上村佳孝『昆虫の交尾は、味わい深い・・・。』(2017)岩波書店
タイトルを見た瞬間「やべえ」と思った。二度目である。「昆虫」「交尾」「味わい」という単語の組み合わせがすでに不穏だし、なぜか恍惚としている印象の「・・・。」が近寄り難さをワンランク上のレベルへと引き上げている。あと、昆虫の交尾を扱った本の巻末に「袋とじ」があるっていうのも、なんだか不安だった。
おそるおそる読んだ私は、翌日から友人知人にこう言ってまわるはめになった。
「ねえみんな、ちょっと聞いて。昆虫の交尾は、味わい深いのよ・・・!」
本書の魅力はもちろん、「昆虫の交尾の味わい深さ」である。虫に興味がない人でも十分に楽しめる内容だ。かれらがそなえている、おどろくべきバリエーションの交尾の子細を知るにつけ、とめどなく、ため息が漏れる。
たが、それだけではない。著者・上村佳孝の表現もまた、ひどく「味わい深い」のだ。オスとメスの攻防が繰り返される特殊な交尾の推移を説明するのに「ワインのコルクを抜く」と喩えたり、メスによる選別を「イヤよイヤよも、好きのうち」が進化した、と表現したり。これまで「虫」としか認識していなかったアメンボやハサミムシが、にわかに、表情豊かな存在に思えてくる。「イヤよイヤよって言ってんのかな・・・あのアメンボ・・・」とか考え始める。
もちろん、昆虫の交尾にまつわる様々な実験の経緯もしっかり記されている。これがマジでヤバい。「刺しつ、刺されつ」というタイトルがついた章で、著者はトコジラミの実験をする。トコジラミのオスの精子を取り出し、メスの器官(「あんこのない饅頭」のような!)に注入するのだ。実験の経緯にもぶったまげるのだが、わたしが本当に息を呑んだのは、別の箇所だ。結果を知った時に、著者の胸をよぎった思い。
これには、自分がトコジラミのオスになったような感動を覚えてしまった。
上村佳孝『昆虫の交尾は、味わい深い・・・。』(2017)岩波書店、p.77
トコジラミのオスという視点から世界を捉えることができること。心を震わせることができることを、わたしは本書から教わった。
以上、2017年下半期に刊行された3冊をご紹介した。この1年を生きる肉体をアップデートするための一助となれば幸いだ。