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越境する言葉たち。2017年下半期おすすめ小説7冊

岡田麻沙 岡田麻沙


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サクラ・ヒロ『タンゴ・イン・ザ・ダーク』(2017)筑摩書房

第33回太宰治賞受賞作である『タンゴ・イン・ザ・ダーク』は、地下室に閉じこもるようになった妻「K」と、夫「ハジメ」の物語だ。かれらは、暗闇を介して新たな触れ方を模索する。妻を訪ねて地下室の扉の前に降り立った夫は、自分の記憶がひどくおぼろであることに気が付き、うろたえる。

だが彼は次第に、暗闇にものの輪郭が溶けていくように、言葉の輪郭から離陸する。何も見えない地下室の中で、夫婦の会話がこだまする。「人類が世界のすべてに名前をつけることは、世界を作り上げることでもあった」という「僕」の言葉を、Kは静かに否定する。

「私はそうは思わない。私たちがしてきたことは、世界を作り上げることではなく、言葉で切り刻むことだけだったんじゃないのかな」
サクラ・ヒロ『タンゴ・イン・ザ・ダーク』(2017)筑摩書房、p.171

闇の中に記憶が溶け、言葉が溶け、「欲望」が溶ける。意味が絶えた空間は、生々しい息遣いと肉厚な音による触感の世界だ。新しいリアルを手にした「僕」は、自分が「病みつつあるのではなく、逆に何かから癒えつつあるのではないか(p.129)」と考えている。確かに、言葉がナイフであるならば、言葉の溶解は束の間の安楽をもたらしもする。

 
次に紹介する一冊もまた、言葉と闇の中で、正気と狂気が反転する。

畑野智美『消えない月』(2017)新潮社

加害者と被害者、2つの視点から「ストーカー」に斬りこんだ本作は、「恋」や「愛」という言葉がいかにブラックボックス化しやすいかを丁寧に描き出す。

本作には明確な「悪者」が存在しない。不穏な加害者は、切ない片思いに胸を焦がす「純粋な」男でもある。被害者が「怒り」と呼んだ感情を、彼は「愛」と呼んでいた。「愛」が受け入れられた瞬間、彼はこんな風に思うのだ。

これからは、全てがうまくいく。
引用:畑野智美『消えない月』(2017)新潮社、p.354

心は、言葉で作られる。「現実」もまたしかり。それを愛と呼ぶなら愛になる、恐ろしい世界に私たちは住んでもいるのだ。

 

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