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「マチネの終わりに」幸福の硬貨の裏表

あづま あづま


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つらい、つらい、つらい。

生々しく、心をえぐってくる。最後の最後まで心を揺さぶられ続けるので、見終わった後は、もうぐったりである。運命的に出会った2人はある1人の人物に引き裂かれるのだが、その人は、明らかに悪人でない。そこが面白いところで、2人が引き裂かれることに加えて、悪を働いた人がまったく悪人でないことで、観客は二重のつらさを味わうことになる。裏になったり表になったりする幸福を見ながら、どんどん登場人物に感情移入させられてしまう。今回は映画でモチーフにもなっている幸福の硬貨になぞらえて、映画のテーマを解明していきたいと思う。

運命的な出会い

主人公は福山雅治演じる蒔野聡史、ヒロインは石田ゆり子演じる小峰洋子。蒔野は38歳で有名なクラシックギタリストである。天才ギタリストがモデルなので、俳優がギターを上手く弾けなくてはならない。そういう意味で、この配役は福山雅治でしかありえなかった。


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出典:映画.com

小峰洋子は40歳のフランスで働くジャーナリストである。アメリカ人の婚約者がおり、登場時には極めて順風満帆な印象を受ける。小説では「彫りの深い」といったハーフを思わせる描写があるので、石田ゆり子は少し和風すぎる気もしたが、上品さなどその他の要素はぴったりだった。


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出典:映画.com

蒔野のコンサートに小峰が訪れるシーンから物語はスタートする。薪野と小峰はこの日が初対面だったが、どうやら2人だけに通じるものがあるようで、すぐに意気投合して親しくなる。その日は蒔野とスタッフの飲みの席に小峰が同席し、いろいろと話した後に連絡先を交換し、帰っていった。

その後、ジャーナリストとして働く小峰はフランスでテロに遭ってしまう。心配する蒔野だったが、連絡しても返事はない。テロで同僚を目の前で失い、心を痛めていた小峰はしばらくして蒔野と連絡を取り、落ち着きを取り戻す。その後、蒔野は小峰の住むフランスへ会いに行き、婚約者がいると知りながらも愛の告白をする。その時は返事を保留した小峰だったが、婚約者に別れを告げ、蒔野の住む日本に帰ることにした。

蒔野と小峰は極めて運命的に出会い、惹かれ合って一緒になることを決意する。ここまでは、ロマンチックな流れである。しかしここから、幸福の硬貨はひっくり返ることになる……。

裏返される幸福

小峰は住んでいたフランスから荷物をまとめて日本へ帰国する。蒔野は自宅で小峰が空港へ到着するのを待ち、迎えにいく予定だった。しかしその時、蒔野のクラシックギターの師匠が緊急で手術することになったという連絡が入る。慌てて病院へ向かうが、その時にタクシーにスマホを落としてしまう。小峰と連絡が取れなくなり、手術の立ち会いでその場を離れられない蒔野。そこで、スマホをタクシー会社に取りに行ってほしいと、「ある人物」 に依頼する。ある人物とは、蒔野のマネージャーである三谷早苗だった。


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出典:映画.com

彼女はアーティストとしての蒔野を心底敬愛しているようで、蒔野の音楽のことになると少しやりすぎるところがある。蒔野は三谷にスマホの受け取りを頼み、念のためパスコードを伝えた。最悪、三谷が連絡を取ってくれると踏んだのだろう。スマホを受け取った三谷だったが、小峰からのメッセージの通知を見てついスマホのロックを外し、蒔野と小峰の過去のやりとりをすべて見てしまう。そして今日、小峰が日本に到着し、蒔野と落ち合うことを知る。小峰が待つ場所へ行き、小峰が本当に待っていることを確認した三谷は、蒔野のスマホから小峰にメッセージを送る。

「連絡、遅くなってごめんなさい。あなたに謝らなければならないことがあります。ギリギリまで、ずっと悩んでいたことですが、僕はやっぱり、今回、あなたに会うことはできません。……」

本当はもう少し長い文章だが、核心部分だけ掲載する。このシーンは、えげつない。テロでの心的外傷を乗り越えて、婚約破棄して、はるばるフランスから日本に帰ってきたその日に、小峰はこのメールを蒔野から受け取ったと思っているのだ。このシーンは、観客の心を激しく揺さぶる。正直、ちょっと見てられないぐらいにつらい。さらに三谷はスマホを水たまりに落とし、自分のスマホを代わりに蒔野に渡す。小峰の連絡先がわからなくなった蒔野は三谷に小峰の連絡先を共通の知り合いに聞くことを依頼し、三谷は電話番号を伝える。蒔野はすぐに電話をかけるが、小峰は出ない。なぜなら、その電話番号は小峰のものではなく、三谷の仕事用の電話番号だったから……。結局その日、蒔野は小峰に会うことはできなかった。

これだけを聞くと、三谷はとんでもない悪人に見えると思うが、そうではないのである。実は、蒔野は小峰に出会った後から、急にコンサートの中止をしている。蒔野の音楽活動は突然、沈黙期間に入るのだが、きっかけは小峰であるように思える。そして、小峰と蒔野のメッセージを見た三谷も、まさしく同じことを考えたのだろう。蒔野のことをアーティストとしても、1人の男性としても、心底愛していた三谷は、蒔野の音楽を守りたい一心であのメッセージを送っている。メッセージの中には、「あなたに出会ってから、僕は自分の音楽を見失ってしまいました」という内容がある。これは、三谷の本心だろう。メッセージを送った後は自責の念で涙を抑えられず、心を痛めている描写が見られる。決定的な悪事だが、送った本人は別のところで、本気で蒔野を思っている。それが、観客にも伝わる。この二面性が、見る側をさらに強く揺さぶるのである。

幸福の硬貨が突然裏返された小峰、表だと思い込んでいる蒔野、裏返して両面を知っている三谷、そして、そのすべてを知っている僕たち観客。このすべての視点を知った上で見るこの一連の出来事は、見るに耐えないつらいシーンである。結局、蒔野と小峰はすれ違ったまま会うことはできなかった。そして、その次のシーンも、相当えげつない。

4年後

次のシーンは、なんと4年後である。蒔野の師匠が亡くなり、お葬式をあげるシーンから始まる。そこには三谷がいる。子供もいるようだ。そして三谷がパパと呼ぶ人物は、なんと蒔野だった。小峰とすれ違ってしまった蒔野はそれを知ることなく、三谷と結婚し、子供までもうけていた。見る側としては、やるせない気持ちが湧くシーンだ。薪野はまだ、幸福の硬貨の裏側を知らないし、三谷が裏返したことももちろん知らない。蒔野にとっては、その現実も幸福の表に見えている。

一方の小峰は、元婚約者と結婚し、こちらも子をもうけていた。華やかなパーティに出席し、幸せなように見える。しかし、夫は婚約破棄されたことを強く根に持っており、小峰を無視しているようだ。夫は他の女性とも親しくしており、小峰が置かれているその状態もまた、やるせない。

蒔野は師匠の追憶コンサートへの出演を依頼され、4年ぶりに音楽家としての活動を再開させる。その打ち合わせの際、蒔野と、マネージャーとして同席していた三谷は、小峰が結婚してニューヨークにいることを知る。そこで三谷は、ある行動に出る。ニューヨークに住む小峰を訪問し、4年前に送った偽のメッセージの真実を打ち明けたのである。この行動の理由は、小峰を蒔野の復活コンサートに招待するためだった。同時に三谷は蒔野にも、4年前の真実を打ち明けた。蒔野は幸福の硬貨の裏側を知り、悲痛な叫びをあげる。

三谷は小峰に真実を伝え、ニューヨークで開かれる蒔野の復活コンサートへ招待する。その理由は、小峰が来ないと、蒔野は復活できないと思ったため。身勝手ではあるが、やはり一貫して蒔野のアーティストとしての成功を願っての行動である。しかし、小峰は断った。

ハッピーエンド?

蒔野が家を出てコンサートへ向かうシーン、そこで三谷は蒔野に向かって、別れとも取れるセリフを伝える。すべてを知った蒔野が、小峰に会いに行くことを覚悟してのことだと捉えられる。そのセリフを聞き、同じく別れとも取れるセリフを残し、コンサートへ向かう。

復活コンサートへの招待を断った小峰だったが、1人家にいた小峰は家を出る。そして、蒔野のコンサートに訪れる冒頭のシーンとまったく同じ描写が映される。冒頭のシーンは、実は最初のコンサートではなく、復活コンサートへ向かうシーンだったらしい。演奏中、小峰に気づいた蒔野は演目を急遽変更、小峰との思い出の曲である「幸福の硬貨」を奏で、コンサートは閉幕となる。

コンサートが終わった後、蒔野が公園を歩いていると、小峰も同じ公園を歩いており、2人は4年ぶりに再会する。目が合い、近づいていくシーンで、映画は幕を閉じる。

最後のシーンも、幸福と呼んでいいのか、それともそうでないのか、どちらとも言えない。その再会までに、2つの家庭が壊れているのだから。小峰も離婚が成立しており、蒔野も小峰と会ったということは、そういうことである。

最後はハッピーエンドに見えて、その実、裏ではハッピーでなくなっている面もある。まさに、幸福の硬貨が裏になり、表になり、いろんな想いが胸に突き刺さってくる。終始心を揺さぶられ続けてぐったりだが、同時に、いろんな想いを重層的に感じられる深い作品だった。ちょっと疲れるので心の準備をして、いろんな想いの重なる今作をご覧いただきたく思う。


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[イラスト]清澤春香

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