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「影裏」主人公と共に友人の影を追う推理映画

あづま あづま


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暗いBGMと、謎の倉庫から映画は始まる。時刻は、暗さから察するに夜らしい。倉庫で夜遅くまで働く人たち。主人公の今野はそこでの仕事を終えて、一足先に帰路につく。

帰路で今野を待ち構える1人の怪しい女性。車で帰ろうとする今野の前に飛び出し、車を無理やり止める。そして、「時間、もらえないかなあ? もらえないよねえ?」と今野に尋ねる。

その女性とコーヒーショップに行き、話をする。少し話した後、女性はこう伝える。

「課長、死んじゃったかもしれない。」

「……どういうことですか?」

……

「影裏」はこのように、観客にはよくわからないシーンから始まる。

  • この倉庫はどこか?
  • 主人公はどういう人物なのか?
  • この怪しい女性は何者か?
  • 「課長」とは誰か?
  • 「死んだ」とはどういうことか?

さまざまな疑問が、観客の頭には浮かぶ。この映画は、この冒頭で仕掛けた謎を解明していく、推理映画のような構成になっている。もちろん、この映画の原作は推理小説ではないし、作中で何か問いかけられているわけでもない。しかし、思わず先の展開を推理してしまう。今作はこういった「観客に推理させる仕掛け」が、しっかり丁寧に作り込まれていた。推理を促す今作の構成は、大きく分けるとこうなっている。

  1. 「謎」の提起
  2. 状況の描写と主人公への感情移入
  3. 「課長」との関係の深まり
  4. 「課長」の異変
  5. 「謎」への回帰
  6. 「謎」の解明

冒頭の「謎」に向かって、時系列がぐるっと戻ってくるようになっている。このような構成になっているのには、当然理由がある。冒頭で謎を仕掛けられた段階では、僕たち観客にはわざわざ「謎」を解くモチベーションなんてない。なぜなら、この謎はあくまで「他人ごと」だからである。他人ごとの謎を必死に推理しようとする人なんてほとんどいない。だからこそ、この構成なのである。「1で与えられた他人ごとの謎が、2-4で主人公への感情移入によって自分ごとの謎に変わり、一周回った5からは主人公と同じ目線で推理していて、最後に主人公と一緒に謎を解明する。」という構成になっているのだ。

この推理させる構成がお手本のように描かれていたので、「推理させる構成」というレンズを通して、今作の内容を改めて見ていく。

1.「謎」の提起

冒頭お伝えしたとおり、何の説明もないまま「課長なる人物が死んだかもしれない」という謎の情報が、謎の女性から与えられる。このシーンでは、「なんやねんこれ?」と思うばかりである。「?」は頭にあるものの、もちろんわざわざ推理などする気持ちなど一切ない。

2.状況の描写と主人公への感情移入

謎のシーンから時系列がぐるっと巻き戻って、ここから謎のシーンに向かっていくように時間は進んでいくことになる。ここではじめて、主人公の今野がどういう人物なのかが明らかになってくる。

ここからのシーンの特徴は、徹底的なまでに写実的なこと。とにかく生生しい。起きたシーンはパンツ一丁で、それを隠すどころかむしろ見せるようにしてカメラが動いている。風呂に入るときに服を脱ぐシーンも、後ろからだがそのまま映している。部屋の中には引っ越しのときのダンボールが積まれっぱなしで、妙にリアルだ。映し方、演出1つとっても、主人公に親近感を湧かせるための映し方を徹底していることがわかる。

主人公の性格も移入しやすいようになっていて、少し暗くて弱々しい。同じような日々を繰り返していて、平々凡々な人である。近所のおばさんに理不尽に怒られたりするのも、感情移入への仕掛けだ。 今野がおばさんに明らかに理不尽な怒られ方をするシーンがあるが、これも観客がおばさんにイライラすることで、結果的に今野に感情移入するようになっている。こういった細かい仕掛けも含めて、徹底的に今野への感情移入を促している。


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出典:映画.com

3.「課長」との関係の深まり

今野の平々凡々な日々を映したあと、冒頭で言及されていた「課長」なる人物が現れる。

「課長」がたばこを吸っていて、今野が「ここ、禁煙です。」と注意するシーンでこの人物は現れる。観客はこの時点で「この人が『課長』か?」と思うが、しばらくこの人物が「課長」なのかどうかは明らかにされない。少し焦らしているのだ。しばらく経って、この人物が「課長!」と呼ばれることで、観客は自分のささやかな推理が当たっていたことを知る。この「ささやかな推理→正解」のフィードバックをいくつも散りばめ、観客を冒頭の謎の推理へと導いていく。「課長」と呼びかけた女性は冒頭の怪しい女性で、怪しい女性は会社の同僚だったことがここでわかる。

「課長」は日浅という人物で、今野とは同い年。禁煙スペースで平然とたばこを吸っている時点で、真面目な今野とは違った自由なタイプのよう。日浅が会社で今野に突然話しかけてコーヒーを奢ったり、今野の家に急に行って酒を飲んだりして、今野は日浅と仲良くなる。タイプの違う日浅の影響を受けて、今野は釣りが趣味になり、踊りに参加したり、会社の人と話すようになったりと、次第に明るくなっていく。日浅の「明るい面」にいい影響を受け、今野と僕たち観客は好ましい感情を抱くようになっていく。


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出典:映画.com

4.「課長」の異変

しかし、なんの前触れもなく日浅に異変が起きる。今野にも何も言わずに突然、日浅が会社をやめたのである。今野にも観客にも理由がわからないので、観客は「何があったのか?」と考え始める。「さすがにまだもう一回出てくるだろう」と思っていたら、やはりある日突然今野の家にやってきた。また推理が当たってしまい、先の展開を読もうとしてしまう。

会社をやめた日浅は、転職して別の会社の営業マンになっていた。何も言わずに消えたのに何の説明もせず、いつものように話しかけてくる。今野も特に何も聞かず、また日浅と釣りに出かけたり、飲んだりし始める。

しかし、日浅に異変が。「ノルマが1つ足りなくて、契約してほしい。」と今野に頼みだしたのである。内容は冠婚葬祭の互助会への加入で、怪しい感じだ。観客は「あれ?」と不穏な空気を感じるが、今野は契約に応じる。契約の後、「契約のお礼だ」といって、日浅は今野を真夜中の釣りに誘う。言い争いになったり少し不穏な空気の漂うその場面で、日浅は伏線となる、気になることを口走る。


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出典:映画.com

「人を見る時はな、その裏側、影のいちばん濃いとこ見んだよ」

そのあと大きな震災が起こり、日浅からの連絡が途絶えてしまう。

5.「謎」への回帰

ここで、冒頭の女性と話しているシーンにぐるっと戻ってくる。最初のときとはちがい、僕らにはほとんどの情報が揃っていて、唯一わからないのは「死んだとはどういうことか?」という謎だけだ。もう観客は今野に感情移入していて、日浅への感情も共有している状態になっている。「日浅は生きているのか?」を切実に知りたい今野の視点と、観客の視点が揃った状態で、この謎を解明していくことになるのだが……。

6.「謎」の解明

女性が言うには、日浅は行方不明になっているらしい。震災のときに危険な場所にいて、被災した可能性があるという。しかしその話を聞く過程で、妙なことも聞くことに。日浅は、どうやら女性に何度も転職先でのノルマのために契約をしてもらい、さらにはお金まで借りているという。知らなかった日浅の「暗い面」が少しずつ明らかになっていく。

日浅の行方を知らないかと釣りを通じて共通の知り合いになった人を尋ねると、その契約がもとでトラブルになっていることを知る。さらに行方を捜すために日浅の父のもとを尋ねると、日浅は卒業証書を偽造しており、4年間学費をだまし取っていたことを知る。日浅の行方を捜すにつれて、どんどん明らかになっていく、日浅の「影のいちばん濃いところ」


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出典:映画.com

そして最後、今野は「契約プラン変更の案内」を受け取る。ハッとした今野は慌てて溜め込んでいた書類を確認すると、そこには高額プランへの変更案内と、日浅の直筆のサインが。日浅生存の証と、影のいちばん濃いところを目の当たりにして、「謎」は一気に解明される。「日浅は死んだのか?」という謎を解明していく過程で、日浅の「影裏」も解明されていくように仕掛けられていたのだ。最後に日浅本人を登場させることなく、暗示的に「生存」と「影裏」を解明させる仕掛けは、徹底して推理させようとする意図を感じられた。

影裏は、このように構成をうまく使って、先の展開を観客が推理していくように作り込まれている。ほとんどの情報は明示的に与えられるのではなく、「ヒント」のように小出しに散りばめられるだけで、何も直接教えてはくれない。ただ、今作はかなり丁寧にこの「ヒント」が組み込まれていて、非常に推理しやすい。推理小説は難解なことが多く、なかなか自分で解明したという気持ちにはさせてくれないが、今作は観客が解明することを前提としている。だからこそ、推理が正しかったときの「つながった!」という感覚を、誰もが味わいやすいようになっている。それでいて、すぐに答えがわかってしまうこともない。謎の推理しやすさと、答えのバレにくさのバランスがよく取れている。構成に乗って、推理する楽しさをしっかり味わえる作品だった。


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[イラスト]清澤春香

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