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『みかづき』は満月になる途上の月(書評コラム)

高桑のり子 高桑のり子


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三日月

昭和も終わりに近づいた頃、「詰め込み教育」で子供達の尻を叩き続けてきた文部省が、世論の批判が高まったことをキッカケに「ゆとり教育」へと流れを変えました。そして、国家の教育戦略を受け、塾は補習的役割から進学塾へと変わっていきます。

さて、あなたは「詰め込み教育」「ゆとり教育」「脱ゆとり教育」どの時代に生まれましたか?

世代によって学習指導要領が変わることに疑問を感じたことはありますか?

と聞かれて、即答できる人はどれ程いるのでしょうか?

ちなみに私は、いきなりこんな訳のわからない質問をされたら、鼻をほじりながら泣き崩れます。

しかし、『みかづき』はそんな時代の流れを反映させた、戦後から現代に至るまでの教育を「塾」を通して描かれた作品です。


https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41rbZycXHsL.jpg
出典:Amazon

こんな風に書くと、教育論について描かれているような堅苦しさを感じてしまいそうですが、私は堅苦しい小説が苦手なので決してそうではなく、物語の中心は塾業界に携わった家族の物語。

2019年ドラマ化決定! 作者の森絵都さんは私の大好きな小説家!

私が森絵都さんの小説に出会ったのは、高校1年生の頃。『カラフル』という、一度死んだ「僕」が自分が過去に犯した過ちが何なのかを探す「人体ホームステイ修行」(人の体を借りて修行する物語)を描いた作品。この作品をキッカケに、『宇宙のみなしご』『風に舞い上がるビニールシート』『つきのふね』など読み漁りました。

森絵都さんの魅力を語るには、どんな言葉も、優れた語彙も通用しないほど、読後「やばい。すごい・・・」と、想像以上に語彙力のない言葉を呟きながら小一時間放心し、約一週間余り余韻に浸れます。

当時は長編小説や、東野圭吾、伊坂幸太郎など、いかにも「自分、読書してるっす! 伏線大事っす!」みたいな作品が好きで、児童文学は舐めていたのですが、森絵都さんの小説に出会い児童文学の素晴らしさを思い知らされました。

森絵都さんの作品に私が心惹かれるのは、ストーリー展開はもちろんのこと、極悪人や超善人が出てこないところです。全員悪人でお馴染み「アウトレイジ」好きな人には「悪人いないのかよ」と物足りなさを感じてしまうほど、登場人物は皆、ちょっとした弱さを持っている人です。その「ちょっとした弱さ」を見つめ、時にぶつかり合ったり、共感しあったり・・・小さな世界のリアルを感じ、大きな課題について深く考えさせてくれるところが、森絵都作品の素晴らしいところ。

そんな森絵都さんが467ページの長編、しかも教育をテーマに描く作品『みかづき』は、

・2017年本屋大賞第2位
・王様のブランチ ブックアワード2016大賞

を受賞。満を持して2019年1月、ドラマ化が決定しました!

『みかづき』あらすじ

小学校の用務員でありながらいつしか落ちこぼれの子どもたちに勉強を教えるようになった天才的教師の大島吾郎。戦中の国民学校の教育に反発し、自由で豊かな教育の可能性を塾に見出したシングルマザーの赤坂千明。それぞれに個性の異なるふたりが公私ともにタッグを組んだことで、塾業界に新たな歴史が生み出されていく。その歴史はまた、時代とは切っても切り離せない男と女、そして親と子の葛藤の歴史でもあった――。
日本人は戦後、何を得て、そして何を失ってきたのか。「塾」という世代を超えた共通項をキーワードに描く、独りで見て心動かされ、家族揃って見て楽しめる物語です。
NHKドラマ

「本当の教育とは何か?!」

その答えを必死で探し、ぶつかり合い「理想の教育」についてそれぞれ違う考えを持つ登場人物たちの人間臭さが、これでもか! というほど再現された作品です。

・先頭を走る子だけではない。転んだ子にも寄り添うことこそが、塾の在り方だ! という考えの悟郎

・補習塾ではなく進学塾だ! と猪突猛進な千明

・優しく聡明で優秀な長女

・優秀だが、人の気持ちがわからない次女

・勉強嫌いだが、誰からも好かれる三女

多彩な登場人物たちは、読む世代によって誰に共感するかが分かれます。ちなみに私は「さとり世代」と一般的に呼ばれる「堅実で欲のない世代」(私自身は欲にまみれてます)ですが、吾郎に一番心惹かれました。

ドラマでは、主人公の吾郎を高橋一生。千明を永作博美が演じます。


https://pbs.twimg.com/media/DvZrRSEVAAIfs89.jpg:large
出典:twitter

「三日月(みかづき)」は満月になる途上の月

昭和から平成の「塾業界」を舞台とし、教育とは何か? を見つめる本作は、ベビーブーム、経済成長、ゆとり教育、少子化という47年間を描いた物語。自分の親世代がどんな教育を受けてきたのか、自分はどんな教育を受けてきたのか、自分の子供達は・・・と、想像しながら読むと非常に興味深いものがあります。

時代によって教育の在り方は変わっていくけれど、いつの時代も必ずついて回るのが、悲観です。

・詰め込み教育は意味がない

・ゆとり教育は、だらしのない大人を産むだけだ

・塾は国家教育(学校)の妨げになる

・進学こそが大事

など、教育に正解はなく、それどころか「今の教育はなってない、改善が必要だ」と否定的な声が多いのが現状です。私は今、小学5年生と2年生の娘がいますが、英語、プログラミングがどんどん必修化されていく中で、教育とは? と考えさせられることがあります。しかし、いつの時代も教育に正解はありません。

満月になる途上の「みかづき」は、自分に足りないものを探し求めて、満ちようと願います。教育も、塾も、人も、満ちることを願っているのです。カッコ良く書いてしまいましたが、もちろん本作で出てきた言葉を、あたかも自分が思いついたかのように書いているだけです。自分の書いた文章に、ちょっと今痺れています。

満月に満たない三日月を悲観するだけでなく、しっかり仰ぎ見て、努力を重ねる登場人物たちの奮闘ぶりに、親として重なり合うものがありグッと胸が熱くなりました。

「足るを知る」欠けている部分を自覚している登場人物たち

私は本作を読みながら「足るを知る」という言葉を思い浮かべていました。老子が言ったとされるこの言葉は「現状で満足しなさい」という意味に取られる場合がとても多いです。しかし、この言葉には続きがあります。

「足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り」

つまり、

「満足することを知っている人間は豊かであり、努力を続ける人間はそれだけで既に目的に向かっているよ」という意味です。

『みかづき』に出てくる登場人物たちは、皆、自分に欠けている部分を自覚しています。だからこそ、努力をし続けます。正解のない教育だからこそ、前を向き「足るを知り」満ちるために切磋琢磨するのです。

潔く、聡明で真っ直ぐなその姿に、自分の足りない部分を重ね、思わず涙しました。

子育てだって『みかづき』のようなものだ

教育に正解がないように、子育てにも正解はありません。

子供の成長が遅く感じれば不安になり、

人と比べ悲観的になるときもあります。

どうすれば子供はちゃんとした大人に育つのだろうか。私の子育ては間違ってはいないだろうか・・・そんな風に私たちは常に満ちよう満ちようと努力を重ねます。それは、欠けている自覚があるからこそ、一生懸命前を向こうと願うからです。

「ゆとり教育」で育とうが、「脱ゆとり教育」で育とうが、正解も不正解もなく、その時代に合った教育があり子育てがあります。私たちは決して手を抜くことなく、完璧になれない事を知り、だけど悲観する事なく、いつの時代も満ちようと願いながら教育に向き合っていく必要があると、本作を読んで強く感じました。

 

だから私も、子供たちが少しでも生きていく強さを学べるように、しっかり意思を持った大人へと成長してくれるように願っています。

お月様に願っています(ロマンチスト)

 

おっしまーい!

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