「アンダー・ザ・シルバーレイク」。33歳で無職、絶賛家賃滞納中の男が覗いた「深淵」。

加藤広大 加藤広大


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出典:『アンダー・ザ・シルバーレイク』公式サイト

「犬殺しに気をつけろ」という落書き、「イエスとドラキュラの花嫁たち」と名付けられたバンド、カート・コバーン、1970年7月号の「PLAYBOY」誌、ダグラス・フェアバンクス、1935年型デューセンバーグ、バックワードマスキングがほどこされたレコード、ホーボーの暗号、サブリミナル効果、フクロウのキス、リス、スカンク、コヨーテ、そして「アンダー・ザ・シルバーレイク」というタイトルの同人誌。

その他無数の記号から成り立つ本作「アンダー・ザ・シルバーレイク」は、まるでウィリアム・バロウズのカットアップ/フォールドインのように記号と記号、言葉と言葉が繋がり、重なり合い、新たなる意味を創造しながら物語を紡いでいく。監督であるデヴィッド・ロバート・ミッチェルが「いくつもの解釈ができるように、意図的に作ったんだ」と語るとおり、考え方によってはいかようにも解釈でき、こじつけ可能な作品だ。

本作は前作「イット・フォローズ」に漂い続けた幻想・悪夢感を増幅させ、現実と妄想の境界が揺れ動く水面のごとくより曖昧になり、毎度登場するプールのバリエーションも増え、水面下に存在している「隠された意味」や「意図」も、より複雑化している。

https://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2018/10/ea6307cc6841f1c3727f23da4c871c0e-e1539985175954.jpg出典:IMDb

人類学者のカルロス・カスタネダによれば、「意図」とは宇宙からやってくる大いなる力のことであるが、主人公であるサム(アンドリュー・ガーフィールド )もまた、「意図」というよりは自分に合ってしまった(受信してしまった)「周波数」によって突き動かされるかのように、シルバーレイクで起こる奇妙な事件の謎を、さながらチャールズ・ブコウスキーの傑作「パルプ」の主人公、ニック・ビレーンのように追っていく。

もっとも、サムとビレーンとでは似ても似つかないが、両作の舞台はロサンゼルスであり、セリーヌ、レイディ・デス、赤い雀、宇宙人の女、ジーニー・ナイトロなど、さまざまな記号、人物が登場する。「犬殺しに気をつけろ」に変わる名文句は、「おまえのケツを押さえつけたぞ!」だ。

と、このようにいくらでも記号から繋げて解釈をはじめることができる。

つまり観客が解釈の必要に迫られるような「幻視的」である点が本作の滋味ジミなのだが、いわゆるスルメのような映画なので、合わない人もいるだろう。決して万人にすすめられる作品ではないことは特筆しておく。別に硬いものが食えない人をバカにしているわけではないし、私はこの映画を理解しているすげーだろなどと言うつもりは毛頭ない。むしろまったく意味がわからなくて震えている。そんななか、本コラムの締切は6時間後、映画よりこちらの方がよほど悪夢だ。

さて、コラムとしてはひとつひとつのキーワードと、隠された意味を丁寧に積み上げて像を造りあげ、意味付けしていくのが真っ当なやり方だろうが、残念ながらそれをやっている暇はない。ちなみにパンフレットでは、各キーワードの意味が簡単に説明されているので、手に入る方はそちらを参照して欲しい。補足テキストとしても、読み物としても素晴らしい。

劇中で流れる「ホワッツ・ザ・フリークエンシー、ケネス?」に関してのエピソードや、ダークサイドに堕ちたジョニー・キャッシュのようなソングライターが畳み掛けるとてつもない演奏シーン、ヒッチコック、デ・パルマ、リンチなどの引用、サラ(ライリー・キーオ)のキャスティングの深掘り、そしてLAという舞台設定や「ファイトクラブ」への言及、などは既に丁寧になされていると思うので、こちらも省く。省くんだが、どれも映画を読み解くのに大切な要素であることは付け加えておく。なんだか回し者のようだけれど、このあたりもパンフレットにはしっかり書かれているので、興味のある方はぜひご購入を。

唐突に登場する、俺の解釈

映画コラムとしては禁じ手のような気もするが、監督自身も「明確な答えを打ち出すような映画ではない。観た人たちが自分で考え、議論し、そしてできればもういちど観てもらえるように、意図的に作っている」と語っている。ので、実際に観た私が解釈、というか気になったポイントを述べる。結論から言えば、サムは精神病で、劇中でおこる「夢」以外のパートも、妄想シーン多めでは? という立場を取る。

そう考えた理由を以下に書くが、いちどしか観ていないので、あくまで直感の一撃であるし、事実誤認もあるかもしれない。しかし、本作は観た者の誤解や錯誤、ミスリードに引っかかる、記憶の喪失・改ざん、もちろん妄想も重要な要素であるからして、傷にはならないと判断して進める。というか、そういうことにしておいてほしい。

https://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2018/10/e17e61dfda7f2aa296b9132d1df1a9ca-e1539985261334.jpg出典:IMDb

たとえば、サムが車を運転しているときには、常にうつろな目をしている。薬物を摂取しているとも考えられるが、どちらかといえば「治療のための薬」を飲んでいるからではないか。

そして「煉獄」レンゴクに到着した際に駐車する場所は、障碍者用のスペース。「自分のなかには優れた何かがある」と信じているサムが停めるには少し疑問が残る。また「煉獄」はザ・スタンダードホテルの屋上バーだが、実は精神病院であり、そこに居た客はサムが幻視した患者、職員の可能性もある。ような気がする。

またサムの走り方は、常に腕を振らず、ぎこちなく動く。まるで夢の中で「上手く走れない」ときのよう。言い方は悪いかもしれないが、何かしらの疾患がある人間の走り方にしか見えない。走るシーンは実はすべて夢の中なのではとも思える。

さらにバーで飲んで倒れたあと、墓場で目を覚ますが、あからさまにビール瓶が散らばっている。一人で飲んで酔っぱらっていただけなのではないか。直後、母親から電話がかかってくるが、その声も違和感を感じる。というか、家賃滞納で家を追い出される寸前なのに、母親に無心はしないのか。

サムはスカンクにやられたニオイのせいで他人に「クサい」「何かにおう」とことあるごとに言われる。スカンクの分泌液から発せられる悪臭は、条件によっては2km近く届くらしいが、そもそもかけられた事実はない可能性もあるし、被害妄想かもしれないし、自臭症っぽくもある。

こうなってくると、サラが本当に居たのかどうかも怪しいし、住んでいる家すら本当なのかと思えてくる。向かいのオウムの家に最初から住んでいたのではないかとか、いくらでも拡大解釈できてしまう。

気になる点はいくつもあるが、すべて反論可能で根拠は弱い。ここまで書いといてアレなのだが、未だどのシーンが妄想で、どのシーンが妄想ではないのか、どのシーンが夢で、どのシーンが夢でないのか、はたまたどのシーンが現実なのか整理が追いついていない。正直に告白するとまったくわからない。ただ、程度はどうあれ、サムは何らかの精神疾患を抱えていることは確実だろう。

もちろん、消えてしまった少女を探し、シルバーレイクに潜む謎を追うという表通りのストーリーをそのまま捉えても問題ないし、むしろそうするべきだ。舞台はハリウッドだからして、ホームレスの王がいたり、海賊の格好をしたオッサンが走り回ったり、映画のセットのような地下施設があったり、富豪のためのカルト宗教があったりするのかもしれない。と、本作は「わっかんねーなー、どっちなのかなー」が連続し、観客を惑わせ続ける。

絶望的だけれど、最悪ではない救済

もっとも、現代人の多くは何かしらの病気なのだから、ある意味サムは「普通」であるともいえる。彼は33歳無職、絶賛家賃滞納中で近日中に追い出される予定である。私も無職期間があるので空白期間の精神状態はよくわかる。

「自分は特別な存在だ。今はくすぶっているが、いつか成功するんだ」と考えているものの、とくに行動することはない。暇はあるからムダな知識だけは増えていき、しかもその知識は偏っている。知識が偏るので、思考や思想も偏っていく。だんだんと「俺を認めない世の中はバカばかりだ」と思うようになり、世界に対して卑屈になっていく。他人に対して攻撃的になり、若干の被害妄想も出てくる。しかし、皆と同じように生活することが、どうしてもできない。というよりは、「普通」になる一歩を踏み出せない。「自分は特別ではない」ことが判明してしまった瞬間の恐ろしさに耐えられないからだ。

https://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2018/10/7b9f1df5631300f4c4bedc167cf2a1fa-e1539985345622.jpg出典:IMDb

その点、サムはシルバーレイクで起こった奇妙な事件に巻き込まれ、暗号を解き明かし「水面下」にあった真実(少なくとも彼にとっては)を知ることになるのだから幸せものである。デヴィッド・ロバート・ミッチェルは、前作でもラストで若干の救いを与えたが、本作でもサムを悪夢から目覚めさせ、少しだけ救済してあげている。ある意味絶望的な救いではあるが、最悪ではない。

ハリウッドには、むろん世界中にも、サムみたいな奴はごまんといる。そして、誰にも知られないまま消えていく。夢の街とは、外周で生きる者にとっては煉獄よりも救いのない残酷な場所である。

サラは地下室で「もう出られないから生きる日々を楽しむわ」と語る。自分の意思で選んだはずなのに、気付けば「こんなはずではなかった」という玄室に閉じ込められた人々は、または自分なりの「アンダー・ザ・シルバーレイク」の水面で漂う人は、覚めない悪夢のなかで、彼女のように楽しむしかない。

サムは最終的に「大人」になるが、それが幸せなことなのかはわからない。ベランダに立ち、すべてを悟ったような表情で吸うタバコは、かつてコヨーテが太陽の妻を騙して手に入れ、人間が嘘をついてカスめ取ったものである。そこから出る煙は宇宙に存在する偉大なる存在との交信に使われた。「アンダー・ザ・シルバーレイク」が見せた覚めない悪夢から抜け出したはずのサムは、未だ暗い貯水池を漂っているのかもしれない。

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