今までの作品とは、少々テンションが違う音楽ドキュメンタリー
ここ十数年は音楽関連の映画がたくさん製作されており、多くは高水準です。ドキュメンタリーに絞って少し挙げてみるだけでも、「シュガーマン 奇跡に愛された男」、「キューバップ」、「情熱のピアニズム」、「バックコーラスの歌姫たち」、「ファインディング・フェラ」、「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」、「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」、「CRASS:ゼア・イズ・ノー・オーソリティ・バット・ユアセルフ」などなど、メジャーマイナー問わず、バブルというにやぶさかではない現象が起きています。
このような作品が量産される背景には、数百年前の偉人たちを扱うケースと違い、題材の画像、映像、文献などの資料が豊富で、未だ関係者が存命であるということ。
そして「そろそろ撮っておいた方がいいんじゃないか」、「そろそろ語ってもいいんじゃないのか」など、制作側の都合というものも、無視できない要因のひとつでしょう。
出典:IMDb
そんなバブリーな最中、いわゆる「映画音楽まとめ」とも言えるタイトルと内容で世に放たれた本作ですが、ここ十数年に発表されたどの作品ともちょっと違うテンションで制作されているんですね。
簡単に説明しますと、職を辞してまで制作に没頭するほどのマット・シュレーダーの余りの情熱が、抑えきれずに作品中に満ち満ちています。
「も、も、もう、音楽、音楽最高!!!!」
と、マット・シュレーダーが画面にドヤ顔でオーバラップしてくる幻覚が見えそうなほどです。
とにかく音楽は最高なんだ、人を感動させるんだ、それが映画と合わさった時はそりゃもう鳥肌モンなんだ、ディスったり反省している暇なんてないんだと、天にも舞い上がるような気持ちでカットアップされているのを強烈に感じます。
出典:Youtube
しかし、当のマット・シュレーダーはニュース関連のプロデューサー上がりであり、言わば真実を追求するプロです。よって自分が熱狂していることに気付かないはずがありません。一つの角度からしか物事を見られないわけがありません。ですので、このハイテンションは意図的なものでしょう。
そもそも、ドキュメンタリーは明確な意図による編集が入るものなので、それで良いのです。ただ、この隠そうともしない「音楽は素晴らしいんだ。何なら音楽を作っている人は全員素晴らしいんだ」と全面に押し出された多幸感(笑)。
思わず語尾に「(笑)」と付けてしまいましたが、本当に笑ってしまうほどの、ある意味、とてつもない純粋さで作品は調律されています。
時系列を並べることで聴こえてくる「ハリウッドの音」
オーケストラの導入、ジャズの登場、オーケストラからの開放、MTVの隆盛、テクノロジーの発展、時系列を辿りながら語られるハリウッド音楽制作の現場では、時代によりさまざまな音が聴こえてきます。
面白いのは、順に聞いていくと、なぜ、今ハリウッドの「音」がこうなっているのか、音楽のリテラシーがなくとも、感覚的に(本当になんとなく)ですが掴めてしまう点にあります。
これは、ほぼ一本道の構成にしたことで、とても分かりやすくできているからなんですね。しかも、持ち出されるのが有名映画ばかりなので、音楽と映画、双方に詳しくなくとも楽しめるし、詳しい人はちょっとしたエピソードや、作曲家たちの作業場風景を眺めているだけでも楽しめる。非常に親切な設計思想です。
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しかし、親切設計には負の側面もありまして、敢えて外したのを承知で言いますが、ハリウッド外、例えばヨーロッパ諸国の作品や音楽についてはほぼ触れられません。
本作で最もスポットが当たっている作曲家はハンス・ジマーであり、RC組(彼の作曲家グループ)も「アルマゲドン」のトレヴァー・ラビン、「オデッセイ」のハリー・グレッグソン=ウィリアムズ、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のトム・ホーケンバーグ(ジャンキーXL)が多いのも特徴で、現在のハリウッドにおいて、いかにハンス・ジマーという
出典:IMDb
このあたりの賛否両論や、現在のハリウッドの映画音楽はステレオタイプなのでは、など批判意見、欲を言えばもう少し踏み込んだ内情にも少々触れて欲しかったところではあります。
とは言え、引き算により中身が薄くなっているわけでは決してありませんのでご安心を。むしろ、「細けぇことは良いんだよ」というマット・シュレーダーの有無を言わさぬ調律のお陰で、鑑賞中はまったく気になりません。