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「THE UPSIDE 最強のふたり」は、大帰宅ドラマだ。

あづま あづま


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「THE UPSIDE 最強のふたり」では、一切の共通点のないちぐはぐな2人が、なぜか共に過ごすことになり、なぜか仲良くなり、なぜか欠けた何かを埋め合うことになる。不思議な組み合わせの2人が展開する物語は観客をゆさぶる波乱の展開に満ちているのだが、実はものすごく素朴で身近なテーマを扱っている。そのテーマとは、

帰宅

である。この物語は、大人2人が超頑張って帰宅する物語なのだ。これだけ聞くと、まったく面白くなさそうだ笑
帰宅とはいっても、物理的に家に帰るという意味ではない。主人公の2人は、「元々いた場所に戻れない」という意味で、帰ることができない状態からスタートしている。2人は、帰宅の旅をしている中で出会ったのである。2人の帰宅までの道のりはどのようなものだったのだろう? その旅路では、どんなことを学べるだろう? 2人の帰路を眺めながら、この物語から読み取れる学びを考えていきたい。

明らかに合わない2人

まずは、2人の主人公について軽く紹介しよう。
フィリップはビジネスに成功しており、大富豪である。お年は召しているがいまだ仕事は現役で、明らかな成功者だ。ただ、事故で四肢を動かせないハンディキャップを持っている。


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出典:映画「THE UPSIDE 最強のふたり」公式サイト

デルは登場時は服役を終え、職探しの最中だった。しかし職探しに乗り気ではなく、真面目に仕事を探す気はないらしい。また、その影響か家族からは完全に見放されており、成功とは程遠い人生を歩んでいる様子だ。ただフィリップと比較すると体は自由で、ハンディキャップはない。


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出典:映画「THE UPSIDE 最強のふたり」公式サイト

この2人には、どこからどう見ても共通点がない。それに、お互い毛嫌いでもしそうな組み合わせだ。フィリップから見れば、デルは軽率で何も考えていないおバカさんに見えそうだ。逆にデルから見れば、成功者で巨大な家に住むフィリップはいけ好かないヤツだと映りそうなものだ。しかし、2人の帰路は合流し、お互いに補い合う形になる。2人は、どのような帰路を歩いていたのだろうか?

家族のもとへ帰る道

デルは服役しており、出所したところだった。職員に強いられて職を探していたが、まったく真面目に探す気がなさそうだった。いわゆる社会不適合者のよう。また、家族からも嫌われていた。息子には無視され、妻には物理的に家から追い出された。社会から締め出され、愛する家族からも追い出されたデル。彼の帰路は、

職を見つけ、家族のもとへ帰る道

だ。物語冒頭のデルだけを見ると、不可能にも思えるような険しい道のりだ。家に帰ることすら困難などうしようもないやつが、主人公の1人デルだった。

自分の人生へ帰る道

一方でフィリップは、ビジネスで大成功しており経済的な不自由は一切ない。しかし、事故で身体が不自由になっている。ただ、身体の不自由さ以上に、彼には生きる気力があまりないようだった。秘書であるイヴォンヌに対して「発作が出ても救助活動は行うな」と忠告しているシーンがある。「死ぬところだったのよ」とイヴォンヌが反論していることから、救助活動をしなければ命を落としていたことは容易に想像できる。フィリップは自分の人生からリタイアしつつあったのだ。彼の帰路は、

生きる気力を取り戻し、自分の人生へ帰る道

だ。身体が不自由なこともあり、自力では困難な道のりだ。フィリップは自ら「帰りたい!」と思っているわけではないため、自分では帰路を進めない状態にいた。

合流する2人の道

明らかにまったく違う道を歩いている2人だが、奇しくも2人の道は合流することになる。手足の動かないフィリップの介助職に、デルが応募したのだ。デルは横柄な態度を取り、観客から見ても採用に値するとは到底思えなかった。しかし、フィリップはなぜかデルを気に入った。明らかに嫌そうな顔をするイヴォンヌの制止を聞かず、デルを採用してしまう。こうしてフィリップの介助職にデルが就くという形で、2人の道は交わることになったのだ。デルがむちゃくちゃすぎてフィリップにメリットがないように見えたが、この合流をきっかけに2人の帰路は進み始めることになる。

お互いの力で加速する道

デルは仕事こそ雑だったが、良い意味でも悪い意味でも、フィリップを特別扱いしなかった。大富豪の成功者であり、身体が不自由なフィリップにとって、特別扱いされないということは逆に久しぶりのことだったのかもしれない。また、それまで考えなしで無鉄砲な生き方をしてきたデルにとっても、聡明でビジネスについて知り尽くしているフィリップから良い刺激を受ける。
フィリップはデルに妻が死んだ心の傷について話し、デルはフィリップにはっぱ(薬物)を勧めてハイにさせたり、夜の街で遊ばせたりして、フィリップは少しずつ活動的に変わっていった。デルもフィリップの介助職になったことでなかなかの給与が入るようになり、またフィリップの話を聞いて自分で考えるようになっていった。お互いの力を借りることで一気に加速した2人の道は、ゴールへとまっすぐに繋がっていく……


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出典:映画.com

かのように見えた。

また失速し、離れ離れになる2人の道

2人の道は、悲しいかな再び失速してしまう。デルは働き始めた頃、フィリップの本を盗んで息子に誕生日プレゼントとして渡していた。それがバレてしまい、息子に軽蔑され、家族との繋がりが再びブチっと切れてしまう。自業自得だが、またしても完全に帰れなくなってしまった。

フィリップはある事件がきっかけで、完全に生きる気力を失い、周りの人との関係が完全に切れてしまう。フィリップには文通相手の女性が1人いて、1年ほどやりとりを続けていた。文通だったのは身体の問題を悟られたくなかったからなのだが、デルはそれを聞き、直接文通相手に会うように仕向けた。フィリップは文通相手と会って食事をするが、身体の不自由さについてネガティブに捉えられているとわかり、絶望してその場を逃げるように後にする。そして、そのきっかけを作ったデルをクビにしてしまう。フィリップは長年共に過ごした秘書のイヴォンヌをも一方的にクビにし、一切の人間関係を断つようになってしまう。またしても、人生の道から外れてしまったのだ。

デルがクビになったことで、2人の道は別々に分かれてしまう。しかし、最後にはまた合流することになる。人生の道から外れたフィリップを、デルが救いに戻るのだ。

最後の合流

クビになったデルだったが、フィリップのもとで働いた経験を生かして働いており、しかも管理職のような高い立場になり成功していた。家族に大きな家をプレゼントし、家族との関係は修復できたようだった。フィリップの力を借りて手に職をつけ、家族のもとに帰宅することができる状態にまで成長したのだった。しかしこの家をプレゼントしたシーンでは、デルはまだ家には入らなかった。

デルにはまだ、やることが残っていたからだ。

デルはフィリップが誰も受け付けず、失意の中にあることを聞き、フィリップを救いに家へと向かっていた。ヒゲがボーボーに生えたフィリップをデルは連れ出し、警察とのカーチェイスをかわしてある場所へ向かった。その場所は、フィリップがすべてを失った場所だった。

フィリップはパラグライダーが趣味だったが、パラグライダーの事故で四肢麻痺になっていたのだ。さらに、その事故で妻を亡くしている。しかし、フィリップにとってパラグライダーは自由の象徴だった。自由を失い、歩みも止めてしまったフィリップにとって、再び空を飛ぶことなど不可能なことだった。デルはそれを知っていて、フィリップを再び大空へ飛ばすためにここへ連れてきたのだった。

パラグライダーのアシスタントがフィリップを抱え、空を飛んだ。嫌がるデルもついでに飛んだ。フィリップは空を飛んで自分を取り戻し、こう叫ぶ。「デル、ありがとう!」すべてを失った場所で、フィリップは自分の道へと戻っていった。

パラグライダーが終わり、デルは最後の仕事をする。フィリップを連れていったレストランには、自暴自棄になってクビにしたイヴォンヌの姿が。長年を共にしたのに自分勝手にクビにしてしまったイヴォンヌが目の前にいる。フィリップは「会いたかった」とイヴォンヌに伝える。これで元どおり。フィリップは、自分の人生へ帰ることができたのだった。

そしてそこには、デルの姿はなかった。デルは、2人を見届け、どこかへ向かう。

デルの帰宅

デルはフィリップを救い、車を走らせる。向かう先はもちろん、家族にプレゼントした家だ。今度は何の気兼ねもなく家に入れる。車を降り、階段を登り、家族の待つ家にデルは帰っていった。こうして大人2人の長い長ーい帰宅物語は終わりを迎えた。別々の場所に帰っていったデルとフィリップは、その後も交流を持ち続けたようだ。

帰宅と呼ぶにはあまりに長い道のりだったが、2人ともなんとか無事に帰っていった。お互いを補い合った最強のふたりの、最強の帰宅がそこにはあった。

2人の帰宅姿から学ぶこと

「帰宅」という明らかに何も学べなさそうなテーマで進めてきたが、ここから学べることは何だろう? それは、「どんな逆境でも、あるべき道に戻ることができる」というしなやかな強さではないだろうか。デルは服役をして無職だったが、そこから家を買うほどに立ち直ることができた。フィリップは四肢麻痺の人生に失望した状態から、生きる気力を持って生き直すことができるようになった。2人はかなりの逆境にいたが、それでも立ち直ってみせた。逆境のない人生なんてないのだから、2人の逆境からの帰宅劇は僕らが人生で逆境に立ち向かうときのあり方の1つとして、心に留めておきたいものだ。


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[イラスト]ダニエル

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