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「シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢」は「何者でもない」もがきを描く

平野陽子 平野陽子


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「あなたは、何者ですか?」
昨今、SNSなどでセルフブランディングに長け「わかりやすい何者か」を示せる人も多い一方、「人生で誰よりも抜きんでた部分が自分にあったっけ?」と答えに窮する人も意外といる。私は後者の一人だ。何者でもない自覚と居心地の悪さから、気恥ずかしく答えづらい。

「シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢」の主人公達は、全員「中年男性」だ。

人生選択を行ってしばらく経ち結果が見えた時、「こんなはずじゃなかった」「これでよかったのかな」と悩む、「中年の危機(ミッドライフ・クライシス)」のさなかにいる。

この映画のテーマに据えられた「中年の危機」について、広告会社に勤務する傍ら哲学研究者としても活躍する小林昌平氏は、

20世紀スイスの臨床心理学者 カール・ユングの思想をルーツとする言葉です。
なんとなく会社での将来が見えてきて、選ばなかった過去の選択肢の亡霊に悩まされ、肉体的だけでなく精神的な老いを自覚し始める中年期特有の局面を指します。
(中略)これまでのやりかたを見直し、自分の深いところまで降りてリセットすれば、豊かな後半生が待っている「通過儀礼」あるいは「生の転換期」のような時期だともされます。
(出典:公式パンフレットより)

必然的に「自分ってなんだっけ?」と考えざるを得ず、わかりやすい選択肢という形で外に答えが無い分、洞窟に入ったかのように内面を掘ることになる。「シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢」で描くのは、この「何者でもない自分」との向き合い方だ。


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出典:映画「シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢」オフィシャルサイト

モデルは、実在する男性シンクロチーム

第71回カンヌ国際映画祭のお披露目後、セザール賞では最多タイである10部門にノミネートされ、フランスで動員400万人を突破した本作は、実在するスウェーデンのストックホルムにある男性シンクロチームの話を元に作られている。

スウェーデンの情報を英語で発信する「THE LOCAL SE」によると、

members must be over 40; and physique: they must not be too well-trained, in fact some are smokers and most have a hint of a belly and are greying or balding.
(出典:THE LOCAL SEより)

「40歳以上であること」「体を鍛えすぎていないこと」を参加条件に、様々な立場や体形の人がいるチームだそうだ。

※2017年7月22日に国際水泳連盟が正式種目名を「アーティスティックスイミング」に変更することを発表し、日本水泳連盟も2018年4月1日から名称を統一しているが、ここでは「シンクロ」と呼びたい。


https://www.thelocal.se/userdata/images/article/5710ef11043c1a353e3e6e8a439294028d63f35e316b70cd60bd9f468566e3d1.jpg
出典:THE LOCAL SE

おじさんたちの第二の青春は、しょっぱい。

男性×シンクロと聞いて、私は「ウォーターボーイズ」を最初に思い浮かべた。


https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/917XMRgkRbL._SY445_.jpg
出典:Amazon

妻夫木聡や玉木宏が若手俳優として活躍する、みずみずしく甘酸っぱい青春映画だ。あの映画の登場人物達の先には、たくさんの人生の選択肢が広がっている。

その印象と邦題の「夢」から、「おじさんたちの第二の青春」を想起したら、甘かった。
どんよりとしょっぱい「中年の危機」の光景から始まるのだ。この映画の登場人物達はみな、人生の多くの選択肢を選んだ後を悶々と生きている。


https://eiga.k-img.com/images/movie/90499/photo/03f86c59dfcd90f0/640.jpg?1555559223
出典:映画.com

主人公のベルトランは2年前からうつ病を患い、会社を退職し「引きこもりがちなニートおじさん」をしている。夫婦仲は良好だが、子どもの蔑みのまなざしや義姉夫婦の嫌味に耐えながら過ごす日々を送る。

「潜水服は蝶の夢を見る」「007 慰めの報酬」のマチュー・アマルリックが、ものすごくよれよれのパジャマ姿で出てくるのだ。
そんな彼が勇気を出して入った男子シンクロチームも同様に、「こじれたおじさんたち」が続々と登場する。


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出典:IMDb

ギョーム・カネ演じるとにかくキレやすい「短気」なロランをはじめ、経営する企業が倒産寸前の現実から逃避する「中二病」のマルキュス、売れないロックミュージシャンで「夢追い人」のシモン、独り身をこじらせたピュアな「童貞」ティエリーなど、「典型的なこじれたおじさん」をフランス映画往年の名優たちがわがままボディそのままに、体当たりで演じている。

演じている俳優たちもまた、40代から50代を中心としたリアルなおじさんだ。最年長はおそらく、「王妃マルゴ」でシャルル9世を熱演した、シモン役のジャン=ユーグ・アングラードの63歳(公開時)だろう。本作ではお城ではなく、トレーラーに住んでいる。しかも、元シンクロ選手のはずのコーチの練習もゆるい。統率していない。

前半は「まったくまとまりのないおじさんたちが、プールの中でパシャパシャやる光景を、豪華キャストでお送りするすごい映画だな」という気持ちになる。人によっては大河ドラマ俳優による盛大な水遊びを見てしまったような印象を持つかもしれない。

どの人物も「社会や家庭の中にうまくはまれていない」「夢を追ったけど叶えきれなかった」という暗いエピソードを抱えていて「どこか必要とされていない孤独感」がひしひしと伝わってくる。その、深刻だが大きくは変えられない事情をかみしめている姿を、残酷かつ丁寧に描き続ける。

冒頭でベルトランが語る、「丸は四角に入れない」という言葉に詰まった、アイデンティティが揺らぐ居心地の悪さを、様々なパターンで突き付けられる。コメディ映画であるものの、この前半の丁寧な描写があるからこそ、彼らが抱える事情への理解が深まる。だから「彼らにもそれなりに理由があるのだな」という共感を持てるようになるのだ。これが、後半への心情的に重要な伏線になる。

ジル・ルルーシュ監督は、インタビューでも、

私は真剣さのないコメディも、ユーモアのない真面目な映画も好きではありません。
(中略)人間には喜びも悲しみも、メランコリックも楽観できる能力があるということを、この映画を通して共感してもらいたいのです。
人それぞれに問題は抱えていると思いますが、それに真剣に取り組めば、人生は複雑だけれど希望を持てる、と、映画の前半に暗い部分を見せました。
(出典:映画.comインタビューより)

と語っている。

現実の世界では、「中年の危機」の大変さを知識として理解していても、立場の違う人には「こじれたおじさん」エンカウントが苦い思い出なこともある。

映画の公式パンプレットでも、こじれ方に応じた「おじさんタイプ」の分類と「おじさんのトリセツ」が解説され、ロランのように地雷が多すぎてすぐキレる上司に悩んでいた時の検索履歴が「藁人形 作り方」だった身としては「勉強になるぅ」と納得してしまったが、そのような人にも彼らの事情が受け入れられるよう、一人一人のキャラクターやエピソードを細かく描いている。

何より、監督が語るように、この前半のダークなリアリティをもって「人生の複雑さ」を描ききったことが、おじさんではない人にとっても、個人的な体験を離れて、共感と後半の物語への没入感を生み出す、重要な役割を果たしていると感じた。

お互いの傷と存在を認めながら目標を見つけ、新たな生き方を探る物語。

彼らは練習後、いつもサウナの中でお互いの日常について、たくさん話している。自信を失うような出来事を泣きながら話したり慰めたりして共有し、「カッコ悪くてぶざまで何者でもない」お互いの存在を認め合い、徐々に前を向く過程で、「男子シンクロナイズドスイミング世界大会」という目標を見つけるに至る。

私は、このサウナのシーンが、人間臭くてとても好きだ。


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出典:IMDb

目標を見つけた後は、「シンクロって本来ハードなスポーツだったな」と思い出す光景含め、スピーディーなコメディタッチで描かれていく。いい年したおじさんたちが、かわいそうなくらい罵倒され、走らされたりしごかれたりする場面も、ちょっと仕返しする場面も、適度なリズムで笑いを交え進む。

演出だけにとどまらず、実際に、俳優たちも元オリンピックフランス代表コーチの指導の下、撮影前に7週間ものスイミングのトレーニングを受けたそうだ。


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出典:IMDb

変えられない過去に悩んでいた彼らは、目標を定めたことをきっかけに、もう一度前を見つめ、手を取り合い努力を始める。そして、各々の日常生活の捉え方や問題へのアプローチも少しずつ変化していく。

1980年代の懐かしのヒット曲と共に、おじさんたちは仲間との努力を通じて人生への彩りを取り戻し、もう一度自分たちなりの生き方を見つけていく。目標である「男子シンクロナイズドスイミング世界大会」を終えてそれぞれの日常に戻り、映画はエンドロールへと向かう。

ジル・ルルーシュ監督は、

“僕の世代の人々、もっと包括的に言うと、この国全体に感じる、倦怠について語りたいと思いました。僕たちは現代の個人主義的な競争社会で身動きが取れなくなり、チームワークや熱意、努力の醍醐味を忘れてしまっているのではと。”
(出典:公式パンフレット内インタビューより)

こういう時代だからこそ、お互いを思いやったり、分かち合うことで、それぞれが希望を持てるということを描きたかったのです。
(出典:映画.comインタビューより)

と語っている。

映画の中では、おじさんたちを主役にして、チームワークや熱意、努力の醍醐味に向き合っていく姿を描いているが、登場人物が個人としてもそれぞれ前に進む様子を目にすることで、年齢や性別を超え、「すべての人の存在や営みそのものが尊い」という気持ちが心に余韻として残る。

ベルトランは最後、「望むのであれば、丸は四角の中に入る」と、居心地の悪さを抜け出したように、さわやかな表情で述べて終わる。

「シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢」は、画面の中で奮闘する人こそおじさんだが、
過去を手放し自分を認め、一歩進んだその先で、人の存在そのものを祝う映画として、「普遍的な人生の複雑さや希望」を描いている。

一番最初の「あなたは、何者ですか?」の答えに窮してしまう、すべての「何者でもないあなた」にこそ、おすすめしたい。


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[イラスト]ダニエル

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