生きる目的が同じで、価値観のまったく違う人同士の友情は、どう育まれるのか。
大人と大人が出会う時、必ずぶつかる問いへの“1つの答え”を見出した2人を、本作は描いている。
この「2人のローマ教皇」は、「シティ・オブ・ゴッド」「ナイロビの蜂」のフェルナンド・メイレレス監督が、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」「博士と彼女のセオリー」のアンソニー・マクカーテンを脚本に、アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライスという2人の名優を迎えた、豪華な作品だ。
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ゴールデン・グローブ賞で作品賞、主演男優賞(ジョナサン・プライス)、助演男優賞(アンソニー・ホプキンス)の3部門にノミネートされたこの作品もまた、Netflix配信だ。「アイリッシュマン」「マリッジ・ストーリー」同様、良質な作品を生み出すキープレーヤーとしてNetflixが賞レースで存在感を示している。
カトリック教会における歴史的転換点をまたぐ2人のローマ教皇、ベネディクト16世とフランシスコの保守派と進歩派の壁をこえた友情を、実話に基づき描き出す。
そっくりすぎる! 2人のローマ教皇と2人の名優
ベネディクト16世を演じたアンソニー・ホプキンス、フランシスコを演じたジョナサン・プライスは、演技以上にそっくりだ。
↓前ローマ教皇のベネディクト16世
出典:CNN
↓ベネディクト16世を演じたアンソニー・ホプキンス
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再現性が高すぎて、他作品の“白い服のアンソニー・ホプキンス”を見ても神聖に見えてくるが、それは「羊たちの沈黙」のレクター博士なので気を付けたい。
↓来日した際も大人気だった現ローマ教皇のフランシスコ。
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↓フランシスコを演じたジョナサン・プライス
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ジョナサン・プライスは顔の形まで似ているので、本当にしっくりくる。
名優たちの衣装、ふるまい、表情もそっくりで息を飲むが、システィーナ礼拝堂などバチカン市国やローマの美しい景色も一緒に楽しめる。
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ローマ教皇の大きな責任とコンクラーヴェ
ローマ教皇は、世界に約12億人いるキリスト教信徒のうち、最大宗派であるローマ・カトリック教会の最高位の聖職者を指す。カトリック教会のローマ司教であると同時に、全世界のカトリック教徒の精神的指導者であり、バチカン市国の元首でもある。地上におけるキリストの「代理人」という位置付けとも呼ばれ、非常に重い役割だ。
システィーナ礼拝堂で行われる厳粛な選挙「コンクラーヴェ」を経て、選出される。
「コンクラーヴェ」では枢機卿による匿名投票の3分の2以上の得票ができないと再投票となる。投票の結果、新ローマ教皇が決まった場合は「白い煙」、再投票になった場合は「黒い煙」を煙突から出すと決まっており、中の様子が全く分からない。私たち一般人には神秘的な儀式だ。
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普段見ることができないこの「コンクラーヴェ」の様子も、本作では美しく、丁寧に描かれている。
キリスト教について勉強するミッション系の学校を出た人は、少しワクワクしてしまう光景かもしれない。
2人のローマ教皇が交差する転換点
一度ローマ教皇になったら、多くの場合「終身制」の習わしが続いてきた。ところが、前ローマ教皇のベネディクト16世は「自由意志による辞任」という選択を約700年ぶりに行い、コンクラーヴェの後、現在のフランシスコが選ばれた。
日本では約200年ぶりの「譲位」が話題になったが、「ローマ教皇の辞任」もキリスト教信徒の多い国ではかなりの衝撃が走ったニュースだ。
ベネディクト16世とフランシスコは全く生きるスタンスも価値観も違う人間で、仲が良い。
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2014年のサッカーW杯の決勝が、前ローマ教皇と現ローマ教皇の出身国の戦いとなり、「祈りが……! 捧げられるのでは?」と冗談交じりで大きな話題となった。(サッカー観戦は趣味で祈りは捧げないそうです。)
ベネディクト16世はドイツ出身。カトリック教会の中でも、「保守派」の代表的な存在だ。理知的で、今までの原理原則に則り、堅実な解決策を取る。
キリスト教の司祭を日本のお坊さんとして表現するならば、人の守るべき道の修行を本人もハードに追究し、厳密な教えを諭してくれるタイプのお坊さんだ。
けれども、他の分野の真面目な人同様、本人の想像がつかないほどの悪事や出来事には、とても弱い。
高齢で健康に悩み始めた頃、彼を襲ったのは「バチカン高官による児童を含めた性的虐待」をはじめとした、カトリック教会内の様々なスキャンダルだった。秩序立てて壁をつくり整理をつけていくタイプの人には対処に苦しむ問題として、頭を悩ませることになる。
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映画では、ベネディクト16世が悩み、フランシスコに告白をするシーンがある。
フランシスコはアルゼンチン出身。カトリック教会の中では「進歩派」「改革派」と呼ばれ、教皇選出前のコンクラーヴェでも第2位となった人物だ。
同じくわかりやすさのために日本のお坊さんとして表現するならば、社会や世の中の様々な変化はやむを得ないと受け入れつつ、人の根幹にあるべき愛や清廉性を説くタイプのお坊さんだ。
作中では、その精神に至るまでの壮絶な経験を、フランシスコはベネディクト16世に告白する。それは、アルゼンチンの軍事独裁政権が繰り広げた虐殺行為に対する、己の無力さや傲慢への深い反省だ。
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それぞれ、価値観や考え方が違っている2人は、祈りを捧げ続けるゆえの告白を、互いに行い、互いを理解する。
その後、ローマ教皇に選出されたフランシスコは、キリスト教の持つ基本的な精神を守りながら、世の中の変化に前向きに取り組む姿勢を持ち、ローマ教皇を全うしている。これが、「カトリック教会の歴史的な転換点」と呼ばれるゆえんである。
出典:IMDb
この「2人のローマ教皇」は、前ローマ教皇と現ローマ教皇が「お互いの考えは違えど“世界中の人のために祈りを捧げる”という目的も目指す精神性も同じで、分かり合える」と確信したことで生まれた映画だ。
多くの人の意見の分断が問題となる世の中で、「祈りを捧げる」という高い精神性を持つ人達が体現した、「違うことを認めること、同じ目的を持つ尊さに気づくこと、互いの存在を愛すること」に見ている人それぞれが想いを馳せられる、素敵な作品としておすすめしたい。
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[イラスト]清澤春香