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越境する言葉たち。2017年下半期おすすめ小説7冊

岡田麻沙 岡田麻沙


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樋口恭介『構造素子』(2017)早川書房

言葉によって作られた心のひとつが人工知能であるとすれば、本作『構造素子』は、心でしかなかった人工知能に、対話という世界を与えた。

「わたしたちの名前はエドガー・シリーズ。二回目の人類だ」
樋口恭介『構造素子』(2017)早川書房、p.164

重層的なこの物語を構成している要素は「構造素子」。読み進めていくとそれが、言語を意味していることが分かる。構造素子で作られた世界は、自己言及を試みる。ちょうど、私たちが自分自身の顔を肉眼で眺めようと試みるのと同じように。

物語を書くことの不可能性を知りながら、それでも物語を書く。愛することの不可能性を知りながら、それでも愛そうと試みる。その未完に向かう、途上の文字列こそが、言葉を書く、言葉によって書かれる、あなたにとっての唯一の愛なのだから。
樋口恭介『構造素子』(2017)早川書房、p.362

不可能性を織り込み済みの「語り」を重ね合わせた時、私たち、あるいは私たちの次に登場する「語り手」たちは、他者の心と呼ばれるものに肉薄する。

 
ではここで、そんな「語り」の圧倒的な強度に打ちのめされる耽美な長編を紹介しよう。

皆川博子『U(ウー)』(2017)文藝春秋社

美文の幻想ミステリ作家として名高い皆川博子の新作は、母語を奪われた少年たちの物語。

1613年、滅びゆくオスマン帝国。そして、1915年、第一次世界大戦時のドイツ。時代も場所も異なる2つのストーリーを繋ぐのは一艘のUボート。ダイナミックな仕掛けに興奮必至の長編である。

私は書物から何かを得た。そうか? いや、私は書物に何かを奪われてきた。無数の文字が私のまわりで舞っている。文字はばらばらになり、勝手に集まり、意味を失い、飛び交う羽虫と変わらなくなる。文字が私の中に入りこみ、私を侵食する。私は雑多な文字の集合体だ。
皆川博子『U(ウー)』(2017)文藝春秋社、p.220

大きな物語の中、人の意識はいつだって危うくて、語ったり、記したりすることでかろうじて持ちこたえている。皆川博子の超絶技巧に身を投じれば、「現実」は気持ち良く解されて、雑多な文字の一部になれる。

 

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