Tom Waits『Down Town Train』
まずは、酔いどれ詩人、トム・ウェイツが1985年にリリースしたアルバム『Rain Dogs』のなかから傑作『Down Town Train』のミュージックビデオです。
Reference:YouTube
満月の夜に現れては外で歌って踊り続ける怪しいオッサンがトム・ウェイツでして、これがまた渋い。「レイジング・ブル」でロバート・デ・ニーロが演じたボクサー、ジェイク・ラ・モッタ本人も出演しております。街に住んでいる人たちに訪れるそれぞれの夜、トム・ウェイツのしゃがれ声が子守唄のように街を包みます。
トム・ウェイツについては本当に言いたいことがたくさんありまして、以前もコラムを書きましたのでリンクを貼っておきます。サブテキストとしてぜひご賞味ください。
さて、本ミュージックビデオの監督はフランスのフォトグラファー、映像ディレクターとして名高いジャン・バプティスト・モンディーノ。写真家としてはミック・ロックやロバート・メイプルソープなど、図らずしもミュージシャンを多く撮影している著名カメラマンたちと同年代ですね。
フレンチ・ヴォーグなどのファッションフォトの他にも、マドンナやビョークのジャケット写真なども手がけています。つまり超一流というやつで、カメラマンのキャリアとしては頂点と言ってもいい。そしてスチールだけでなくムービーもこなせるのですから、とんでもない才人です。
PVも数多く手がけていますが、80年代ですとブライアン・フェリーの『Slave To Love』や、デヴィッド・ボウイの『Never Let Me Down』などなど、もう名作、傑作だらけなのですが、なかでも突出した作品が『Down Town Train』です。
近年ではジョニー・デップ、ライ・クーダーという夢のような面子と組み、ディオールのフレグランスCMを手がけていたりもします。まあとにかく華々しい経歴をお持ちの、稀代のイメージメーカーなんですね。
Reference:YouTube
モンディーノはとにかく四角い空間に人間を放り込んで撮るのが巧く、画面と画面の中の空間、さらにその中に、と入れ子構造で画を撮ることが多いのが特徴です。
『Down Town Train』もご多分に漏れず、狭い部屋のシーンが多いですね。深みのあるモノクロもとても美しく、どのコマを切り取っても1枚の写真として成立します。ジム・ジャームッシュ、下手すればルイス・ブニュエルあたりまでのラインを容易く想起させます。
さながら、「都会の夜の一幕寓話」といった具合で繰り広げられる孤独で不思議で千鳥足な物語は、まさに1本の映画であると言っても言い過ぎではないでしょう。