子どもと映画館にいくのが好きです。
いつもより真剣な顔の息子。大きな画面が恐いのか、時々ふりむいて映写機の光を確認したりする。ここが山場かなという場面では目を輝かせている。帰り際の「おもしろかった?」に「うん!」。2時間程度なのに子どもの成長を感じられて、一緒にみてよかった! 瞬間なのであります。
子どもと楽しむ魂胆で選んだ「映画ドラえもん のび太の月面探査記」。脚本が直木賞作家辻村深月(つじむらみづき)ということで脚本をベースにした小説版も出ています。映画だけだと大人には消化不良気味になる部分が補完されてもっと楽しめます。ご覧になった方、これからご覧になる方、是非小説版も読んでみてください。ハードカバー版は装丁も素敵です。フリガナが多い「キッズ文庫版」もあるのでお子さんと一緒に楽しみたい方にはオススメ。
順番としては映画→小説がいいんじゃないでしょうか。僕はこの流れでとんでもなく感動しました。
さいごに、
このえいがは、5さいのむすこがおもしろいといったのでおもしろいです。
おわり
……そうもいきません。せっせと書いて味噌・醤油代を稼がなくてはなりません。とうちゃんがんばるぞ!
今回は具体的な結末に触れるネタバレなしでいきます。
それでは、どうぞ。
出典:映画.com
Fイズムを継承し続ける大ヒットシリーズ
映画ドラえもんは今作が39作目(2006年のフルCG「STAND BY ME ドラえもん」は未カウント)。第一作は1980年公開「ドラえもん のび太の恐竜」。2005年をのぞき毎年公開されていますが興行収入が20億円を割ったことがないというオバケシリーズなんですね。一般社団法人日本映画製作者連盟が発表している歴代の興行(配給)収入の上位作品データから過去38作品分をまとめてみました。
誰しも印象的な作品があるはず。僕は1992年「のび太と雲の王国」で、ラストのドラえもんが突っ込むシーンでおいおい泣きました。
出典:Amazon
国民的アニメといわれるだけあり、みんなにとって「ドラえもんの映画とはこういうものだ」があると思うんですよね。ジャイアンがいいやつとか、出木杉くんが最初に秀才な解説してその後一切でないとか(この扱いでクレームつけないんだから人間できすぎくんですよ……)。王道を踏襲しながら毎年変化をつけるのは、大変です。
ドラえもんの「王道」とは、もちろん藤子・F・不二雄先生(以下、F先生)です。1997年「ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記」まではF先生が原作「大長編ドラえもん」の漫画を描き、映画版では脚本もつとめています。
何より子どもたちが楽しめることを大切にしていた、F先生。
子どもの映画というのは、子どもの鑑賞に耐えうる映画でないといけないんですよ。よく大人の鑑賞に耐えうる映画と言われますが、子どもの鑑賞に耐えうる映画というのも、これで作ろうと思えばなかなか難しいものです。ちょっとダレると、たちまち劇場の中が運動会になっちゃいますから。
映画ドラえもん のび太の月面探査記パンフレットより
「たちまち劇場の中が運動会になっちゃう」。……ほんとうにそうなんですよね(笑)
今作は上映が1時間51分ですが、黙って見てくれるってすごいことです。映画ドラえもんは、物語にいくつかの要素が絡むことが多い。テンポが良すぎて少しわかりづらさもあるんですが、子どもが飽きないようにしているんだとすれば、なるほどと思えます。
まず子どもが楽しめるように。そして、科学の知識を分かりやすくつたえる。F先生は「SF」を「サイエンスフィクション」ではなく「すこしふしぎ」と呼んでいました。子どもたちにとって、たのしく、ふしぎで、わかりやすい。これがFイズムとも呼べる要素。今作はそれが見事に継承されていたと思います。
脚本 辻村深月、監督 八鍬新之介(やくわしんのすけ)のコンビはどのように物語の根幹を作り出していったのでしょうか。
ドラえもん愛が溢れる小説家・監督が作り上げた物語
物語は月面からはじまります。
月面探査機「なよたけ(竹取物語のなよ竹のかぐや姫が由来)」が白い影をとらえた直後に破壊されたというニュースを見たのび太。月見台小学校5年3組の教室で「あれは月のウサギなんだ!」と主張するも、ジャイアン・スネ夫、クラスメイトの笑いものに。
出典:映画.com
悔しがるのび太を見かねたドラえもんは「異説クラブメンバーズバッジ」を4次元ポケットから取り出します。天動説や地球空洞説など長年信じられている「異説」を現実にしてくれる不思議なバッジです。道具の力で「空気があって、生き物が住める!」ようになった月の裏側に自分たちの国「ウサギ王国」を作ることに決めたドラえもんとのび太。水・植物など環境をととのえ、月の生き物「ムービット」を創造し王国の成長を待つことにした2人は地球へかえることに。
翌日、のび太のクラスに不思議な転校生「ルカ」がやってくる。
出典:映画.com 中央の帽子を被った少年がルカ。
ルカはタケコプターがなくても空を自由にとんだり、物を自在にあやつる力を持っているみたいですが隠しています。ひょんなことからルカはのび太たちと一緒に「ウサギ王国」に行くことになり……。その後、ルカの秘密や、ルカを狙う遠い銀河の星「カグヤ星」の存在が明らかになり、のび太たちの大冒険が幕を開ける……。
といった具合に進んでいきます。
あらためて紹介しますが、脚本は2012年『鍵のない夢を見る(文藝春秋)』で直木賞を受賞した辻村深月。女流作家が単独で映画ドラえもんの脚本を手掛けるのは初めてです。
辻村さんは昔からF先生の大ファン。2005年『凍りのくじら(講談社ノベルス)』では、各章のタイトルを「どこでもドア」や「四次元ポケット」といったドラえもんのひみつ道具からつけるほどです。数年前に映画ドラえもんの脚本の依頼があったものの、その時は断ったそう。しかし今作は「この監督となら!」と引き受けたんだとか。
それが、八鍬新之介監督。2005年からドラえもんの制作に関わっており、2005年「ドラえもん 新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜」、2016年「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」で監督をつとめ、過去作のリメイクではないオリジナル作品としては初めての監督です。
八鍬監督もドラえもんやF先生へのリスペクトが強い人だと思います。
監督した過去2作、のび太の部屋の机の上に「恐竜」の模型が置いてありました。今作では壁のポスターが「恐竜」。映画第一作「のび太の恐竜」へのオマージュというか敬意なんだと思います。
また、同じくのび太の部屋。「新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜」と今作では一作前を感じさせるアイテムを配置しています。「大魔境」では前作「のび太の宇宙英雄記」に登場する銀河防衛隊のシールが。今作では2018年「のび太の宝島」に登場する帆船の模型や物語のモチーフとなったロバート・ルイス・スティーヴンソンの『宝島』と思われる本が置いてありました。
ドラえもんの歴史の中に今作があることを大切にしているんですよね。
出典:映画.com 八鍬監督の映画ドラえもんデビュー作
ドラえもん公式サイト「ドラえもんチャンネル」に辻村さんと八鍬監督の対談がアップされているのですが、2人のドラえもん愛が炸裂していますので是非読んでみてください。
2人が作り上げた物語の舞台が「月」。月は過去38作でも一度も舞台になっていません、今年が初めて。
F先生は
「ドラえもん」のシリーズには、ひとつの大原則があります。それは、ドラえもんのポケットからどんなすごいひみつ道具が出て、どんなすごい事件が起きても、身の回りの世界にはほとんど影響を残さないことです。
(中略)
この原則は、映画原作の長編ドラえもんにもはてはまります。
(中略)
のび太のご近所に迷惑をかけたような大騒動はひとつもありません。
MyFirst BIG『大長編ドラえもん のび太と鉄人兵団』(小学館 2016年)巻末掲載の藤子・F・語録より
と語っています。
この原則に当てはめると月は実際に存在しているし、大騒動が起きれば現実世界への影響は免れません。実際、F先生も月での大長編は書いていない。そこに挑戦し、はじめて成立させた。「マンネリを嫌った」とされるF先生の考えを2人が継承していることを感じます。
月という舞台を成立させたのがひみつ道具「異説クラブメンバーズバッジ」。『てんとう虫コミックス ドラえもん(小学館) 』の23巻に登場しています。原作では「地球空洞説」を現実にし、地下に王国を築くお話でした。この設定を月に持ち込んだわけです。ちなみに「ウサギ王国」の住民となる「ムービット」や「ウサギ怪獣」のデザインも原作での地底人をもとにしています。原作の「地底国」という設定は月の地下空間に…という設定にも反映されていますね。
辻村さんは
「F先生だったらどうしたのかな?」ということは、いくら考えても絶対にわからない。けれど私はファンなので「F先生だったらこれはやらない」ということの方ならわかる気がしました。だからF先生がやらないことは私も絶対にやらない。
映画ドラえもん のび太の月面探査記パンフレットより
と語っています。
F先生への敬意をもち、原作・過去作への愛に溢れる2人が「地球と月」のように互いに影響を与えながら作り上げていったんですね。
対談で辻村さんが映画ドラえもんに求められるのは「変わらないけど新しい」という趣旨を語っているのですが、見事にその言葉通りの作品になっていると思います。
心象と想像力が結実した美術とそれを支える音楽
今作は、美術・デザインも印象的。
街角のクリエイティブでエンタメ新党を連載されている田中泰延さんは小説家の特徴を「頭の中を見てきて見たことを書く」ことであると言われていました。頭に浮かんだ映像をそのまま読者の頭に浮かばせるために言葉を使う職業であると。今作の印象的なシーンのいくつかは、小説家辻村深月の情景描写がベースになっているのだろうなと思います。
出典:映画.com
たとえば、のび太がはじめてルカと出会うシーン。
小説版だと
夜のブルーと、夕方のオレンジ色が混ざり合った夕暮れ時の空
(中略)
電波塔の下に行くと、ママの言った通り、一面のススキ野原が広がっていた。風にそよぐ時、月の光を受けた穂のすべてが小金色に輝いて見えた。
(中略)
ただ、木々から落ちた紅葉の葉っぱが数枚、ひらひら、静かに落ちていただけ。
となっています。
小説版を書いたのは脚本完成後、八鍬監督の書いた絵コンテを見ながらだと言っているので、すべてが辻村さんの心象風景だとは言いきれません。しかし、小説家ならではの描写が美術面を魅力的にしているのは間違いないでしょう。
出典:映画.com スネ夫の名シーンのひとつですね
エモいと話題になったポスターの元シーンも、スネ夫の気持ちと風景とがリンクしていてとても印象的でした。
一方で、子ども映画ならではのワクワクする描写もたくさんあって、特にいいなあと思ったのが「ウサギ王国」。
「月」「ウサギ」から連想されるモチーフが組み合わされた「ウサギ王国」。竹の骨組みに餅レンガや餅コンクリートで作られた建物を照らす人参ライト。「千と千尋の神隠し」のようでもあり、「チャーリーとチョコレート工場」などのティム・バートン作品から毒っけを抜いたようでもあり、気持ちよく浸っていられました。
フィクションをフィクションとして浸れるのはアニメならではだと思います。CGが進歩しすぎると、SFでありがなら現実の延長になっているような感じがあって、悪くはないんですけど「う~ん」となってしまうことも多いんですよね。フィクションとして気持ちよくだましてほしいんだよなーと。
「千と千尋の神隠し」の釜じいなんかまさにそれで、アニメだから気持ちよさが出る。CGでリアルになったんじゃ台無しだと思うんですよね……、気持ち悪いだけで。
出典:IMDb 実写版釜じいは見たくない……。
「ウサギ王国」には想像上のフィクションだからこそ成立するワクワクが詰まっていました。八鍬監督、美術スタッフありがとう! という気持ちです。
美術の気持ち良さを高める存在として劇伴もすごく良いです。前作「のび太の宝島」から引き続いて服部隆之が担当。服部さんは三谷幸喜の舞台「オケピ!」の音楽監督やテレビドラマ「のだめカンタービレ」「半沢直樹」「陸王」などを幅広く手がけています。今作でもオーケストラを活かした質実剛健な劇伴で、SFでありファンタジーでもある物語をしっかりと支えていました。
ルカが教えてくれる「忘れる」の大切さと「忘れないこと」
出典:映画.com
キャッチコピーにもなっている通り、今作の大きなテーマは「想像力」。異説という想像力の賜物に生み出された「ウサギ王国」や仲間への思いやりもまた想像力なんですよね。
小説版を読むと分かるんですが、もうひとつ大きなテーマがあります。それが、「忘れる」。ラストのルカたちの決断にも「忘れる」が関連しています。
中盤でルカは永遠の命を持っている存在だと明かされます。子どものまま成長がとまり、すべての感覚・記憶をもったまま生きつづける。良いことばかりじゃない。悲しい出来事や辛い記憶も、その時の痛みのまま持ちつづけるのです。
小説内では「永遠の孤独」と表現されています。
何ひとつ忘れることなく残り続けるのであれば、どの記憶・感情にも意味はないのかもしれません。「忘れる」ことを通じて「忘れない」出来事や感情の大切さを感じ続けていられるのではないでしょうか。
糸井重里さんが東日本大震災から8年経った2019年3月11日の翌日、忘れるについて以下のように書かれていました。(現在は更新されて読むことはできません)
「忘れない」と「忘れられない」そして「忘れないで」、そういうことばがずっと繰り返されてきたけれど、もう「忘れないことは忘れないよね」と、自信を持ってしまったほうがいいのではないか。
だから、「忘れたほうがいいことは忘れよう」と、あらためてじぶんに言い聞かせているようでした。
ほぼ日刊イトイ新聞 2019年3月12日「今日のダーリン」より
「風化させない」「忘れない」をたくさん目にする3月。国民的アニメを通じて「忘却が希望になることもある」というメッセージがたくさんの親子に発信される。とっても意味があるように思えます。もちろん辻村さんがどこまで意図していたかは分かりません。
ルカとのび太たちがどのような決断をしたのか、それを是非劇場で確かめてみてください。
子どもも大人も楽しめる。言葉でいうのは簡単ですが、ほんとうに親子で心から楽しめる作品です。
僕の息子は、父親とドラえもんを見たことなんて忘れるかもしれない。しかし、感じたワクワクが残り続けてくれればそれでいいと思います。僕はといえば、お風呂で彼が言った「パパ、月の裏側に行ってみたいねえ」を一生忘れることはないでしょう。
長々と書きましたが、言いたいことはおなじです。
このえいがは、5さいのむすこがおもしろいといったのでおもしろいです。
おわり
—
このコラムについてみんなで語り合えるオンラインコミュニティ「街クリ映画部」会員募集中です。また、コラムの新着情報をオリジナルの編集後記とともにLINE@で無料配信中です。こちらから「友だち追加」をお願い致します。
[イラスト]ダニエル