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「冬時間のパリ」が打ち砕く、フランス人への幻想

平野陽子 平野陽子


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日本人(の一部)はフランス人への期待値がやたら高い。
記憶に新しいのは『フランス人は10着しか服を持たない』のヒットだ。


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出典:Amazon

アメリカ人の著者が感動した、「フランスのマダムが送る精神的に豊かな暮らし」を綴った内容で、10着の服はあくまで一例なものの、キャッチーなタイトルの本として多くの日本人の心に刺さり、ヒット作となった。
この「フランス人は~」系タイトルの本が日本には大量にある。
・『フランス人は年をとるほど美しい』
・『フランス人は1割しかお嫁に行かない』
・『フランス女性は太らない』
・『フランス人はお菓子づくりを失敗しない』
・『フランスの子どもは夜泣きをしない』
・『フランス人の部屋にはゴミ箱がない』
・『フランス人は子どもにふりまわされない』
・『フランス女性は80歳でも恋をする』
・『お金がなくても平気なフランス人、お金があっても不安な日本人』
・『フランス人の贅沢な節約生活』
・『徹底してお金を使わないフランス人から学んだ本当の贅沢』
・『フランス人は3つの調理法で野菜を食べる』
・『フランス人が「小さなバッグ」で出かける理由』
・『好きなことだけで生きる~フランス人の後悔しない年齢の重ね方』
・『年をとってもモテるフランス人 年をとるとモテなくなる日本人』
・『フランス人の40歳からの生きる姿勢』
・『フランス人はバカンスを我慢しない』
・『フランス流しまつで温かい暮らし』

ちょっと!
フランス人として生きるの、大変過ぎじゃない?

この「冬時間のパリ」はそんな日本人の中にある、「フランスはおしゃれな国で、自由恋愛かつ少子化も克服し、食文化を大切にし、精神的にとても豊かである」という幻想を、淡々と打ち砕いてくれる。

原題は「Doubles Vies(2つの生活)」

邦題は「冬時間のパリ」だが、原題は「Doubles Vies」つまり「2つの生活」だ。

冬のパリを舞台に、敏腕編集者であるアラン(ギョーム・カネ)と女優の妻・セレナ(ジュリエット・ビノシュ)、作家で友人のレオナール(ヴァンサン・マケーニュ)と政治家秘書のヴァレリー(ノラ・ハムザウィ)という2組のカップルが登場する。

アランは、電子書籍ブームが押し寄せることに違和感を感じつつも、なんとか時代に順応する道はないか努力していた。そんな折、作家のレオナールから不倫をテーマにした新作の相談を受ける。隠してるようで全然隠せてない私小説を書き、たびたび炎上する彼の作風を「古臭い」と感じているアランは、出版に難色を示す。
けれども、アランの妻のセレナは、原稿を絶賛。正反対の評価と意見を、エモーショナルに妙なタイミングでぶつけてくる。

アランとセレナは、近頃うまくいっていない。アランは年下のデジタル担当であるロール(クリスタ・テレ)と不倫中。セレナもなんとレオナールと秘密の関係(という名の肉体関係)を続けている。レオナールの妻、ヴァレリーはそんなことはつゆ知らず、政治家秘書として仕事に打ち込んでいる。

邦題のおしゃれな感じとは裏腹に、生々しい「2つの生活」が様々な切り口であぶり出される映画だ。
ここからは、フランス人への妙な幻想が木っ端みじんになるポイントをいくつかご紹介する。

幻想1:SNSの炎上すら恐れず、自由闊達に意見を交わせる文化

デジタル化に対してアラン達はしばしば「無責任な有象無象の意見をSNSでぶつけられることが良いのか?」という視点で、真剣に議論する。出版文化を愛するアランは、少し悲観的に捉えているし、かなり危機感や恐れを抱いている。それは、レオナールの作風でもある「全然隠せていないプライベートの情事丸出しの私小説」がたびたび炎上することへの忌避にもつながっている。


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出典:IMDb

また、映画の中では何回か長い議論のシーンが出てくる。その中で、レオナールの妻で政治家秘書のヴァレリーが明確に不快感を示すシーンがある。
確かにフランスの人達は政治の話も宗教の話も文化として普通にするが、相手の頑張っていることに対しての「解決策を持たない執拗な批判」はとても失礼に思っているという点が、常識として映し出される。

結論:フランス人だって、SNSの炎上は怖いし、議論をするにもマナーがある。

幻想2:みんなオープンな自由恋愛を楽しんでいる

アランとヴァレリーという社会的な責任を果たすことに情熱を持ち、どんどん視野が広がる「意識高め」のタイプと、セレナとレオナールという繊細だが感情で物を言ったり行動してしまう「ピュアなイノセント」タイプと、二手に4人は分かれている。

それぞれの大人の選択は、違う。
アランは、妻との「話の通じなさ」を埋めるかのように割り切った肉体関係を部下の女性と続けているが、部下の方は他にも同性の愛人がおり、もっと冷めている。

セレナは何となく居心地の悪さからレオナールと関係を続けるものの、本当は夫と関係を修復したい罪悪感や暴露される不安から関係解消を切り出す。セレナは最後までアランには秘密を話さない。


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出典:IMDb

しかし、ヴァレリーはレオナールの浮気に気づき、夫の告白を受け入れ、それでも許し、愛する。


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出典:IMDb

結論:パートナーと意志疎通ができない不安は一緒だし、オープンな自由恋愛万歳! ではない。

幻想3:つましくも精神的に豊かでていねいな暮らし

日本では、フランス人は「ていねいな暮らし」の達人のようなイメージが抱かれがちだ。

アランの会社のオーナーは、そのモデルケースのような暖炉や広い庭のある素敵な屋敷を持っているが、ヴァレリーもアランもデジタル機器を使いこなし、私たちと変わらない忙しい日常を送っている。

何より、アランの不倫相手となる部下のデジタル担当の女性は、若い世代だ。文学を愛しつつも「余裕のある世代の価値観」に対して渇きのようなものを抱え、デジタル化への推進へとぶつけている。


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出典:.anemo

結論:フランス人も普通に現代生活を送っているし、若い世代と上の世代との価値観や暮らしぶりにもギャップがある。

2組の夫婦の「リアル」が私たちに教えてくれること

冒頭の、日本で発売されている「フランス人は~」系タイトルの本は、わざわざフランス人を引き合いに出さないと言えない本音が透けて見える。

・若さを礼賛する社会で老いを受け入れるのは怖い。でも、年を重ねた美しさを認めてもらいたいし恋もしたい。
・冷たい親のように周りから見られるのが気になって毅然とした躾なんてできない。でも、子どもが騒いでぐったりしない躾がしたい。
・日本が貧しくなっていく気配は感じる。でも、そんな社会でも精神的に豊かで楽しい生活がしたい。
・毎日、忙しくて丁寧で美味しい料理を作るどころじゃない。でも、美味しい食文化を営みたい。

素直にそう言えばいいのに、フランス人への幻想を作って憧れるだけにとどまっている。
身近なところから実現する行動を起こすのではなく、同じ社会の中で少し違う選択をしてもいいと自分達に「OK」を出せていないのだ。

フランス人が社会の減退に悩まずていねいな暮らしをしているかというと、そんなことはない。若者の失業率の高さに批判の声も上がるし、ストライキだって激しい。
日本に来るフランス人の方々も、日本のていねいなスキンケアは驚いた! とか、子どもは騒ぐぞ! と話す人もいるし、料理を作るのは大好きでも、ピカールの冷凍食品はおいしい! とおすすめしてくれる人もいて、様々だ。

もし、この映画でも知ることのできる「フランスの文化としての強さ」を1つ挙げるとしたら、「個々人の選択や結論が違っても、人それぞれの判断である」と割り切ったものの見方を、コメディタッチで表現をできるほど昇華しているということかもしれない。

映画を観る人が、大人としてそれぞれ結論を出していく4人の姿を見つめ、「そういう風に個人の判断に自らOKを出してるのか」と感じられるリアルさが、魅力の作品だ。


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[イラスト]/清澤春香

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