「韓国の女の子が、みんなKARAみたいだったらどうしよう~」
ちょうど一年前、韓国が初めてという友だちとソウルに行ったときの、友人のつぶやきでした。友よ、どうせならTWICEと言ってほしかったよ。
日本でも大人気のK-POPアイドル。韓国で初めてアイドルグループと呼ばれたのは「ソバンチャ」です。
♪オジャパメン ナネガミオジョソ~
彼らのヒット曲をダウンタウンたちがカバーしたのは1996年。忘年会で、スタジャンを着て踊らされたんですよね~。あれはつらかった。
この頃、韓国は経済発展のピークを迎えていました。
翌年の1997年、タイから始まったアジア通貨危機は、韓国経済も飲み込みます。外貨不足による支払い不能=デフォルトが迫る中、政府は決断することになります。
自力で回避するか。それともIMF(国際通貨基金)に支援を仰ぐか。
結局、韓国はIMFに頼ることにし、その後の経済政策は多くの痛みを残しました。この時期のことは、一般に「IMF危機」と呼ばれています。今回ご紹介する「国家が破産する日」は、この国家的危機の発覚から支援決断までの7日間を描いた映画です。
出典:映画.com
当時日本に留学していたわたしの友人も、「仕送りできなくなった」という父親からのメールを受け取り、泣きながら帰国しました。
日本が大好きで、日本で学ぶことを楽しんでいた友人の無念はそのまま、わたしの心の傷にもなっています。
なんか、重そうな映画ですよね? はい、重いです。経済用語が飛び交っておりました。でも、いまの日本でこそ、観た方がいい映画だと思います。国の借金が1000兆円を超えている今日、対岸の火事と傍観している場合ではないから。
IMFが残した傷とは
倒産、リストラ、自殺者……。
当時は来る日も来る日も、暗いニュースばかりでした。この映画の製作もIMFと韓国政府の交渉時に、非公開で運営された対策チームがあったという新聞記事からスタートしています。
出典:KMDb バンサン・カッセルが韓国映画初出演!
監督のチェ・グクヒと、脚本家のオム・ソンミンは、さまざまな人にインタビューをする中で、「後悔」がいまも彼らを苦しめていることを知ります。そこで、あのとき傷ついた人たちの慰めになるように作りたいと感じたそうです。
映画では異なる年代、異なる立場、異なる目標をもつ3人の7日間を追っています。
まずは、国家の経済危機を察知し、ソフトランディングさせようと奔走する韓国銀行のキャリア女性。
出典:KMDb 演じているのはキム・ヘス。スーツは当時の流行を再現したそう。肩パッド……。
そして国家の経済危機を察知し、危機に投資してひと儲けしようと企む若者。
出典:KMDb 銀行を辞めて一世一代のバクチを打つ役はユ・アインが。
最後に、経済ニュースを聞くより歌謡曲の方が好き♡な工場経営者。
出典:KMDb かつての鬼軍曹ホ・ジュノは、町工場のおっちゃんに。
IMF危機の直前、政府が保有していた外国為替がいくらだったのかは、いまでも議論になっています。2008年の10月に中央日報が伝えたところによると、「当時の外国為替保有額は204億ドルだったが、実際に使用可能な額は89億ドルに過ぎなかった」とのこと。翌年の1月には外貨準備高が36億ドルになっていたそうなので、本当に事態が切迫していたようです。
でも、危機直前の9月に主要新聞である朝鮮日報が「韓国経済に問題なし」と大見出しで報じています。これがいわゆる「大本営発表」なのか……。
出典:ナムウィキ
経済危機の回避策はいくつかあったようですが、最終的に韓国政府がとったIMFへの支援要請とは、企業でいえば、不渡りが出る前に「民事再生」の道を選択したようなもの。経済における「国家主権」を手放すことを意味します。
多額の支援の見返りに、IMFからは財閥の解体や、外資参入の環境整備、市場開放、労働市場の流動化など、厳しい条件がつけられました。そして、これらを上回るほどの厳しい経済政策を打ち出し、新自由主義的な市場へと導いたのが、IMF危機の約3か月後に大統領となった金大中です。
出典:Wikipedia うちの父はこの人に似ていると言われたことがある。
映画の中で、韓国に入国したIMFの専務理事(バンサン・カッセル)が、タクシーの中から大統領選挙戦のポスターを目にするシーンがあります。
韓国の選挙では与党が番号「1」となるため、「1番」は李会昌。そして「2番」の枠に金大中の笑顔がありました。IMFの管理体制下に置かれた1997年12月、大統領選挙は予定通り実施され、野党候補だった金大中が得票率40.3%で当選します。
金大中は経済に強いと言われており、亡命時代の人脈も生かして次々に課題をクリア。2001年8月、195億ドルを完済して管理体制を終了させました。韓国は日本よりも早くブロードバンド回線の拡充に取り組んでIT先進国を目指しましたが、これも、金大中が打ち出した政策のひとつです。
経済は回復したものの、大手企業に富が集中し、富めるものはさらに富み、貧しいものはさらに貧しくなって格差が大きくなっているのが、いまの韓国。2014年4月に発生した「セウォル号沈没」事件では、船長含め、スタッフの大半が非正規雇用だったことが問題視されました。でも現実問題として、船長は70歳に近い年齢であるにも関わらず、「リタイアしてのんびり年金生活」ができなかった。こうした状況を生み出したのが、「IMF危機」なのです。
韓国映画を盛り上げるエンタテイメント性
多額の製作費をつぎこんだビッグボックス系映画においても、作家主義の映画においても、多様性が高くなってきた韓国映画の中で、社会問題はひとつの大きなテーマになっています。
そんな中で、国民みんながそれぞれの痛みやつらさや悔しさを記憶している「IMF危機」という社会問題に真っ向から取り組んだのは、大きな挑戦だったと思います。この映画の監督チェ・グクヒは、これが長編2作目。映画を観ていると、たぶんとても(クソ)まじめな性格なんだろうなということが伝わってきます。
出典:キョンヒャン新聞
“賭けボウリング”に生きる男の友情を描いた「パーフェクト・ボウル 運命を賭けたピン」で、勝負の緊迫感を見事に演出した点が評価され、今回の映画に起用されました。
韓国の社会派ドラマは、とにかくサービス精神が特盛りなんですよね。泣かせどころも上手い。たとえば、2003年に公開された「シルミド」があります。政府が極秘に進めていた金日成暗殺計画の実話が基になっています。
出典:KMDb 鬼軍曹ホ・ジュノとソル・ギョングのたくましい姿。
第59回ベネチア国際映画祭で監督賞を受賞したイ・チャンドン監督の「オアシス」(2004年)は、前科者で問題児の青年ジョンドゥと脳性麻痺の女性コンジュとの恋愛ドラマです。コンジュは狭い部屋でひとり暮らしているのですが、彼女の保護者は障害者手当を横取りしていたという、やるせないシーンがあります。
出典:映画.com やっぱりソル・ギョングには社会に適合できない役が似合う。
「国際市場で逢いましょう」(2014年)は、釜山の国際市場を舞台に、父との約束を果たそうとする男のドラマでした。朝鮮戦争とベトナム戦争が背景にあるので、戦争がどんな風に庶民に影響を及ぼすのかがよく分かります。涙なしでは観られない。
出典:映画.com 日本で公開された時、笑っていいのか分からずシーンとしていたらしい。無念。
取り調べの過程で学生を死なせてしまった警察の隠ぺい工作が、民主化闘争を激化させてしまう様子を描いた「1987、ある闘いの真実」(2017年公開)。いま観ると、香港のデモとオーバーラップしてしまいます。
出典:映画.com 民主化闘争の活動家にソル・ギョングを配するセンス!
また、実話ベースではありませんが、財閥のボンボンの横暴を描いた2015年の映画「ベテラン」は、観客動員数1300万人を超える大ヒットを記録しました。
出典:映画.com 危機に投資する若者と財閥のボンボンはユ・アインを通してリンクするよう。
こうした映画に共通しているのは「全力で作ったエンタテイメント性」だと思います。特に、「ベテラン」で武闘派のベテラン刑事を演じるファン・ジョンミンが大暴れするクライマックスは、財閥企業に押さえつけられ苦い思いを抱えていた人たちに解放感を与えてくれました。
だけど、「国家が破産する日」では悪人が成敗されるわけではありません。丁々発止なやりとりや、途切れることのない緊迫感で物語を引っ張っていく力はあるのですが、“ぜい肉”がないといいましょうか。
脂肪も大事、なんですよ。
転んだらクッションになるし、水に落ちたら浮きますし。
もう少し、“ぜい肉”のエンタメ感がほしかったかなぁ。ただ、キャリアにビビることなく、これだけの大作に挑んだチェ・グクヒ監督の意欲は買います。今後に期待したい!
女を道具にしない映画とは
ウソや隠ぺい、そして少数の人間によって経済政策が決定されたことは衝撃でしたが、善悪の問題を男女の対立にしてしまったようで、ちょっともったいないと感じたシーンがありました。
危機を最初に察知し、上司に報告書をあげた韓国銀行(日本でいう日本銀行)の通貨政策チーム長の扱いです。
出典:KMDb
実際の対策チームに女性はいなかったそうなのですが、監督はあえてここにキム・ヘスという姉御肌で知られる女優をキャスティングしました。プロデューサーのひとり、イ・ユジンは、インタビューで「女が道具として使われない作品を作りたかった」と語っています。
たしかに「女が道具として使われていない」映画です。
でも、「女という存在を道具」にしているのでは。
これが、わたしが感じたモヤモヤです。
IMFに支援を仰げば中小企業への打撃は避けられない。弱者への被害を憂えるキム・ヘスは、上司、官僚らとことごとく対立します。
カァァァァァン!
ゴングが鳴って、いよいよ登場です。なにかにつけて女を見下し、ネチネチと嫌味を言う財政局次官。「ネクタイをしめたゲス野郎選手権」があったら、ぶっちぎりで優勝すること間違いなし。
出典:KMDb
この役を演じたチョ・ウジンは「観客の怒りを最大限に誘発する役」であることを覚悟の上で引き受けたと語っています。
漢(おとこ)じゃないですか!!!
実際、彼がイヤなゲス野郎であればあるほど、キム・ヘスへの共感が高まる構図になっていて、これが「IMF危機」に対する「もしもあのとき、こんな人がいれば……」そんななぐさめにつながります。
でも。
いまわたしが憤りを感じ、涙したいのは、危機に対して無能な役人に対してであって、女性蔑視の男に対してではなかった……。
怒りの矛先が増えると、映画の焦点がボケてしまう可能性があります。実際、監督が参考にした映画として例に挙げた「マネー・ショート 華麗なる大逆転」は、金儲けにおける倫理性に焦点をしぼっていました。
出典:映画.com
2017年にハリウッドで広がった「#MeToo運動」は、世界各国で支持されました。これまで声をあげられなかったセクハラ被害について告白できるようになったことは、とても良いことだったと思います。韓国では、小中高等学校での「フェミニズム教育の義務化」も実施されているほど。
そのせいでしょうか。
行き過ぎた「ジェンダー配慮」が、よい映画の足首をつかんでいるような気がするのです。
「ジェンダー」視点で振り返る2019年の映画
わたしは決してフェミニストではありません。できればダンナに養われて、毎日あんこを食べて暮らしたいと願う、超意識低い系の片づけられない主婦です。
そんなわたしでも目についてしまう昨今の「ジェンダー配慮」問題。今回のコラムは、わたしが担当する今年最後のコラムなので、2019年に観た映画のうち、「ジェンダー配慮」が目立ったなぁと感じたものを振り返ってみます。
1つ目は「アラジン」。
出典:映画.com
「女に意見はいらない」と言われる時代に、ジャスミンは自分の言葉を獲得します。おおおおお! ジャスミン成長してる! けれど、声を上げるのはなぜ“夢”の中なんだろう。あれは予行演習だったの?
続く「メン・イン・ブラック:インターナショナル」については、街クリの中で金子さんがバズーカ砲を放ってくれているので、わたしからはひと言。
「メン&ウィメンズ イン ブラック」って言いたいだけやん!!!
出典:映画.com
3つ目は、逆に「女性が女性性から解放された」と感じた映画「ターミネーター ニュー・フェイト」です。
出典:映画.com
60歳を過ぎてなおエンジンを全開にできるリンダ・ハミルトンの迫力、美しすぎる戦士マッケンジー・デイビスのかっこよさが取りざたされていますが、わたしが一番に感じたのは「女であることからの解放」でした。サラが産むことになる息子が危険人物だからこそ、彼女は30年以上も(!)ターミネーターに追われていたわけですが、今回、その呪縛から解き放たれました。これはターミネーター史における女性の“人間宣言”といってもいいと思います! 女性にお勧めしたい!
最後に、最近話題のドラマ「チェルノブイリ」を挙げたいと思います。この映画こそ、「女が道具として使われない」作品でした。
チェルノブイリ原発事故の対応にあたる核物理学者のレガソフ博士(男性)と、原発事故の原因究明に奔走するホミュック博士(女性)は、協力し、支え合いながら真相に迫っていきます。そこにあるのは科学者同士の信頼関係。性別は関係ありません。
レガソフの周囲に集まった科学者仲間の中には政府の説明に異を唱えて収監された人もいる。
そういう科学者たちを象徴する存在としてウラナ・ホミュックは創作された。
ドラマ「チェルノブイリ」より
政府の無策、秘密主義、ウソによって、庶民の生活が一変する。これは、「国家が破産する日」と「チェルノブイリ」に共通しています。その中で、キム・ヘス演じるチーム長も、ホミュック博士も、男社会で“主流”じゃなかったからこそ、物事の核心に迫ることができたのかもしれません。メンツなんてないし、忖度もしなくて済んだから。声を上げては無視され、それでも自分の役割を果たそうとする必死さは、性差を越えて共感を生んでいます。
あ、それなら。
「国家が破産する日」は、社会派ドラマや経済ドラマが好きな人だけではなく、「セクハラとかパワハラって、結局どういうこと?」とか言ってるおじさまに、めっちゃいいかも。
チョ・ウジン演じる財政局次官は、2019年の今なら生息できないレベルですよ。ぜひ、反面教師にしてください。
危機は繰り返される!? 目覚めのときは来た
豆好き・チョコ好き・あんこ好きとして、コラムでは毎回「映画の友」をご紹介しています。
街にイルミネーションが輝く季節はやっぱりこれでしょ。しっとりあんこの最中です。
この最中、たっぷりしたお腹が丸見えなんです♡ 秘密やウソにまみれた「国家が破産する日」や「チェルノブイリ」を観て、腹の底がクリアに見えるって一番大事なんではと感じました。
本文でさんざんゲス野郎と罵ってしまったチョ・ウジンですが、15年以上も下積み生活を送った苦労人の俳優です。2016年に放送されたドラマ「トッケビ」で一気にブレイク。以降、14本の映画と3本のドラマに出演しています。
そんな彼はIMF当時、浪人生だったそうです。事業家だった父は家庭での立場をなくし、家族みんなで働かなければならないという状況で、演劇映画科への進学を打ち明け、家族に失笑されたのだそう。
人気俳優になって、家族に映画を観てほしいと思っても、一番の戦犯のように描かれてるからなぁ。ちょっと勧めにくいかも。でも、韓国のCMでは、お茶目な姿を見せています。
初めて釜山国際映画祭に“俳優”として参加することになったチョ・ウジン。タキシードを着て、リムジンへ。
「後ろから降りるからかっこいいんだよ」
なんて運転手さんに笑われながら、晴れ舞台で手を振る練習をする姿。かわいい! 不遇の時代を耐えてここに来た、って感じが「ジョーカー」のアーサーを思わせますね。
この映画では、国家の危機を案じつつ、自分の利益はちゃっかり確保し、女性に対する蔑視を隠そうともしない役でした。そんなゲス野郎に立ち向かったのが、ハン・シヒョンというキャラクターです。チェ・グクヒ監督は、彼女の役割についてこんな風に語っています。
위기는 반복되지만 사람들이 깨 있는 한 제2, 제3의 한시현이 존재할 것이라는 이야기를 하고 싶었다.
危機は繰り返されるが、人々が目覚めている限り、第2、第3のハン・シヒョンが現れるだろうという話をしたかった。出典:キョンヒャン新聞 翻訳はmame
知らないことと、知ろうとしないことの間には、大きな溝があります。難しいから、よく分からないからと言っていては、1000兆円の借金が減ることはありません。もし、日本に経済危機が起きたらどうなるか。考えてみる契機になると思います。
「IMF危機によって人生を狂わされた人々の慰めになるような映画を作りたい」と考えた監督の想いを反映するように、官僚と若者、庶民という各階層を象徴する人物による群像劇に、ひとつのメッセージが浮かび上がってきます。
「あなたは、悪くない」
これを、タイムマシーンに乗って、1997年の彼らに届けてあげたい。
でもね……。これだけの出来事の責任を誰もとっていないって、そちらの方がホラーでは。
○参考文献
・池上彰が聞く韓国のホンネ(池上彰著・朝日新聞出版)
・韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩(金敬哲著・講談社)
・大統領を殺す国 韓国 (辺真一著・角川oneテーマ21)
・異次元緩和に「出口」なし! 日銀危機に備えよ(藤巻健史著・PHPビジネス新書)
・「通貨」の正体(浜矩子著・集英社)
・オペレーションZ(真山仁著・新潮社)
・中くらいの友だちVol.5(韓くに手帖)(皓星社)
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[イラスト]清澤春香