チョコ食べてますかー!
こんにちは。豆好き・チョコ好き・あんこ好きの校閲レディmameです。
人生は決断の連続、とよく言われますよね。とはいえ、平凡に生きているわたしの場合、「今日のランチはパスタにしようか、唐揚げ定食にしようか。納豆はつけようか、いや、そもそもランチを食べているヒマはあるのかしら。そのために、朝からあんこを食べたんじゃなかったっけ? まぁ、いっか」で終わってしまう……。
朝からおいしいものに手を出してしまった。 pic.twitter.com/mzOXUGpiER
— mame3@韓国映画ファン (@yymame33) January 28, 2019
今回ご紹介する映画『喜望峰の風に乗せて』は、とある炎上事件の裏側で何が起きていたのかを追体験する物語です。主人公はドナルド・クローハースト。世界初の無寄港世界一周ヨットレースに挑戦したイギリス人の実話がベースになっています。
出典:IMDb
夢と野望を胸に突き進む主人公を演じるのは、コリン・ファース。得意のチャーミングなスマイルで周囲を巻き込みながら、レースへと向かいます。
「夢があるって、ステキ!!!」
「思い立ったら即、行動。エライ!!!」
と、いまの日本なら絶賛されそうな“ブランド人”を目指した男の航海ですが、そんなキレイゴトではなかった!
冒険に危険はつきものとはいえ、選択を誤まれば命を落とす可能性だってあります。そこでこのコラムでは、クローハーストの航海を紐解きながら、「チャレンジに必要なものは?」「チームに求められることって?」を考えてみたいと思います。
人生を航海にたとえた中島みゆきの名曲「宙船」にのせて、いってみましょう!
その船を、お前の手で漕いでゆけ!
ドナルド・クローハーストの挑戦は、イギリスでは「ドナルド・クローハースト事件」としてドラマや小説になるほど、社会に衝撃を与えたそうです。2006年には彼が残した膨大な航海日誌を基に、ドキュメンタリー映画『Deep Water』も制作されています。たしかに、航海の最中だけでなく、出発前から「究極の選択」を求められることばかり発生するので、とてもドラマチックではあります。
ですが、最初に告白しておきます。わたしは「クローハースト事件」なるものを知らず、「ヨットレースの映画」だと思って観に行きました。来年はオリンピックだし、ヨットに詳しくなっておけば、いいかっこできるかも? なんてことを考えておりました。だから、
という話を期待していたのです。
わたしの中でヨットといえば、『太陽がいっぱい』。
出典:IMDb
レースとはいえ、こんな感じの話なんでしょ?
出典:IMDb
はい、全然違いました。
監督はジェームズ・マーシュ。前作『博士と彼女のセオリー』でも実在の人物であるスティーヴン・ホーキング博士を描いていましたね。動けない・声が出ない人物を、あれだけ生き生きと描写した監督ですもん。そんな単純な話であるわけがなかった。
教訓。邦題とポスターのイメージで映画を判断してはいけません。
出典:IMDb
(余談ですが、このポスターは何度見ても不思議です。妻のクレアを演じたレイチェル・ワイズだって「ナイロビの蜂」でアカデミー助演女優賞を受賞しているのに。「ハリー・ポッター」シリーズでルーピン先生を好演したデヴィッド・シューリスだって出ているのに。なぜにこの扱い?)
というわけで、本題へ。
映画の主人公、ドナルド・クローハーストは、電気技師であり、発明家でもある、今でいうベンチャー企業の社長です。起業はしたけれど、発明品がさっぱり売れない。資金繰りに行き詰まった彼は、ヨットレースに出場することを思いつきます。
その名も、「ゴールデン・グローブ・レース」。イギリスのサンデータイムズ紙がスポンサーとなり、1968年に開催されました。優勝賞金は5000ポンド。現代のお金に換算すると、約4000万円です!
イギリスを出発して大西洋を南下し、アフリカ大陸の喜望峰をまわって南氷洋(南極海)をぐるりと一周。南アメリカ大陸の南端を曲がって大西洋を北上し、イギリスに戻ってくる、というコースです。
1968年の6月1日から10月31日までの間に出発して、帰ってくるまでの日数を競います。
出典:Wikipedia
世界で初めての「単独無寄港世界一周レース」ということもあって注目度も高く、9人が参加しますが、リタイアする人が続出。おかげでその後、同様のレースは1982年まで開催されませんでした。
レースへの出場を決めて以降、なぜか自信満々で優勝する気でいるクローハーストですが、「無寄港」とは、「どこにも寄り道しない」という意味ではありません。「寄り道、ダメ、ぜったい!」ということ。そんな過酷なレースに挑戦できるほど、彼が熟練のセーラーだったかというと、とんでもない! ほぼ素人なんです。
たとえていうなら、「毎週、区民プールで泳いでるよ♪」というレベルの人が、海峡横断遠泳大会に出るようなものでしょうか。
これだけでも「きみ、マジ?」と言いたくなりますが、まだ早いですよ。
準備としては、飲料水や食物だけでなく、途中で故障した時のために、予備の部品や修理器具を積み込みます。まさしく寝る場所もないほどの荷物を用意して、ヨットの整備も完璧にして、それでもなんとか帰って来られるかどうかという挑戦。
ですが、クローハーストの船は。
浸水する船だったのです!!!
出典:IMDb
この段階で。レースに出場する。それとも、あきらめる。
あなたなら、どうする?
でも、クローハーストにはレースに参加せざるを得ない大きな理由があったのです。
その船は今どこで、ボロボロで進んでいるのか?
「パッキンを取り寄せてるから、もう少し待て」と言われたのに、クローハーストは出発してしまいます。なぜなら、期限が迫っていたから。6月の予定が7月になり、8月になり、デッドラインの10月31日になったため、とにかく出港してしまうのです。
その結果、船上で彼は。
晴れの日は、バケツで船底の水かき。
嵐の日は、キャビンで柱にしがみつく。
という生活を送ります。ヨットといえば、風まかせの優雅な遊びと思っている方がいたら、それは誤解です(わたしだけか)。ヨットは、推進力を最大化するために風と海流を利用する、知識と技術を駆使したスポーツなんです。
なのに、クローハーストはというと、セーラーとしてはずぶの素人。出発してヨーロッパ近海を進んでいる間は偏西風に乗って進むことができますが、赤道付近まで来ると風向きも海流も変わってしまいます。そこを乗り切る技術なんて、あるわけがない!
彼を苦しめたのは、当たり前といえば当たり前ですが、「風」でした。
ここで、ちょっと地理のお話を。
地球は軸が傾いた状態で自転しているため、赤道付近をはさんで低緯度に向かう風が吹いています。ですが、中緯度高圧帯である35度から30度の地域は風が穏やかになる場所で、「馬の緯度」と呼ばれています。
その昔、スペインの帆船が無風のために立ち往生し、積荷である馬を海に捨てたという逸話から来ているのだとか。そんな、プロの水夫でさえ苦労した難所。もう嫌な予感しかありません。
風に乗って大西洋までやってきたクローハーストの船は、吹き返しの南風に合い、北上してしまいます。つまり、元に戻ってる! 他の選手の順調な旅が無線で知らされる一方で、自分の船は次々に、あちこちが壊れていきます。
彼はどうしても5000ポンドを手に入れたいのです。妻にはもっと大きな家をプレゼントしたいし、子どもたちからは「パパ、かっこいー!」と言われたい。船をつくる費用も借金しているし、何より地元の期待が大! 夢にまで見た金と名誉。でも、現実にあるのはおんぼろヨットとバケツだけ。
この段階で。レースを続行する。それとも、あきらめる。
あなたなら、どうする?
追い詰められて焦ったクローハーストの選択は……。
現在地を虚偽報告することでした。
舞い上がるその時を忘れているのか?
クローハーストは悩んだ末、“密室犯罪”を画策します。実際には、見渡す限り海しかないひろびろ〜とした場所にいるのですが、現代のようにGPSのない時代。大海原でひとりぼっち、ということはつまり、正確な位置は自分にしか分かりません。
文字通り「机上の計算」で位置を算出したせいで、うっかり世界最速の新記録を出してしまうのです。その知らせを聞いて、沸き返る故郷の町。「イルカも息が切れて追いつけないスピード」と、新聞の一面を飾ってしまいます。後に引けなくなって、息子に「喜望峰を通過するぞ!」と報告する始末。
ここでもう一度、ちょっと地理のお話を。
「喜望峰って、アフリカ大陸の一番先っちょのあそこでしょ?」と思った方。
いえいえ、違うんですよ。
アフリカ大陸の最南端はアグラス岬。喜望峰は“アフリカ大陸最南西端”なんです!
正直に言って、「(ビミョー)」という気がしますよね。では、なぜ最南端ではなく、最南西端の方が有名なのでしょうか?
実は喜望峰を最初に“発見”したのは、1488年、ポルトガルの探検隊でした。インドへの航路を探してアフリカ大陸に沿って南下中に、嵐で漂流。幾日もかけて陸地を探した、といういわくつきのエリアなんです。
漂流している間に通り過ぎていたのが“アグラス岬”でした。そして、人間は「ここの岬でめっちゃ苦労したんだよー!」という方が語りたくなるというもの。
帰国して王に謁見した一行はこの場所を「Cabo des Tormentas(ポルトガル語で“嵐の岬”)」と報告したのですが、東方への道が拓けたことを喜んだ王が「Cabo da Boa Esperança(ポルトガル語で“喜望峰”)」と名付けたから、というあたりが原因のようです。
彼らの発見によって大航海時代の幕が開き、マゼランの人類史上初の世界一周へとつながっていくのです。
歴史のターニングポイントとなった喜望峰には、東から西に流れる海流があるそう。モザンビーク海峡を南下してきた流れは喜望峰で向きを変え、沿岸を西に向かいます。レース参加者の多くも、風と海流に逆らって進むことができずに、ここでギブアップしています。テクニック不足が心配な、われらがクローハーストはというと、期待に違わず、もちろん漂流。
そして、超盛り上がっている故郷の人々から寄せられる期待と、嘘の現在地報告による混乱が彼を襲います。
『ガリヴァー旅行記』の作者ジョナサン・スウィフトは、嘘についてこんな風に語っています。
一つの嘘をつく者は、自分がどんな重荷を背負い込むのかめったに気がつかない。つまり、一つの嘘をとおすために別の嘘を二十発明せねばならない。
そうなんです!
つじつま合わせのため、クローハーストは二十の嘘を発明する必要が出てきました。ですが、思い出してください。彼の船は、せっせと水かきしないと沈んでしまうのです。忙しいのです。バケツ以外、持っているヒマはないのです!
優勝したい。賞金が欲しい。でも、トップになってしまったら、航海日誌を調べられて嘘が全部ばれてしまいます。待っているのは、借金とバッシングと恥辱の日々でしょう。
この段階で。レースを続行する。それとも、あきらめる。
あなたなら、どうする?
クローハーストの選択は、目標の変更です。
こうして、「優勝」から「ビリを狙う」という、もはや目的を見失った航海が始まります。
何が船を動かすんだ?
回想シーンはあるものの、海に出てからは、コリン・ファースがほぼひとり芝居で物語を引っ張っていきます。
コリン・ファースといえば、『英国王のスピーチ』で病を受け入れられずに悩みながらも、なんとか威厳を保とうとするキングが印象的でした。
出典:IMDb
そして、『ブリジット・ジョーンズの日記』はもちろん、『キングスマン』でもそうでした。彼は、何かを大真面目にやればやるほど、コミカルな風味を醸し出すという、稀有な俳優なんです。
出典:IMDb
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この映画でも見せてくれます!
それは、町中の人が見送りに来てくれる出発の日の出来事です。素人とはいえ、あくまでも彼はレースに出場するセーラーです。セーラー服とまではいかなくても、Tシャツに短パンくらいが予想できる衣装ではないでしょうか。
ですが。
なんと。
きっちりネクタイをしめて、正装! でも、その上からオールインワンの黄色い防水スーツを着るのです。なんでやねん? だったら、中はTシャツでよかったんでは。
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さすがはブリティッシュ・ジェントルマン。朝はきっと紅茶を飲んだに違いありません。これからツライ水かき生活が始まることも知らずに……。
ヨットには無線があるので、人と話ができる状況ではありますが、秘密が多すぎるため、腹を割って話すことができません。友と呼べそうなのは、バケツで飼っているオコゼだけ。ある日、オコゼが動かなくなっていたのですが、お腹を見せて浮かんでいる姿を見ても、彼の表情は変わりません。
(オコゼよ、お前もか!!!)
と嘆くこともなければ。
(ウイルソ~~~ン!!!)
と大声で泣くこともない(「ウイルソン」について気になる方は、主演トム・ハンクス、監督ロバート・ゼメキスの『キャスト・アウェイ』を観てみてください)。
また、無線機を直そうとするシーンでは。ハンダが垂れるのにも構わず、作業を続けます。彼の太ももにはたくさんの火傷の跡。熱さを感じる余裕もないのでしょう。
こうした短いカットを積み上げることで、ジェントルマンの変貌が浮き上がってきます。セリフのない、コリン・ファースの演技だけで、徐々に判断力をなくしていく様子が伝わってくるのです。
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実はクローハーストは、出発前夜、「やっぱ、無理じゃね?」と思い直しています。でも、スポンサーたちは、「不安は陸に置いて、海で夢を見ろ」と諭すのです。
“マリッジブルー”に陥った花嫁じゃあるまいし! <彼の孤独は深まるばかりだったのです>なんてナレーションが入りそうなくらい、空回りするクローハースト。
日本人として初めて単独無寄港世界一周航海を果たした堀江謙一さんは、著書の中で「嵐などにあった時、一番怖いのは想像力」と語っています。また、講演では「孤独よりも孤立の方がつらい」とも。
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熱烈に応援してくれるとはいえ、クローハーストの支援者たちはだいぶ配慮に欠けた人たちでした。チームに真実を告げられなかった彼は、「孤独」だったのではなく、「孤立」していたのだといえます。
忍耐の臨界点を超え、自身の想像力から来るネガティブな思考から抜け出せなくなったクローハーストは、海に浮かぶ馬の影を目にします。折しもそこは、「馬の緯度」。名前の由来となった逸話が脳裏をよぎった時、彼の運命が決まったのかもしれません。
お前が消えて喜ぶものにオールをまかせるな
レース終了後、彼の嘘が明らかとなり、一気に炎上します。国中が応援していたヒーローから一転、バッシングを受ける日々。
SNSのない時代ですが、もし現代なら。出身校や住所はもちろん、スーパーでの目撃情報、シャツにケチャップがついていた、靴下に穴が開いていたなどなど、あることないことさらされてしまいそうです。
さんざん持ち上げておいて一気に手のひらを返していたぶる様子は、気持ちのいいものではありません。
やってみたけど、「やっぱ、違ったわ(笑)」と引き返してもいいじゃん。
人生さえあきらめなければ。
いつでも弱音を吐ける環境を作ってあげる。「ナイス・チャレンジ!」と肩をたたく。そんな、失敗を受け入れる器の大きさがあってもいいんでは。
精神的に追い詰められたクローハーストの幻覚の中で、妻のクレアが呼びかけます。
「家に帰りましょう」
出典:IMDb
これこそ、彼自身が一番口にしたかった言葉だったのかもしれません。
海に沈む羅針盤からは「人の夢を否定するヒマがあったら、自分の人生を生きようぜ」という声が聞こえてきそう。「ネガティブな思考に沈んで、やらかしたオレが言うのもなんだけどさ~」となる前に。
笑え! 笑うんだ! クローハースト!
なんて叫びたくなってしまうのです。
そうです。
彼の冒険に足りないのは、「笑い」なのです!!!
この映画は、とある炎上事件の裏側で何が起きていたのかを追体験する物語です。登場人物の誰に共感するかによって見方は大きく変わるでしょう。
「“ブランド人”目指して、日々がんばってるよー」という方はもちろん、机に足の小指をぶつけて泣いている友人を笑ったことがある人は、ぜひ、彼の冒険に触れてみてください。
彼の航海を味わった段階で。彼の嘘を、許す。許さない。
あなたなら、どうする?
人生は決断の連続です。
誰が彼の嘘を責めることができるのでしょうか。誰が邦題にイチャモンをつけることができるのでしょうか。
この映画の原題は「The Mercy」。
「慈悲」という意味です。
出典:IMDb
忘れちゃいけない映画の友
豆好き・チョコ好き・あんこ好きとして、毎回「映画の友」をご紹介したいと思います。「そんなことより、映画の話を!」という西島編集長からのメールには気付かなかったフリをして、今回もいきますよ!
人と風に翻弄されるクローハーストを見ながら、彼にプレゼントしたかったものがありました。
それは、チョコレート。
チョコレートの原料であるカカオには「テオブロミン」という成分がふくまれています。この成分のおかげで、古代からチョコレートは「医薬品」として扱われてきました。
テオブロミンには、脳を活性化してくれる働きがあり、不足すると判断力が鈍ってしまうそう。血流をよくし、自律神経を調整してくれる作用もあるため、リラックス効果も期待できます。
また、「感情の波は6秒がピーク」とよく言われますよね。ネガティブな思いにさらわれそうになったら、チョコをかじりましょう。
そして、6秒待ちましょう。ちょうど、ひとかけらのチョコを食べるくらいの時間です。
あ。赤道付近のヨットでは、溶けちゃうかも。
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[イラスト]ダニエル