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「ビューティフル・ボーイ」は息子を持つパパには苦しすぎるテーマだった

みる兄さん みる兄さん


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近い境遇の人物が登場する映画は、人一倍感情移入してしまう。

「ビューティフル・ボーイ」は、ドラッグ依存症の息子と父を中心にその家族を描いたノンフィクション映画だ。



出典:IMDb

事前に映画の前情報を目にした際、「絶望の淵にいる息子に父が寄り添い更生していく物語」=ハートフルなヒューマンストーリーと予想していた。

子供が生まれてから親子を描く映画が好きになった。「幸せのちから」、「ライアーライアー」、「クレイマー・クレイマー」、「ライフイズ・ビューティフル」、「アイアムサム」、「リトルダンサー」などあげればきりがないが、大人の男性が泣ける映画が好きだ。

昨年から割とハリウッド大作を鑑賞していたので、今回はしっとり感動モノを観ようと思い、親子のドラマを描く作品を選んでみた。

しかし、「ビューティフル・ボーイ」は想像していたハートフルな物語とは大きく異なる作品だった。

ドラッグに依存している息子ニックとその状況から救おうと奮闘する父デイビット。依存から更生したと思った矢先、再び手を出してしまう。「依存/回復/再発」この流れが何度も何度も繰り返される。そのたびに「またか……」と心が痛み、何とも言えない疲労感が残る作品だった。



出典:IMDb

冒頭で少し触れたが、僕も息子を持つ父親だ。息子は7歳で小学校2年生。言わずもがな、劇中のデイビットがニックを愛するのと同様に僕も息子を愛している。息子には好奇心を沢山持ってもらいたいし、多様な人と付き合ってほしい。父と息子の関係は、過去の自分の成長をなぞっているようで奇妙な感覚だ。

そんな愛する息子がドラッグに手を出した事実を知ってしまったら……僕は父親として何ができるのだろうか?

映画を観て、「楽しい」「嬉しい」「悲しい」と感情を揺り動かすことも大きな価値だが、今までにない考え方や着想が生まれることも映画の価値だと思う。「ビューティフル・ボーイ」は「もし、愛する息子がドラッグに手を出し、依存してしまったら……」について真剣に考えるきっかけを与えてくれた映画だった。

映画は、クリスタル・メス(非常に依存性の強い薬物メンタフィミンの俗称)依存症から救い出す方法をカウンセラーに相談するデイビットの回想シーンから始まる。ニックは、成績優秀、スポーツ万能な学生として幼少期から一目を置かれていた。そんな中、手を出したドラッグに多幸感を感じ、次第に自制心を失い、ドラッグにのめり込んでしまう。

更生施設に入る→再発する→依存状態になる。
このループを何度も繰り返していく構成の作品だ。



出典:IMDb



出典:IMDb

デイビットとニックの幼いころの思い出、離婚した前妻ヴィッキとの関係、新しい妻カレンの家族との関係など、物語を構成するシーンはいろいろあったが、この作品はニックを演じるティモシー・シャラメの役柄が一つの見どころだったと思う。



出典:IMDb

ティモシー・シャラメは、1995年生まれの23歳。父親はフランス人。母も姉も女優、叔父は映画監督で映画一家らしい。「君の名前で僕を呼んで」(2018)の演技でアカデミー賞主演男優賞、ゴールデングローブ賞主演男優賞などにノミネートされている。

VOGUE JAPANでは「ティモシー・シャラメという奇跡。」と紹介されるファッション誌も注目の若手俳優だ。

優秀で繊細なニックがドラッグでハイになってしまい、自暴自棄になるシーンの演技はバックで流れるシガー・ロスの曲と相まって引き込まれる。雨の中路頭に迷う場面、カフェでデイビットに金をせびるシーンや恋人とドラッグSEXにおぼれるシーンなど、シャメラの演技がこの作品を引き立てていた。



出典:IMDb

一方の父デイビットを演じるのはスティーブ・カレル。同時期に公開されている「バイス」のラムズフェルド国防長官役で出演している旬の俳優だ。



出典:IMDb

デイビットは、ちょっと過保護で熱血漢などこにでもいる父親だ。幼少期のニックと一緒にドライブでニルヴァーナの『テリトリアル・ピッシングス』をガンガンにかける場面、レストランでグレゴリン語(スタートレックの言葉)でオーダーをする場面など、世界中のお父さんが一度は体験をしたことがあるエピソードが切ない。(僕と息子のドライブ中の曲はクイーンでレストランではポケモンの物まねだけど)

そんなデイビットの苦悩は、10年後の自分を観ているようで心をえぐられるようだった。優秀で気立てが良い自慢の息子がドラッグに溺れていく。信頼をすればするほど息子に裏切られてしまう。そんな父の心情をデイビット役のスティーブは丁寧に表現していた。



出典:IMDb

ここまで「ビューティフルボーイ」を観た感想を2000文字くらい書いてみたが、ティモシー・シャラメが美しいとか、父の葛藤に共感するとか、誰でも書ける表面的な話になってしまい、感想も考察も深みが全く生まれず文章が完全に止まってしまっていた。

「ビューティフルボーイ」は良い映画なのだが、作品の「サビ」となるような部分が僕は掴めなかったのだ。

あらすじの情景をなぞったり、劇中で使われた楽曲を並べてみたりして(選んだ楽曲は秀逸だが)文章を膨らますことは可能だ。しかし、この映画のテーマ「ドラックに依存してしまった息子との関係」は、父である僕には重要な意味を持つはずだ。藁をもすがる思いで、原作書「Beautiful Boy」(2008)を手に取ってみた。



出典:IMDb

「Beautiful Boy」は、もともとニューヨークタイムズマガジンにデイビットが寄稿していたノンフィクション記事がきっかけだった。発売した年(2008年)、Amazon最高の書籍と話題になったらしい。デイビットはこの書籍がきっかけで、心理学会から「薬物依存を理解するための優れた貢献」として特別賞を授与されている。

この原作本を読んだことで、映画を観た時とは異なる情景が僕には見えてきた。

監督のフェリックスはドラッグに触れたきっかけや教訓が重要なのではなく、「依存している息子と信頼を裏切られ続けても愛している父の物語」をメッセージとして届けたかったのかもしれない。ティモシーとスティーブもインタビューで「何かを説教するような映画にはしたくなかった」と答えていた。

しかし、映画では描かれなかった背景を原作から知ることで、僕はこの物語の心髄が理解できた気がする。

まず衝撃だったのが、デイビットと前妻ヴィッキの離婚の原因が、ニックの遊び友達の母とデイビットが不倫をしたことがきっかけだったことだ。その後、双方が親権を持ったため、学校がある時期はデイビットとサンフランシスコで過ごし、祭日や夏休みは南カリフォルニアでヴィッキと過ごすいびつな生活をニックは送っていた。この二つの事象は幼少期のニックにとって大きな精神的負担になったと思う。

2時間という映画の制約上、因果関係を省いた方が観客の想像力を高めるためには良いのかもしれないが、僕が映画の世界に入り込め切れなかったのは、ニックがドラッグ依存に至るまでの状況描写を排除していたからだと書いていて今は思う。「ニックがドラッグに手を出してしまったきっかけ」は原作を読むことでその疑問は少しクリアになった。

また、映画を観ながら僕は「自分の息子への薬物教育をどうすればよいのか?」を考えていたのだが、これについても原作では事細かに記載されていた。

デイビットが悔いていたのが、過去にマリファナをはじめとしたドラッグを使用したエピソードをニックに話したことだった。

ドラッグカウンセラーの多くが親たちに、自分の過去のドラッグ経験について子供には隠すべき言っている。(原作文中より)有名なアスリートが子供たちに向かって「いいか、ドラッグなんかやるな、俺は死にかけたんだ」と話しながら、今まさに目の前で数百万ドルの給料をもらって講演しているスターを観て、子供たちは何を思うか。ドラッグをやったにも関わらず、克服して万事うまく行ったと子供たちは錯覚してしまう。

実際ニックは、ドラッグを使うことで「素晴らしい芸術を生み出せる力が得られる」といった危険で誤った考えを持っていた。ヘミングウェイしかり、ヘンドリックスしかり、バスキアしかり、偉大なアーティストにはドラッグ依存症が多い。自殺したカート・コバーンの遺書には「消えてなくなるより、燃え尽きる方がいい」とも書いてある。英雄となり、若くして死を選ぶドラッグ使用者のアーティストは多い。



出典:billboard

「僕の大好きな作家やアーティストはみんな、飲んだくれか依存症だ」

とニックは言っていた。

原作に載っていたデイビットの回顧録は僕には衝撃的だった。

憧れのギタリストと同じギターを欲しがるのと同じように、憧れのアーティストのライフスタイルに近づくためにドラッグを摂取する。これが、現実的に起きていた。

日本のアーティストや俳優でもドラッグについてのニュースはよく目にする。僕は、それらのニュースに対して「他人に被害をかけているわけでないし、個人の問題をそこまで断罪しなくても良いよな」と感じていた。しかし、子供の憧れの対象となるアーティストや俳優、作家がドラッグを常用している事実は「ドラッグを使用したから芸術性が生み出せる」と危険な情報を子供たちに与えてしまうのかもしれない。

どんなに気を付けていたとしても、子供がドラッグに触れてしまった、依存してしまった際、親は答えの出ない問いで自らを苦しめてしまうと思う。

「甘やかしすぎたか?」

「寛容すぎたか?」

「あまり関わらなかったか?」

「かまいすぎたか?」

多くの家族が継続的なドラッグのリハビリプログラムやセラピーを試すために、家を抵当に入れ、様々な口座を解約し、心身を削っている。アメリカでは約1カ月の更生プログラムで200万、日本でも数十万はかかる。

そんな依存症の身内を抱え、精神的に追い込まれてしまった際、あるカウンセラーが言った言葉が手助けになると原作には書かれていた。

「あなたが原因ではない。あなたには管理できない。あなたには治療できない。」

ニックに対して、デイビットが距離を置くときに心にとめていた言葉だ。

原作のエピローグに書いてあったが、デイビットは「beautiful boy」を書いた後、ビジネス書の執筆に戻る予定だったそうだ。しかし、愛する人たちを失った人たちの多くの苦しみに触れたことで、依存症を支える家族や支援者について学び続けることにしたらしい。原作「beautiful boy」で数々のノンフィクションの賞を受賞し、その調査結果を次作「Clean」にまとめ発表した。今もまさに学び、戦っている父だと思う。

ニックは良いカウンセラーと出会い、躁鬱病と鬱病を患っていたことがわかった。治療を始めてからドラック依存の再発は無くなり、クリーンな期間は8年の歳月を超えたそうだ。その間に脚本家としてデビューし、ネットフリックスで今もヒットしているオリジナルドラマ『13の理由』の脚本を担当している。この作品はまだ見ていないが、デイビットとニックは、現在二人とも執筆活動を続け活躍している。二人の物語は、現在進行形のノンフィクションというのも興味深い。



出典:NYtimes

最後は、監督や演者さんが意図しない、教訓じみた映画評になってしまったが、僕と同じように、息子を持つ親であれば父でも母でも「ビューティフル・ボーイ」にはぜひ触れていただきたい。親子の関係と自己肯定感の揺らぎによってどれだけ子供は傷つき迷い込んでしまうのか、そして信頼と裏切りを繰り返す子供と家族はどう接していけばよいのか、そんな状況について考えさせてくれる作品だ。

ただし、まずは原作本(500ページもある長編だが)から読むことを僕は勧める。映画では、ドラッグ依存の苦しさと父の愛。そして愛だけでは、優しいだけでは、無力な事実を描いていた。しかし、ニックの心の背景、「beautiful boy」を執筆したことによってデイビットにおきた変化。これらを知ることで、この物語はより深くセンセーショナルに心に残ると思う。デイビット役を演じたスティーブがインタビューで答えていたように、「息子をハグするときに、もっと強くハグするようになった気がする」そんな作品だった。

映画をきっかけに原作に触れ、原作に感化されて思考が変わる。これも映画の一つの楽しみだと思う。


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