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「麻雀放浪記2020」妄想裁判!あの事件はどうなる?!平成最後の問題作を裁きます

宮下卓也 宮下卓也


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あなたは、映画館で映画を観た後、「金返せ!」と心の中で叫んだことはあるだろうか?
私は、ある。
だがしかし、実際に映画館で叫んだりはしない。上映館や配給会社を訴えたりもしない。
それをやったら「イタい人」の仲間入りだからだ。
だがしかし、「マジで裁きを下したい映画」というものがこの世には存在する。
では、試しに訴えてみたらどうなるだろうか?
そんなことをモヤモヤと考えてみた。
こんな風に。

裁判官: ただ今より、本裁判を開廷します。被告人は前に出てください。

(被告人、証言台の前に立つ)

裁: 被告人、映画のタイトルは何と言いますか?

被告人: 「麻雀放浪記2020」です。



出典:映画.com

裁: 公開日はいつですか?

被: 2019年4月5日です。

裁: 監督は誰ですか?

被: 白石和彌監督です。



出典:映画.com

裁: それではこれより、「麻雀放浪記2020」に対する事件について審理します。
検察官は起訴状を朗読してください。

検察官: (軽く咳払い)公訴事実。本映画は原案となった小説を冒瀆し、同小説を元にしたオリジナル映画のファンを混乱させ、また新規の観客をも落胆させたものである。加えて、犯罪容疑者が出演しているにも関わらず、公開を強行したことで、社会の風紀を乱したものである。
罪名は、原作原案冒瀆罪、観客失望罪、および風紀紊乱罪。
以上について審理願います。

裁: 検察官の朗読した公訴事実について、被告人にお尋ねします。内容はその通りですか?

被: いいえ。

裁: 弁護人のご意見はいかがですか?

弁護人: 本映画の無罪を主張します。

裁: それでは検察官、証拠の取り調べを請求してください。

検: まず、映画の本題に入る前に、世間を騒がせた「ピエール問題」について、被告人にお尋ねします。



出典:映画.com

映画の公開直前である2019年4月2日、本映画に出演しているピエール瀧容疑者麻薬取締法違反で逮捕されました。
どうして公開中止にしなかったのですか?

被: 法を犯した人間が罰せられるのは当然ですが、作品そのものには罪がないからです。

検: 代役を立てたり、出演シーンをカットしたりする方法もあったのではないですか?

被: ノーカット上映が大前提でした。プロデューサー、配給会社、製作委員会が出した結論です。
この映画には、斎藤工さん扮する「坊や哲」が、ひょんなことからメディアで有名になったあと逮捕され、メディアに復帰する際に、実体のない「世間」に対して不本意ながら謝罪会見をひらくというシーンがあります。
つまり、何でもかんでもとりあえず「謝罪」し「自主規制」することでお茶を濁そうとする風潮を皮肉っているわけです。
そういうことを描いている映画を、同じような事態になったら公開中止にする、というのはありえないです。

検: 社会に対する倫理的責任は感じませんか?

被: 映画の冒頭でピエール瀧容疑者が出演している旨のテロップを流したのは、最終的な判断を観客に委ねたいからでした。犯罪容疑者が出演している映画を観たくない人は、たんに映画を観なければいいわけで。

検: 薬物問題に関しては、どう思われますか?

被: 直接的にだれか傷つけたりはしていないし、ある意味、本人も「被害者」なのではないでしょうか?
過去の作品まで販売中止等の商業的規制を加えてしまうと、当人の収入もなくなり、精神的に追い詰められ、逆に再犯率を高める気がします。
だったら、収益の一部を薬物依存から抜け出すための支援団体に寄付するなど、状況を改善するために使ったほうが社会の役に立つと思います。

検: そのような考えが万人に通用すると思いますか?

被: それはわかりません。

検: 裁判長、私からは以上です。

裁: では、弁護人、どうぞ。

弁: 被告人にお尋ねします。白石和彌監督作品におけるピエール瀧氏の存在とはどういったものですか?

被: 「麻雀放浪記2020」では、元五輪組織委員会会長という出番の少ない役でしたが、過去の作品含め、白石監督のことばを借りると「将棋における“飛車”」のような存在です。脇役こそ映画の世界観を作り出すのに重要ですから。

弁: なるほど。

被: ご存知のように、彼は「電気グルーブ」というユニットに属していて……

弁: あぁ、いいなぁ! 「Shangri-La」はどストライクの世代ですよ。

被: ♪夢でKiss Kiss Kiss! 私もカラオケとかで今でも歌います!

検: 裁判長! 今のやりとりは本裁判とは無関係です。

裁: 検察官の指摘を認めます。青春時代の思い出話は、無罪放免後に飲み屋で勝手にやるように。

被: ス、スイマセン。

弁: 失礼しました。それでは改めて、白石作品におけるピエール瀧氏の位置づけを教えてください。

被: はい。彼は元々、ドラマやバラエティーでは、どちらかというとお茶目でかわいらしい「善人」の役が多かったんです。
例えば、もう20年以上になりますが、こういうのがありました。
♪おはよーさん! みなさん準備はいいですか?

弁: はーい!

被: いきますか! 元気!

検: 元気!

被: 勇気!

裁: 勇気!

全員: ポンポ、ポンポ、〇ン〇ッキーズ!!

被: ああああーなーつーかーしーい!

裁: 静粛に!!

弁: あんたもメッチャ声出してたやん!

裁: ……

被: ドラマでは「あまちゃん」の寿司屋の大将でお馴染みですが、極めつけは「アナ雪」のオラフの声でしょう。
本当ならば「Shangri-La」も「アナ雪」もYoutubeの公式リンクをここに貼りたかったのですが、違法動画以外すべて削除というある意味本末転倒なことが行われていたので、残念ながら割愛します。

弁: 私が歌いましょうか?
♪なーつーさ~~~!

(裁判長、弁護人をにらむ)

弁: ……

被: ところが白石監督は、ピエール瀧さんの「悪の魅力」を開拓し、彼は白石作品になくてはならないバイプレーヤーとなったのです。

弁: アムロちゃんや蘭々とはしゃいでいた人とは思えませんね。

被: 今紹介した、「凶悪」(2013年)、「サニー/32」(2018年)だけではなく、「日本で一番悪い奴ら」(2016年)、「弧狼の血」(2018年)にもピエール瀧さんは出演しています。

弁: 見事に「悪人」役ばっかりですが、なくてはならない存在なのはわかりました。
この延長線上に「アウトレイジ 最終章」(2017年 北野武監督)があるわけですね。

検: 裁判長! 今おこなわれている質疑応答は、本裁判との関連性が不明瞭です。

裁: 検察官の意見を認めます。

弁: 被告人は、関係者に不祥事があった場合の映画公開にあたり、その基準をどうお考えですか?

被: はっきりいって、基準がよくわからないですね。時代によっても国によっても全然違うし。
その昔、パンツにマリファナを隠し持っていた勝新太郎さんの作品が、お蔵入りすることはないですし。
日本映画のアーカイブから「座頭市」「悪名」「兵隊やくざ」の各シリーズがなくなるなんて、想像するだけで恐ろしいですが。

弁: 過去に許されていたものが、現在では許されないことが納得できない、ということですか?

被: うーん、ちょっと違うんですよね。
先日亡くなった内田裕也さんや萩原健一さんも薬物の前科がありますが、レジェンド扱いですよね。
この違いはなんなのか……

弁: 時代の変化だけでない、不明確な基準があると?

被: 実際、邦訳すると「“はい”と言え」とか「やあやあやあ」とかになる英語タイトルの歌を歌っていた人気デュオの、日本古代史的な名前の方とか、形容詞の語尾に「ぴー」をつけたり感情の大きさをマンモスに例えたりしていた元アイドルとか、芸能界での活動再開に苦労されてますよね?
その一方で、少年時代夢の中へ行ってしまったニューミュージック界の大御所は、前科が飾りになってますし、「結局、恋愛すんのかせんのかどっちやねん!」みたいな二重否定の恋愛ソングを歌っていた、どんなときも希少植物の花を咲かせるシンガーソングライターは、普通にテレビに出てますよね?

弁: なるほど。

被: あと、「電気グルーブ」がダメなら、紅白でトリをとった「南のすべての星たち」の初期メンバーだって、「夢は叶う」元キーボードだって、

検: 裁判長! 被告人はなにを言っているのかよくわかりません!

裁: 現在活動されている方々の名誉を棄損しないようにするための、被告人なりの忖度だと解釈しました。

検: ……

裁: 弁護人は、他に質問はありますか?

弁: いえ。

裁: それでは検察官、次の審理にうつってください。

検: ここからは、映画の本題に関する審理に入ります。
まず、原案になっている小説は、1969年から1972年に刊行された、阿佐田哲也氏の麻雀小説「麻雀放浪記」です。



出典:Amazon

この書物は、作家の筒井康隆氏をして「ピカレスクロマン(悪漢小説)の最高峰」と言わしめた、累計250万部の大ベストセラー小説です。
また、阿佐田氏の分身ともいうべき主人公「坊や哲」の「ビルドゥングスロマン(教養小説、成長物語)」でもあります。
この小説を原案として映画を作ろうとしたきっかけは何ですか?

被: 本映画主演の斎藤工氏が「明日泣く」(2011年 内藤誠監督)で阿佐田哲也を演じたのがはじまりです。
彼が阿佐田さんの奥さんに「麻雀放浪記」が好きだと言ったら、ぜひ「坊や哲」を演じて欲しいと。

検: 斎藤工氏が阿佐田夫人に「壁ドン」をして、たらしこんだのではないですか?

弁: 裁判長! 今の発言は検察官の憶測にすぎません!

裁: 弁護人の指摘を認めます。

検: (咳払い)しかし、物語の設定は原作と映画で全く違いますね? 
原作は1945年、太平洋戦争後の上野を舞台にしていますが、映画は第三次世界大戦によりオリンピックが中止となった2020年の東京という、「パラレルワールド」の未来を描いています。
設定変更した理由はなんですか?

被: いくつか理由があるのですが、ひとつは、イラストレーターの和田誠さんが1984年に初監督した「麻雀放浪記」という名作と差別化するためです。
もちろん、和田版の映画には敬意を払っていて、例えば和田版でオックスクラブのママ(加賀まりこ)が「坊や哲」(真田広之)にイカサマを教えるシーンは、この映画でもベッキーさんと斎藤工さんが同じように演じています。

検: オマージュですね。

被: あと、これは私の個人的な見解ですが、原作や和田版映画の重要なシーンで、「ドサ健」という麻雀打ちが、その彼女であるまゆみを麻雀の借金のカタにして、女郎屋に売り飛ばされるかどうかが、ひとつのサスペンスとして描かれるですが、これをいま映画化するのは女性蔑視のアナクロニズムと言われかねないかなと。

検: なるほど。小説は「青春篇」「風雲編」「激闘編」「番外編」の四部作であり、和田版は「青春篇」の映画化でした。
本映画は「青春篇」の登場人物だけでなく、「クソ丸」や「ドテ子」といった「風雲編」の登場人物が主要キャストとして出てきますが、こちらは名前が同じなだけで、まったくの別キャラクターですが。

被: 和田版の映画は傑作なので、同じ映画を作ってもかなわないし、終戦直後のロケーションの復元も難易度が高い。そこでプロデューサーの発案で設定を未来にして、脚本家たちが原作を換骨奪胎してこの映画にしたてたわけです。

検: ストーリーの大筋は、主人公の「坊や哲」が、1945年に「ドサ健」「出目徳」といった最強の麻雀打ちと麻雀をしていると、「九連宝燈」という最高役で上がる瞬間に落雷にあい、2020年にタイムスリップしてしまう。過去に戻るためには同じようなシチュエーションに遭遇すればよいと考えた「坊や哲」は、未来で出会った「クソ丸」「ドテ子」に助けてもらいながら「麻雀五輪世界大会」に挑む、というお話です。

被: はい。

検: 話のベースがコメディタッチのSFであり、自分の生きる時代に戻れるかというサスペンスが話の主軸であり、タイムトラベルのきっかけが落雷であるという点で、この映画が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を下敷きにしているのは明白ですね?



出典:IMDb

被: だと思います。

検: ただ、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はプロットが明快であり、時代背景も明白で、主人公に感情移入しやすく、コメディとサスペンスのバランスも絶妙でした。それにひきかえ「麻雀放浪記2020」は、やたらと話しが脱線し、登場人物たちのキャラクター設定もわかりづらく、現在の観客が肌感覚ではわからない「過去」と、明らかに現実とは異なる「近未来」が描かれ、そのために観客は置いてけぼりを食ったのではないでしょうか?

弁: 裁判長! 今の発言は検察官の主観に基づく印象批評に過ぎません!

被: 製作サイドとしては、エンターテインメントの中に、コンプライアンス重視の管理社会に対するアンチテーゼなどの社会批評も盛り込むことで、本作をリメイクする意義を見出したという側面があります。原作は高度経済成長期に、和田版映画はバブル経済絶頂期に作品が発表されました。つまり作品発表時とは異なる時代設定をあえてぶつけることに意味があるのです。

検: 若干、論点がずれたように思いますが、この映画の問題点は「いろんな要素を盛り込み過ぎ」な点です。「SF青春コメディ」である「麻雀映画」に「社会批評」を盛り込んだら、観客が消化不良を起こすのは当然です。

弁: 白石監督の作風である「カオス」「ノイズ」が色濃く反映した結果ではないでしょうか?

検: それをエンターテイメントの中で実現させたいなら、題材を注意深く選ぶべきです。
映画史には「偉大なる失敗作」というものが存在します。「クレオパトラ」(1963年)、「地獄の黙示録」(1979年)、「天国の門」(1980年)などです。作り手の妄想が大暴走して破綻するパターンです。しかし本作品はそこまで破綻せず、中途半端にほどよくまとまっています。

弁: ……

検: あるいは、メチャクチャさでいったら、フェリーニやパゾリーニ、ホドロフスキーや、はてはジョン・ウォーターズに至るまでのキッチュさには及ばない。

弁: まず、前提としてこの作品はコメディですから……

検: コメディ! いいでしょう。コメディとしての作品の出来についても審理しましょう。
昭和の大名人である五代目古今亭志ん生は、息子である志ん朝から「落語を面白くするにはどうしたらよい?」と訊かれて、「面白くしようとしねぇことだ」と答えたそうです。



出典:Wikipedia

弁: 落語と映画は違います!

検: 私が言いたいのは、「あざとさ」とはコメディの大敵だということです。サイレント期のコメディアン、バスター・キートンは「デッドパン」と呼ばれ、まったくの無表情でコメディーを作っていました。



出典:Wikipedia

裁: 検察官は本映画に関する話をしてください。

検: 例えば、斎藤工氏扮する「坊や哲」は、ひょんなことからふんどし姿でメディアに登場し、人気者になるくだりがありますが、これ見よがしににふんどし姿で笑いをとろうとして、壮大にスベっています。

弁: ……

検: だいたい、斎藤工氏のふんどし姿なんぞ、なんども観たくは、

傍聴席にいる斎藤工ファンのおばはん: あたしは観たいわ!

裁: 傍聴人は静粛に!

検: 竹中直人氏扮する「大恩寺クソ丸」もやたらと放屁をしますが、明らかにやりすぎです。
竹中氏自身の監督作「無能の人」(1991年)のもつ静謐な笑いとは対極的です。



出典:Amazon

弁: 白石監督には「日本で一番悪い奴ら」というコメディの佳作がありますが。



出典:Amazon

検: あれこそ「笑わせようとしなかったコメディ」です。綾野剛氏扮する主人公の警察官は、必死で検挙率を上げようとして血眼になった結果、法を犯してしまうという悲喜劇でした。

裁: では、今作品はなにが問題だったのでしょうか?

検: 脚本です。
今年大ヒットとなった「翔んで埼玉」は、「埼玉の名誉を回復する」というただこの一点のためだけに大真面目に戦うことを描いて成功したのです。
GACKT扮する主人公は、大河ドラマの上杉謙信と同じテンション埼玉を救うために戦いました。その美しさこそが笑いを生んだのです。



出典:シネマトゥデイ

裁: では別の視点からも審理しましょうか。本作品は「麻雀映画」としてはどうでしょう?

検: 制作サイドは麻雀をよく知らないのではないでしょうか?
 「天和」や「九連宝燈」といった上がり役は、めったに出来ないからこそ意味があるのに、連発されるとシラけます。

弁: ……

検: また、役者さんたちはかなり練習したそうですが、牌さばきがプロには見えません。
例えば和田版の映画では、卓上の麻雀牌をクローズアップでパンしながら、麻雀打ち4人をオーバーラップさせて、技法的に臨場感を出しつつ、役者の牌さばきをごまかすことに成功しています。

裁: オリジナルの映画は私も観ましたが、和田誠さんはハリウッドのクラシックな映画の教養が膨大にあるので、ああいう表現ができるんでしょうねえ。

検: あるいは、真田広之氏が演じる「坊や哲」が、「つばめ返し」というイカサマをする際、まず目のクローズアップのインサートカットを入れ、牌をすり替える瞬間にストップモーションを使うなども、同種の表現技法ですね。

被: 今回の映画は全編iPhoneで撮影しているので、技術的な制約があるにはあるんですよね……

検: しかしながら今回の映画は、全編iPhoneで撮影する必然性がまったく感じられません。

弁: 白石監督は、いわゆる“映画らしいルック”から離れたかったと言っていますが……

検: 映画の題材によりけりでしょう。実録ものやロマンポルノなら成立したかもしれませんね。映画においては主題と技術的表現は不可分一体のはずです。

裁: キャスティングに関してはどうでしょう?

検: 作家の小林信彦さんは、あるファンタジックな映画を評して、「こういう映画こそ役者がプア(貧しい)であってはならない」と言っています。

弁: つまりどういうことですか?

検: 荒唐無稽な映画ほど説得力のある「プロ」の役者が必要だということです。そうしないと、「リアリティ」が担保できないからです。
大ヒット中の映画「翔んで埼玉」は、GACKT、二階堂ふみ、伊勢谷友介、京本政樹、中尾彬など、「いかにも」なそれらしい役者を揃えて成功しています。



出典:映画.com

裁: いやぁ、濃いメンツですなぁ。

検: そもそも和田誠監督の「麻雀放浪記」は、真田広之、鹿賀丈史、大竹しのぶ、加賀まりこ、高品格、加藤健一、名古屋章など、ずらりと芸達者を並べた豪華キャストでした。



出典:Amazon

裁: 確かに。

検: ふざけた映画であればこそ、今回のキャストは弱いと言わざるをえません。小松政夫氏の起用はよいと思いましたが……

裁: 「小松の親分さん」ですね!



出典:Amazon

検: 裁判長。「平成」も終わり、「令和」がはじまろうというこのご時世に、そんな「昭和」なことを言っても誰にも通じませんよ。

裁: なんと! 「電線音頭」「しらけ鳥」も通じないとは……

検: もしかしたら、この映画における最大の功績は、宣伝する際、小松政夫氏に淀川長治氏のものまねをやらせたことかもしれませんね。

弁: 白石監督は、どちらかというとプロパー俳優よりも、ミュージシャンやお笑い芸人など、他ジャンルのタレントを好んで起用する傾向がありますね。

検: いや、それも作品の題材次第ではないでしょうか? 今回、「ドテ子」を演じた「チャラン・ポ・ランタン」のももさんは、“ブサかわいい”(失礼!)というか、ある種の魅力があふれてますよね。



出典:映画.com

弁: ぜひ、別の作品も観てみたいですね。

検: あとは岡崎体育氏。この方も、役者としてのポテンシャルが高そうですので、別の作品で観てみたいですね。今回のオタクの役だけではもったいない気がします。



出典:映画.com

裁: わかりました。それでは検察官、最後の質問をお願いします。

検: それでは被告人にお尋ねします。この映画はいったい、誰に向けて作られたのでしょうか? 原作のファンや、オリジナル映画のファンや、麻雀ファンにとってはキビしい映画なだけに、

弁: 斎藤工さんのファンが、

傍聴席にいる斎藤工ファンのおばはん:あたしは観るわ~~!

検: 結局そこかよ!

裁: 静粛に!! それではいったん休憩をはさんで、弁護側からの審理に入ります。

(一時閉廷)

裁: それでは審理を再開します。

弁: それでは私から、白石和彌監督のフィルモグラフィーをおいながら、「麻雀放浪記2020」に関する質問をいたします。

被: はい。

弁: まず、白石監督のデビュー作、「ロスト・パラダイス・イン・トーキョー」(2010年)ですが、“知的障害者を兄にもつ主人公と風俗嬢の関係を描く”という、いかにもな設定でありながら、リアルな細部を積み重ねることで、ベタな類型を巧みに回避した青春映画でした。

被: 白石監督の多くの作品は、主人公がある種のイニシエーションを経て成長する「青春映画」です。これはデビュー作から一貫していて、本作品でも「坊や哲」が、「ドテ子」や「クソ丸」と協力しながら、困難を乗り越え成長していくストーリーになっています。

弁: 監督第二作は、出世作となった「凶悪」です。ピエール瀧氏とリリー・フランキー氏の悪人ぶりが強烈でした。



出典:映画.com

被: 「凶悪」を観たら、困ったことがあると、「アイツ、ぶっこんじゃうか?」というキラーフレーズを使ってしまいますよね。

弁: 残酷描写も白石監督の特徴ですね。「麻雀放浪記2020」でも、吉澤健扮するバクチ打ちが、負けて金が払えず、目玉をえぐりとるシーンがありました。

被: 原作小説の「番外編」にも、負けて金が払えないとそのたびに指詰めするので親指以外の第一関節から先がないというバクチ打ちが出てくるし、他の阿佐田小説にも似たような話がありましたよね。

弁: アウトローを描くのが好きな白石監督は、やはり深作欣二監督の「仁義なき戦い」シリーズをはじめとする、東映が製作した実録やくざ映画に強い影響を受けているのでしょうか?

被: それは間違いないですね。激しい暴力やエロシーンを入れたがるのは、東映のプログラムピクチャーの影響でしょう。

弁: そして監督第三作は「日本で一番悪い奴ら」です。この映画では、綾野剛が演じる警察官が、ヤクザ組織に送り込むための「スパイ仲間」=「疑似家族」を形成します。

被: 「麻雀放浪記2020」においては、「坊や哲」と「クソ丸」と「ドテ子」が「疑似家族」ですね。これも白石監督の重要なモチーフです。

弁: 「ジャンルの多様性」と「疑似家族」という点では、クリント・イーストウッドの影響も大きいですね。

裁: イーストウッドに関しては、宮下卓也氏の前回の映画コラムに詳しいので、そちらを参照してください。

弁: 監督第四作は、ロマンポルノである「牝猫たち」(2016年)です。



出典:映画.com

被: 白石作品には、日活ロマンポルノの猥雑さも含まれていますよね。いまや東映と日活を背負わされている感すらあります。

弁: 第五作は「彼女がその名を知らない鳥たち」(2017年)

裁: あぁ、この映画の蒼井優は最高だったなぁ!

弁: ですよねぇ!

検: その存在感と演技力は、若手のなかでも当代随一ですよ。

被: 人間の愚かさ、いやらしさ、ずるさ、かわいらしさ、いじらしさを多面的に表現していました。

弁: お、めずらしく皆さんの意見が一致しましたね。白石監督にはめずらしいラブストーリーですが、もちろん一筋縄ではいかない内容です。

被: 好き嫌いがわかれる映画ですが、白石作品のなかでは、女性におすすめですね。

弁: はい、六作目は「サニー/32」です。クセのある登場人物の群像劇である点、これも「麻雀放浪記2020」含め、白石作品の特徴ですよね。



出典:映画.com

検: 元AKB48の北原里英がド下手な以外は、役者たちが素晴らしかった。

裁: きたりえの悪口を言うヤツは死刑です。

検: さ、裁判長……

弁: そして、白石監督が名実ともに日本を代表する監督となった「弧狼の血」!

被: 去年の邦画の話題作ベスト3は、「万引き家族」と「カメラを止めるな!」とこれですよね。

検: 役者が楽しそうに演じているのが、画面から伝わってくるよねー。

裁: その辺も、「仁義なき戦い」ぽいですな。

弁: 最後は前作、「止められるか、俺たちを」(2018年)



出典:IMDb

被: 白石監督の師匠である、今は亡き若松孝二監督の「若松プロ」を舞台とする、「映画作りの映画」です。

弁: 学生運動が下火となる時代の若者たちを描いた、アナーキズムのあだ花のような映画でした。

検: 若松監督が「麻雀放浪記2020」を撮ったら面白かったんじゃない?

裁: それなー!

検: しっかし、こんな話、この裁判に何の関係もないでしょう?!

弁: いい指摘です! まさに私が、

被: あの……

弁: ?

被: 裁判長。最後に私から発言してもよろしいでしょうか?

裁: どうぞ。

被: みなさん、今こうやって、過去の白石作品と比較しながら、「麻雀放浪記2020」の話をしてきましたけど、どうでしょう、楽しくなかったですか?

裁: 楽しかったね!

検: 映画について、傑作だの愚作だのといったレッテルにとらわれず、あれこれ話すのは楽しいもんだ。

被: そうなんです! 映画というものは、一本が独立して存在するのではなく、過去の映画の蓄積の上に成り立っているんです。ですから、一本の映画を語る際にも、その映画だけに閉じることなく、「映画の記憶」をベースに映画を語ることが、豊かな映画の楽しみかただと思うんです。

(傍聴席から「そうだ」の声)

SNSをはじめとするネット上では、この映画はもちろんのこと、いろんな映画に対する罵詈雑言があふれています。確かに、「金を払ったんだから、何を言ってもよい」というのは一つの考え方でしょう。しかし、そこにクリエーターに対するリスペクトはあるのでしょうか?

(傍聴席から拍手)

クリエーターに対する敬意を失えば、その文化は廃れ、われわれが生きる文化的環境は貧しくなるでしょう。
これは映画に限らず、あらゆる芸術、芸能、あるいは飲食店の料理にいたるまで様々なものが含まれます。

映画を裁くとはどういうことか?
誰が、なんのために裁くのか?
もういちど、考えていただきたいと思います。

裁: 検察官、なにかありますか?

検: ありません。

裁: 弁護人はどうですか?

弁: ありません。

裁: これにて審理を終わります。判決を言い渡すまで、一旦閉廷します。

(一旦閉廷)

裁: それでは開廷します。被告人は前に出てください。

(被告人、前に出る)

裁: 映画「麻雀放浪記2020」に対して、次の通り判決を言い渡します。

主文。本作品は、原作小説やオリジナル映画を冒瀆する意図は全くなく、様々な拘束のなかで新たな作品を創造しようという意志を持って制作されたものである。
また、社会に対するメッセージ性はあるにせよ、社会を混乱させる意図はないとみなされる。
作品に対する社会的評価は、興行収入で判断されれば充分であり、本来、総合芸術であるところの映画は、ある時代や環境にとらわれた一面的な価値基準で判断すべきものではなく、多様でひらかれた存在である。
また、白石和彌氏は、過去に多くの佳作を世に送り出し、既に「凪待ち」「ひとよ」といった次回作を準備中の、今、最も期待される映画監督である。

以上のことを鑑み、本映画は無罪とする。

(傍聴席、歓声)

裁: これにて、本裁判を閉廷いたします。

※この裁判はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


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[イラスト]ダニエル

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