幕を閉じる。

あなたが、この記事を読んでいるたった今が、「Day 1」かもしれないのだ。


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[イラスト]清澤春香

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