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「グリーンブック」は、僕らの人生に勇気を与えてくれる傑作ロードムービーだ

みる兄さん みる兄さん


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アカデミー賞の脚本、作品、助演男優賞を受賞した「グリーンブック」が好調だ。

「ぴあ」初日満足度ランキング第1位。公開後20日を前に興行収入10億を超えた。

日本と中国はアカデミー賞の授賞式(2月24日)後の3月1日に公開する戦略が見事にハマった。監督のインタビューにもあったが、公開当初のアメリカではほぼ話題にならず、幾多の賞もダークホース扱いだったらしい。

「グリーンブック」は、足を運ぶ明確な理由が無いと埋もれてしまう、派手さのない作品だ。60年代の人種差別が重要なテーマであり、映画の大半がおじさん2人の掛け合いシーンが続くロードムービーだ。

しかし、そんな心配も稀有に終わり、見事にアカデミー賞を3部門受賞した。



出典:abc7news

僕は、作品賞と脚本賞を2つ受賞したことに注目した。1980年以降で作品賞と脚本賞をダブルで受賞した作品を並べると

1881年 「炎のランナー」
1882年 「ガンジー」
1888年 「レインマン」
1998年 「恋におちたシェイクスピア」
1999年 「アメリカンビューティー」
2009年 「ハートロッカー」
2010年 「英国王のスピーチ」
2014年 「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」
2015年 「スポットライト 世紀のスクープ」

そして

2019年 「グリーンブック」

過去29年間で10作品。

派手さはないが渋めな映画が多い。過去にダブル受賞した映画がすべて良作かというと賛否はあるが、映画をかじり始めた僕みたいなタイプは『アカデミー賞の作品賞と脚本賞をダブルで受賞している作品』は観るべき映画の選択理由となる。

良い機会なので、作品賞と脚本賞、ついでに脚色賞の違いについて調べてみた。

●アカデミー賞作品賞(Academy Award for Best Picture):映画作品自体に賞が贈られるアカデミー賞の最重要部門。アカデミー賞の候補投票は、会員がそれぞれ属する分野のみ(例えば監督賞は監督、主演男優賞は男優)の投票であるが、作品賞だけは全会員が候補を選んで投票する。その年の「映画総合優秀賞」として捉えられる。

●アカデミー賞脚本賞(Academy Award for Writing Original Screenplay):アカデミー原案賞から派生した賞。脚本賞はオリジナル(書下ろし)の脚本に与えられる。

●アカデミー賞脚色賞(Academy Award for Writing Adapted Screenplay):小説や舞台劇などから起こされた脚本におくられる賞。また、続編作品も当てはまる。

脚本とは、「演劇や映画のセリフ・動作・舞台装置などを書いた上演のもととなる本」と定義される。脚本と脚色に違いがあるのも知らなかった。

作品賞と脚本賞をダブルで受賞した=全体の企画、構成が良い。セリフの言い回しも良い。様々な立場(監督や俳優や音響など)からの評価も良い。ということだ。

2018年の映画総合優秀賞的な評価を受けた「グリーンブック」だが、アカデミー賞を受賞した際、「ブラック・クランズマン」で作品賞にノミネートされていたスパイク・リー監督やその他メディアから「白人の救世主と魔法の黒人」の迷信をますます広めるものだ。との批判を受け、別の意味で目立ってしまった。

スパイク・リー監督は授賞式後「誰かが誰かを乗せて運転しているときは毎回、俺が負けるんだ。まあ、今回は運転手と客が交代してたけどね」と独特の表現でコメントを残している。これは過去にスパイクリー監督の作品「ドゥ・ザ・ライト・シング」が界隈で絶賛されつつも、作品賞にノミネートさえもされなかったエピソードと、今回の件を皮肉ったコメントだ。1989年に作品賞を受賞したブルース・ベレスフォード監督の「ドライビング・ミス・デイジー」は、「グリーンブック」と同様にアメリカ南部が舞台で、アフリカ系アメリカ人とユダヤ系の人物が出てくる映画だった。



出典:IMDb

映画の題名にもなったグリーンブックは、1936年から1966年までアフリカ系アメリカ人向けの旅行ガイドブックをヴィクター・H・グリーンが創刊・執筆した本の名前だ。当時のアメリカでは、ジム・クロウ法に基づく人種隔離政策の影響もあり、たとえ裕福であっても食事や宿泊を断られるなど、アフリカ系アメリカ人の旅行は困難だった。グリーン氏は1960年で亡くなったが、その後6年間は妻がその意思を引継いで発行していた。(映画の設定は1962年〉グリーン氏は読者から有償で情報を集め、自動車で旅行するアフリカ系アメリカ人の役に立つ情報を収集してガイドブックにしたらしい。ちなみに、このガイドブックはアメリカ南部用ではなく、カナダやメキシコなども含む広範囲をカバーしていた。1966年で発行を止めたのは、1964年に人種差別を禁ずる公民権法が成立し、その必要がなくなったからである。(グリーンブック自体の歴史を調べようと図書館に行ったのだが、該当する書籍は見つからずWikipediaからの引用)



出典:IMDb

「社会へのメッセージ」は映画としては重要なテーマだ。「グリーンブック」の監督、ピーター・ファレリー(以下ファレリー)が得意なジョークを入れつつ、笑いがあって家族でも見れる作品として、今回のような社会性の強いテーマをまとめるのは相当な技術だと思う。



出典:IMdb

ファレリー監督は「メリーに首ったけ」(1998年、日本では1999年)など、多数のコメディ作品を撮っている監督だ。下ネタも入れつつ、シニカルな笑いを取り、でも社会派なメッセージを込めた作風に定評がある。「アカデミー賞を受賞するまではあまり監督として評価されていなかったよ」と本人も言っていたように、ハリウッド娯楽映画の監督という印象だった。

「グリーンブック」が絶賛されている訳

アカデミー賞受賞という分かり易いリボンがついたとはいえ、日本国内での「グリーンブック」の絶賛っぷりはちょっと驚いている。

公開初日に鑑賞した後、「いい話だった」とありきたりな感想を抱いていた。いい話系の映画は1800円払って映画館に足を運ばなくても、自宅で配信やDVDで観ることを選択してしまうことも多い。しかし、今回、映画評を書くにあたり作品を振り返ると、「グリーンブック」は間違いなく映画館で観るべき映画だと強く感じる。

地味目になりそうな、おじさん2人のほっこりロードムービーがヒットしている要因には、3つポイントがある。

①脚本=構成がオーソドックス

②おじさんから感じる昭和的ノスタルジー

③映画館映えする楽曲と音

以後、それぞれについて考察していく。

①脚本=構成がオーソドックス

「グリーンブック」のあらすじ。
『1960年代の人種差別が色濃く残るアメリカ南部。天才ジャズピアニストのアフリカ系アメリカ人ドクター・シャーリー(以下ドクター)とクラブで用心棒を務めるイタリア系アメリカ人トニー・バレロンガ(以下トニー)がコンサートツアーを続ける中で生まれた、2人のおじさんの友情を描いたロードムービー』

物語の構成要素はいたってシンプルである。

・二人が出会うまでのプロローグ

・コンサートツアーで町を巡るメインパート

・クリスマスのエピローグ

全編にわたって主要な登場人物は、ほぼ2人で進んでいくので、覚えることが少ない。この点は映画を観るときに意外と重要だと思う。登場人物が沢山いて、背景や設定、関係性や伏線が張り巡らされていると、映画の世界に入り込むまでに体力を使う。飽きられるか、すっと浸れるかは表裏一体だが、「グリーンブック」はテンポが良く観ている側が迷子にならない映画だ。

それぞれの場面を紐解くと、

プロローグ

用心棒のトニー、天才ピアニストのドクターについて、ナレーションを一切使わずにエピソードと立ち振る舞いでキャラクターを伝える。導入部がダラダラとしてしまうと観客は作品に入り込めない。

冒頭、重鎮に取り入られる場面でトニーは腕っぷしが強い切れ者だと印象をつける。そして、自宅でアフリカ系アメリカ人の作業員が使ったコップを洗わないでごみ箱に捨てることで、彼は人種差別主義者だと観客に印象を与える。

プロローグは、舞台設定、キャラクター、目的を整理して、わかりやすく映画の方向性を導いてくれる。

メインパート

2人で旅に出る道中は、
「移動」~「ピアノ・コンサート」~「移動」
を繰り返す。



出典:IMDb

このシンプルな構成の繰り返しは、RPGゲームのようだ。ロードムービーだと移動中の画に展開がなくなってしまいがちだが、テンポよくエピソードを乗り越えていくことで観客の飽きを回避している。

●1番目の町:トニーはドクターのピアノを初めて聞き、感銘を受ける。この場面はシンプルにピアノを聞かせてくれる。

●2番目の町:違うピアノが用意されてしまうトラブルが起きる。係員を殴ってスタインウェイ(ドクター指定)のピアノを用意させる。

●3番目の町:夜一人で出歩いたチャーリーがバーで白人に暴行される。トニーが駆けつけて解決する。

●4番目の町:ドクターが警察に捕まる。その警官をトニーが買収する。

●5番目の町:移動中に尋問してきた警官をトニーが殴ってしまう。収監されるも、ドクターの旧友に頼んで開放してもらう。

●6番目の町:会場のレストランでひどい扱いを受けて、演奏を拒否する。代わりに地元のバーでピアノを演奏する。

それぞれの町で1つエピソードが入り、そのエピソードをきっちり回収することで2人の距離感が狭まっていく。

流れていく物語をすーっと追っているだけで、観客は映画の世界に浸ることが出来る。

エピローグ

最後の町アラバマ州バーミンガムでツアーを終わらせた後、雪が降る中夜通し運転してクリスマスのニューヨークに帰る。ちなみに、バーミンガム~ニューヨーク間の距離は約1000マイル(1600キロ)日本だと博多ー盛岡間くらいの距離で、今Googleマップで調べても20時間弱かかる。

家についたトニーは、「家族に会って行け」とドクターを誘う。しかし、ドクターは自宅に帰ってしまう。ここで、「トニー! ドクターを迎えに行ってくれ!」と思ったところで、ドクターが「メリークリスマス」とトニーの家に現れる。

劇中にトニーがドクターに言った

「寂しいときは自分から先に手を打たなきゃ」
You know, the world’s full of lonely people afraid to make the first move.

という伏線を最後に回収して、丁寧に観客の期待に応える最後を締める。

こういうファレリー監督の細かい演出に気づくと、もう一度映画館に行きたくなってしまう。

②2人のおじさんから感じる昭和的ノスタルジー

数ある「グリーンブック」関連の感想ツイートで「それな!」と思ったのが、「グリーンブック」はこち亀こと「こちら葛飾区亀有公園前派出所」的なロードムービーに、日本人がノスタルジーに浸っているのではないか説。である。

「こじつけすぎ!」と冷笑されそうだが、ガサツで兄貴肌で下町気質で頼りがいがあるトニーは、両津勘吉に見えてくるし、ドクターは、おぼっちゃまで世間知らずの中川にも見えてくる(このくだりは、僕の好きなとある方のツイッターから拝借)

大御所に取り入るためにクロークに預けた帽子を隠し持っていたり、家族の生活のためにホットドックの大食いで戦ったり、どこかで見たことがあるような……といったシーンが盛りだくさんだった。



出典:IMDb

そんな下町の兄貴分と孤独な天才ピアニスト2人の物語「グリーンブック」は人種差別をテーマとしたと捉えられているが、

ドクターの叫び、
「私が完全な黒人じゃなくて、完全な白人でもなくて、完全な人間でもなかったら一体私は何者なんだ?!」

トニーの言葉、
「世界は複雑なんだ」

この2つの言葉こそがファレリー監督が「グリーンブック」に込めたメッセージだと僕は思う。



出典:IMDb

当時の感覚としては、アメリカ南部は白人か黒人かに分断された世界だったのかもしれない。ファミリー(イタリア系なのでまさに)に囲まれたトニーと、富と名声を得たが孤独だったドクターが、雇い主と雇われ人という関係から、お互いの素の部分をぶつけ合いつつ歩み寄ることで、人種だけでなく立場や環境を超えて、2人の間にかけがえのない関係性が生まれていく。

人種差別への知見がそこまで高くなかった観客(日本や中国などのアジア圏はまさに)が少しずつ学び、そして多様性と個人の関係づくりの大切さを感じる作品だった。

その2人の関係性を引き立ててくれているのが2人の名優だ。

この脚本を見つけて、ファレリー監督は映画化の話をプロダクションに持ち込んだそうだが、ほとんどのプロダクションが受けてくれなかった。そんな中、まだ映画化が決まる前に、ファレリー監督はトニー役のヴィゴ・モーテンセン(以後モーテンセン)に熱烈にオファーをして口説いた。モーテンセンが引き受けてくれたことで、マハーシャラ・アリ(以後アリ)もドクター役を引き受けてくれた。

キャメロンディアスやジム・キャリーなど、ビックスターが駆け出しのころに起用してきたファレリー監督は配役にこだわる監督なのだとこのエピソードからもわかる。

トニー役のモーテンセンはかっぷくの良い風貌だが、過去には「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役のようにインテリでイケメンな役柄をやっている。2つを比べるとその風貌の違いに驚く。



出典:IMDb



出典:IMDb

ドクター役のマハーシャラ・アリもドンピシャの配役だった。「ムーンライト」に続き、ここ2年で2度目のアカデミー賞助演男優賞を受賞している。現在日本で同時期に公開している「アリー・バトルエンジェル」、「スパイダーマン: スパイダーバース」にも起用されている売れに売れている俳優だ。



出典:IMDb

ドクターは途中まで感情をほぼ出さない人物だったが、徐々にトニーとの距離が詰まってきて笑顔を見せてくれる。
その微妙な表情の変化で、孤高の天才だったドクターを嫌味なく、愛されるキャラクターに昇華させる名演技を見せてくれた。



出典:IMDb

③映画館映えする楽曲と音

①で構成力、②で演者2人の関係性について触れたが、この2つだけでは、「配信やDVDで自宅でゆっくり見れば良いかも……」となりがちだ。

「グリーンブック」は映画館で観た方が絶対良いよ! と言わしめるのは、この2つに加えて劇中でピアノを弾くシーンの音が最高に良かったからである。



出典:IMDb

2018年にヒットした「ボヘミアン・ラプソティ」、「グレイテスト・ショーマン」も映画館で観るべき理由として映画館ならではの音の体験が重要な要素だった。

配信系サービスがこれだけ発達し、いつでも好きな時間に低価格で映画が見れる時代に、1800円(大人料金)払って映画館で観るべき価値とは、

●大画面だからこそ映える迫力ある画
●雑音が無い中で感じる高品質な音

このどちらかが無いと、映画館で観るべき映画の価値は生まれづらい。「グリーンブック」は最高の音で聞かせるピアノのシーンがあったからこそ、映画館で観るべき価値だった。これがピアニストではなく、画家や彫刻家などのアーティストだった場合、もちろん良い物語にはなるが映画館で観るべきまでのモチベーションにはならなかった。サントラもDrシャーリーのアルバムも最高なのでおススメ。

また、劇中ドクターがピアノを弾いているシーンが最高だった。



出典:IMDb

幼少期から中学校卒業まで10年弱ピアノを習っていた経験もあるので、指の動きがぎこちないか? くらいはわかる。「もしかしてアリ、ピアノやってた?」と思わせるくらい素晴らしいシーンがたくさんあった。

後々、監督のインタビューを調べると、実は、ドクターがピアノを弾いているシーンはピアニストのクリス・バワーズが演じたものに、アリの顔だけCGで合成したらしい。テクノロジーの使い方が秀逸である。ここまで丁寧に作りこんでくれると観客はその世界に没入できる。

また、コンサートツアーはクラッシック曲がメインだったが、ジャズのピアノセッションを期待していたら、ラストに地元のバーに置いてあるボロボロのピアノでショパンのエチュード「木枯らし」を弾いた後、観客の期待に応えるように地元のジャズバンドとドクターがピアノセッションをしてくれた。何回も言うが、ファレリー監督はきちんと観客の期待をわかってくれている監督だ。



出典:IMDb

ちょっとおまけのエピソード

ここまで、3つの視点で「グリーンブック」が絶賛される理由について書いてきたが、余談として触れておきたいエピソードをいくつか紹介したい。

実は、「グリーンブック」のタイトル案は二転三転していた。

脚本を書いている時点では、「Love Letters to Dolores(ドロレスへのラブレター)」がタイトルだったらしいし、スタジオ側からは「グリーンブック」という名前ではわかりづらいから、「ルール・オブ・ザ・ロード」に変更する案が出た。

タイトル名の「グリーンブック」へのこだわりは、ファレリー監督が一番強かったというエピソードが残っている。

監督は、この「グリーンブック」というタイトルにちなんで、劇中の車のカラーをエメラルドグリーンにたり、翡翠(ヒスイ)の石をキーアイテムとしたり、「グリーン」を映画のイメージカラーとして観客に意識付けする演出も入れていた。

トニーの妻ドロレスへの手紙をドクターが書くやり取りや、フライドチキンをトニーが勧めるシーンも印象的だった。



出典:IMDb



出典:IMDb

ここにもファレリー監督のメッセージが隠されている。

ドクターが手紙を書くシーンは、60年代の黒人が情緒的な文章を書けるはずはないという当時の差別意識を入れつつ、最後にドロレスがドクターにこそっとお礼を言うところでそのメッセージをきちんと回収する。

フライドチキンのシーンに関しても、黒人差別を想起させる食べ物を、あえてイタリア系アメリカ人トニーの好物として登場させた。

……フライドチキンが人種差別の隠語だという話は5年くらい前、プロゴルファーのタイガーウッズに対してスペイン系のゴルファーが「彼にフライドチキンを出すよ」と答えて騒動になったことでも有名な話だ。

最後に、僕がこの作品を心から愛したのは、脚本賞を取ったニック・バレロンガ(以下ニック)のエピソードを知ったからだ。(写真一番左がニック)



出典:IMDb

「グリーンブック」は史実を元に脚本を作った物語だ。その題材となったのは、脚本のニックの実の父であるトニー・バレロンガである。

「グリーンブック」は、ニックが5歳くらいの頃、父トニーがドクターと1年少々(映画では2か月になっているが)旅に出た時の記憶がきっかけだった。

ニックは高校生のころから、父トニーとドクターにインタビューをして、映画化に向けて素材を集めていたらしい。

ニックの脚本家デビューが1993年だから、そこから映画公開の2018年まで25年。

「企画、温めすぎだろ!」ってツッコミが入りそうだが、ニックはドクターから亡くなるまでは映画化はしないでくれとつてられていたらしい。トニーとドクターが2013年に亡くなり、そこから最高スタッフとチームを組んで、ニックは亡き父とドクターにアカデミー賞という最高のプレゼントをした。

ファレリー監督のインタビューや、モーテンセンとアリの対談インタビューなど「グリーンブック」に関する情報はたくさんあるが、脚本原案のニックへのインタビューがあまりなかったのが少し残念である。

ニックの脚本の原案にファレリー監督は魅了された。そして、モーテンセンがオファーを受けたきっかけもこの脚本だった。父のエピソードを数十年間温めて、世の中に出してアカデミー賞を取る。

現実は、映画よりも希なりだ。

ちょっと個人的な振り返りをひとつ。

昨年から、映画評やマーケティング関連に関して書く際に、定期的にツイートしている僕の中の格言中の格言「物書きは調べることが9割9分5厘6毛」(田中泰延さんの明日のライターゼミのタイトル)という言葉と同義の考え方を主演のトニー役、モーテンセンがインタビューで語っていて驚いた。

「役作りにおいて、僕らは収集するのが好きだ。ありとあらゆる情報を集める。脚本に書かれているキャラクター情報よりも、遥かに大量の知識を蓄えておく。そして、演技を始めると必要なものが見えてくる。だが、ほとんどの情報は実際には使用しない。お互い(モーテンセン自身とアリのこと)が大量の情報を蓄えていると、お互いリラックスができる。相手の言葉に耳を傾けることが出来る。その時、魔法が起きる。」

「グリーンブック」について調べて、調べて、調べて、書くことで、僕もトニーとドクターから人生に大切なことを教わった。映画は、僕らのロード―ムービーみたいな人生をふとした時に、豊かにしてくれる。

 

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