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死を扱った小説3選

岡田麻沙 岡田麻沙


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三島由紀夫『命売ります』(1998)筑摩書房

2冊目は、マジで腹を割って死んでしまった三島由紀夫の著作からひとつ。エンターテイメント小説だ。本作では、「死にたい」という気持ちが生み出す強さを逆手に取ることで物語が進められていく。
主人公の羽仁男はにおは、病院のベッドで目を覚まし、自分が自殺に失敗したことを知る。コピーライターとして広告代理店で勤務をし、才能も認められ十分な給与を得ていることに満足していたはずの羽仁男は、明確な理由もなく自殺を試みたのだった。このシーンが持つ説得力がすさまじい。

新聞の活字だってみんなゴキブリになってしまったのに生きていても仕方がない、と思ったら最後、その「死ぬ」という考えが頭にスッポリはまってしまった。丁度、雪の日に赤いポストが雪の綿帽子をかぶっている、あんな具合に、死がすっかりその瞬間から、彼に似合ってしまったのだ。引用:三島由紀夫『命売ります』(1998)筑摩書房、p.8

人の心が穴の中に落ちてしまう理由を、こんな風に理論ではなく、情景によって説明できてしまうところが、三島由紀夫の恐ろしさだ。絵が浮かんだ瞬間、読者は理解するよりも早く、書かれていることを受け入れる。
死に損なってしまった羽仁男は、どうせいらない命ならば売ってしまおうと思い立ち、新聞の求職欄に「命売ります」という広告を出す。すると彼の元に、様々な依頼が舞い込んでくる。殺人、潜入捜査、吸血プレイ・・・。とってもハードボイルドである。どれも危険な内容だが、文字通り「命知らず」の羽仁男はためらうことなくその全てを引き受ける。

ミッションが成功し、生還する度に倦んでゆく羽仁男の描写が楽しい。「今度こそは死ねそうだ」と何度も思い、現場に赴く主人公を、読者はどういう気持ちで追いかければ良いのだろうか? この、「死ねるかも・・・と思ったら死ねませんでしたあーーー! ヴェアアアアーーー!!」という流れが鉄板ネタになって来たころ、構造が反転する。

生への欲望を手放すことで逆説的に命を所有できるようになっていた羽仁男。向かうところ敵なしであった彼もまた、自分自身の生を生きようと望んだ瞬間に、命の操縦席から振り落とされる。生きることは、ふり回されることだから。そんなことに気付かされる作品だ。

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