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「ライオン・キング」はライオンの皮を被ったターミネーターである。

橋口幸生 橋口幸生


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「ライオン・キング」の勢いが留まるところを知りません。既に「アナ雪」を超え、アニメーションとして史上最大の世界興収を記録。8月17日時点で世界興収13億ドルに達し、映画史上第10位のヒット作になったと報じられています。日本でも「天気の子」から首位の座を奪うなどヒット街道を爆進中です。

しかし公開前に試写を見たアメリカの評論家からは、手厳しいコメントが相次いでいました。

「理解しやすいように、すべてが安全でおとなしく、慎重に計算されている。サプライズはまったくない」

「見事であることは間違いないが、信じられないほど安全だ」
(『ロイター』より引用)

などなど。

最近では「ボヘミアン・ラプソディ」など、評論家から酷評された映画が大ヒットすることは普通にあります。しかし、最近のディズニーは超大作でもかなり野心的な取り組みをしているので、「無難」という評判は意外でした。

そして、実際に観てみると、評論家たちのコメントは部分的には合っていました。

「ライオン・キング」は1994年のアニメ版に極めて忠実な、安全運転な作りです。保守的と言われても仕方がないと思います。

しかし、同時に革命的な作品でもあり、今後のエンターテイメントの潮流を決定づけた作品として歴史に残るでしょう。

保守的かつ革命的とはどういう事なのか? 解説してゆきます。



出典:IMDb

本作は「超実写版」という、分かったような分からないようなコピーで宣伝されています。実写とCGのミックスと思っている人も多いのではないでしょうか。

実際は「ライオン・キング」はオールCGです。アフリカの大自然も、勇壮な動物たちも、現実に存在するものは一切ありません。厳密に書くと、冒頭のアフリカの風景に1カットだけ実写が混ざっています。観客がCGと実写の区別がつくかどうか試すために入れられたのだそうです。(僕は全く気づきませんでした…)

しかし、超実写というコピーがウソという訳でもありません。「ライオン・キング」で僕たちが目にするものは、CGであり実写でもあるという、全く新しい映像なんです。

3度のアカデミー賞受賞経験のあるVFXスーパーバイザー、ロバート・レガート氏はこう語っています。

「CG映画はたくさんある。
アニメ映画もたくさんある。
実写映画もたくさんある。
でも、3つを一緒にした映画は、まだ誰もやったことがなかった」

(『technicolor.com』より引用)

作品の舞台をバーチャル・リアリティ(VR)空間として構築し、それを実際に撮影するという方法で作られた、世界初の映画。それが「ライオン・キング」なんです。

意味不明だと思うので、詳しく説明します。



出典:3dtotal.jp

まず、物語の舞台となるアフリカ大陸をCGでつくります。



出典:3dtotal.jp

監督などスタッフは、ヘッドセットをつけて、CGのアフリカ大陸をVR空間として体験できます。歩き回ることも可能です。



出典:3dtotal.jp

VR空間はモニターでも確認できるので、実写と同じ感覚で撮影できます。



出典:before & afters

カメラマンも実写を撮るようにVR空間を撮影します。

これが「ブラック・ボックス・シアター」と呼ばれるテクノロジーです。

これまでのCG映画はソフトウェア上でレンダリングすることで作られていました。しかし「ブラック・ボックス・シアター」なら、実写映画と全く同じ感覚で撮影できます。たとえば、監督とカメラマンが現場を見て話し合い、最適なアングルを決める……なんてことが可能になるのです。

VR空間を利用するのは撮影スタッフだけではありません。キャラクターの声を担当する俳優たちも、マイクの前でセリフを読み上げるのではなく、VR空間で演技をします。俳優たちの音声だけではなく動きも撮影し、CG制作の参考として使います。監督は次のように説明しています。

「アニメーションは通常アニメーター達が声を聴いてイメージしたり、アニメーター達自身の顔を鏡で見ながら表情を作ったりして、それを参考にして動かしていきます。

ピクサーや宮崎駿さんらの作品にはこのやり方はぴったりなのですが、今回は自然ドキュメンタリーのような(実写の)映画だったので、役者同士の間や、目を合わせるタイミングといったものなどを、アニメーターさん由来のものではなく、役者さんのパフォーマンス由来にしたかったのです」
(『animate Times』より引用)

「ブラック・ボックス・シアター」のことを調べていて、僕が思い出したのはPS4の「スパイダーマン」です。このゲームではプレイ中の画面を撮影して、下のような写真にすることができます。



出典:gamepur



出典:gameinformer



出典:gameinformer

いかがでしょうか。ちょっとゲーム画面とは信じがたい、普通にポスターとして販売されてそうなクオリティですよね(興味のある方は検索してみてください。すごい写真がたくさん出てきます)。映画よりゲームに近い考え方を採用した制作体制が「ブラック・ボックス・シアター」なんです。

実際「ライオン・キング」のVR空間は、UNITYというゲームのエンジンでつくられています。映画とゲームが接近し、境界線が無くなりつつあります。

かつてない最先端の撮影環境でメガホンを取ったのは、ジョン・ファブロー監督。



出典:ぴあ

どこかで見た顔……と思った方も多いのではないでしょうか。そう、マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)でハッピー・ホーガンを演じているおじさんですね。「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」の好演でファンになった人も多いのでは。



出典:slashfilm

他の監督作としては「アイアンマン」や「ジャングル・ブック」、主演も兼ねた自主映画「シェフ 三ツ星のフードトラック始めました」が有名です。



出典:eiga.com

彼の料理の腕はホンモノで、Netflixで料理番組を持っていたりもします。



出典:Entertainment Weekly
超大作から自主映画まで監督する。ウェブ配信のショーも手がける。役者としても活躍している。料理も上手(笑)。実に多才です。CGから役者の演技、実写撮影まで、様々な要素がミックスされた「ブラック・ボックス・シアター」にぴったりな人物ですね。

ファブローは現在、スター・ウォーズ・シリーズの配信ドラマ「マンダロリアン」の制作に参加しています(2019年11月12日公開予定)。この作品でも「ブラック・ボックス・シアター」が採用されるそうです。今後のハリウッドの鍵を握るテクノロジーであることは間違いありません。

さらにジョン・ファブローは、映画を超えた利用についてもコメントしています。

−−−今後パークでのプロジェクトは考えていますか?
「「ジャングル・ブック」のショーをしたんだけれど、今は僕もディズニーの方をいろいろ知っているのでショーのアイデアをパーク用に温めているところなんです。

特に新しいテクノロジーを使って、今回学んだテクノロジーもゲームエンジンのもので、映画にも使えるけれど、たくさんの観客の前の体験にも使えます。

例えば僕らはユニティーのエンジンでVRを作ったけれど、チームラボさんはあのエクスペリエンスを作るのに違った形で使っています。
パークにあるものに技術面で加えていけるんじゃないかなと、いろんなアイデアを今温めています。

どんどんイノベーションが生まれていくに従いパークのエクスペリエンスにどう活かしていけるかなとか、ちょっと形にするには技術面が追いついてこないといけないんだけれども、待っててね。

「ライオン・キング」を作り終わったから、かなり大変だったけれどたくさん学んだその経験を生かしてディズニーさんのパーク部門とこれから話していきたいと思います」
(『ウレぴあ総研 ディズニー特集』より引用)

「ブラック・ボックス・シアター」でパークのアトラクションをつくれば、凄いものになるでしょう。チームラボに言及するなど、相当勉強していることが伝わります。

「だからスクリーンじゃないものだけど違った没入体験、プロジェクターを使ったものやARを使ったものとかが進んでいく中で、VRが磨かれていく中で、いろんなことができると思います」
(『ウレぴあ総研 ディズニー特集』より引用)

エンターテイメント全般への応用を考えていることが分かるコメントです。

「ライオン・キング」が商業的に大成功した今、ファブロー監督の構想が現実になる可能性がぐっと高まったと言えるでしょう。今後の映像エンターテイメントの潮流を決定づけた革命的作品として記憶されることになると思います。

……しかし、先述したように、物語そのものは25年前につくられた「ライオン・キング」の忠実なリメイクです。オープニングのタイトル登場の瞬間などは、ほとんど完コピしています。

もちろん、近年のディズニー作品らしく、現代的にアップデートされている部分も少なくありません。

オリジナル版はアフリカの物語なのに主要キャストの多くが白人で、当時から批判がありました。今回はアフリカにルーツを持つ俳優が多くキャスティングされています。



出典:the source

主人公シンバを演じるのは、ドナルド・グローヴァー。チャイルディッシュ・ガンビーノ名義でミュージシャンとしても絶大な人気を誇ります。その他、作家や監督としても活動するなど、ファブロー監督同様、多才な人物です。



出典:the source
ヒロインのナラを演じるのは、ビヨンセ。



出典:the source
ヴィランのスカーは、キウェテル・イジョフォー。「それでも夜は空ける」や「ドクター・ストレンジ」などで知られる名優です。なんとも言えない表情がいいですね。アフリカ系俳優のキャスティングについて、こんなコメントをしています。

「アニメへの批判を受けて、ブロードウェイのミュージカルではアフリカ系俳優がキャスティングされていました。映画でも同じようにアイコニックなキャラクターをアフリカ系俳優が演じられることは、素晴らしいチャンスなんですよ。実際、僕はアフリカのすべてにつながりを感じていますしね」
(『IMDb』より引用)

制作スタッフの人種構成はアフリカ系が22%、ヒスパニックが20%、白人が44%で、アジア人やその他が14%となっています。また、60%が女性です。ストーリーにおいても、女性……というか、雌ライオンの出番が増えました。

また、1994年のオリジナルを現代の目で見たとき、一番違和感があるのはハイエナです。ライオンが王様で、猿が賢者で、イボイノシシがピエロで…と、そもそもが動物のステロタイプの極みのような作品です。中でもハイエナはズルくて、卑怯で、頭も悪い、ハッキリと差別的な描かれ方をしています。



出典:IMDb

今回、オリジナルでは「エド」と「バンザイ」(苦笑)という名前だったハイエナは、「カマリ」「アジジ」と改められています。それぞれスワヒリ語で「獰猛」「力」という意味です。

ハイエナ達の頭の悪さをバカにする「準備しておけ」という曲の内容も、大幅に変更されました。

キャラクターとしても、知的で、狡猾で、恐ろしく、けっして愚かではないことが強調されます。



出典:IMDb

……しかし、こうした対策は大いに評価できるものの、全編を通して受ける印象は1994年版「ライオン・キング」とほとんど同じです。

雌ライオンの出番はふえても、あくまで脇役です。ハイエナも、僕たちがハイエナと言われてイメージする枠を出ることはありません。

それが「ライオン・キング」なんだと言われれば、そうなのかもしれません。

しかし、同じディズニーは2016年に「ズートピア」という映画を発表しています。



出典:IMDb

ウサギは弱々しいやられ役で、キツネは狡猾で、肉食動物は凶暴。…といった動物アニメにおけるステロタイプを逆手に取り、エンターテイメントに落とし込んだ傑作です。「ズートピア」を見てしまった後では、どうしたって「ライオン・キング」への感じ方は変わります。

今のディズニーなら、雌ライオンが王になったり、ハイエナがヒーローになったりする映画だって作れたと思うのです(ちなみにラストに登場するシンバの赤ちゃん=王位継承者も、小説版によれば「オス」という設定)。

また、映像面では動物がリアルなため、表情にとぼしいのが気になります(もっと豊かに表情を出すことも検証したものの、不自然に見えるため採用しなかったそうです)。特に歌をうたうシーンで、表情が楽しそうではないのは問題だと思います。

オリジナル版をつくったアニメーター、デビッド・ステファンはこう語っています。

「子ども時代のシンバが歩き回ってるシーンを見て、吹き出してしまった。いくら何でもリアルすぎるよ。特に喋るシーンは、大昔の自然番組の吹き替えを見ているようだった。「猿の惑星」の猿たちのほうが、ずっとイキイキしていたと思わないかい? 俳優たちの演技も棒読みだ。リアルにしすぎたために、かえってリアルに縛られている」
(『IMDb』より引用)

最後にまとめます。

「ライオン・キング」は何も知らずに観れば、ファミリー向けの夏休み超大作です。保守的ですが、まちがいなく水準を超えた仕上がりであり、誰もが楽しめると思います。

しかし、ひと皮むけば、ディズニーの最先端テクノロジーが詰まっています。ジョン・ファブローのもと、30カ国から集まった130人以上のアニメーターが作り上げた、無敵のターミネーターのような映画です。

「ブラック・ボックス・シアター」で王道のエンターテイメントが作れることは証明されました。今後は挑戦的な企画も増えるだろうし、映画を超えてエンターテイメント全体を変えていくでしょう。

歴史的な作品として、この夏リアルタイムで、劇場で見る価値大だと思います。とくにクリエイティブ職の人は必見です。



出典:IMDb


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[イラスト]清澤春香

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