肝心の尋問シーンはいかに
本作のメインディッシュである尋問シーンに関しては、とにかく「いやーな」シーンが続く。
ほとんどカメラを止めずに撮影された尋問祭りは、リアリティが有りすぎて非現実さを感じてしまうほどで、ちょうどテロや災害の映像を見て「どこかリアルに感じられない」状況に良く似ている。だからこそリアルを超越した、説明できない怖さが漂い続ける。
何を言っても「嘘をつけ」とライフルの台尻で殴られる。個室に連れて行かれ尋問される。残された被害者たちは「次は俺(私)かも」と恐怖に怯える。しかし、冤罪なのだからして、証拠を出すことができない。
出典:IMDb
果たしてそこに救いはあるのか? 一切無い。生きるも死ぬも悪眉毛の胸先三寸、ただ悪夢が過ぎ去るのを待つしかできないのである。しかし、悪夢ではないという現実。さながらスタンフォード監獄実験のように場を支配する者、される者に別れ、役割を演じ続けるしかない絶望は、自分がその状況に放り込まれたらどんな気分になるかを考えるまでもなく、最悪である。
そんな「いやーな」シーンが40分間続く。観ているこちらも体力勝負である。
ときに、尋問シーンの撮影中は本当にあの「空気感」だったようで、余りの凄惨さとえげつなさにウィル・ポールターが「あと何回こんなシーンを撮るのか」と、泣き崩れてしまったエピソードもある。さすがキャスリン・ビグロー、映画の中でも外でも尋問みたいなことをやっているという、素晴らしい仕事っぷりである。
この惨劇の果てに誰が生き残り、誰が殺されるかという話は尋問より酷いネタバレになるので、ぜひ本編を見ていただきたい。