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2017年上半期おすすめ小説5選【文庫本】

岡田麻沙 岡田麻沙


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つい先日「上半期」とか言っていたのに、もう九月である。どういうことなのか。九月は何を考えているのか。いつ、誰が、「来てもいいよ」と言ったのか。
本もそうだ。
つい先日、単行本が発売されたと思っていたのに、もう文庫本が書店に並んでいる。どういうことなのか。買ってしまうではないか。

という訳で、2017年1月1日~6月30日までの間に文庫化された小説の中から、おすすめの5作品を紹介する。

※著者50音順

『離陸』絲山秋子

2014年に単行本が刊行された際、伊坂幸太郎のコメントが本書の帯を飾った。「絲山秋子さんに女スパイものを書いてほしい」という伊坂幸太郎の言葉がきっかけで、筆者はこの作品を書き始めたのだという。しかし、帯からイメージするサスペンス要素を気持ちが良いぐらい裏切ってくれる、「謎解き」ならぬ「謎解かず」小説である

ダムの管理をする「ぼく」こと佐藤弘が、雪の中をたずねてきた黒人から「女優を探してくれ」と告げられ、物語が始まる。彼は何故か「ぼく」のことをサトーサトーと呼ぶ。この出会いのシーンでぐっと引き込まれる。

「確かにぼくは佐藤だが、人違いだと思う」
「しかしながらそれはまさしく君なのだサトーサトー」
「なぜ二度言う」
ちょっと笑いたくなった。そういう毅然とできないところがぼくの弱さなのかもしれなかった。
引用:絲山秋子『離陸』(2014)文藝春秋、p.23

山奥で未知のものと遭遇する緊張感に満ちた場面から一転して、ふとほころび出てきた「ぼく」の柔らかさが快い。ユーモラスな会話の中で、探してほしい女優というのが、かつて「ぼく」が付き合っていた女性であり、スパイ容疑がかかっていることがわかる。

ここから、連続殺人事件など、ミステリに馴染みのある要素がふんだんに登場するが、「ぼく」はいっさい謎を追わない。あのう、いつになったら「女スパイもの」が始まるんですか・・・と思いながら読み進めるうちに、思いもよらぬ世界に運ばれていく。

「実生活のなかでの時間とは、あくまでも自分に属するものだから忘却だってパーソナルなものなのだ。誰にも管理できない」と考える主人公から見える世界は、管理できないままに描かれるからこそ、なにか他人の夢を覗き見でもしたような、遠近のずれた手触りを伴う読書体験としてわたしたちの前に立ち現れる。いつまでも踏み込まない「ぼく」の態度に絶叫しながら読んで欲しい。

 

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