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2017年上半期おすすめ小説 全8選

岡田麻沙 岡田麻沙


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3.『百年の散歩』多和田葉子(2017)新潮社

突然イカが横たわっていたという完全に意味不明なラストを迎える小説『かかとを失くして』で鮮烈なデビューを果たした芥川賞作家・多和田葉子の最新作。「カント通り」「カール・マルクス通り」など、ベルリンに実在する10の通りからなる連作長編だ。

ベルリンの街を歩きながら「あの人」を待つ「わたし」の語りによって物語が紡がれてゆく。しかしこの作品、ギリギリである。ギリギリ・アウトである。読んでいるとめまいがする。言葉には「音」と「意味」と「文字の形」という3つの要素があるが、本作中では、その一つひとつがバラバラとほどけ、しまいには内ゲバを始める。例えば、こんな風に。

・・・白いものの混ざった髪を耳のところで後ろに撫でつけた彼の横顔の骨格に見とれていた。すると枯葉、彼は、すっと立ち上がってギターを一台かかえて、・・・
引用:『百年の散歩』多和田葉子(2017)新潮社、p.19

主人公は最初「かれは」という音を「枯葉」として聞き、それから「彼は」だと思い直す。「白いものの混ざった髪」からの連想だったのかもしれないし、その前に出てくるワインの描写から喚起された聞き間違いかもしれない。たしかに、分かる。分かるけど、普通、書かない。これを書かれると、読者は言葉そのものに対する信頼を足元からつき崩されることになる。言葉による言葉の告発。本当に意地が悪い。優しい顔をしたやくざ者の書き手が大好きな読者には、格別の書となるだろう。

 

4.『最愛の子ども』松浦理英子(2017)文藝春秋

男と女の、性器を中心とした愛情に絡めとられない、様々な形の性愛や友愛の物語を書いてきた作家・松浦理恵子の最新作は、女子高生たちが繰り広げる疑似家族のストーリーだ。

「パパ」「ママ」「王子」という3人の家族(全員女子高生)を見守る「わたしたち」という奇妙な視点から、一連の出来事が語られる。「わたしたち」は、実際に目撃した「3人家族」の思い出や、聞きかじった断片から拡げた妄想・推測に基づいて、物語のディテールを埋めてゆく。家族というのはほんらい外部に対しては閉じているものだが、クラス内のお遊びという体裁で成り立つこの「3人家族」は、「わたしたち」の娯楽として、好き好きに見つめられ、いじられ、噂される。だがその空気は、おおむね、和やかだ。

他者に対する「ぶしつけ」な好奇心や憶測を、汚らわしいものではなく、少女たちの伸びやかな想像力が生やした翼として描いた点に、松浦理恵子という作家の凄みがある。「家族」という概念自体への新しいまなざしを手に入れたい人は、ぜひ本作を手に取ってみてほしい。

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