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「ひとよ」は家族の絆も面倒くささも、すべてをまるごと肯定する

金子ゆうき 金子ゆうき


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割り切れないから、面倒くさい。
割り切れないから、つながれる。

これは「家族」の物語。

どうも、街クリ映画ライターの金子です。

男3人兄弟の長男で、いちばん背が高いです。メガネをかけています。

そんな僕が今回見て、泣いて、書くのは「ひとよ」

監督は白石和彌さん。


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出典:Wikipedia

2019年は「麻雀放浪記2020」「凪待ち」「ひとよ」と3作品が公開されました。多作ゆえに作品ごとに評価はばらつく傾向があり、街クリで2本のコラム(加藤広大さん宮下卓也さん)が公開された「麻雀放浪記2020」はちょっと微妙という印象でした。

「ひとよ」はどうか? 結論からいえば、デラぜっぴん。最高でした。まさか『デラべっぴん』で号泣するなんて。

結末含めて言及します。ネタバレが気になる方は鑑賞後にどうぞ。激しくオススメです。ぜひぜひ劇場でご覧ください

それでは、どうぞ

父を殺した母が帰ってきた。15年ぶりに。

タクシー会社を経営する稲村家長男・大樹次男・雄二長女で末っ子・園子の兄妹は父・雄一の暴力に怯えて暮らしていた。どしゃ降りの夜、母・こはるは雄一をタクシーで轢き殺してしまう。子どもたちを暴力から救うために。

こはるは子どもたちに「もう誰も、あんたたちを殴らない。何だってできる。何にだってなれる。だから、今すっごく誇らしいんだよ」「15年たったら必ず戻ってくる」と約束し、自首します。

殺人者の子どもとして15年を過ごしてきた兄妹のもとに、こはるは約束通り戻ってくる。

15年間とまっていた家族の時計はふたたび動き出すのか。

出典:YouTube

父を殺した母が15年ぶりに帰ってくるという衝撃的な物語は、同名の舞台が原作です。桑原裕子さん主催の劇団KAKUTAが2011年に初演しました。舞台を見たプロデューサーの高橋信一さんが白石監督で映画化したいと熱望して企画がスタートしたといいます。桑原さんは園子がはたらくスナックのママ役として出演もされています。

舞台をもとにした小説版の「ひとよ」もあり、長尾徳子さんが書かれています。


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出典:Amazon.co.jp

映画版が次男の雄二メインなのに対し、舞台・小説版は母・こはるがメイン。小説も読むと、より深く「ひとよ」をたのしめます。

兄妹の設定も異なっています。舞台・小説では園子が姉で、雄二が末っ子。映画では雄二が真ん中。弟でもあり、兄でもある。兄妹のどちらにも近い存在になるので、うまい脚色です。

どちらも未見の場合、映画⇒小説がいいです。というのも、小説は、脚本を読んでいる感覚というかセリフが中心。空間や状況描写が少なめなので、映画でイメージを掴んでからがいいです。

映画「ひとよ」の脚本を手がけたのは高橋泉さん「ロストパラダイス・イン・トーキョー」(10)、「凶悪」(13)、「サニー/32」(18)と白石監督作品を手がけてきた方です。

夫を殺し、15年後に家に戻る母・こはるを演じたのは田中裕子さん。白石監督が「田中さんがオファーを受けてくれなかったら企画自体進行しない」というほど熱望したキャスティングで、2年がかりでOKしてもらえたんだとか。田中さんについては、後でくわしく書きます。


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出典:「ひとよ」公式Twitterアカウント

    
 
長男・大樹には鈴木亮平さん。吃音のせいもあり、人とのコミュニケーションが苦手。心の奥底に父と同じ衝動を抱え、妻とうまく距離がとれないという複雑なキャラクターを自然に演じていました。僕自身が3兄弟の長男ですから、大樹には感情移入しました。

PCを使うシーンやタクシーに乗り込む妻を窓越しに制止するシーンで人差し指が常に曲がっていましたが、あれは父の暴力の後遺症です。小説で言及されています。


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出典:「ひとよ」公式Twitterアカウント

    
 
最も苛烈な暴力を受けていたと思われる次男・雄二は佐藤健さん。仮面ライダー電王ですね。最初から最後までクライマックスな正常位と少したるんだお腹は必見! 斜にかまえ冷笑的でありながら、本心では母を……。


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出典:「ひとよ」公式Twittterアカウント

    
 
美容師の夢をあきらめ、スナックで働く長女で末っ子・園子は松岡茉優さん。「蜜蜂と遠雷」で天才ピアニストを演じたのを劇場で見たばかりだったので、同じ人とは思えなかったです。疲れ・汚れ具合がありながら、やっぱり華はある。兄妹のツッコミ役としても「こういう妹いそう」と思わせてくれました。「死んでるけど、さらに死ね」「復刻してんじゃねーよ」という口の悪さも絶品です。

岡村孝子さんの「夢をあきらめないで」を歌うシーンがありましたが、闘病中の岡村さんへの白石監督からのエールなんだそうです。


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出典:「ひとよ」公式Twittterアカウント

    
 
稲村家以外のキャストもすばらしい。

稲村家から経営を引き継いだ稲丸タクシーの2代目社長・進は音尾琢真さん。白石作品の常連ですね。過去作では嫌な奴やおっかないヤクザでしたが「ひとよ」では、ただただ良い人。本当は漁師になりたかったのに~!


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出典:「ひとよ」公式Twitterアカウント

    
 
ワケありの新人ドライバー堂下を演じた佐々木蔵之介さんのギャップやクラッシュ後のダメダメ感もとても良い。

 
大樹の妻・二三子を演じたMEGUMIさんも、びっくりするほど良かったですね。最近だと「記憶にございません!」に出ていた小池栄子さん(「リーガル・ハイ」もすんごくよかった)もそうですが、イエローキャブ出身の方は演技がうまい。白石監督は、MEGUMIさん推しだと公言していたので、今後映画で目にする機会が増えるでしょう。


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出典:「ひとよ」公式Twitterアカウント

ウザったくて温かい。覚悟の母・こはる。

「ひとよ」は家族の面倒くさい部分も、温かい部分も感じる映画だと思いますが、その中心となったのは田中裕子さんが演じたこはるでしょう。

白石監督がティーチイン上映で稲村家の父・雄一と母・こはるについての裏設定を語っていました。

雄一とこはるは、同級生。雄一がこはるに熱烈なアプローチをした末に結婚します。雄一はタクシー会社の2代目社長として真面目にやっていたが、酒か、ギャンブルかにはまった末に激しい暴力をふるうようになってしまった。

2014年に実際に起こった事件があります。茨城県土浦市でビジネス旅館を営む夫を殺害して妻と長男が逮捕されました。殺害された夫は、酒を飲む度に妻や子どもに暴力をふるっていたそうです。原作の「ひとよ」に直接の影響はありません。ですが、映画「ひとよ」の制作過程でこの事件を白石監督たちが知り、設定や背景の参考にしたということです。

こはるの話にもどります。

冒頭、夫を轢き殺し事務所に戻ってきたこはる。おにぎりをひとつ頬張ります。で、一口たべた後、吐きそうになるんですよ。刑事もので新米刑事が事件現場で遺体を見たあとになる、あの感じ。それを一瞬、あくまで一瞬。すぐにおにぎりを飲み込みます。これがもう、見事で見事で。

何百回も何千回も考えた末ですよ、きっと。会社の経営についても義兄弟に話をしているくらいですから。それでも、人を殺して平然としていられるわけがないんです。でも、飲みこむんです。子どもたちのために。それが、子どもを守ることだと信じていたから

小説版では、出所後に滞在した北海道の牧場で自殺未遂を起こした過去も語られます。

夫の暴力をとめられなかったこと。夫を殺してしまったこと。子どもたちに重荷を背負わせたこと。すべてを自覚し、それでも苦しみを見せることなく、子どもたちのために生きる覚悟を決めて帰ってきたんだと思います。

「ひとよ」のことを書くために、田中裕子さんが母親を演じた映画「共喰い」(13)、「火火」(05)を見ました。菅田将暉さんの母を演じた「共喰い」の鬼気迫る感じもすごかったですが、僕が見た中では「ひとよ」が最高だと思います。

思えば、稲村家の4人全員が「本当の想いや苦しみ」を隠しています。稲村家だけではなく、二三子も堂下も、みんな家族の事情や想いを抱えています。物語が進むにつれ、想いが重なり、膨らんでいきます。その緊張感がラストのカーチェイス、クラッシュをきっかけに破裂して本当の想いが噴きだします。

緊張を徐々に膨らませ、一気に緩和させることで「ひとよ」は物語全体として大きなカタルシスを生んでいると思います。

僕は、松本人志さん高須光聖さんがやっていたラジオ番組「放送室」が大好きで一時期ずっと聞いていました。


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出典:Aamazon.co.jp

その中で松本さんは「笑いを生むには、緊張と緩和が大切」と度々話していました。

紹介していたエピソードがあって、松本さんがスタッフに対して説教をしている時に、若いスタッフが放屁をしてしまった。この上ない緊張感の中で鳴りひびいた屁の音に、全員が大爆笑したんだそうです。

「ひとよ」では「緊張と緩和」を白石監督がうまく演出しています。

こはるが帰ってきたことで徐々に膨らみ、ラストのクラッシュで破裂。これが、全体をとおしての緊張と緩和です。そこに至るまでも笑いというかたちもとりながら細かく細かく差しこまれて、絶妙なテンポを生んでいると思います。

たとえば、

自転車修理中の雄二を、車で轢きそうになるこはる「またやっちゃうとこだったわー」なんて無邪気に言っちゃう。雄二が自転車をつかっていることは「事件がトラウマで車が運転できない」ことを暗示しているようですから、その張本人が運転して同じように轢きかける。不謹慎だけど思わず笑ってしまいます。

たとえば、

大樹から、二三子との別居を聞いたこはるが、ひとこと。「夫婦には色々あるわよ~」 ……でしょうね!! としか言いようがないですが、ここも笑ってしまうわけです。

どちらも、事件が子どもの人生に影を落としていることを暗示(緊張)させながらの、こはるの無邪気な言動(緩和)が笑いをうみます。

しかも、単に笑わせにかかっているわけではないから重層的な余韻を心に残してくれます。

「天城越え」(83)のハナを演じた頃から変わっていない、田中さんの抜群の可愛らしさや品があってこそですが、白石監督の演出の賜物だと思います。

白石監督の演出について、僕が今更言うことではありませんが、あまり見かけない切り口で書いていきたいと思います。それは、食べる・食べ物の演出です。

白石監督作品における「食べる・食べ物」の重要性。

白石監督作品において食べる・食べ物のシーンは非常に印象的です。

特に印象的なシーンを挙げますね(役名ではなく演じた方の名前にします)

「凶悪」でピエール瀧さんやリリー・フランキーさんたちがおこなうクリスマスパーティ。ランドセルに大金が詰まっているというところも何とも嫌な感じでした。

「日本で一番悪い奴ら」で綾野剛さんがパキスタン人の家族にまざって食べるカレー。楽しげな団欒の感じがまた後半との落差につながっていました。

「彼女がその名を知らない鳥たち」の映画史に残るであろう阿部サダヲさんの不快極まりないうどんの食べ方。その不快感が阿部サダヲさんのお金で暮らしている蒼井優さんのダメさや不可解さを際立たせていました。


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出典:映画.com

「孤狼の血」で石橋蓮司さんが病室で食べる、うな重。うっかりまとな人だと思ったけど、やっぱりこの人たち生きてる世界が違うんだなと強烈に印象づけられました。

食べるシーンで、登場人物の人となりや関係性が際立つんですよね。映画評論家・町山智浩さんは「映画その他ムダ話」の「アベンジャーズ/エンドゲーム」の回で、食べるシーンが「ヒーローもひとりの人間である」と強く印象づけていると語っていました。

白石監督も「食べる」という素がみえる行為をとおして、観客に登場人物を強く印象づけてくれます。

「ひとよ」ではどうか?

おにぎりです

冒頭シーンで、こはるが子どもたちに手渡したのがおにぎりでした。あのおにぎり、母から子ども達への「想い」の受け渡しのようでした。「何でもできる、何にでもなれる」という言葉。罪を犯してまでの想い。それは子ども達を苦しめることにもなります。

掌を「たなごころ」とも読みますが、掌をつかって作るおにぎりは心のこもった食べ物なんですよね。「想い」は「重い」でもあるわけで、あの夜の稲村家の子ども達にとっては重すぎる想いだったんだと思います。


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出典:「ひとよ」公式Twittrアカウント

劇中で何回かこはるが握ったおにぎりが出てきます。大樹と2人きりのすき焼きの夜。そして、誰も食卓にあらわれない朝食。母の想いを素直に受け入れられずバラバラになってしまったことを、おにぎりが物語っているようでした。

「食べる・食べ物」を例にして、白石監督演出の巧みさを示してきましたが、勢いあまってもう1ついいですか。

ライティングです

こはるが帰ってきた夜、大樹と園子を抱きしめるシーン。3人にはブラインド越しの光があたり、光の線が入っています。このライティング、3人の複雑な心境をあらわしていると白石監督がインタビューで語っていました。


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出典:映画.com

ライティングが印象的な別のシーンを紹介します。

雄二とこはるが向かい合うシーン。「父が生きていたほうがマシだった。暴力に耐えればいいんだから」「自分のせいで子どもの人生がめちゃくちゃになったことをどう思うか」と、雄二が問いつめます。


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出典:映画.com

雄二の背後から光がさし、こはるの顔を照らします。線ではなく、面で。雄二は光を背負っているので、衣装の黒とも相まって、特に背中の暗さが際立ちます

場面的に逆でもいいんじゃないかと思うんです。雄二は正論で詰め寄っているわけですから。なぜ、このライティングなのか? 雄二の心からの言葉じゃないからですよね。こはるの期待に応えて、ライターとして手柄を立てて小説家になりたいから。ネタ集めのためで、うしろ暗いものがある。

何より雄二にとって、こはるはまぶしいんですよ。

田中泰延さんは「バクマン。」評の中で、このように書かれています。

法律も、判決も、結婚届も、借用書も、言葉でできている。でも、じっさいの人間てやつは、言葉と心がうらはらの時こそ、胸を打つんです。

まさに、雄二の言葉と心がうらはら。それを構図とライティングが際立たせているんです。

「ひとよ」の製作陣、特に、瀬々敬久監督作品を多く手がけている撮影・鍋島淳裕さん、照明・かげつよしさんが象的なシーンづくりに大きく貢献していると思います。

割りきれないから、面倒くさい。割りきれないから、つながれる。

「ひとよ」を最初に見終わったときに最初に出たのは

家族って、めんどくせえなあ。

でした。でも、僕の顔は笑顔だったと思います。

白石監督はこれまで「疑似家族」を多く描いてきました。「ひとよ」でも稲丸タクシーは疑似家族のようにつながっていました。血縁の家族には直接言えない想いや事情もかかえながら、ゆるく穏やかにつながっています。

疑似家族は「損得」「利害関係」でつながれるんですよね。面倒ごとは持ちこまなくてすむし、本音を隠してもつながれる。だから、いつでも離れられる。裏切りだってできる。「日本で一番悪い奴ら」では綾野剛さんを兄弟・兄弟と呼んでいた中村獅童さんもいつの間にか消えていました。

血縁の家族はそうもいきません。親と子、兄と弟、兄と妹は、どんなに関係が希薄でもそれ自体が消えることはありません。ああ、なんて面倒くさいんでしょう。

稲村家は、きわめて特殊です。しかし、「ひとよ」で起こる出来事、そこで抱く感情に似た経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

僕にはあります。

自分が悪いのに庇うかのように優しくする親をみて余計恥ずかしくなったこと。ふとした時に、あの時本当はさあ、なんて蓋をしていた感情があふれだしたこと。

「ひとよ」を作るにあたって白石監督も自身の家族関係と向きあったと語っています。

うちはもともと母子家庭だったんですが、「凶悪」(2013年)公開前に母が交通事故で亡くなってしまったんです。実はその時、弟と6~7年連絡が取れていない状況で、弟は葬式にも来られませんでした。やっとのことで弟と連絡が取れたのですが、彼はすでに結婚していて、子供もいたんです。「何でそんな大事なことを連絡しないの」と(笑)。そんな自分の家族のことを思い出したりしながら、この作品を作りました。
BANGER

「ひとよ」をとおして、白石監督と見る人の記憶と感情が呼応し、胸を打つ

この構造、アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」にも通じる部分があると思います。

庭で兄妹が『デラべっぴん』を巡って笑いあうシーン。僕、ここでいちばん泣いたんです。3人が全員別のところを見ているんですよね。目線も合っていないし。それでも、同じ人、同じ出来事で笑いあえる。ああ、家族なんだと思ったんです。それって、ちょっといいじゃないですか。


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出典:映画.com

劇場パンフレットの中で相田冬二さん「ひとよ」は「人(の)世」とも「日と夜」とも読めると書かれていました。

僕はそこにもう1つ意味をつけたい。

ひとよ
ひとよひとよ
ひとよひとよにひとみごろ
1.41421356・・・・・

平方根・√の2。決して割り切れない無理数をおぼえるための語呂合わせ。割り切れない。ずっと続く。だから、つながっていられる

家族もいっしょでしょう。子どもたちを守るために父を殺すことが間違っていたのか、正しいのか。父を殺してまで作ってくれた自由なのに、期待なのに応えられない自分はそれでいいのか、正しいのか。割り切れない。整った答えなんてでない。

それでいいんです。

こはるの言葉を借りれば「自分にとって、特別なだけで、他の人からしたら、何でもない夜なんですよ。でも、自分にとって特別なら、それでいいじゃない」です。

ラストのカーチェイス。堂下のタクシーを追う雄二たち。白石監督らしいシームレスな繋ぎで「母が父を殺した夜」「母が殺されるかもしれない夜」がつながります。

家族が、親子が車のクラッシュとして交差します。

あの夜、父が母を殺した夜、子どもたちは本当はこうしたかったんです。母を止めたかったんです。いかないで! 私たちを置いていかないで! 15年たって、本当にやりたかったことができたんです。

そして、夜明けが訪れます。

夜が明けたからといって、すばらしい一日になるかなんて分かりません。それでも、生きていくんです。だから、美しいんです。


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出典:映画.com

これを書きながら、「ひとよ」を見て良かったなあと何回も思いました。ちょと泣きそうですらあります。本当にすばらしかったです。

最後にひとこと。

いやあ、家族って本当にいい……、面倒くさいですね。


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[イラスト]ダニエル

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