桜庭一樹『私の男』(2010)文藝春秋
少女小説で名高い桜庭一樹の、直木賞受賞作。家族の物語であり、欲望の物語であり、罪の物語であり・・・つまるところこれは「血の話」である。血によって楔を打たれた、打たれすぎた人というのは、別れの瞬間に崩壊する。
おとうさんは、かつてわたしと愛しあっていたことを、忘れないでいてくれるだろうか。もしも、これっきり、逢わなくても。わたしという女を、このふるびた血の人形を、ちゃんと憶えていてくれるだろうか。
おとうさんは・・・。おとうさんは・・・。
そうしてわたしは、これから、いったい誰からなにを奪って生きていけばいいのか。
引用:桜庭一樹『私の男』(2010)文藝春秋、p.76
物語は、決定的な別れのシーンからスタートする。この「おとうさんとの別れ」、実は、幾層にも重ねられたハイコンテクストな出来事なのだ。
「うん。血っていうのは、繋がってるから。だからもしも俺の子がいたら、そのからだの中に、親父もお袋も、俺が失くした大事なものが、ぜんぶある。・・・さいきんそう思うようになった」
煙草の煙が、ほそく揺れた。
「死に別れても、だから、それは別れじゃないんだ。自分のからだに血が流れてる限り、人は、家族とはぜったいに別れない」
引用:桜庭一樹『私の男』(2010)文藝春秋、p.329-330
願いは呪いと似ている。だから別れは崩壊であると同時に、解放である。ここではないどこかに行きたいと思ってしまう人ならば、本作に楔を打たれるだろう。
総評
以上、毛色の違った別れを扱う小説を3冊紹介した。新しい出会いの前にパラパラと時間をめくる際の参考にしていただければ幸いだ。それでは皆様、良き別れを。