演奏シーンは総じてアベレージが高く、個人的に不満は無かった。もちろん、引きのカットで音と運指が合っていない場面などもあったが、それを言うのは姑の小言みたいなもので、野暮というものである。ジャンゴを演じたレダ・カテブは本当に良く研究した筈だ。足の動きも姿勢も、まさにジャンゴらしいし、自分のなかでしっかりと消化してさえもいる。
ジャンゴの伝説は数多いが、監督のエチエンヌ・コマールはまず、一般的に良く知られている「遅刻癖があり、酒飲みで、釣りが趣味」というジャンゴ像を忠実に、というか誠実に描いてみせる。ジャンゴファンには「ああ、これからジャンゴの映画がはじまるのだな」と提示されるようであり、知らない方は「こんな駄目そうな髭のオッサンが、ギターを弾いたら凄い」という驚きを増幅させるシーンである。
と、他にも「我儘、
また、ロマたちの生活にも多く時間が割かれている。映画の撮影にあたり、エチエンヌ・コマールは自らロマのコミュニティと交渉し、役者ではない本物のロマを登場させた。劇中でキャラバンに住んでいるジプシーたちは知り合いと会えば抱き合い、会話をし、食べて飲み、焚き火を囲み、音楽を奏でる。明日検挙されるかもしれない、どこかに連れ行かれてしまうかもしれない、亡命すらままならない暗く、重い状態であるというのに、やけに贅沢に見えてしまい、羨ましさすら感じてしまう。
そのロマのなかでも突出したキャラクターを発揮しているのは、ジャンゴのマネージャー的役割も果たしている母親である。空襲だろうが逃げない、ナチスだろうが何だろうがすぐに喧嘩を吹っかける、ギャラの交渉はお手の物で、啖呵を切りまくる。しかし、底抜けに明るく強い彼女は、おそらく一番辛い経験があるだろうし、抱きしめれば折れそうなほど細くて脆い。本作は、常にアンビバレントな感情と状況が同居している。
自由を制限されたロマ達の生き様は、まるで「この世界の片隅に」で描かれたような、「最前線ではない」「市井の生活」という戦争のアザーサイドを見ているようでもあり、これまたほっこりしつつも悲しんだり、笑いながらも憤ったりと、様々な感情が湧き上がる。