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「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」はフェチと愛の炸裂だ。

平野陽子 平野陽子


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大人になっても忘れられないおとぎ話には、魅力的なパーツが数多く詰め込まれている。
クエンティン・タランティーノ監督が描いた「昔むかし」から始まる本作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」も、幼少期をロサンゼルスで過ごした彼が憧れたものや、大人になってより強く大切に感じているものがフェチと愛を込めて描かれることで、2時間41分グッと心を掴んで離さない作品だ。

ストーリーは、1969年のハリウッドを舞台に、落ち目のテレビスター、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と彼のスタントマンで親友のクリフ・ブース(ブラッド・ピット)を中心に展開される。

この、リックの隣に越してきたのが、ロマン・ポランスキー監督と新進女優のシャロン・テート(マーゴット・ロビー)の夫婦という設定で、同年ハリウッドを震撼させた「シャロン・テート殺害事件」を題材に、ストーリが進む。
題材とタランティーノ監督のテイストだけを想像すると、見る前は少し気が重いかもしれない。

だからこそ、細部にちりばめられた魅力的なパーツや日常の他愛もないやり取りが、観客にとっては気兼ねなく映画の世界に入るのに功を奏していると思う。

CGじゃない! 1969年のロサンゼルスの街並みと車

クエンティン・タランティーノ監督はCGが大嫌いで、セットを忠実に作る。
シャロン・テート役を演じたマーゴット・ロビーはこう語る。

すべてが1969年の街並みだった。看板も、歩道にいるエキストラも、車も何もかもがね。ハイウェイを閉鎖までしたのよ。すごいわ。
(出典:公式パンフレットインタビューより)

実際、ハリウッド大通りの建物やビルボード、標識や横断歩道までまるっと当時の仕様に変え、2日間にわたって通りを閉鎖して撮影している。


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出典:IMDb

車にあまり詳しくない私でも、愛情をこめて「その車らしい姿」を保たれていることに気づく、1966年型のキャデラック・クーペ ドゥビルや、フォルクスワーゲン・カルマンギアといった有名な車種も含め大量のクラシックカー達も、見ている人にとって「ここは1969年のハリウッドだ」と集中させてくれる重要なパーツとして登場する。


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出典:IMDb

これらの撮影の準備をわずか9週間で決行したそうで、スタッフの熱意も伝わる、グッとくる光景だった。

この映画を作るにあたってまず俺がしたのは、自分の記憶を掘り起こすことだった。俺の心にいちばん残っているのは、よく義父の車に乗ってドライブした思い出だね。
(出典:映画.comより)

と語るほど、監督の「子どもの頃ワクワクして眺めた景色」へのこだわりが見受けられる。

お気に入りや憧れの俳優を召喚

本作では、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演が話題になっているが、二人はそれぞれ「ジャンゴ 繋がれざる者」と「イングロリアス・バスターズ」でタランティーノ監督作品に登場し、再びオファーを受けた「お気に入り」の存在と言える。

名優アル・パチーノは、タランティーノ監督が「パルプ・フィクション」でお気に入りの映画「ミッドナイトクロス」主演のジョン・トラボルタに出演オファーをしたのと同様、同じブライアン・デ・パルマ監督作品「スカーフェイス」の主演であり、ナイスミドルっぷり溢れる登場シーンは「憧れ」として召喚された感がある。


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出典:IMDb

全世界でヒットする作品が、必ずしもハリウッド超大作だけではなくなった時代に、「ハリウッドの昔」を描くにあたり、「ハリウッドらしいスター」を豪華共演させるのも非常に心憎いキャスティングだと感じた。

ここで盛大に脱線させてもらうが、この映画の事前情報に内心ガッツポーズをした人物がいる。
私だ。
正確に言うと、1990年代にレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの共演を切望していた、全女性ファンだ。
「ロミオ&ジュリエット」(1996)の時のレオ様を愛で、


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出典:Amazon

「ジョー・ブラックをよろしく」(1998)のブラピを尊く愛でながら、


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出典:Amazon

「神様! この二人を共演させて! 」と悶絶した女子中高生たちは、今、「タランティーノ監督マジありがとう」という気持ちでいっぱいだ。

この二人がなぜ、共演という形にならなかったのかは深い謎で、ブラッド・ピットも、

ぼくに約15年間出されていた接近禁止命令の期限が切れたんだよ!(笑)。
(出典:公式パンフレットインタビューより)

と冗談を述べるほどだ。
2人が本格的にブレイクしたのは、1994年前後なので確かに長い。いや、長かった。
マーティン・スコセッシ監督の「ディパーテッド」ではディカプリオが主演、ブラピがプロデューサーの立場だったが、共演は本当に初なのだ。

ジャパンプレミアで来日した際にタランティーノ監督も、

2人の共演を「世紀のクーデター」と表現。そして、「2人のシーンをファインダー越しにのぞいた時は、美しい映画館で見ているような映画的なマジックが起きた」と自信のほどを語った。
(出典:映画.comより)

とあるので、なかなかお目にかかれなかった光景が、監督の熱意によって実現したといえる。
ちなみに、私はジャパンプレミアに外れた悔しさを「今、我々は都内でレオ様と同じ空気を吸っている」と思いながら、その夜、自身を慰めていた。

時代が持つ明るい空気感を音楽や映像でも再現!

話を戻すと、風景だけではなく、音楽や映像を通じてもこの時代の持つ空気が味わえる。
運転シーンなどでは、1969年にロサンゼルスに実在したラジオ局KHJを聴いているかのように、ジングル音やCMソングまで含まれている忠実さだ。

リック・ダルトンの西部劇やTV出演シーン、マカロニ・ウェスタンと呼ばれたイタリア西部劇のポスターの雰囲気も、シャロン・テートの1960年代のファッションの華やかさも対照的だがとても丁寧に再現されている。


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出典:IMDb

もちろん、監督が大好きなブルース・リーも、TVドラマ「グリーン・ホーネット」の撮影現場や、シャロン・テートに格闘技を教えるシーンで登場する。


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出典:IMDb

時代の空気を彩るパーツをたくさんちりばめながら、他愛もないリックとクリフの会話と共に物語は進んでいく。

ときどき、時制的に(あれっ?)とか、(それ出すの?)となる、「監督、純粋にそれ、お好きですよね」なフェチポイントも隠れており、いくつ見つけられるか?という別の楽しみもある。
とりあえず、脚と足の裏、お好きですよね。きっと。

ストーリーに込められた、当時のハリウッドへの愛

ここまで、タランティーノ監督の「フェチ」「お気に入り」の部分に触れてきたが、ここからは「大切に感じている部分」「愛」について触れたいと思う。

シャロン・テート本人とシャロン・テート殺害事件

題材の「シャロン・テート殺害事件」は、1969年8月、シャロン・テートと友人含めた5人が、チャールズ・マンソン率いる狂信的なヒッピー集団に殺害された凄惨な事件だ。
妊娠8か月だったシャロンは、彼らに全身をめった刺しにされる。犯人たちは他にも多数の人を殺めたにも関わらず年末まで捕まらず、全米を震撼させた。

ポランスキー邸の前の住人とのトラブルをきっかけにした裕福な者への逆恨みと、狂信的なカルト集団として自分達の思想の強化を動機に、無差別に残虐に人を襲ったのである。
それまで「ラブ&ピース」を掲げ自由や自然を愛する、「人畜無害」なカウンターカルチャー集団と認識されていたヒッピー文化が終焉する事件でもあった。

ただ、この件が語られる際に、一つ問題がある。
シャロン・テートは、他の夭逝した著名人と同様「美しくかわいそうな人」として歴史の中に閉じ込められてしまった。
「彼女は不運だったかもしれないが、全てが不幸だったわけではない」という視点が、抜けているのだ。

タランティーノ監督が描いた、シャロン・テートは、のびのびと人生を楽しんで「生きて」いる。
ある日は友人たちとパーティーを楽しみ、街で夫の誕生日プレゼントを買い、前向きに人生を送っている。


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出典元:IMDb

1969年に、これからキャリアを築こうと生きる若者の一人でしかない。
監督が、愛情を持って描いたのは、この「生を謳歌した」シャロン・テートだと観ていて感じた。

ハリウッドから失われた開放的な明るさ

人生を謳歌するシャロン・テートの姿は、おとぎ話のお姫様のように純真無垢に描かれている。
チケット売り場で名乗り出て、一般の観客に混ざって、映画館で自身の出ている映画を観るし、気持ちよくオープンカーで髪をなびかせている。


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出典:IMDb

ヒッピー集団も、ヒッチハイクをしたり、街でゴミを漁ったり、観光客向けに乗馬をさせたりと、無害な隣人としての姿も描かれている。

当然ながら、事件を経て、現在ハリウッドスターは、セキュリティ万全で見ず知らずの人とは交流しないようにしている。
シャロン・テートや友達たち、リックとクリフの生活は1969年の「オープンで明るさの残る愛すべき空気」として描かれている。

目撃者としての役割以上に魅力的なリックとクリフのコンビ

この作品の中で、リックとクリフの役割は、時代の変化の目撃者だが、その役割以上に、悩んだり笑ったりする「人間臭い観客との接点」として、魅力的だ。


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出典:IMDb

「時代についていけず西部劇から映画スターになれない状況」に悩むリックと、「成功はしていないが心は安定している」クリフは、劇中「兄弟以上、妻未満」と称されるほど、良い呼吸で日々やり取りをしている。見ていてとても微笑ましい。
「俺のバカッ! くそっ!」と言いながらすぐ泣くレオ様を、横で慰めるブラピを見ることができるなんて! という喜びも、ファンとしては生まれる。

2人とも、どの時代でも関係なく誰でも起こりうる悩ましい状況に直面していて共感出来る一方、リックはとにかく自信が崩壊していて、他のタランティーノ監督作品でも見たことがないくらい繊細な人物だ。何事にも動じないクリフの存在はとても大きい。
タランティーノ監督も、その状況を観客に客観的に見せ「あなた意外と良くやってるよ」という温かい気持ちを持てることも「大切なもの」として扱っている。

様々なフェチと愛をさく裂させ、ラストにスピードが上がるワクワク感

ここまで書いて、「タランティーノ監督作品といえば、あの勢いある脚本と描写じゃないのか?」という疑問が生じそうだが、そこはお約束。ラストに向けて、急激にスピードアップしていくので目が離せない。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、時代を彩った魅力的なパーツへのフェチや、タランティーノ監督が大事にしているものの全部盛りの作品ともいえる。スピード感のあるストーリーで展開する楽しさとセットで、ぜひ、劇場へ味わいに行って欲しい。


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[イラスト]清澤春香

街角のクリエイティブ ロゴ


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