振り子のように行きつ戻りつする父と息子の関係と共に、本作で重要な役割を果たすのは賢治の妹・トシの存在だ。病床に臥した祖父(=政次郎の父)に宛てて書かれた手紙の筆致は、彼女を第三の主人公として位置付けるに足る凄みを持っている。トシの存在があったからこそ、宮沢賢治は童話を書くことができたのだ。
「風の又三郎」を書き終えた賢治は自作を前にして不思議な気持ちに襲われる。
「なしてが」
口に、出してみた。
(なして、書けたか)
引用:門井慶喜『銀河鉄道の父』(2017)講談社、p.267
そして、(書けたから、書いた)と、すとんと思う。
けれども読者は知っている。逃避がちな性格であった宮沢賢治が抱えていた、「書く」ことへのエネルギー。あまりにも重すぎて怒りにも似たそれを、あるときは父が、あるときは妹が、代わりに持ってあげていたことを。
『銀河鉄道の父』は、バトンを預け合いながら共に生きた、家族の物語である。