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2017年上半期おすすめ小説 全8選

岡田麻沙 岡田麻沙


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5.『ヒドゥン・オーサーズ Hidden Authors西崎憲ほか(2017)惑星と口笛ブックス

小説家・翻訳家・作曲家であり、文学ムック『食べるのがおそい』の編集長である西崎憲が編集したアンソロジー。電子書籍のみの扱いだが、紙の本が好き! というこだわり屋さんにも押し付けてしまいたい珍味である。もう、紹介文からしてイケている。

日本の現代の詩、俳句、短歌、小説の新しい才能、隠れたオリジネイター、不当に看過された書き手の作品を集めたアンソロジー。どこにも属さないノ-ウェーヴの書き手たちの驚異の世界。
引用:Amazon作品紹介より

トンガッた作品が好きな人には、自信を持っておすすめできる。例えば、ノリ・ケンゾウの「お昼時、睡眠薬」は、最初の1ページからアクセル全開だ。

雑巾の声は、さっきの帽子の男とよく似ていて、なら帽子の男はどこへ行ってしまったのだろうか。私は怖くなって、いいえ、祖母は勝手に歩いたりはしてないはずです、晩年、足が悪かったので、と嘘をついて、戸棚の中で踊っている睡眠薬を、全て丸飲みにしてしまった。
引用:「お昼時、睡眠薬」ノリ・ケンゾウ『ヒドゥン・オーサーズ Hidden Authors』西崎憲ほか(2017)惑星と口笛ブックス、Kindle 33%

雑巾の声? 踊っている睡眠薬? なんてこった、情景がまったく目に浮かばない。主人公がとっさに嘘をつく意味も全然分からない。ほとんどうわごとである。だけど不思議な魅力がある。言葉は意味を伝えたり、何かを描写したりするためだけにあるのではない・・・と気付かせてくれる、「壊れかたを楽しむ小説」だ。

そのほか、深堀骨「人喰い身の上相談」は、人喰いが身の上相談をするというタイトル通りの内容だが、この狂った設定を「そこまでやるか」というぐらい真顔で掘り下げているからただただ頭が下がるし、大前粟生「ごめんね、校舎」は校舎の話だけどどう考えても私たちの知っている校舎ではないので、読みながら戸惑うほかない。全ての作品がアサッテの方向を向いている。その方向に何があるのか、背伸びをしてもまだ見えない。だけど抜群に面白い。早すぎる天才たちが紡ぐ圧倒的自由さの前に膝をつき、絶望しよう。

6.『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻(2017)新潮社

本作については既に、田中泰延さんによる、とても素敵な文章が存在する。作品の創生秘話と、業の深い大人たちの会話。光が差すような励ましの言葉を、私もまた眩しい思いで読んだ。
■『ボクたちはみんな大人になれなかった』刊行記念【連載】田中泰延のエンタメ新党 特別編

だけど改めて一読者として、本書を紹介させて欲しい。

Twitterで人気の燃え殻氏が、Cakesへの連載という形でスタートしたこの小説は、「最愛のブスに“友達リクエストが送信されました”」というミもフタもない、だが妙に心に残る章タイトルから語られはじめる。

Twitter文学? ケッ、と思っている保守派の皆さん、大丈夫。この本は、面白い。まず、各章のタイトルが全部いい。タイトルを読んだだけで、時代や情景が目の裏ににじむ。「ギリギリの国でつかまえて」とか、「東京という街に心底愛されたひと」とか。この、10文字から20文字で世界観を伝えてしまう筆者の言葉のパワーが、全体のリズムを作っている。

新しい息遣いの文章だ。短いランをいくつも重ね合わせて長い距離を走る、トリッキーなランナーという印象がある。そうした構造を持つ小説は、読み手の集中力を途切れさせてしまうことが多いのだが、この作品が最後まで我々を飽きさせないのは、ショートブレスだからこそ不意に放つことができる鋭いフレーズが、散りばめられているからだろう。次にどこに向かって走るのか、ワクワクしながらページをめくることができる。

物語の中盤にある事故のシーンでは、主人公の「ボク」が「このようにしかあれない」という息苦しさと、文章そのものがあえいでいるような余白とが重なり合い、えも言われぬカタルシスを味わえる。沢山のダメな大人たちの枕元にそっと置いておきたい、そんな一冊。

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