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2017年上半期おすすめ小説5選【文庫本】

岡田麻沙 岡田麻沙


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『荒野』桜庭一樹

2008年5月に分厚い単行本として刊行されてファンを狂喜させ、2011年には1月、2月、3月と順に三冊、薄い文庫に姿を変えて世に出された。今回、「合本」という形で再び分厚くなって、装いも新たな文庫本がお目見えである。

桜庭一樹は思春期の少女が持つ、柔らかくもかたくなな心を描くのが巧みな作家として名高い。と同時に、直木賞受賞作である『私の男』でまざまざと見せつけてくれたように、ダメな男を描くセンスもずば抜けている

主人公の少女・荒野(こうや)は12歳。鎌倉で小説家の父と暮らしている。クラスメイトが語る「恋の話」がまだピンとこないような、のほほんとした性格だ。中学校に入学する日に電車の中で助けてくれた少年との出会いが、彼女を少しずつ変えていく・・・。

少女の成長譚せいちょうたんとして読んでも充分に楽しめるが、ダメ男フェチの皆様にはぜひ、父親の造形を味わいながら読んで欲しい。いささか鈍いところのある主人公の傍を、濃い影を落としながらうろつく、このクソ男。恋愛小説家である父は女好きで、娘と暮らす家に出入りする女性に軒並み手を出してしまう。そのくせ、実の娘に対しては「子猫ちゃん」などと呼んで猫っ可愛がりするクズぶり。本当にクズである。作中に登場するあらゆる女に向かって「君」などと呼びかけてしまう男が、まともであろうはずもない。君ってなんだ。気取りやがって。偉そうな喋り方をするなと殴りたい。でもどうしよう、ちょうかっこいい。わたしもこのクズ男から「君」って呼ばれてみたい。

・・・みんな、ズブズブと彼にはまっていってしまう。だけど主人公は、周りの女性たちに助けられ、彼女たちと手を取り合い、父が作る蟻地獄のような感情の嵐から自由でいる力を身に着けていく。
陰性の引力を具えた大人が「保護者」である場合、思春期の少女などはとりわけ、スポイルされてしまいやすい。でもこの主人公は多分、大丈夫だ。ダメ男の魅力に身もだえしつつ、少女のしなやかさに息を呑む。一粒で二度おいしい小説だ。

 

『春の庭』柴崎友香

第151回芥川賞を受賞し、2014年6月に単行本が刊行された。多くの謎を含む作品だけに、読むたびに発見がある。
取り壊しを控えたアパートに暮らす太郎は、同じアパートに住んでいる女性が隣家を何度も覗いていることに気が付く。後日その女性と親しくなった太郎は、彼女が隣家に固執する理由を知り、少しずつ巻き込まれていく・・・。

覗く女性と、それを見ている太郎。この作品の面白さは、見る・見られるという関係が入れ子構造になっていることだ。また、筆者は徹底的に「書き過ぎない」という姿勢を貫いているので、速度を落として読む必要があり、結果的に濃密な読書体験に繋がる。ヒントとなる一節は、たとえば、ここだ。

プライベートの、スナップショットの自然な表情、と言えばその通りなのだろうが、(中略)すべてができすぎている。(中略)こういう、常に自分の姿がどう見えるかを第一に考えているような男は好きではない。結局はその感情が、素直に写真を見ることをじゃましているのかもしれなかった。
引用:柴崎友香『春の庭』(2014)文藝春秋、p.63

いかにも自然に見えるように作りこまれた口当たりの良い「写真」に対する違和感は、そのまま「小説」に対する筆者の、あるいは読者の違和感としても理解できる。過剰な意志を介在させることを排除しようとする試みが、そこここに見られる。だからこそ、この小説は、生身の人間のように、分かりにくくて、まだらで、でも不思議な息遣いがあって、奥の方が見えず、不気味で、魅力的だ。抑制の効いた文体で書かれているけれど、じわじわと不気味さが込み上げる作品が好きな人におすすめしたい。

 

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