あと10日もすればクリスマスなので、プレゼントにおすすめの本を10冊、紹介する。
今度は本当に、おすすめの本なので安心して読んでほしい。
※著者50音順
【現実とかどうでもいい人へ】スティーヴ・エリクソン『ルビコン・ビーチ』(2016)ちくま書房
「いつもぶっ飛んでいるあいつに贈る本はねえのか」というあなたにおすすめしたいのは、マジックリアリズムの現代作家であるスティーヴ・エリクソンの代表作だ。初版は1992年。24年の時を経て、昨年の冬に文庫化された。横尾忠則によるファンキーな装丁も健在だ。
三部構成からなる本作で描かれているのは「もうひとつのアメリカ」。混乱した記憶が溢れる第一部、どぎついまでにドラマティックな第二部。そして、語り手も時空もコロコロと入れ替わる第三部。ここでようやく謎が明かされてゆく。ハイテンポで入れ替わる人称と、2つに分かれた現実を追ううちに、脳みそがガンガンに揺れる。読後は、「現実って、他人の記憶のことだったのか」と本気で思うほどだ。世界を裏返しにするエリクソンの構成力と、島田雅彦によるキレッキレの翻訳を楽しんでほしい。
【無口なあの人に】尾崎放哉『尾崎放哉全句集』(2008)ちくま書房
喋るときは、ぽつぽつと。いつも、人の輪からちょっと外れた場所にいる。だけどじっくり話を聞くと、けっこう毒舌だったりする。そういう人には、尾崎放哉がよく似合う。「咳をしても一人」の俳句で知られる尾崎放哉は、すぱっと鮮やかに情景を切り取る。
「昼の蚊たたいて古新聞よんで」(p.31)なんて句からは、胡坐をかいた放哉がむき出しの太ももを叩くパチンという乾いた音が聞こえてくるようだ。
あるいは、「わが顔ぶらさげてあやまりにゆく」(p.61)という句なんて、自嘲的であると同時に毒舌でもある放哉の魅力がよく伝わってくる。ぶらさげて、という自分を突き放すような一言が笑いを誘う。気が付いたら隅のほうにいて、黙ってじっと何かを見つめている猫のようなあの人に、プレゼントしたい句集。
【寝る間も惜しんで働く人へ】川上弘美『椰子・椰子』(2001)新潮社
「寝ている時間がもったいない」なんて、働いてばかりいる人がいる。仕事が楽しいのは良いことだ。だけど寝ている時にしかできないことだって、ある。川上弘美が自身の夢日記を元に手掛けた小説『椰子・椰子』は、読み終えたらすぐにベッドに潜り込んで夢を見たいと思わせる魅力にあふれている。
たとえば、「五月十六日」にはこんな箇所がある。
ものすごい速さで、今年初めての台風が通り過ぎる。
近所の塀にかたつむりを見にいく。すでに黒山の人だかりである。
引用:川上弘美『椰子・椰子』(2001)新潮社、p.36
ものすごい速さってなんだ。まるで窓の外を走っていったようなこの描写、「川上弘美のことだから、この台風も5秒ぐらいで通り過ぎたのかな」と思わせてくるから恐ろしい。しかも、かたつむりを見るのに「黒山の人だかり」ができてしまうご近所。のどかを通り越して不気味である。
濃密で