令和最初の夏、感染してしまいました。
インフルエンザに?
いいえ。
ゾンビにです!
韓国発のゾンビコメディ映画「感染家族」を観て以来、ゾンビの“チョンビ”のことが頭から離れなくなってしまったんです。
出典:映画.com
映画「感染家族」とは、山間の村に1人のゾンビがたどり着いたことから巻き起こる、パク一家のサバイバル劇です。ゾンビは製薬会社の違法な臨床試験で生み出されたもの。一方のパク一家は、詐欺商売でなんとか食いつないでいる長男夫婦とその父、妹という家族構成。そこへ、件の製薬会社をクビになった次男が舞い戻ってきて、ゾンビでひと儲けしよう企む……というストーリー。
出典:映画.com (左から長男・その嫁・次男・妹)
監督はこれが長編デビューとなるイ・ミンジェ。長く映画の編集などを担当していたそうです。共同脚本に名を連ねているチョ・ソインは奥さまです。
出典:cine21
韓国のゾンビ映画といえば、日本では2017年に公開された「新感染 ファイナル・エクスプレス」が有名ですよね。でも、わたしは痛い・怖い映画が苦手で、3分の1くらい半目で観ました。
出典:IMDb (「新感染 ファイナル・エクスプレス」半目度:40%)
「感染家族」には、この「新感染」ほか、数々のゾンビ作品へのリスペクトが感じられます。たとえば、ギクシャクした“チョンビ”の動きに、「こいつ、アレじゃない?」と次男のミンゴル(キム・ナムギル)が家族に見せるのは、「新感染」の1シーン。他にも、音に敏感というゾンビの性質を利用して、スマホで気を引き、危機を突破というシーンもありました。
なにより、マンホールから登場するゾンビの“チョンビ”は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」そのもの。こうしたオマージュについて、イ監督はこんな風に語っています。
이 감독은 “제가 영화를 많이 보다 보니까, 어디서 본듯한 장면들이 나왔을 수도 있을 것이다”라며 “작업하면서 딱 맞는 레퍼런스를 찾기 힘들어서 비주얼 작업에 어려움을 겪었다”라고 털어놨다.
イ監督は、「映画をたくさん観ちゃったから、どこかでみたことがあるようなシーンが出てくると思う」と語り、「作業をしながらぴったり合うレファレンスを探すのが大変で、ビジュアル作業に難しさがありました」と明かした。
出典:「SportalKorea」(翻訳はmame)
映画を観すぎてこんがらがっちゃったなんて、かわいいじゃないですかイ監督。本当に映画がお好きなんだと思います。
でも、
「なんだかんだ言っても、ゾンビでしょ? グロイのは苦手だもん」
という方もいるでしょう。ちょっと待って!
「感染家族」はコメディということもあって、数あるゾンビ映画の中でも超ライト級です。生粋のゾンビファンには物足りないくらいかもしれません。笑いどころ、ツッコミどころはたくさんあるので、それを楽しみに観るのも一手。痛い・怖いが苦手な方には安心して笑える映画になっています。そして、怖がりなわたしが断言できるくらい、ゾンビの“チョンビ”がかわいい!
とはいえ、わたし自身、「感染家族」がゾンビ映画と聞いて悩みました。
観たい。でも、怖い。
観たいと思った理由は、キム・ナムギルさまが出演しているからです。
出典:映画.com (かっこつけてますが、手に持っているのは銃ではなく、大型のドリル)
ワルかっこいいんですよ。インテリセクシーなんですよ。わたしは勝手に「韓国のジョニー・デップ」と呼んでいます。
出典:W DONG-A
役作りにも真摯に取り組んでいて、「殺人者の記憶法」に出演した際は、体重を14kg増量して、やわらかい雰囲気を作ったのだとか。
出典:IMDb
(このコラムを書いていた8月28日、“ソウルドラマアワード2019”で韓流ドラマ男性演技者賞を受賞したことがニュースになりました。おめでとうございます!)
「個人的にコメディを演じるのが好き」と以前、インタビューで語っていたこともあって、「ワルかっこいい>>>怖い」という葛藤に打ち勝ち、観に行きました。そして。
ゾンビ映画を避けてたなんて、人生ソンしてた~!
と、大いに反省しました。それくらい、おもしろくて楽しめました。だって、美容院でカットしてもらって、カラコン入れるゾンビなんて、みたことあります? 同時に、別の感情も持ったのです。
ゾンビ映画って、なんでこんなにせつないの?
そこで、「ゾンビってなに?」という初歩的な疑問からはじめて、せつなさの原因を探ってみたいと思います。また、怖がりでも観られそうな映画を「半目度」として紹介していきますね。
ゾンビとは? 基本のキ
普通に生きていたはずなのに、人間はなぜ「ゾンビ」になるのでしょう? 「そこから!?」と言われてしまいそうな疑問ですみません。「幽霊」との違いもよく分からないので、整理してみました。
ゾンビの基本設定
世界初のゾンビ映画は1932年に公開された「恐怖城(原題:ホワイト・ゾンビ)」とされています。漫画家の荒木飛呂彦さんの著書『奇妙なホラー映画論』によると、今日のゾンビ映画のスタイルを作り上げたのはジョージ・A・ロメロ監督だそう。1978年に公開された「ゾンビ(原題:ドーン・オブ・ザ・デッド)半目度:60%」が大ヒット。これがゾンビの基本形となりました。
出典:IMDb (ゾンビと一緒でご満悦のロメロ監督は中央のメガネのおじさん)
カナダの映画「ゾンビーノ」の冒頭には、ゾンビについて小学生に説明するビデオが流れます。
出典:IMDb (「ゾンビーノ」半目度:20%)
・呪術で蘇る
・主食は人間の肉
・噛まれた人間もゾンビになる
・光と音に敏感
・頭を破壊すると行動を停止する
この辺りが定番の設定のようです。作品によって若干の差はあるようですが、外見は青白い肌・白濁した瞳(赤い目もあり)、関節があまり動かないため動きがギクシャクしているという特徴があります。そして、噛まれたら最後、人間も動物もゾンビ化してしまいます。
発することができる言葉は、
「ンッシャャャアォァァャャ!」
くらい。
つまり「ゾンビ」とは、「死体のまま蘇った人間」のことなんですね。死者を蘇らせて奴隷にするというブードゥー教の呪術に由来します。一方の「幽霊」は、命が尽きてしまったのにも関わらず、恨みや無念など、自身の事情によって成仏できない死者のこと。両者の間には、肉体を持っているかどうか、そして本人の意志でそうなったかどうかという違いがありそうです。
日本におけるゾンビブーム
B級映画のイメージが強かったゾンビのイメージを変えたのは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」(1983年)ではないでしょうか。
加えて、1987年にテレビ放映が始まった「幽幻道士(キョンシーズ)」のおかげで、日本ではキョンシーブームも起きました。両手を伸ばしてピョンピョン跳ねるキョンシーは、当時のバラエティ番組でモノマネされていたことを覚えています。
出典:Amazon (「幽幻道士(キョンシーズ)」半目度:0%)
そして、ゾンビの世界設定を大きく変える事件が起きます。1996年に発売されたゲーム「バイオハザード」です。映画はもちろん、漫画やドラマにも大きな影響を与えました。
出典:Amazon (「バイオハザード」半目度:50%)
「バイオハザード」のゾンビは、呪術ではなく「ウイルス」のせいで誕生しました。こうして「ゾンビ=感染者」という概念が登場。潜伏期間や噛まれた部位によって差が出るという設定が追加されました。
ダニー・ボイル監督の「28日後……」には猛ダッシュで走るゾンビが登場しますし、ロメロ監督2006年の作品「ランド・オブ・ザ・デッド」のゾンビは「学習」することを覚えます。
走り、川を渡り、意志をもち、集団の力で人間に襲いかかってくる!
出典:IMDb (「28日後……」半目度:70%)
出典:IMDb (「ランド・オブ・ザ・デッド」半目度:60%)
2008年にはユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)がハロウィンイベントとして「ホラーナイト」を開始(現在の名称は「ハロウィーン・ホラー・ナイト」)。ハロウィンとゾンビは一気にメジャーになりました。
2010年、アメリカでドラマ「ウォーキング・デッド」シーズン1が始まり、日本でも大人気となります。
2016年には韓国のパニック映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」が世界中でヒット。昨年は社会現象と呼べるほどの話題作「カメラを止めるな!」(半目度:0%)もありましたね。
『ゾンビのトリセツ』という本には、ゾンビのVtuberまで紹介されています。さすがイマドキ。
モラたんもすこやか pic.twitter.com/CxuFgboI3L
— 緋色すもも (@sumomo_hiiro) March 7, 2019
こうしてみると、ゾンビの人気は2010年代後半に入って加速してきたといえそうです。
かわいいでできたゾンビの“チョンビ”
このコラムを書くために、いくつかのゾンビ映画を観ました。半目度の高い映画もありましたが、驚いたのは「せつない度」の高い映画が多いことです。「感染家族」のゾンビ・チョンビにも、それは感じました。
ただ、他の映画とチョンビが大きく違う点があります。それは。
イ・ケ・メ・ンなんです!!
これだけでポイントは95点まで上がりますよね。せっかくなので、もう少し紹介します。
ファーストバイトまでの苦労
初めて見たご馳走=人間にゾンビらしく反応して近づくチョンビ。でも、世間話をしながらのんびり歩いているおばあちゃんにかわされるほどトロい。ガキンチョには石を投げられるし、犬には追いかけられるし、田んぼ道を逃げ回るチョンビは気の毒でしかない。
もしここに、地獄の裁判を描いた映画「神と共に」の使者・ヘウォンメクがいたら、こう言ってくれるに違いありません。
「だ〜いじょうぶ、大丈夫。ゾンビになったの初めてだからね。慣れてないから仕方ないよ」
こんな風に慰めてくれる人もなく、トイレに閉じこもっていたところでようやく本懐を遂げます。
パク家のお父さんをかじることに成功!
思わず「よかったね〜涙」と言いたくなるくらい、ファーストバイトまで苦労します。この時点で、わたしはすっかりチョンビの味方になっていました。
挿入歌が醸し出す「怖さ0%感」
真っ暗な夜道が長回しで映し出されると、それだけでドキドキしてしまいませんか?
(来る……来る……なんか起きる……)
と身構えてしまう。金属的な効果音や重低音で不安を煽る音楽の影響もありますよね。
でも、ご安心ください。「感染家族」に登場するのは、金色に輝く稲穂、道の真ん中でピクニックをしている村の人々です。そしてなによりユン・ジョンシンが歌う挿入歌「還生-Rebirth-」の徹底的なノーテンキ感!
韓国語の歌詞が分からなくても感じていただけるのではないでしょうか。ミディアムテンポなザ・歌謡曲が醸し出す、「怖がらなくていいよ~」という監督からのメッセージ。この雰囲気にぴったりとはまるチョンビは、「怖さ、0%」です。
好きな食べ物がまさかの○○○○
ゾンビなので人をかじりたいはずなのですが、チョンビに与えられたのは、キャベツです。人間の頭とサイズが似ているからか、豪快に盛大にかぶりつくチョンビ。ケチャップの味を覚えてからは、止まりません。
実は、映画の前半で大量のケチャップを浴びたおかげで、わたしの中に思わぬ余裕が生まれました。副作用によるパンデミックが起きた時も、「あら~、おじいちゃんたら。ほっぺにケチャップついてるよ♡」という気分で観ることができたのです。そこまで計算していたのかどうかは分かりませんが、これはイ監督の心配りかも。
出典:KMDb
無表情なりに喜怒哀楽を表現するという難しい役に挑戦したのは、チョン・ガラム。韓国映画界期待の新星です。
出典:Kstyle
このさわやかさは、今後も期待大でしょう。パク家のビジネスに利用され、グッタリしちゃうしところなんて、もう、かわいいしかなかったです。やることなすこと、すべてちょっとマヌケだけれど、一所懸命な姿がいじらしい。これは、「小さきものはみなうつくし」という清少納言の『枕草子』に通じる感覚なのかもしれません。愛さずにはいられない存在、それがチョンビなのです。
ゾンビ映画に感じるせつなさ
イ監督はこれまでのゾンビ像に新たな設定を加えました。それが、「若返り」です。もう少しハッキリ若返りメイクをしてもいいんじゃないかという気もしましたが、日本以上に少子高齢化が進んでいる韓国の状況を反映してか、映画の中に登場する子どもは3人だけ。あとはほぼ、中年〜老人世代の人なんです。ここはいわゆる「限界集落」なんですね。ゾンビに噛まれて精力も労働意欲も湧くのなら、労働人口の低下問題も解決できる。
バンザイ! ゾンビは地球を救う!
とは、ならないんですけれど。
ゾンビ映画は構造上、
・ゾンビを追いやる
・人間が逃げ切る
このどちらかのエンディングにならざるを得ません。ゾンビを壁の向こうに追いやることに成功したとしても、そこには愛する人がいることもあります。それははたしてハッピーなエンディングと呼べるのでしょうか。
「ゾンビーノ」は、ゾンビのファイドが一家の中の“パパ”の座を奪うというブラックすぎる結末に。「ランド・オブ・ザ・デッド」のゾンビたちは、居場所を求めてさまようディアスポラのようでした。「新感染 ファイナル・エクスプレス」は、権威への強烈な抵抗を感じさせます。アイロニカルな結末を迎える映画のなんと多いことか。そこでイ監督はここにもひと工夫をこらし、別の解決策を提示してくれました。
「感染家族」を観て、わたしが感じたのは「共生」でした。ゾンビであるチョンビを受け入れるということはつまり、異物を受け入れることに似ています。
出典:映画.com
数あるゾンビ映画の中には、見知らぬ者同士が手を組んでゾンビに立ち向かうこともあれば、身近な人が感染者となり、手をかけるしかないという残酷な選択を迫られるものもあります。ただ、コメディホラー映画「ショーン・オブ・ザ・デッド」(半目率:30%)をはじめ、最近のゾンビは「排除すべき存在」というよりも、「特別な個性をもつ他者」として描かれるようにもなっています。
イ監督は、ゾンビとの闘いに勝敗をつけようとはしません。人間が生きるために切り捨てられてきたゾンビを、「小さきものはみなうつくし」であると包み込もうとします。監督の選択、それに応えた俳優陣の熱演とスタッフたちの熱狂。ゾンビ映画なのに、コメディなのに、せつなくてたまらなくなりました。
「感染家族」は、ゾンビ映画としては超ライト級なので怖がりさんでも観られる映画です。笑いどころ、ツッコミどころもたくさんあるので、鑑賞後は酒の肴にして盛り上がることもできそう。そんな時に、少しでも感じてほしいなと思います。イ監督の「異物を排除しない」という温かい人柄を。
熱しやすく冷めやすい!? いまの韓国映画は、コレかも
豆好き・チョコ好き・あんこ好きとして、コラムでは毎回「映画の友」をご紹介しています。今回ご紹介するのは、ソウルの街角そこらじゅうで目にした「ハニー・バター・アーモンド」です。
甘いハチミツの香りと、香ばしいバターの風味が抜群。赤い韓国料理を食べた後の口直しにもピッタリです。
「感染家族」の舞台となった忠清道は、朝鮮半島の中西部にあります。おっとりとした人柄で知られるこの地方でイベントを行ったタレントは、こんな感想をもらしています。
忠清道では反応が4〜5秒は遅い
出典:『韓国「県民性」の旅』
芸人にはつらいしかない……。
この地方の方言は、語尾を伸ばすように話すのが特徴なので、よけいにのんびりに感じられるのかもしれません。わたしの知り合いにも忠清道の人がいますが、確かに全員ゆったりとした方です。実は、イ監督自身が忠清道の出身で、「人里離れた場所にポツンとゾンビがやって来たらどうなるだろう?」という映画のコンセプトを思いついた際に、撮るなら忠清道で、と考えたとのこと。
「新感染 ファイナル・エクスプレス」の成功以前、韓国ではゾンビ映画はほとんど作られなかったそうです。それが一気に方針転換。現在では「Kゾンビブーム」と言われるほど、豊富に作品を生み出しています。
そんな話を聞くと思わず、大流行した後に消えていった数々のお菓子を重ねてしまいます。「売れる」となったものにワーッと押し寄せ、ブームの終焉とともにサーッと消えてしまう。ソウルの街並みは、小さなショップの入れ替えサイクルが速く、常にダイナミックに変化しています。
せっかく出会えたゾンビの奥深さ。ブームで終わらせないためにも、さらに磨かれることも期待したいなぁ。
と、まとめに入ったところで、とても重要なことに気が付きました。
キム・ナムギルさまのすばらしさをまだ書いてな(文字数
Special thanks:霜田明寛さん(@akismd)
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